スターリン → 毛沢東 → ポルポトのコンボを調べている。
元々は成毛眞氏の「面白い本」で興味を持ったお話
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1958年〜1962年にかけて中国は地獄に落ちて行った
- 大躍進
- 15年以内に中国は英国に追いつき、追い越す
農民は人民公社に組み込まれ、全てが集団化された
- 共同食堂での食料の供給が、党の指令に人々を従わせる武器になった
- 4500万人が死んだ
あらゆる階層の人々が集団化という全体計画から逃れようとした
- 『飢饉が広がるに連れて普通の人々がいきのこれるかどうかは、嘘をつく、取りいる、隠す、盗む、騙す、おうりょうする、略奪する、密輸する、ごまかす、たくみにあやつる、差もなければ国を出し抜くと言った能力の有無にかかって行った』
- こう言った手法のせいで、逆に政権の寿命を引き延ばす結果に繋がった
三門峡ダム
- ほぼすべての土掘りが無駄だったw
- なんだろうもう、こいつら冷静にトリップしてるだけじゃないのか……??
中国全体が一つの舞台だった。全人民が毛沢東向けの華やかなショーの出演者だった
こどもがクレヨンで描いたチャチな夢物語を無知のまま妄執のように実行したらやっぱり失敗した感じの印象を受ける
やっぱりひとの気持ちを踏み躙るようなことをしてはならない
根本的に何かを改善するには3世代掛かる
しかし国というリヴァイアサンが狂うとこうも簡単に転がり落ちる
縛っておいたほうが国民としては安全だ
社会主義も資本主義も欠点はきっとある
- 資本主義の欠点は多分、給与のバランス?
- 日本はどう足掻いても国内で食料が足りなくなると思うんだけど
『没落を前に見栄を張るのはお定まりのパターンだ』
『大量飢餓の時期に自力で生き延びる最も一般的な術は「希望」という名のシンプルな方策だった
村の状況がいかに逼迫していようと、毛主席は心底人民の利益を優先してくれるに違いないという希望だ。
皇帝の時代には、皇帝は慈悲深いが取り巻きは堕落しているという考え方が根付いていた。
中華人民共和国では尚更だった。
人々は現実に起きている日々の悲劇とメディアの喧伝するユートピアとの折り合いを付けなければならなかった。
そして、虐待の限りを尽くす幹部らは慈悲深い主席の命令を実行しない輩だという確信が生まれた。
人々の暮らす世界から遠く離れた「政府」と称される存在と「毛」と称される神にも匹敵するような存在は善だった。
もしも毛沢東がそこに気づいてさえいれば、全ては違っていただろう』
……子供が理不尽に泣く世界は間違っているさ
暴力が支配する状態では高潔なものから死んでいく
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≪概要とか≫
なんとなくだけれど、本としては「なんか調べていたらあまりにもえげつないことが分かったから、ちゃんと調べたら本当にやばかった(とてもヒトコトでは言い表せなかった)から理路整然と記述した」という印象を受ける。
非常にアメリカ的な(サイエンス至上主義的な)本だと思う。日本人には中々書くことが出来ないと思う、
これはきっと買っても損はしない類の本。
とりあえず1960~1963年の中国はそれなりに把握した気がする。
正義に目覚めると殺される、当然のことを言うことが出来ない世界。
被害妄想狂に振り回された国家。
なんで自分の非を認めないんだろう? 範囲が大きすぎたのかな?
ある意味、適した器だったのだろうか?
それでも人口が爆発して、無節操無教養な人間を増やしたのは有り得ないと思う。儒教の国じゃないよ、こんなの。
これが時間とともに忘れ去られたらいいのだけれど。
中国が抱える爆弾はここにも有る様だw
少し距離を置きたい国だと思うのは僕だけだろうか……
劉少奇将軍の視察のシーンがとても心に残った、。
彼はこの後の文化大革命で理不尽に惨死するが、
次は文化大革命か。後2~3冊読めば見えてくるのではないかと思う。


