少し前にこんな会話があって、非常に印象に残っている
「(前略)俺とそいつはお互いに境界線上に在ってですね、俺は言うわけですよ。『この出会いは奇跡だよ』って。相手は答えるわけです。『奇跡なんかじゃない、必然だ。……遅かれ早かれ遭っていた』って」
「それは両方が正しいんだよね、(君たちは分かっているようだけれど!)後から出会ったとしても、それは十年来の友人の様な関わりが持てる相手というのが居るものなんだよ。本当にそうなんだ。僕はだからこそ、必要なときに必要な人間が、近くにいてくれる、巡り合せの様なものは本当にあるんだな、と思い至っている。時間は重要なファクターだけれど、関係ないな、と考えてみることも、可能性が拡がっておもしろいよね」
φ
そう、時間軸方向の厚みを俯瞰的に見ると本当に相似形を描いてておもしろい。
歴史は繰り返す、というけれど、
歴史小説のキャラクターの『状況対応』に、古さというものが全く無い。
本当に。古くないんだよね。
広く万巻の書を読むにつけ、自ずから己の兵法というものが見えてくる。
真髄というものは共通する。
『状況』という変数が少し毛色が違うだけで、
想定しなければならない事象の規模はむしろ過去の偉人の向かった事態の方が大変極まりなかったりするのだよね。
この戦争に負けたら日本が滅ぶ。とか、
そのレベルの思想が100年前には存在したわけですよ。
φ
莫迦が天才の足を引っ張る様が、俺は大っ嫌いだ。
それと同じくして、過去の偉人の残した遺志を汲み取ることをせずにのうのうと生きる様も醜いと思う。
少しずつでも、掠め取る努力をしていたいものだ
そして胸を張って、「ああ、俺は日本人に生まれてよかった!w」と言っていたいものだ