インターンの反省
理由はわからないけれど 夏の彼岸頃にインターンに行ってから、かれこれ何か不足感というか、欠けてる感覚というか ”イマイチ盛り上がらね~な……” という感覚に囚われていたのだが、 さっき突然、あ、なるほどな、と納得して何かが確実に終わったので一筆書こうと思う。 結論から言うと、『やっぱりオレは自分で無理して人に合わせるのを止めよう……』 と思い至った。 なんかね、考え終わったんさね。 Φ 欠点全てに、仕方ない!! と笑顔で言い切るだけの度胸がついたというか、 ハハッ☆ とギャグに出来る様に自分の中で一段落ついたというか。大体そんな感じ Φ 本当に色々考えて思った。 『アレ? 欠点を埋めようとして残った行動のどこにオレの魂が宿るの?』 と。本当に疑問に思った。 本当に疑問に思ったんだ。 興味のない人間の話を聞くことは苦痛でしょう 納得出来ない意見を聞き入れたら苦痛でしょう おもしろくない場に居て笑うことは欺瞞でしょう おもしろくない人と居て笑うことは欺瞞でしょう 一般性というのは創造性という点で無価値でしょう 相手に合わせて笑って茶化して一人になった時に何を思うの (ざっくり) ――無理して一緒にいる必要は全く無いけれど、意図的に距離を置くことは許されるよねそうだよね!! (だがしかしまぁあれだ) グループワークっていう、『AとBよりもっといいCをみんなで作る』っていう局面では そういう個人的な好き嫌いと、 「これ言ったら、相手はどう感じ、なにを思うか」 「相手を不快にさせる結果が見えて、それでもなお言ったほうがいい発言であろうか」 「この人とのチューニング、本当にこの周波数で合ってる?」 という事とは別問題であって、 この3つくらいは常に天秤にのっけとかねーといけねーんだな んで、コッソリおもしろい方向に場のバランスを傾けるのが多分一番エロいんだな、と。 ……、相手に伝わるようにチューニングを合わせるために、(もっと言うと引かせない様に) オブラートを何重に包もうか、 どういう喩え話で煙にまこうか、 という思案は大事か。くらいに至った。 Φ それでもやっぱり、感情の端っこをつつき合うのは無為だと思う だって、圧倒的に時間がもったいないっていう焦燥感に駆られるから 自分を主張する時は今以上に無いと判断したら、たとえ周りにどう思われようが仕方がない だって強い感情っつーのには、それ以上に強い感情以外に立ち向かい合う手段は無いと思うから まぁ嫌われたとしても本気だったんならしゃーない。それで取り返しがつかないのならそれまでの行程がまずい 悪いのは感情をぶつけたというその行為自体では決して無い だから、逆説 本当は相手が自分よりも凄い感情と熱量を、本人も自覚できてないレベルででも持っている気配を感じたのなら ソイツを無視するのは禍根足りえるなぁ~ 結局、 多分、人の話を聞き入れない、っていう評価がスゲーオレの中で不服だったんだろうな、と思う やっと何かの筋が通った。余は満足じゃ P.S. 個人的な蒙昧な意見だけれど、 経験と知識とのバランスが取れてやっとこさ 初めて “知恵+勘” 的な行動を伴うものに進化するんじゃないか、とか思ってる 割り切るのに時間がかかったってことはやっぱりいい経験だったのだろうかな、と。 野放図ながらいい話でキレイにこの話を締めよう