2017-05 焚火後記

1年後には忘れているよね 食材 肉1人1kgを目安に買ったけど、みんなそんなに食べなかった。 前回の反省とはなんだったのか。 準備しなさすぎ→準備過多になった印象 今度からは「いい肉を、ちょこんと」が理想 山 ヒルに食われた。 山では2度とやらない。 波音がないのは切ない 交通費 10,000円までを自己負担、それ以上の足が出た人についてはプールから拠出とさせて貰った。 これでいいのかどうか、分からない。まぁ逆の立場だったら喜んで出す気もする。この辺は追い追い考えていこう。 今後 『持続可能な』焚火を目指すらしい。なんか方法を考えないと。 とりあえず、月一で焚火についての定例電話会議を3人で行おうと思う。

2017年5月18日 · 1 分 · 16 文字 · Keito Fukushima

2017年初心

2017年は反射神経だけで生きていこうと思う。 存在しない神経で、勘と、間と、が作り出す、粋とか妙とかの空間で生きる。 今年はこうなりたい、とか、そんな感じの予定を立てない。やりたいこととかも、具体的には想像しない。「こうすればこうなる」みたいな回路を(みんなの迷惑になる or NOTだけはちゃんと踏まえた上で)極力回さず、 目の前と手元に来た現象を、即殺し続ける感じ。 荒れ狂う殺劇の宴のように即殺し続ける。(殺劇舞荒剣) そう。いうなれば、**下半身だけで生きる。**面倒なことばかりを考えるこのアタマを行動から抜く。 衝動で生きる感じ。 足の赴く方向に向かって、自分に対して自分を偽らず、邪気を無くす感じ。 ……これまでちゃんとやってきたし、考えないオレも、そんなに変な選択肢って選ばないと思うんだよね。 なんか違和感を感じたら、その時はちゃんと立ち止まって考えるよ。 ≪蛇足≫ モデルケースとしてはアレですよ。P5のジョーカー。 ホントカッコいい。まじスタイリッシュ @イブラジにて 「今年はオレ、Gackt様と藤原竜也と棗恭介を足して3で割った感じになろうと思う」 「ほう」 「その3つを足すとP5のジョーカーになる」 「Gackt様要素、だいぶ強いな?」 「折れた翼を羽ばたかせ、すべてを消してみせよう……(REDEMPTION)」 「Gackt様だ」 「Show Time!! ……その身に受けてみろ……(ジョーカー)」 「どうしよう、やっぱGackt様要素、強いな」

2017年1月2日 · 1 分 · 26 文字 · Keito Fukushima

家族観

家族観に関しては、何度も綴った気がする。 確執はあったし、俺はそれを忘れることは、恐らくないだろうと思うのだけれど、 母親や父親と、休日に焼肉に行ったり、 仕事帰りの母親と下校時に合流して、美味しいものを食べに行ったり。 1回だけだけれど、家族旅行をしたり。 そういうのは、代え難い幸せだったと、今の俺は思う。 「ああ出来たら、こう出来たら」という感覚は、無い。 やっぱ幼少の俺は常日頃は家に帰りたくなかったし、「このまま居なくなることが出来ればいいのに」と何かに対して願い続けた日々は、無かったことには出来ないけれど、 ふと思い返す、いい記憶も同様に存在して、 ああ、幸せだったな。 と心から思う。 「いつか恩義に感じることの出来る日が、きっと来ます」という氷上の言葉まで届いたのだと、 そう思う。

2016年12月5日 · 1 分 · 13 文字 · Keito Fukushima

対象年齢って大事だ

舞さんが昔言っていた。 「分からなかったことが、分かるようになるのは、すごく嬉しいことです。 世の中でこれに勝る喜びなんて、そうそうありません」 「でも、きっとやっぱりそれと同時に分からなくなってしまうこともあるんです。……これはとても寂しいですよね』 以下蛇足 この話の最中だったか、別のタイミングでだったかは忘れてしまったけれど、 「暗闇が怖かった時代もあったのに」という言葉が出たんだ。 俺はこの言葉が凄く好きで、……凄く憧憬的な言葉だと思う。 「暗闇が怖かった」ってのは、誰しもの心にある原風景だと思う。 モチモチの木で、豆太が夜怖くて小便に1人で行けない。みたいな。 そういう怖さが、誰の心にもあったはずなのにね。 もう忘れてしまったよ。 夕日に伸びる影をふしぎに思ったこととか、みんなで鬼ごっこしてて、ふと冷静になった時の風の心地よさとか。べたつく汗が気にならないくらい遊んだこととか。 そんな時代があったんだ。 樋口一葉のたけくらべを読んで、 「今とても高尚なものを読んでいる!」みたいなテンションになったのだよね。 あれは小4の時か。 でも、読み終わって心に残るものが無かったんだ。 精神年齢が、その作品を分かることが出来るレベルまで達していなかったんだと思う。 なのに、「今凄いものを読んでるんだぜー へっへー」みたいなことを思った自分が居て、でも読み終わっても俺は何も得られて無くて、ああ、これ意味ねぇな。と思ったんだ。 本を読むのならば、俺は一番楽しめる年齢で、一番楽しめる作品を読んでいたい。 わからない作品を、分かるフリをして読むのは愚かなことだと思うし、 「ああ、この本はいい本だけれど、もう少し前の自分だったらもっと楽しめたのに」と悔しく思うことも嫌なんだ。 常にギリギリ楽しめる最高のものを読んでいたい。 思想的に地続きでありたいのかもしれない。 飛ぶこともきっと出来るんだろうけれど、飛ぶことはちょっともったいないと思うんだよね。 そのレイヤーにある凄く魅力的なものを横目に飛ぶことは、やっぱりもったいないと思う。 知識と経験のバランスをとって居たい。 そう、飛んじゃったら多分、頭でっかちになってしまって、経験が追いつかない。 経験が追いつかないということは、哲学が追いつかないってことで、それはやっぱり肚に呑み込めて居ないんだ。 対象年齢は大事だ。 対象年齢ギリギリの最高のモノを読みながら、対象年齢がちょっと上のものを手に入れ続けることも大事だ。 思想的に地続きであるということは、きっとそういうことなのだと思う。 多分、自明にクレバーでありたく無いのだな。 勝てる試合で勝ちたくないのか、 経験値効率を最大化させたいというか。 そういう算段を、ずっと立てていたい。

2016年12月5日 · 1 分 · 38 文字 · Keito Fukushima

性の生臭さ

どんなタイプが好きなの? と訊かれて、大抵の場合。 ……返答に困る。 母親のおかげで、10人居れば2人には「イイ」と言ってもらえる顔に生まれついたとは思ってるんだけど、(いや分かんないけどさ)(まぁ初対面で嫌悪を覚えられなきゃ十分だ) やっぱり多分オレは根本的には人間嫌いなんだ。 「愛の無いエッチはダメですよ??」 と氷上に釘を刺されて以来今生、あんま愛の無いエロには手を出せていない。 もう年齢も年齢で、んなピュアなことばっか言ってんじゃねーよぅ。と、いざ愛の無いエロに手を出そうとしたら、もうホント寸前も寸前で、(いやともすればチョットだけ踏み越えたとこで)頭の中で氷上が**「本当にいいんですか!?」「もう知りませんからね!?」** みたいなことを、うら若い感じで(あの人がまだどっかで生きていてくれるのなら、俺の年齢+19ですよ?)(← もう魔女の域ですよ)(……多分若いんだろうけどさ) 警句して来て、オイオイまじかよ。 と色んな意味で天を仰いじまった。オメー俺がここまで来るのにどんだけ労力と決心を。マジかマジかよ。みたいなことを。いや、俺の脳内で起きてることですけども。三つ子の魂というか、あぁ、これが躾というやつか。と。 昔々、夕陽の差し込む喫茶店で、指をピンと立てた氷上が、「貴方はきっとこのまま行くと、女で身を滅ぼすと思うんですよ」「優しいですし、節操無いですし」 「そこで祝福をあげましょう。だから契約です」と言い切った。 今から思うと「何言ってんだ……。」って話なんだけれど、 当時の俺は彼女には大人扱いされたかったわけで。(正直、信奉と言っても過言ではないくらいもうゾッコンだったし) 一方で、(今でも多分)本質的には甘えたがりのガキだから、なんだかんだとイチャモンをつけながら、貰えるものは貰うよ、と捻デレたんだと思う。 んでいざ何さと問うと、 「本当に好きな女の子以外とエッチなことをしなかったら、貴方はずっと女神の幸運を与えられ続けます」「………それ、オレが別に好きじゃない子とエッチしたらどうなるんだよ」「多分死にます」「……呪いじゃねぇか」 こんなことを今でも全面的に信じている訳ではないけれど、(いや、大学2年まではなんだかんだと信じてた気がするけど)サイエンス教に入信しなおしたあたりから、 アッハッハ まぁまぁよろしく護ってくれよ? って笑う感じに捉えるようになった。 多分精神的な距離がちゃんと氷上から離れたんだと思う。前にも考えたけど、会えもしない人にいつか会えることを期待して、裏切らないように、って生き方は、男としてどうなのよそれ。自分の足でしゃんと立ちなさいよ的なことを毒杯を飲み干すテンションで受け入れていったんだ。偉いぞ二十歳近辺の俺。 ……ほら、年齢重ねると身綺麗ばかりでは居られねーのさね。 けどまぁしかし、いざそういう感じになってみると、頭の中で警告されて、マジかマジかよとなって、思考停止していた。 やっぱ愛の無いエロはダメなのかなぁ〜みたいな感じで敗戦の感覚(笑)と同時に、どっか清々しく感じてたんだけども(あぁオレはやっぱりそーゆーのは向いてねぇのか、みたいな感じで)(ハイハイハイハイ、ニュートラルポジションはやっぱりそこなのね? みたいな) まぁでもしばらく例によって濾過の時間を取ると、体験と感情に対する言語化が進む。(自動式) ふと思い浮かんだのが、身体を異性と合わせた後の残り香について。 身体洗ってもどっかにしばらく残る相手の体臭。 「生臭坊主」って表現の意味、昔は分からなかったけれど、今は分かる。いや、分かる笑。 そうだよね、性って生臭いものなんだよね。 知らなかった。 好きな人とエロいことして、その残り香を含めて、生臭いと感じたことは無かった。 むしろ、離れてもしばらく付き従う相手の残り香に、好きな人を思い返してどこか切なさを感じで「フフッ」ってなる。 愛しさが募る。心がくすぐられる。 けど、愛の無いエロだと、その残り香に対して、少しの以上の嫌悪感があるんだな。 民族臭って概念をどこかで読んで、「ああ、俺これなんとなく分かる気がする」って思った記憶がある。 上記の嫌悪感は、多分俺の理想が勝手に高いのと、俺が性的にスレてない部分(謂わば愛の無いエロに対する慣れて無さみたいなもの?)に由来するものだろうか。 分かんない。セックスは奥が尋常ではなく深いし、人生は短い。 これから極める機会が来るのかなぁ。……どうなんだろう。エロを極めた俺というのを、俺はあまり想像出来なくてちょっとおもしろい。 愛とか恋とか、世は推しなべて失敗例ばかりさ。 どんなタイプが好みか。 わかんない。 オレはなにを以って人を好きになってるんだろうね。 外見から入って? 哲学を訊いて。 それで、はじめてイイって思う気がする。 「人は外見ではないよ」 「オレは顔の美醜はあまり分からない」 とか偉そうにのたまっておきながら、好きになったり付き合う相手は全員美人だったみたいだから、俺は俺のこのセリフと考えをあまり信じていない。 ま、面構えには人生が出るらしいからな。 その辺を見てるんだと思うんだけど。 同じものをイイと思って、でも違うからこそ興味を持って。 愛というものは難しいと常々思う。 まぁでも「それでも人は誰かを好きになる」んだ。

2016年12月5日 · 1 分 · 57 文字 · Keito Fukushima

愛とは

愛ってなんだろうな。 ずっと、ずっと考えてた。 親愛であったり、友愛であったり、恋慕であったり。 もちろん、自分の中では一応の答えのようなものにはたどり着いていて、 ここ何年も、俺にとっての『愛』というものは、 「他人を殺してしまったとして、それが正当化される唯一の理由」 ってもんだった。 「なんでその人を殺したんですか?」 と問われて、 「だって愛していたんだもの」 と。 俺、これ以外に人間が他人を殺す理由で、万人が納得(共感)出来るのは無いと思うんだ。 相手に抱いた感情が、閾値を超えてしまって、いっそ殺してしまいたくなる。 俺が好きになった人には、もう心を捧げている人が居て、 俺はその間に(なんか妙なカタチで)入り込んで、 それはそれはとても幸せな思いをしたけれど、 「このひとがオレのものにならないならいっそ殺してしまおうか」 と考え続けていた。 子供ながらあの感情に嘘は無かった。 同時に、心からその人の幸せを祈る、その自己矛盾が哀しくて。 大学院在学時に、結婚式場でスタッフのバイトをしていた、と会社で話題に出したら、 「え、でもふくしまくん他人の幸せとかあんまり祝えなさそうだよね〜」 みたいなことを言われた。 他人と身内は違うよ当然だろ? と思いながら、 いやぁよかったですねぇ〜!! とちゃんと笑うだろうな〜 とかは思った。 いわば対岸の火事。 それと同時に、やっぱり殺したいほど誰かを好きになる感情とか、 そういうのは、中々無いというか、(あらまほし、されどありがたし というやつだ) ああ、いやだからこそオレはもうなんかかれこれ4年くらい彼女を作れていないんだけど(白目) リゼロがとても面白い。 作者ほんと、きれいな文章を書くなぁ、と心から思ってるんだけど、 愛について、とても響いた言葉があって、 「うんうん、わかってるってば。お父さんとお母さんの前では、昴はいくつになっても子どもなんだから……泣きたいときに、泣くのがいいの」 世界がぼやける。涙が溢れる。袖で拭って顔を隠して、スバルは母にその顔を見せない。菜穂子も、スバルのその意地を尊重して覗き込むようなことはしない。 ただ、ゆっくりと、スバルの髪の短い頭を背伸びして撫でながら、 「……ごめん、お母さん。俺、けっきょく、二人になにもできないまま……」 「なにかしてほしいから産んだわけじゃないんだよ? なにかしてあげたいから産んだの。愛してあげたかったから、お母さんはスバルを産んだの」 ――その言葉通りの愛ならば、スバルはすでに数え切れないほど受けていた。 「お父さんとお母さんになにかしてくれたいなら、その気持ちを他の誰かにあげたらいいよ。それが昴の好きな子で、その子とまた愛してあげたい子どもとかできたら……もう最高じゃない?」 「……あぁ、最高だね」 「でしょう。お母さんの言うことに間違いはそんなにないんだから」 思慕については、もう端っこまで行った気がするのだけれど、 上の引用に関しては、オレはここまで至れていない。 でも、これまでのどんな言葉より美しく思う。 こんな感情を抱くことができるようになりたいと思う。

2016年11月16日 · 1 分 · 50 文字 · Keito Fukushima

寒いという感覚

肌寒いくらいの、寒さが痛みに変わらないくらいの寒さが、最近好きだ。 リバーズエンドで、遥が 「寒いのは嫌いではないの。自分の輪郭と世界との境界が、はっきりとするような気がするから」 息をして、ふと寒さを感じる度に、このとても美しい一文を思い出す 昔、舞さんの店で本を投げ出して、暑さにグタりながら、甘えるように 「あついよぅ〜」 とのたまっていたら、(なんか多分回数を重ねて鬱陶しくなったんだと思うんだけど)彼女、読んでいた本を閉じて、真顔で 「暑い、寒い、痛い、眠い は気のせいです」 と言われた。 **忘れられない。**彼女は続けて 「暑過ぎたら頭が朦朧となって声が出ませんし、寒すぎても唇がかじかんで声は出ません。 痛すぎたら痛いとは言えずに呻き声になりますし、眠すぎたら人間は眠ります」 「だから、暑い、寒い、痛い、眠い と主張する意味はありません」 「暑ければ黙って空調をかければいいのですし、寒ければ黙って重ね着すれば良いのです」 諳んじるように彼女は言い切った。 あまりのパワーワードの連続に、キョトンとした表情を浮かべた俺に、良心の呵責を感じたのか、 もう、と呆れたように目を細めながら2人しか居ない店内で、オレだけに扇風機を当ててくれたけれど、 以降「暑いなー」とか、「寒いなー」とか思う度にこの言葉を反芻するうちに、俺は何処か納得してしまって、いつからかその4つをあまり言わなくなったw なんだか呪いみたいだw

2016年11月1日 · 1 分 · 21 文字 · Keito Fukushima

予定表たち

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2016年10月30日 · 1 分 · 6 文字 · Keito Fukushima

苛立ち

ああ分かった。今腑に落ちた。なるほど。 俺はアレだ、俺がこの先しばらく以上の、俺の人生の時間を掛けて取り組むに値することとして、2つ考えていた。 人類から作業を奪うこと 医者から仕事を奪うこと この2つを考えていた。大学院で、就活の時に、何がしてぇかな、と漠然と考えて、手繰り寄せたい、俺の哲学に矛盾しない未来を、俺の構想力をフルに使って、 歯向かうものを断じて進む道として、価値があるものとしてこの2つを想定したんだ。 その2つが、色々あって今の会社で出来そうに無くなってしまったから、 あぁ、居る意味ねぇじゃん と、何処かで感じながら、言葉にして明確に認めることを避け続けて居たんだな。 「別に悪い会社じゃないし」と諦めていたんだな。 ああ分かった。苛立ちの正体が分かった。 欲しい未来に繋がらない予感が強くなっていたことに気づいていたのに、現状に甘んじていたのか。

2016年9月6日 · 1 分 · 12 文字 · Keito Fukushima

年齢に対する感慨

きらめく青春を駆け抜けろ! ってこれさくら荘だったかな、、とか思ったんだけど、 もうそろそろ本当に青春という年齢では無いのだよな、と思ってなんだかしみじみしてしまった 最近25になったばかりだ。 25という年齢(その数字の持つインパクト)(= 今の俺)と、子供の頃俺が想像してた「25歳の男」の像の違いに、少し笑ってしまう。 肩肘を張っていない感じに笑ってしまう。 ……もっと必死で生きているものだと思ってたよw 何度でも言うけれど、20前半でオレはオレが結婚していると思っていたよ? 俺が氷上に会ったのは、俺が7歳で氷上が26の時だったから、……もうなんかホント後1年か、、とか思うと、凄い感慨がある。 考えや、己の行動の基準を、過去や他者に置くのは(ある種とても俺らしいけれど)女々しいことだから、止めにしよう。 オレはオレのために行動するように、ちゃんとしようと精神的なstruggleに塗れていたのが、18〜20歳の頃の俺。 ……あの頃に比べたら、『氷上ならどう思うかな』『今の俺を見て笑ってくれるかな』 と思う機会は、劇的に減ったけれど、 まぁたまには良かろうw 俺はなんで、氷上があんなに俺に構ってくれたのか、イマイチ分からなかったんだけど、今はなんとなく分かる気がするんだ。 せんせーが初めて俺に会ってくれた時に(当時オレは19歳)、この疑問を口にしたんだ。 「なんでオレに、舞さんはあんなに色々してくれたのだろう」 「オレはずっと考えてるんだ」 「一度だけ聞いたことがあるんだよ……直截的に、じゃないんだけど」 「『舞さんは、なんでお店やってるの??』『オレ、オレ以外にお客さんが入ってるの見た事ないよ』 (このお店大丈夫?)って。」 「そしたら舞さん、 『貴方みたいな人に、会えるんじゃないかと思って』」 「私は、なんとなく分かるなぁソレ」 「キミがきっと、このワニ博士のぬいぐるみを懐かしく思うようになる頃には、分かるようになると思うよ」 25になって、今の俺は、少し分かる気がする。 自分の辿った足跡で、とてもとても大事な足跡(それは時間を掛けて形成された哲学であったり、思想のクセであったり)を、「この子にあげたいな」と思ってもらえたのかな、と漠然と思う。 奢りかもしれない。でも、それだけのことはやってもらったと思う。 家庭教師や、塾講師やらをして、人に何かを教える立場になってみて、 俺の色んな言葉を、「今でも思い出しますよ、、」と苦笑いしながら、未だに連絡を取ってくれる生徒とか、 なんだろう、やっぱり嬉しいものな、 ああ、オマエは俺の思想を受け取ってるなw と思って、苦笑いするけど嬉しくなる。 (まぁ氷上はあらゆる意味で俺にクリティカルだった気がする) いや、多分もっと簡単な話なんだよな、 氷上と俺の関係を、今の俺の立場で置き換えるのなら、 小生意気でそれなりにちゃんと考えた受け答えをする、可愛らしい小2女子が、目一杯背伸びしてカッコつけて、自分に突っかかって来たら、絶対構わずには居られない気がするんだよね。 教えたら教えた以上の事を拾って来て、考えて納得して、……懐く。 そのやり取りは、多分とても楽しい。 それは世に言うロリ的な意味は無くて、いっそなにかとても清潔な感情だと思う。 わかんないや。どんなに言葉を尽くしても、なにか大事な思いを穢してしまう気がする。 後悔はあるけれど、 俺は多分、あの人との関係の終着点まで届くことが出来たのかな、と。 今のオレなら、そう思える。

2016年8月28日 · 1 分 · 45 文字 · Keito Fukushima