カリスマと多様性
ダイバーシティよりもカリスマの方が、本音としては必要とされている気がする。 ダイバーシティを望む、みたいなことを謳ってるけど、人間を多く入れることにあまり意義を見出せない感覚が、俺には在る。 正しい篩にかけられよ、と。 まぁ能力も誤差な気もするんだけどな。企業ってのは割と有機的な生き物で、(国家はリヴァイアサン(縛っておかねば))代謝されるから。人間の力なんてそうそう変わらねぇやね。 まぁでも習慣で培われた技能は大事だ。芸は身を助けるし、志は語らう。ひとつの芸事を深めた人間ってのは、他に於いても要領を得る。あんま、学歴とかで絞りまくって、ってのもナンセンスさね。しかし深みというのは大事だ。人間的な深みであれ、芸事であれ。(学歴と要領みたいなのは、ある程度までは比例する気がする)(まぁ大学が凄かろうがそいつが凄いわけでは無い)(しかしまぁ、ある一定期間までのクオリティ保証って側面はある)(若いうちはね)(年齢が変わると尺度も変わろう)(男は30こえてからが勝負とも聞く)(必要とされる能力も変わる)(部下を使うとか人を使うとか)(やっぱこの思考方向に俺の発言権はあまり無いやね。ナンセンスだ) 立場が変われば見えてくるものも変わる。……しかし、どうも俺にはあまりキレイな思想が根底を流れているようには思えないんだよな……(それもまた正しくSocietyなのか) そうさな。俺は多分根本的なところで排他的で選民意識があるんだと思う。 ついこの間、意外に思われたけれど、俺の対人関係のスタート地点は「人間嫌い」から始まってるんだよ。デフォルトでは人間嫌いなんだ。人当たりがいい割に排他的なのだ俺は。 一時期ハヤタの影響で「人間好き」にギアが入って(バグって)たこともあったけど、俺としてニュートラルなのはやっぱこっちだ。「人間嫌い」だ。 (原因はわかってる。俺の好きな氷上が幼い俺に対して「貴方は 世に蔓延る 有象無象とは 違いますから」って言い聞かせたことにあると思う。俺は有象無象の意味が分からなかったけど、有象無象にはなりたくないと心から思った。なんだろう、氷上、いくらなんでも人間嫌い過ぎだろう) 俺は俺の手の届く人間を守れれば究極的には満足なんだ。 人間関係は極まると閉じる。雛見沢のように。 (それは感覚的には、志望動機に「人がいいから」と臆面なく言われた人事の感覚に似てると思う)(スゲェ真面目に活動してるサークル(例えばテニサーとかアンサンブルとか)に、たまたまかわいい女の子が集まってて、後輩の入部希望の男に動機聞いたら、「美人が多いからです!」と臆面なく答えられる感覚。「ハァ!?」と殴りたくなろうて。え、なに、オマエは俺らになんかしてくれんの?? 関係は然るべくギブアンドテイクであるべきなのに、ギブに何してくれるの?? となろうて) 人間関係論については長くなるから別の機会にしよう。なんだろう。俺はなんだかんだ人には恵まれた自覚がある。 ・友人の友人に対しては基本好意から始まる ・コイツできる、って思った瞬間に好奇心スイッチが入る ・ギャグのどこで笑い始めるか、で回転の速さがある程度測れる(返答の質も含め) ・なんだかんだ長いこと仲良くしてると、色々いいとこばっか見えてくる この辺りでバランス取れてる気がする。いや、正直どこまで言葉にしているか、って差だけで、みんなこういう「警戒心」みたいなのは当然に持ち合わせてるってのが俺の本音だけどな。 まぁ結論、どんなに仲良くなる才能があっても、時間の壁は越えられんよ。たまに越えるけどな! 多様性は難しい。 ダイバーシティ?? バラエティに富んだ、みたいな表現の方がしっくり来るかもしれんな…… ダイバーシティよりもカリスマの方が必要だと思うんだけれど。 リーダーシップはあくまで役割でしか無い。一番上手くできる奴が、求められたタイミングを見計らって前に出ればいい。それが一番省エネだ。船頭多くして船山に登る。たまには後ろに控えよ。 しかし、かといって世を変えるのは天才なのだ。カリスマなのだ。 有象無象に何が出来る。 前進しろ前進しろ前進しろ。さもなくば死ぬのみなのだから。 俺は、カリスマの方が大事だと思う。 ダイバーシティという言葉には、どうも深みが足りない。浅く感じる 続きは改めよう。この辺はもう少し考えた。