学生

3月まで学生だった。 学生時代にやり残したことは、友人4人でシェアハウス以外は特に無い。 そして多分これは並行世界の俺は実行しているから量子論的にはノーカウント。 学生から社会人になって、8ヶ月目。 学生とは、なんだろうな? とたまに考える。 随分長く学生をやらさせてもらったものだが。 あの時代はなんだったんだろう? と考える。 今と比べてどうだろう。 何かが変わったかといえば、あまり何も変わらないものだと思う。今も昔も。 やっぱり今の俺はあの頃の俺の思想的な地続きの先にあるものだ、と感じる。 何故エンジニアになる気満々で修士を出て、エンジニアリングに一瞬も触れずに経営層に突っ込んでいるのか俺には分からないんだけど、 この現状はなかなかあるものでは無いから、シチュエーションとしては既知のものって感じはある。(常に「こんなはずでは」「何故俺はここに居るんだ」と自問する人生だった)(決して社会的に低くない地位ではあったけれど、本意ではなかったものな)(斜め上にしか動けない縛りの人生) 俺の心持ちで何か変わったかと言われたら、多分そんなに変わらない。 物事に、向き合う姿勢は、多分学生として過ごして来た半生でちゃんと培われた。 学生生活は、ほどほどに手を抜きながらも全力だった。代え難いものだった。 恵まれた環境だった。 修士の時の恩師に 「2年でこれだけの成果を出した生徒は初めてでした。どこ行って何をしていても、キミは活躍できる人だと思います。応援しています」 という言葉は、やはり嬉しかった。 学生生活を思い返して、俺の中に浮かぶ感慨は、 よい物語を読んだ後で、あぁ、とても満足だ。と自然に笑みが溢れて、 本を閉じる。 そんな感覚だ。

2016年12月5日 · 1 分 · 25 文字 · Keito Fukushima

波乱

お金が割と無かった。 今月の給料で、入社時の時点で50万くらいあった負債を返済し終わった。 いや、正確には投資にも同時に突っ込んでたりするから、資産的には8月くらいから+だったけど、額面としてはマイナスのままジリジリと上昇してくっつー感じだった。 まぁ歯を治したり、両親にプレゼントしたりとホントまじで色々同時に突っ込んでたからなぁ。長いことかかったもんだ。 大学在籍時から家計は基本的にマイナスで回ってた。 月の収支は常に赤字だった。 いや、いつ家計簿見ても、正気じゃねぇなぁ俺、とか思ってたけど、まぁ一年を通して大体+5万位で回っていた。(不思議)(臨時収入も多かったしな) ガキの頃からの俺のお金の使い方のスタンスは常に変わらず、 1.本に糸目をつけずに突っ込む 2.レアリティの高い経験な突っ込む 3.時短に繋がりそうなものに突っ込む ってなもんだった。(そしてこれは最早習慣だと思う) お金についてのどんな本を読んでも、 「若い頃は借金をしてでも思うことをしろ」 「機会損失が一番痛い」 「やらなかった後悔が一番痛い」 みたいなことが書いてあって、 まぁ家計は+だったけど、シチュエーションとかタイミングとかを待たずに常にジャストインさせていたら常に家計は基本的にマイナスだった。 後悔は無いや。勝ちパターンだったしなぁ。 未来の自分はどうせ今の俺の4倍くらい効率よく稼ぐしなぁ〜みたいなことは割と正気で思っていた。 事実、今そうなってるわけで、まぁ知ってたな。 恒財無くして恒心無しってのは、イマイチピンとこなかったけど、大学院の2年間はなんか確実に健康を売り渡していた気がする。 貯金があると、未来の計画を立てられるのはいいよね。 俺の娯楽への出費はどの年も大体年40万くらいらしい。(ここ7年そんな感じだった) 他は実はあまり使わなかったりするのだ。 これから先は放っておいたら貯まる。 お金を稼ぐ手段を持ちつつ、未来のことを算段つける経験は無かったから、面白いな、と思う。 現金というのはガソリンみたいなものだと漠然と思う。 エネルギー的に安定な価値とでもいうか。 あると遠くまで走ることが出来る。 遠くまで行きたい。 行くには効率が要る。 寝かせておくのは無駄で、寝かせるくらいなら使って油田探しに突っ込むのも面白い。 でも持っておくと確実に遠くまで行ける。 面白い。 お金に関しては、氷上のこともあって、あまり考えて来なかったのだけれど、 上手く使おうと算段を走らせるのは楽しい。

2016年12月3日 · 1 分 · 37 文字 · Keito Fukushima

ランニングマシンって効率いいな

最近なんだかんだとジムに通い始めた。 本当は道場に通いたいんだけど、なかなかおもしろいところに巡り合わない。 松川に「いい道場ってどうやって選べばいいの??」って訊いたら、 「うーむ、道場主の人格かなぁ」と思わぬ真髄を告げられた。 思わぬ答えに驚いたが、これは存外素晴らしい答えだと思う。 そしてこればかりはトライアンドエラーだ。 オレは武道に関しては軽く天才なので、程よく流せるところがいいと思う。ほどほどに全力。適度に手を抜く。これは人生を楽しく生きるコツだと思っている。 健康診断で不摂生の極みの果てみたいな結果を突きつけられて、 『オマエ、運動しないと死ぬみたいだけど、どうするの??』みたいな感じで産業医に超笑顔で言われた。 正直最近の俺は日常の業務の大半は組んだ(or追加するor前に自分で組んだプログラムの保守の)VBAでオレという個性が一切要らなくなってきて、ぶっちゃけ手放し運転状態になり始めた+運動しないとなんかに取り憑かれる気がする ってので、仕方なく暴れる場所を確保した。(1,300円/回) 実のところトレーニングはあまり好きではない。 昔師匠に「んー、動かして自然に付く筋肉以外は、あんま刀振る時役に立たねえ気がすんだよなぁ」と言われて以来、なんだかんだ断続的に運動はして来たんだけど、 3年運動しない日々はやっぱ良く無かったらしい。運動しないと死ぬ。うん、分かりやすくていい。 死にたくなければ笑って走れ、 痩せてモテる身体を作れ。 分かりやすくていい。 食って殴って本を読め(麻子の至言) あまり好きじゃないなりにジムに行くと、それはそれで楽しい。(いやマジで) 何がいいって、ランニングマシンだ。 エネルギーの無駄でしかないこのデバイスがなんかとても好きだ。会社がエネルギー作るデバイス作ってる会社だからアンチテーゼ的な笑いも出て来る。 何がいいって、本を読みながら延々と歩いてられる。 文章綴りながら延々と歩いてられる。 現実、運動しようとすると、夜走るしか無いから、暗がりで本を読みながら歩くとかホント正気を疑うんだけど、ランニングマシン。これホントすごい。平気で2.0hとか歩いてられるし、kindleガリガリ読み進められるし(なんと置くための縁《ヘリ》がある)無限に歩いてても何にもぶつからない。 これは凄い。 飽きたらプールに入りに行けばいい。 思ってたよりジムが生産的ってことに気がついてオレは愕然としてる。 なんでもっと早く気がつかなかったんだろう。 別に筋肉つけたいわけじゃなくて、脂肪(内臓)を燃やしたいだけなんだから、延々と歩き続ければいいんだ。 しかも本を読みながら歩ける。 積ん読が平気で2冊とか消える。喫茶店はもう、オレが淹れた方が美味い+舞さんを思い出して少し寂しくなることであんま行かないんだけど、ランニングマシン。これ凄い。 マシン一台2hとか占拠し続けても、何も文句言われない。というか多分ジム側としてもたくさんあるマシンだからバッチコイ、ユー、ステイステイって感じ。 これはハンパない。ストレス感じたら来ちまうレベル。不健全な欲求とかも全部吹っ飛ぶ。 しかも24h営業。 これはすごい。 夜中の3時とかにただKindle持って歩きに来るというこの無駄な哲学。 ランニングマシンって効率いい。驚きだ。 歩くだけだから、師匠の教えにも反さない。マジで。歩くだけで気がついたら読みたかった本が頭の中に入ってて、Kindleの2000冊ある積ん読を消化出来る。 ランニングマシンで読書と執筆。 マジで思い浮かばなかった。盲点過ぎた。 ホントもっと早く気がつけばよかった。

2016年11月28日 · 1 分 · 41 文字 · Keito Fukushima

道化

自分の、心と、身体が、乖離する感覚。 手指が冷たくなって、足先の感覚がなくなる。 本心というものを、人はどこまで表に出すのだろう。 顔で笑っておきながら、心が笑えない時に、俺は自分をどうしようもなく道化だと感じる。 ココロに鍵をかけたまま 冷たい態度で 仮面を身につける だれが僕の素顔 知っているだろう? 君のほかには 自分の弱さも強さも さらけ出したいなんて 一度も思わずに 涙かくしてきた 本当の顔を見せられる人 (Masquerade コードギアス) 昔から自覚があるんだ。 小学3年生の頃に、クラスメイトと話が合わなくなった時? それとも、幼稚園の年中の頃に自分の親のことを信じられなくなった時? 心を偽って笑わないとスムーズに生きていけなかった。 笑うことは俺にとって、何処か死ぬことの裏返しみたいなところがあった。 死にたいなぁ、この世界から消えて、無くなってしまいたい。 そんな風なことを、狭い世界で毎日考えて、 いつしかよく笑うようになっていた。 嘘から出た真なのかもしれない。……どちらでもいい。 でも、俺の真は、そこには無いんだ。 本心が、深く深いとても昏いところにあって、 俺はその自分の、何処かドス黒い部分を 振り撒いてしまうことが嫌で、 世の中の流れは遅くて、 「もっとこうなればいいのに」 と思って、(結局はいつもそうなるのに) ほとんど誰も付いてこれなくて、挙句 「勉強し過ぎるとバカになる」 「いや違う、オマエラが付いてこれないだけなんだ」 と心で叫んで、 その叫びを理解して欲しくて、 でも理解してくれる人は、この世界には中々居なくて、 寂しいけれど共感はされず 人間失格と自分の心をヒロイックに笑ってみたり 音楽を聴いた時に、少し救われた。 それはクロノクロスという作品で、 俺には何か、静謐な音の檻、水底にたゆたう静けさ、 そういったものを、俺は感じて。 それは俺が俺の中で、ずっと大事にしていた本心の懐いていた風景で。 昏い昏い蒼色で、光は少ししか届かないんだけれど、 水面の波のように表情豊かで、静謐で、 世界から少し離れているのだけれど とても綺麗なんだ。 大学生の時に、俺はとんでもない女と付き合った。 図書館で「茶の湯の心理学」って本を読んでたら、なんかもうコイツ大丈夫かっていうくらい俺と同質の目をした女に 「おもしろい本を、読んでいるわね」 と静かに声を掛けられて、 その時に思ったんだよ 「うわマジか、とんでもない美女だオイ」 「うわマジか、なんでこの女まだ生きてられるんだ。よく死んでしまわなかったな」 (美男美女は、世界の宝だ。愛でなくては!) 「ああ、俺はこの女ときっと付き合って、恋人同士になることを避けられないんだけど、 きっとそう遠くないうちに終わる」 俺はなんか妙な勘が働くというか、 「目の前の相手と自分の関係が、どんな風に終わるか」 みたいなのが(相手によっては)漠然とわかる時があって、 大抵、そうならないように本気を出したり、出さなかったり、 そういう俺の努力の有無や、 望む望まざるに関わらず、 俺が最初に幻視した風に関係が終わる。 最初で最後が思い浮かんで、 そうならないように「俺らしく」「俺らしくなくワザと自分の行動を崩してみても」 どう本気で足掻いてみても、 その人との関係は、「見たことがある」 「知ってた……」 という風に終わる。 「この人と結婚するんだろうな」みたいな勘とか、匂いとかは、みんな感じると聞くから、きっと同質のものなのだろう。 捨てられたことから身につけた、自己防衛のような感覚なのではないかと、 俺は、思う。 (続く)

2016年11月18日 · 1 分 · 77 文字 · Keito Fukushima

東京-大阪間の新幹線

現在進行形で立って乗っている。 時間がどうなるか分からなかったから、 自由席でPlus EXで直前に予約したのだけれど、 500円も変わらない+予約変更が自由なのなら 適当な時間で予約しちまうんだったぜ ミスったなw

2016年10月7日 · 1 分 · 7 文字 · Keito Fukushima

コンプライアンス その2

俺は、俺の発言で誰かの心持ちが変わるのならば、 変わってしまえ、と思う性質なのだ。 「ニーチェを読むのなら、ニーチェの様に暮らしてみろ」 「一挙手一投足をもって、その人間をなぞれ」 「それでもってなお『残るもの』だけがオマエの個性だよ」 友人の進路に口を出したことがある。 それで友人は進路を変えた。 俺は俺の指摘が間違っていたとは(今でも)思わないし、後悔とか有ろう筈がないんだけど、どっかで、 「良かったのかなー?」 と一縷思う俺が居た。 その答えはまだ出ないんだけど、(全ては結果論だもの) (なんで俺は口出したんだろう??) とは、頭の片隅でずっと思っていた。 最近、件の友人と遊ぶ機会があったので、話しているうちに、少し納得があったので以下に。 答えはアレだ、 「自分の世界」を友人があのタイミングで持っていなかったから、 俺と、俺の友達連中は殴りに行ったんだ。 俺は友人の持つ世界が大好きなのに、それに反することをしていたから、 「オイちょっと待て、ちょ待てよ」 と言いに行ったんだな。 「例えば、俺は今いろいろあって経理をやっているけれど、まぁいわばある種、今の状況は俺らしいと思うんだw」 「せやな」 「でも、例えば俺が今、『いろいろあって水素水を売ってるんだ』っつったら、多分オマエラ俺のこと殴りに来ると思うんだよね」 「wwwwww せやなwwwwww 『それは無いだろ!!』とか、『せめてもうちょっとアタマ使ってくれよ!!』とか、殴りに行くなぁwwwww」 「だろ?w これって、多分なんだけど、俺が(おまえらがいいと思ってくれた)過去の俺の信条に反することだからなんじゃねぇかな、と思うんだ」 「殴らずにはいられないね」 「かかってこいやァ」 きっとこれもコンプライアンスの一種なんだと思う。 自分らしさとは変わっていくものだけれど、「過去の自分を嘘つきにしない」ことは少し気を払っていたいものだと思う。

2016年10月6日 · 1 分 · 32 文字 · Keito Fukushima

焦る必要は無いのだが

精神的には、「一回休み」 この言葉を最近自分に言い聞かせている。 9月末までは、とりあえず大人しくしていようと工場実習の後に決めた。 「オマエの思想は、毒物だ」と、ガキの頃に言われた。言い得て妙だな、と思う。 毒が回って、奸計が実る予感を得られるまで。大人しくしていよう、と。 ステイの出来ない犬はバカに見られる。 自覚的に、オレは「芸を見てもらいたい犬」の気質を持っているが、「バカな犬」では有りたくはない。 精神的には休みながら、色んな本を読んだ。 世の人の、仕事に対する所感がまとまった本やら、会計の本やら、歴史の本やら、安易にラノベやら。 イーロン=マスクの伝記を読んで、「オレは……このままでいいのかな」とか、漠然と思ってしまった。 世の未来を希求する様な、未来へと歩を進める様な。 そんな大志を、心に持ち合わせているだろうか? 人類としての歩みを止めていないだろうか? 現状と願望の、乖離の様なものは、人生で常に感じ続けてきた。 オレは、オレの思う「最善手」というものを、どうも手に入れることが出来ない。 それは俺からすると、「親や環境からの」「不可避の外力」や、(ある種意思とは関係ない強制的な「幸運」)だと思っていたのだが、 物理的にも精神的にも親と適切な距離を置くことが出来るようになって、尚その感覚を得続けているということは、なにか別のところがズレているのかも知れない。 分からない。ガキの頃に、思い描いたことが丸っきり現実になっちまったりするのを見て、「ああ、この試行は便利だが面白くはないな」と思ったことがある。アレは鮮明に覚えてる。 今とは程度が違うけれど、始める前に思い描いた結果に、違わずある目の前の光景を見て、予定調和は嫌だな、と思った記憶がある。 無変化は停滞しか生まないという哲学と強迫観念が、オレにはある気がする。 安泰は嫌なんだ。 「人生の8割はグータラしていたい」と豪語しているけれど、この言葉の本質は、実は逆にある。 「2割は冒険いていないと精神が死ぬ」 ここに偽りの感情が一切無いことは、近しい人間になら伝わるのかな、とか思う。 伝わらない相手に説明する気も無い。 世の大半の人間は有象無象なんだ。 ロジックに感情を混ぜなければ、当たる確率は上がる。 でも、感情の輝きが、オレは何よりも好きだ。 そこと、プラグマチックなところの融和とかは面白そうだ。 「文系のまま進んでたら、オマエ東大通ってたろ」 確かにそう思う。 分からない。オレは結局、心理学でやりたかったテーマに関しての1つは、ちゃんとフィールドワークで終わらせた。 やりたいテーマのもう1つは、一生まったりと付き合えばいいかな、とか思っている。 趣味で極められると思う。 理系の学問なんざ、強制力が無いと修められないやね、と思ったことは嘘では無いが、 思っていたよりしんどかったことも嘘ではない(いやマジ向いては居なかったやねw) 6年かけて理系の思考は手に入った。思ってたより時間は掛かったけど、そんなものかな、とも思う。 分からない。何が正解かは分からない。 けれど最近、思い通りに行かないストレスを禁じ得ないから、やっぱりそろそろ『一回休み』は終わりなのかな、とか思う。 考えることを、恐れるな。 答えは全て、自分の手の中にある。

2016年9月6日 · 1 分 · 41 文字 · Keito Fukushima

バッチファイルpython化②

osモジュール import os os.system("バッチファイルに記載する内容") これで大体のバッチファイルはそのまま動く。 例えば import os os.system(“excel c:¥¥foldername¥¥filename.xlsm”) みたいな。 ※ pythonでパス指定ためのバクスラは重ねる必要アリ pyautogui ここに詳しい。(後でトラックバック) よく使う import os import time import pyautogui as pg time.sleep(秒) pg.keypress() pg.keyDown() pg.keyUp() pg.hotkey(“キー1”,“キー2”) mouse.moveTo() mouse.click() ※ マウスを操作するには、

2016年9月2日 · 1 分 · 33 文字 · Keito Fukushima

家計の分析

固定出費(毎月:定額の出費)11.5万円 現段階での固定出費。 感覚的には、給料の額面から、12万円ほど差し引いた額が可処分所得となる。来年からは住民税と、10月からは奨学金の返済が始まるので、可処分所得は更に下がる 削減計画 持株会 30→10(10月) 投資に突っ込んでる額を減額 携帯+MVNO 8→4(11月) auを解約して、ocnモバイルoneにMNPで転出

2016年8月20日 · 1 分 · 10 文字 · Keito Fukushima

C90

拝啓、コミケデビューしました。 ――毎年、夏はなにかと忙しくて手を出せなかったイベントですが、今年はかなりいい感じに時間があったので、遊びに行ってみようかと考えていた……のですが、 いろいろあって、仲の良い漫画家のせんせーのブースで売り子をやって来ました(超展開) 楽しいコミケだった!

2016年8月15日 · 1 分 · 4 文字 · Keito Fukushima