これは実感として漠然と持ち合わせている感覚。
そしてとても大事な感覚だと思う。
奥義だ奥義。

逆境も何もかも、俺に関わった全てに感謝の念を、こぼれ出るように抱けるようになれば、
俺はそれは日下部麻子のいう「あたしはやっと、死ぬことを許されたんだ」
という境地に至ることができるのではないか、と思うんだ。 色んな感情がある。
昔、ガキだった俺は生意気に、
「そうだねぇ舞さん、俺は死ぬのならば、どうせならば、この世界で味わい得る感情を、全部得てから死にたいなぁと思うよ」
とのたまった。だからこそ俺は物語が好きになった。いや逆かもしれない。物語が好きだから、感情の輝きに魅せられたのかも知れない。
本当に今思い返しても生意気なセリフ極まりないと思うけれど、俺はこれ今でも本心だな φ ああ、色んな感情の終着点は、やっぱり感謝と祈りなんじゃあねぇかな、
そこに辿りつけなかったら、俺は未熟だったのかな、と思う。 ヤン・ウェンリーの最後も、「ごめん」か「ありがとう」だっただろう、と。ああ、やっぱ綺麗なんだよ、この感情。
あらゆる全部の感情の終着点。 好きな人が自分のものにならなかったとしても、
たとえ自分のものにならないのなら、いっそ殺してしまおうか、と
そんな風に考えるほど狂おしいくらいその人のことを好きだったとしても、
そんな感情も、10年経つと唯々その人の幸せを祈る感情になった 俺がもう後人生で何回あれほどの鮮烈な感情を持つことが出来るのか分からないけれど、
俺は幸せだったのだろうと、心底思う