倫理というのは、難しいものだと思う。
今も昔も、これを一定のレベルで保つ努力というのは、為政者の立場からも、親の立場からも重要な課題だったのだろう
倫理観とは、言葉を当てはめるのなら、「やってもいいこと、やってはいけないもの、その判断の基準になるもの」
なのではないか。もっとあるのだろうか。男らしい言葉を当てるのならば、「自分なりの正義」の様なものではないだろうか。THE・俺ルール。
昔は宗教やら、寓話とかが基準になっていたのではないかと考える。
子供にもわかるように、何故、悪いことが「悪い」のかを説明する為に、分かりやすいように、「むかし、むかし、あるところに……」という話が始まる。
これはきっと、難しい話を後世に残すための手段。
これは本当に個人的な考えなのだけれど、今の日本だと、漫画やアニメの主人公とかが、多少なりとも倫理観の形成に関わって居るのではないだろうか
昔ウルトラかわいい義妹と話して、義妹がなるほどね~と言ってくれたのをなんとなく思い出す。
主人公に感情移入して、その主人公の行動をかっこいいと感じて、真似をして、
そういうところから、自然と倫理観というものは育って行くものなのではないだろうか。
コードギアスでルルーシュが、ずっと「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ、」
と、言い続ける。
そして最後には……
明文化された価値観よりも、俺は無限の感動から得た観念の方が、好ましく思う。
法は心で読むのだ。逆説、こころのない法には従えないさね、。
他者との都合の押し付け合い、仲裁機関がある? ちょっとこのへんの社会の構造は効率化の観点で大事な気もするけれど、俺にはまだわからない。
だから、その人にしか言えないセリフや、言葉、格言のようなものが好きなのかもしれないな。
自分の子供にはどういう風に教え込めばいいのだろう?
思想の連なりが俺は一族だと”感じる”
この感覚はずっと俺が持っていたもの。
よくわからないけれどずっとずっと嘱望している。
俺の思想を継ぐ人間が居れくれれば、それで俺は救われるよ。
……それは究極的には血縁である必要はない。
俺の思考回路の何が俺を特殊たらしめているのか、まだ自覚的にはわからないけれど、
矛盾する2つの性質を常に自分の中に抱え込んで、現状に対する不足感のようなものをゆっくりと澱のように積み重ねた人間に共通する何かが俺にはあるような気がする。
自己を見つめてばかりだとしんどいだろう、と、
俺は今でもあのセリフに涙が出る。
ああ、一度この辺で筆を置くとしよう