『日本は完全に精神的に負けたのだ、欧米人の持っている合理主義に負けたのだ』
『自然科学で自分の人生全部を考えようとすることは、科学信仰になってしまう、』
『合理精神だけではなく、人間の持つ非合理性とか、人間の心の不可思議さを考慮に入れなければダメだと思った』
『日本人病は治らない。私の仕事は病を深めること』
『外野がモノを言うのは簡単。複雑に絡み合っている中身を見なくて済むから。基本的に物事を変えることはとてもむずかしい。外野はかっこいいことがイエルしかけるけれども、ほとんど実際的には意味が無い場合が多い』
日本人のいいところと悪いところはセット、
例えば、狂犬病の調査のために税関に救助犬を1週間とどめてしまうとか、
政府が被災地に飛ぶのが遅いとか、
緊急時の対応と、平素での管理と、そういうのは違う素質な気がする。
指導者には2タイプあって(便宜上ね?)緊急時に輝くのと、平静時にルーチンをこなせる人間と。
その2つを併せ持つ人間は少ない気がするなぁ、
俺は自覚的には前者だなぁ
前例があると判断しやすい、言い訳しやすい、
決断が遅い、周りとの兼ね合いを考える。
前例があると、そういう兼ね合いをおもいっきりぶち壊せる
あとは人柄的な要素も在るか。
見ず知らずのヒトに喋っても、意味が無い。心が治まるはずがない
この人になら言える、というヒトに喋ってこそ意味があるのであって相手を選んで話さなくてはならない
『雨月物語』菊花の契
欧米人はレターを大事にする(音信?)
『友達になったからといって手紙を出すわけではないけれど、決してあなたのことを忘れないから。
手紙を出さなくとも、一度イエスと言ったら絶対にイエスなんだ、ということをよくいっておく』
『エロスは動物全体に在る感情だからやっぱ強い、合一したいという押し付けとの間に友情が入ってきて、(中略)友情というものはおもしろいもので、色々なところに入ってくるし、入ってこなかったらおもしろくないのです』
一体感がベースにあってそれが内なる異性との一体感に置き換わるのです
それが外にいる異性との一体化、すなわち結婚によってなされるということで結婚は象徴的にハッピーエンディングになるのです
どちらか一方から見ると言うのはよくない
1つの理論というか1つの見方だけで簡単に結論を出さないことが大事じゃないかと思います
今の学生さんはどうか知りませんが
確かに我々日本人は少し年齢が上になってくると、自分が何をしたいのかよりも、人がどう思っているかをすごく気にしてしまう。
確かに、アメリカ人はみんながどうしているかということではなく、私はこうすると、個人の欲望とか意思を明確にする。そういうものを大事にする。しかし、個人の意思において、みんなで同じことをしているじゃないか
何かに対して1つの意見がポピュラーになると、どこへ行ってもみんな同じようなことをいいます。
そういう風に分けることによって人間の意識というものが明確になってくるのです。
分けるの反対は融合する?
汝自身を知れというのは非常に大切なことだと思いますが、汝自身を知るにはどうしたらよろしいでしょうか
芸術家というのは融合の世界にありながら、たとえば薔薇そのものを一つの絵として、一つの完全なイメージとして分ける世界に表現することができるということです。最後は耐えられなかったのだと思いますよ。自分が見るものに
融合、言語化??
三島由紀夫はなんで自害したの??
大きい石や岩が神なのではなく、そいつを見た時に感じる感覚全てが神なのだと
全体的なものを神と感じる
ユング
「慎重かつ良心的に観察すること」
日本人は宗教性というのが現実生活と混ざっている
われわれは「自然科学の知」と「神話の知」の両方を持たないといけないのではないか
そうでないと「私」という存在は消え失せてしまうのです。
河合隼雄の人生読本
鷲田小弥太 現代思想