人生の三大支出

人生の三大支出は、「住宅資金」「教育資金」「老後資金」らしい。 老後資金については少しちゃんと考えないとな。 ジリ貧は良くねぇや。 いつ如何なる時も、強く在らねば

2015年11月20日 · 1 分 · 4 文字 · Keito Fukushima

持ち家 v.s. 借家

50年スパンで見ると、そんなに変わらないらしい。 ちなみに専門家によれば、家を買ってもいい要素はこの3つ 駅チカ ライフプラン固定 家族の人数確定 これを満たさなければ結局はマイナス φ つまり、俺が90まで生きるとしたら、40くらいになってやっとマジメに考えれば良いということ。 それまでは遊牧民をしているのが一番効率が良い。 φ 買うなら中古マンションが良い気がする。 住めば都で、盛者必衰。 万物は古びるものさね 全てのものが、変わらないわけにはいかないのだ エラーに強くなくてはな 理想的なのは、川口とかで、幸町に住む → 青木町に家を建てて住む みたいな感じ。

2015年11月20日 · 1 分 · 19 文字 · Keito Fukushima

卒業までにやり遂げることのリスト(娯楽とかその辺)

FRIENDS BD BOX買ったけど、途中で(主人公が思うように動いてくれなくてw)嫌になって中断してしまったw せっかく買ったし、普通に面白いのでちゃんと見よう テイルズ エクシリア1・2 特に2は名作らしい。 これも買ったし、やらないと グレイセスはぬいぐるみ渡してシェリ雪姫したら見切りをつけよう スキップ一分撃破はやってもいいかもしれない。 イベント全部見るとか アサクリ これも買ってある。 単調だけどストーリーと町並みは見るに値する。 消化試合的に片付けていきたい トロフィーは……いいかなぁw 司馬遼太郎 最後はKindleで買い込んだ燃えよ剣で。 研究室のフクシマ文庫は全部片付けていきたい

2015年11月19日 · 1 分 · 19 文字 · Keito Fukushima

読書用の眼鏡

普段使いの眼鏡、どうも本が読みにくい。 近くが見えにくいのだ 故に、視力0.4くらいになるような眼鏡を作りに行ったのだけれど、 「そのような注文は…受け付けかねます」 みたいなのをウルトラ婉曲に(超嫌そうに)言われた。 なんだろう、ツラい いっそ老眼鏡でも試してみるか……

2015年11月15日 · 1 分 · 7 文字 · Keito Fukushima

[椎名誠]孫物語

小学生の頃、椎名誠さんの「岳物語」の一節を、当時通っていた塾の国語の問題として読んだ。 それはもう(例によって)笑い転げた記憶がある。いや、国語の先生が超絶おもしろい人だったから、その授業の進め方もあったのだと思うけれど。 なによりも椎名さんの淡々とした語り口が子供心に「不良」っぽく見えてカッコよく見えたのだと思う。 読んだ一節は、たしか「チャンピオンベルト」の話で、椎名さんが旅先のパタゴニアかどこかで手に入れたチャンピオンベルトを巡って息子の岳とプロレスをする日々、みたいな話だったと思う。 椎名さん屈強な人だけど、息子と本気で戦って息子の負けも入るようになって来て、ちょっとしょんぼりしつつも、息子は成長するものだよなぁと感慨もある。みたいな締めだった。 (岳物語、続・岳物語は母にねだって買ってもらった記憶がある) 余談だが、 舞さんに「おもしろいんだぜ!?」って自慢したら、舞さんは俺の音読する文章に力なく笑ってた。脱力系の笑いってアレ高等テクだよね 以来、椎名さんの本はたまに手に取ってきたのだけれど(岳物語、続・岳物語は本棚にあるw)この度、いつのまにやら息子さん、岳の息子(つまり孫)との日々のエッセイが出ていた。 岳物語では、本の最初では同学年だった岳(さん)が最後ではもう高校生くらいになっていてオイオイオイオイ一気に成長したもうた! と思ったものだけれど、今度はお孫さんですよ。なんというか、時代の流れというか、懐かしさと新鮮さが一気に感じられて、ちょっと未来をカンニングしている気になってしまった。 たまには無目的な駄文。

2015年11月15日 · 1 分 · 12 文字 · Keito Fukushima

拡大する世界

身の程 ≒ 金銭感覚 金銭感覚 ≒ やれること(やっていいこと) 個人にとっての世界 ≒ 認識や手段の届く範囲 年齢と共に、段階的に、身の程は大きくなっていく。――使えるお金も、――負う責務も。着眼点と、想像できる幅が拡がって、思い至ることの出来る先というものが遠くなるのかも知れない。経験則? 身の程が大きくなって、新しく見えてくるものがある。まだまだ先は長いようだが。(ほら、上位存在見てるとああ、あそこまではイケるかもしれん、とか思えるじゃん?)俺は俺とてどこまで行けるんだろう? エロと笑いの至る先。 (楽しい。前進と創作はいつの世でも楽しいのだろう。ホモ・サピエンスにして、ホモ・ルーデンスにしてホモ・ファベル) 『暗闇が 怖かった時も あったのに。』 『いままで分からなかったことが、分かるようになることは、これ以上ないくらいの喜びです。でも、きっとやっぱりそれと同時に分からなくなってしまうこともあるんです。……これはとても寂しいですよね』 身の程が己の器を超えてしまってはいけない。 このあたりのバランス感覚が、**「奇跡的」もしくは「崩壊済」**の人間が一番尖ってる気がする。(チューニングの話?) 次が予測できない。理路整然としてるのに予測できない。 何かを達成してくれる予感とでもいうのだろうか 人間誰しも何処か狂ってる。……オレは何人に対して“本当に”向き合うことが出来るのだろう 向き合うということは、俺にとっては相手の感覚と感情を受け入れることだと思う。 「アイツならどう考えるかなw」 ってのが、大なり小なり思い浮かんで、はにかんでしまうような。 φ 「(インターンは)感覚的にはproperty changeというよりもむしろmodifyだった」 みたいなハヤタのセリフが耳に残っている。(ハヤラジ)でもまぁ造形という意味ではmodifyのほうが実は正しいのかもしれん、とは思った。そんなにそんなに化けてたまるか。化けたほうが効率はいいのだろうけれど。 人生で思想的なジャンプ(それも象徴的と言えるほどの)は何回あったかな。(そもそもあったかなぁ……?) 一番、オレの人生を大きく変えたのは、崖の上から転がり落ちた後の数日間と、その余波のような数年間。その次に大きく動いたのは金木犀の香りのする喫茶店で、魔女みたいな人に会って(これもまた数年間)『教育』されたことだと思う。いや状況力の話ならグアムも凄かったか。変質の性質は違う気がするけれど。アレはちょっとオレにとって神聖なもの過ぎておいそれと言語化出来ないやw ああ、友ヶ島も凄かったな。焚き火。憧憬だ。 ああいうきれいなものを、たくさん手に入れられる人生でありたい。 3〜4年に一回でいいから、なんっつーか、あのどうしようもない夜空の星とさざ波の中で焚き火を囲みながら酒を飲んで居たい 人生で幾つか憧憬レベルの情景があるんだけれど、友ヶ島の焚き火は多分、俺が生涯で求める何かを基底するに足りるものだった。満ち足りて居たな。 ああいうものが欲しい。目に見える全てと耳に聞こえる全てが美しくて、自分が紛れもない世界の一部なんだと、誰かが何かを信じなくても、それはきっと些細なことで、俺が絶えても残されるものがこの世界には確かに有るのだと ああいうのって何がそうさせるのだろうかな、 身体の全てが疲れ切ってて、脳も限界が近くて。 すげぇ美味い酒に酔った感じなんだよな。 わかんねぇな、わかんねぇけど、その感情を、そういう感情を俺は追い求めて居たいな。 — ポー φ あさまちっ!! (@fal960) 2014, 3月 23 でもそれも(これは決してあの憧憬を汚すことを意図した文章ではないが)、きっかけこそ象徴的であれ、変化自体はゆっくりとした方向付けの連続だったと思う。堰き止めていたものがあふれでてしまうような。あふれてしまっても許されるような。 そんな、きっといつか別のきっかけがあったのならば、少し離れたところであっても“ここ”に押し流されてたんじゃねぇかな? みたいな感覚が、確かにある。……これはなんだろう? わからないな、、、気質かな φ 大学に入ったら漠然と、「何か変わるかな」と思っていた。6年間男子校に監禁されて(まぁアレはアレで好きだったけれど)、大学っつー環境に入ったら俺の行動も、一味違うものになるのかな、と考えていた。 けれど、結局やっていたことは高校時代のオレと本質は変わらなかった。単純に使えるお金と、自由度が少しだけ(親による干渉やら制限やらは結局大学院に入るまで解除されなかった)増したことに伴って、行動の幅が拡大したって感じだった。 しかしまぁ天運と人運にはこれ以上ないくらい恵まれたと思う。楽しかった。俺の無茶に乗ってくれる友人が、ちゃんとずっと居てくれた。これは得難いことだ φ ……漠然と、別の可能性を考えないことはない。文系行って、東大入って、それはそれとて実は王道を行く、というような。そんな今もあったのかな、 舞さんと離れたりせず、あの家の子供として生きるって選択肢を選んだら、一体どうなってたんだろうな、とか。 まぁわかんねぇな。……色違いの俺になるのかなw 師匠に「オマエ思ってたより天才だな」と見込まれて、俺は「皆伝」と一緒に武門の苗字と名前(あざな?)をもらった。北辰一刀流の「千葉」みたいなやつ。零崎とか崩月みたいな感じかもしれないw それを名乗る機会はもうほぼ無いんじゃねぇかって思ってんだけど、“名前で括られた俺”を俺は手放せないのよな。 呪いみたいだ、って、ずっと思ってるんだ。名前で括られるってのはこういうことを言うんだな、と実感する。二重人格とまではいかなくても、モードが違う俺が居る感じ。それも割と性質が違う気がする俺が。 せんせーも、「ペンネームで生きてると、本名の方がちょっと自分と距離置いてる感じある」みたいなことを仰ってた。 親に見せる顔と友人に見せる顔、もっと言うならば、子供に見せる親としての顔とかは、誰しも毛色は変わる。それの極端なバージョンかな 『此処ではない何処か』を夢想することは、誰にでもあると思う。俺はずっとずっと、現状に満足と諦めを抱えながら、違う可能性を捨てられないで生きていくのかもしれない。 身の程が大きくなって、肩書きも増えて、やっていいことが増える。 分からなくなることもあるんだろうけれど、それでこそ拡大する世界。

2015年10月17日 · 1 分 · 68 文字 · Keito Fukushima

坂の上の雲より⑤

十七夜(坂の上の雲 3 p9〜) 帰納する・才覚の自覚 「馬術や弓術は個人的な武芸だが、その原理を抽出すると、軍理に応用できるものがある」とつねにいった。 「秋山の天才は、物事を帰納する力だ」 ―― あらゆる雑多なものをならべてそこから純粋原理を引き出してくるというのは真之の得意芸であった ―― この得意芸が、やがては日本の運命に交叉する日がくるということを、真之自身はむろん、自負心の強い男だけに予感していた 戦法 真之の戦法には古来の戦法から得ているものが多い。 「船を攻めずして。人身を攻む」(水軍戦法) 原典 真之の海軍大学校における戦術講義は。不朽と言われるほどの名講義だったらしい。――どういう原典も使わなかった。 「あらゆる戦術書を読み、万巻の戦史を読めば、諸原理諸原則はおのずからひきだされてくる。みなが個々に自分の戦術をうちたてよ。 戦術は借りものでは、いざというときに応用がきかない」 「無用に候」 権兵衛のこと(坂の上の雲 3 p51〜) 薩摩的将師 薩摩的将師というのは、右の3人に共通しているように、同じ方法を用いる。 まず、自分の実務のいっさいをまかせるすぐれた実務家をさがす。 それについてはできるだけ自分の感情と利害を抑えて選択する。 後はその実務家のやりたいようにひろい場をつくってやり、なにもかもまかせきってしまう。 ただ場をつくる政略だけを担当し、もし実務家が失敗すれば、さっさと腹を切るという覚悟をきめこむ。 「なにもかも思う通りにやって下さい。あんたがやりにくいようなことがあれば、私が掃除に出かけます」

2015年10月8日 · 1 分 · 28 文字 · Keito Fukushima

中村天風

天風翁の言葉が好みに感じる理由は、多分、強く在れ、っていうシンプルなとこを突き詰めたお方で、 俺に足りない、考えが及んでいない部分に言葉を当ててくれるからだ。 方法論としても、まぁ興味深い。 うん。興味深い。全部が全部、素直に受け止められるわけではないけれど。 「疑わずしてこと掛かれば」「まぁなんとかなる」気になる。 難しいことを考えた結果だいたいのことはシンプルなとこに落ち着く。 ファインマンではないけれど、「子供にわかりやすくものごとを説明できないのならば、ぼくはそのことについて本当に分かれては居ないと思う」

2015年10月8日 · 1 分 · 7 文字 · Keito Fukushima

手段を2つ持つ

2つでいい。それ以上は腰を重くする 「右か左か、というやり方は、ナルサス流ではございません。右に行けばこうなる、左へ行けばこうなる、それぞれの行末について考えておくのが私のやり方です」 φ プランBを常に手札に伏せておくことは大事だ。ホント。院試もマジでプランBがあればもっと精神的に楽で居られたかもしれないや。 後、伏せておくこと、が大事だ。奸計之秘さねば実らじ。

2015年10月8日 · 1 分 · 5 文字 · Keito Fukushima

多勢に無勢

マイナーものが好きだけれど、人気の高いものはやはりそれなりに良い 低次元な話に持っていくのなら、 「iPhoneの方がサードパーティの製品豊富でいいよね」とか、 「これいいじゃん!」みたいな有料アプリとか有償サービスとかに手を出しても、結局はGoogleかMSのソフトに落ち着く、みたいな。 φ やっぱ世の中それなりに正しいし、結局省エネの方向に落ち着く。 それに逆らわずに、「最後はどうなるか」だけを考えれば、考えるところは後詰めのみで良くなる。 この方が楽でいい。

2015年10月8日 · 1 分 · 8 文字 · Keito Fukushima