ホウレンソウの能力を磨かないと

報告以外はあまり意味がない、みたいな空間に居た期間が長かったのか、 相談のやり方が、分からない自分が居る。 でも多分、簡単な話なんだと思う。 知らない感じ、分からない感じのことは、ざっと調べた上で詳しい人に認識があっているかを都度共有、みたいなことをする行為なのかもしれない。 分からない。いろいろ試してみないと。 φ 積極的に管理下に入るというか、 チームで動くということは、チームの共通認識に積極的に入る、 みたいなことなのだろうと漠然と思う。 自分だけで情報を持たない、みたいなことなんだろう。 ……うーん、管理下に置けない時の共通認識の作り方、とか、そんな話なんだと思う。そしてこれもきっと極意とかではなく、ノウハウの話なのだろう。 ダメだ、まとまりきらないけれど、一度リリース。

2018年5月29日 · 1 分 · 12 文字 · Keito Fukushima

問いを見つける能力と、問題を解決する能力は違うものだ

「絵を書く能力と、話を作る能力ってのは、漫画家の世界だと混同されがちなんだけど、まぁ話を作る能力の方が儲かるね」 φ 問いを探す能力と、問題を探す能力は使う回路がきっと違う。 だから、問いを探す能力はそれはそれで意識して訓練しないといけないんだろうな。 問いを探し、問題の本質を考えるという行為を、ベストプラクティスや過去の事例を探すということを言い訳にサボることがあってはならない。それは意識的に行わなければならない。 これはティールの「みんなは信じているけれど、実際は違って、本当の姿はこうである。というのは、君にとっては何?」という問いかけに似ている。 φ 言葉にすることで、自分にとって、の価値観を決めてしまうことを厭わしく思っていたが、そろそろ追いつかなくなってきた。 いろんなことを、まとまらないながらも言葉にしまくらなければ。これ以上抱え込めないやね! ハヤタの言であれば「何からでも学ぶので、先ずは突っ込んでみろよ」みたいな話なんだと思う。 死に覚えに慣れる考え方は、ファインマンのこれだろう。 「ファインマンは、問題の解を探す時に、(あなたがそれを言うか!?)と驚かれるような、バカバカしい案を大真面目に出すんだ」

2018年5月29日 · 1 分 · 12 文字 · Keito Fukushima

[ロバート・マッギニス] アート オブ ロバート・マッギニス

作者名を知らなくても、絵を見ればわかる 「007シリーズ」「ティファニーで朝食を」 「絵を描くことには常習性がある。 すぐ時間がなくなり、ろくに満足もできないというのに、頭にはいつもうまく行く瞬間のことばかりがある。 だが、おそらくその瞬間は永遠に来ない。にもかかわらず、絵を描くというのは良き友人であり、自分は幸運にもその魔法にかかって幸せな気持ちでいる。 絵を描きたいという欲望は日増しに強まっている。やりたいことはたくさんあって、時としてなかなかどれと決めがたい。どれから、なにから手を付けよう。どれにも気持ちが高ぶる。周りには美しいものが色々あるからだ。どれもこれも描きたくて、まったく窮してしまう」 「絵を描くとは、素晴らしいことだ。描く者は、やめようなどとは考えない。形あるものを作っている、しかもそれが自分のものであるからだ。そこにこそ満足がある。 絵を描き終わったとき、そのようなものは世界にひとつしかないのだと、自分にはわかる。善かれ悪かれ、それが自分の作品だからだ。自分が作ったのだ。」 あまりにえろい美女たち。 一枚の絵に宿るストーリーはどこまでも想像を掻き立てる。 正解のない世界で、これが正解だ!と提示される感覚。 ともすれば実物のモデルより美しい。

2017年10月28日 · 1 分 · 12 文字 · Keito Fukushima

嫌いという言葉を使わない自覚

嫌いという言葉を、あまり使わないようにしているな、と最近感じた。 ……思っても、口に出さないようにしている。 多分、心の奥底では「コイツ嫌いだわ〜」と思っている相手に対して、ニコニコ笑って話を聞く時間が、1日の大半を過ごす会社で、多いのだ。 ウヘァ…… なぜだろう? と考えた時に、「ああ、ここには保身があるな」と思い至った。 「嫌わないから、嫌わないでね?」 「ここで思っていることを態度に表すと、後に長引く面倒に繋がる」 「だから、正直目の前の人の話が心の底からどうでもいいし、1秒でも早くその口を開くことをやめて欲しいんだけど、ニコニコ笑って聞く」 みたいな時間がとても長い。 相手の方が、能力に関係なく、無条件で上に位置する。疑問の余地無く。その辺がとても煩わしい。 思うに、「嫌い」と本人の前で口を出せるのは、 ・その人よりも自分の精神的立ち位置を高く見積もった上で、 ・そいつに嫌われても特に面倒は生じない という条件を確保した上でのことなのだろう。 自戒だけれど、偉くなったとして、自分の部下に対して『嫌い』と言い放つことは人生で絶対にしないようにしよう。 あまりそのイメージも湧かないが。とても馬鹿な行いだと思う。 追記; そもそもそんなに人間を嫌う性質だっただろうか? と自問した時、「いや、そうでもねぇな」と思った。 では何がストレスなんだろう? と考えを重ねたら、 「好きではない人と必要以上に距離が近い」ことなのだろう。 そういう環境に、今オレは居るということなのだろう。 なにが言いたいのかよく分からない文章になってしまった。まぁいいや。 思想とは、残すことに、意味がある。

2017年8月16日 · 1 分 · 26 文字 · Keito Fukushima

現在の会社に対する現在の自分の感情

それはとても複雑なものである。 会社を辞めるという選択肢を選ぶことから逃げていた自分が居た。(12月〜5月上) 転職活動を始めてみても、職務経歴書を書くことが出来なかったり、(自己を見つめ直す行為から逃げて居た部分がある。社会人1年生で何を見直せと?という話でもあるが、考えは確実に足りなかった) 意図的に怠惰な状態で居たり。 ペルソナやってたり。 後ろから見ると、「お前それもう、気持ち離れてんじゃん!」 と思うことこの上ないが、サクッと辞めるみたいなことはやっぱりオレには出来なかった。 (Job と Pay と Post 以外は整って居たし、大抵の会社よりは待遇は良かったのだから、仕方があるまいとも思うのだけれど。) じゃあどうすればもっと早くコトを運ぶことが出来たのか? と考えた時に、「振り切った人間と接すること」が思い浮かんだ。 いつでも、「オマエ、今の仕事面白くないなら、うちで働いてみろよ!」と言ってもらえる状況を用意するってのが、「組織は個を鑑みない。個が個を通すには、個の力を使うしかない」の答えの一つなのかもしれない。ぷらんどはっぷんすたんす。(この呪文はなんだかパルプンテみたいだ) そういう状況を作って居なかったから、5ヶ月もウジウジしたのかなぁ、と思う。 一番の動機は、やっぱり怒りだった。 会社に対する感情は、日本人として生活していれば、1日1回は必ず自社のロゴを目にする様な会社で働いていることの誇らしさと、その他怒りと、みたいな清濁両方の感情が渦巻いている。他には……辞めてしまうことへの口惜しさか。 脱却を望みながらも定住を求める。そんな自己矛盾もまた、人間なのだろう。

2017年8月14日 · 1 分 · 20 文字 · Keito Fukushima

ネタ帳

アレについて書こう、これについて書こう! みたいなことを考えて、結局下書きだけで終わっている。(よくない)(考えるだけでは無意味なんだ、行動でしか人間は(ry インプット系のイベントが取り敢えず(昨日のコミケで)一区切りが付いた感じがあるので、励起状態から、日常に帰依する意味も込めて、自分にとっての言語化の敷居を下げる意味でも雑にネタ帳をリリースする。 これだけ書いたらスッキリするよねリスト 済 現在の会社に対する現在の自分の感情 嫌いという言葉を使わない自覚 未 近況と行動原理の照らし合わせ 口グセ 作者に答え合わせする感覚 速さとは 社外の人と関わったことによる成果(戦果) 個の力を使う(具体化) 自分は何をも決めて居ないのではないか? そうだとして、それは何故か? 過去の自分に対する執着? 熱望するという感覚 心酔 大企業と社会主義は、ある種似ている気がする いかに経験値をオーバーフローさせるか 愛とは 甘さ 稼ぐ思考 求めよさすれば与えられん なぜなぜ→どのようにして WORK IS LIFE 決断の時にワクワクしないのは、仮説が甘いから フロントローディングの大事さ 齢30にして パッと書いてみたらめっちゃ列挙されていて焦る。 なんだろう。サボっていた自覚はないけれど、やばい。多いな

2017年8月14日 · 1 分 · 34 文字 · Keito Fukushima

遊び

本業1つと、副業2つ。 全部にフルコミット。 電車での移動は効率が悪いから、六本木とか麻布とかのシェアハウスに転がり込もう。 時間の方が大事。 洗濯機とか、乾燥機とかを買いたくないんだ。 とりあえずそれでなんか4年くらい生きてみよう。 楽しそうだ。 会う人会う人、今の俺のことは面白く感じてくれて、どうも骨は拾ってくれるらしい。 ならば骨になろう。 俺はどうも、どの組織においても迎合すれども本業を楽しく感じることは出来ないのかも知れない。 ならばもういっそデータアナリティクスの感性の高いBiz-Dev出来る人間として渡り歩いた方がいい気がしてしまった。 それはきっと楽しいし、なんというか大企業で延々と生きるより俺は笑ってそうだ。

2017年6月23日 · 1 分 · 12 文字 · Keito Fukushima

心算

ハヤタが 「ポーってあんまりわがまま言わないよね」 「『嫌』ってあんまり言わないよね」 と言っていた。どうも、『嫌』ということは本意に近づくための極意なのかもしれない。分からない。 妄想を現実に引きずり出すためには、意志力が要ると思う。 譲ることは、意思が弱いことに等しいと思う。 分からない。何かがやりたいとか、いっそまやかしな気もする。 過去の俺を全て度外視して、今の俺が一番我慢しない、楽しい姿を思い描く。 いいや、そこに向かって突っ走ってみよう。 しばらく第7勘とイタズラ心だけで生きてみよう。 合理的とかクソくらえ。 全てなぎ倒して遊んでやる。

2017年6月23日 · 1 分 · 12 文字 · Keito Fukushima

コンセンサス 2

前回から少し進化を遂げた。 (前回は1年目の新人研修の後だったから、引っ張る感じの思考に寄っている) 作りたい状況を設定する 議論、打ち合わせ、その他なんらかの談合について、須らく重要なのはこれらしい。 自分の欲しいゴールからの逆算。 恐らく、みな無意識にやっていることだからこそ、言語化して場に挑むことが、「余計な発言」と「論点のズレ」を鋭敏に駆逐することに必要なのだろう。 そこに届く議論か、そうでないかの◯×でステイかけるか否かを決めるらしい。 感覚として、今俺が持ってるやり口の上位概念な気がする。 優秀なファシリテーターとは、優秀な聞き手 これは分からない。難しいね。 とても鮮やかにこういうことを出来る人が、近くに居たら、スキルをパクるんだけど。 それは恐らく、滅私とは違うしね。

2017年6月6日 · 1 分 · 12 文字 · Keito Fukushima

精神活動

なんとなく会社をサボった。 「ああ、これは病むな」と思った。 笑えない。 こういう時は罪悪感を程々に感じながらサボるに限る。ザマァ見やがれ。と。 俺のキャリアについての教育計画の資料に「〜〜〜〜というところに興味を持たれているようなので、〜〜〜〜という点をPRし、〜〜〜〜配属先で働いていれば必ず希望が叶うことを洗脳してあげてください」 っつー記述を見つけた。 目にした時、ゆっくり口元が笑みの形に変わっていくのを感じた。 これが、俺が1年感じていた自己矛盾にキレイに当てはまって、 心の底から現状に対して、死ねばいい。死ね、死ね。と思った。 オマエラ、一瞬でもオレの希望を聞いたか? え? ナニ? おまえ、JobもPostもPayもどれひとつ用意できない挙げ句、洗脳してあげてください? ナメくさってんじゃねぇぞ無能共が…… 何処か会社に対して義理の様なものを感じていたけれど、そういうものがゆっくりと瓦解してゆく感覚を感じた。もうこんな会社、淘汰の幕間に潰れて仕舞えばいい。そう心から思った。 ここ最近、精神活動が止まっていたり、 物事が上手くいかなかったりする感覚は、 この自己矛盾にやはり起因していた。 キレイに笑えない感覚。 しかし今、なんというか、自分が7.75h関わる人々に、力一杯、心にも無い笑顔を振りまいて騙して転職すると心に決めると、 ああ、なんというか、道化師に戻るんだな、という感慨にもとらわれる。 死ねばいい。死んでしまえ。

2017年5月18日 · 1 分 · 22 文字 · Keito Fukushima