お金に関して俺はあまり困らない人生を送ってきたと思う。俺は俺自身が割とロクでもない割に恵まれていると思う。 これはとても幸いなことだ。なぜだろう? きっと母が聡明だったことと、父がそれをよしとしたからではないだろうか。 道を外れるのに理由はいらないが、道を外れないことには理由がある。俺の場合は、多分。……いろいろな人に助けられた。 躾は大事だ。たぶん、俺をいろんな人が助けてくれたのは、修身がそれなりに整っていたからかもしれん。目上の人に対する素直さ。 金銭感覚。過去の金言の方が尊い言葉が多い。けどまぁ今の時点での俺の感性は言語化しておこう。 変わったら変わったで尚それもよし φ
「お金で幸いを得ることは出来ないけれど不幸を遠ざけることは出来る」
ヤン・ウェンリーの親父殿の言うところの、「金があれば、嫌なやつに頭を下げなくていい」ってとこに割と近い。 ……舞さんが、お金を沢山持っていたのに、どこかしあわせそうではなかったことが、俺の中の何かを常に喚び起こすんだ。あの人は笑っていたけれどね。幸せか、という一面で考えると、自分の中の何かを人に渡すことでしか、幸せとか、甲斐、といったものを自覚出来ない人だったのかもしれない。
「カネはあるところにはある」「だからそこからそいつに損をさせないように引き出す」
俺の師匠は色々と詐欺師だった。ペテンではなく、ごまかしでもなく、相手にとって本当に価値のある最大成果を大金と引き換えに獲得して売り渡す。……まぁいわば詐欺師だった。 この氷上と対極をなす様な超然とした有様が俺には厭わしかったけれど、性質としてとても近いものを感じていた様に思う。 だからこそ、俺はあの二人にはある種家族のように取り扱ってもらったのだろう、と思う。 思想の継承とかその辺とかも込みで、どこか納得があるのはなぜだろう
「大金は幸福と不幸を一気に呼び寄せる。(秘匿せねばなるまい)」
欧米人(ユダヤ人?)が収入の1%を寄付する的な話を聞いた。厄除けなのかもしれないな、とそれを聞いて思った。 手取りの1%くらいは信頼できる団体に寄付する感覚は持ちあわせてもいいように思う。 俺はこれ、宝くじ買う、ってのでもいい気もするけどねw 自分のためだけではない、見ず知らずの誰かのために自分のリソースを割くって感覚は、余裕を持つことが出来ている証拠なのかもしれないな
「お金は寂しがり屋さんだから、仲間がたくさん居るところに集まる」
出発点が違うってとこに資本主義の不平等さはある。しかしまぁ、上手くやれば身分が関係ないってあたりにバッファがあってよろしいと思う。一線を越えた俺は実業家にならねばなるまい。お金は手段だ。目的じゃあない。 お金はお金を生む。俺が得るにはどうするか? あるところから、損をさせないように引き出す? まだ良くわからない。このへんは不退転の覚悟が決まってからにしようと思う。 お金は汚いとは思うが、俺は割りとガメツイので、穢れを纏って、しまうさね 身ぎれいに小金持ちでいたいね!!
「それなりに質素に、それなりに贅沢に」
極めると大体のことは中庸に落ち着く。ほどほどにがんばる。ダメそうなら全力で逃げる。若いうちは極論でよかろう。老いさらばえたらバランスが肝要だろう。まぁ、出るとこ出なきゃいけねぇけれど、拘りも風化するものではあろう。全てはバランス。熱力学。 φ 人生を通して、俺はどれくらい稼ぎたいのだろう? よくわからない。けれどまぁ、裕福でありたいと思う。この辺の金銭感覚に疎いのは俺これ良くないと思う。もっと具体的に考えないとな でも、そればっか考えていたくない、と思う俺が居る。 だから糸井重里さんみたいに、年に一度本気で考えて行動の方針をたてる、 (後は信頼できる人に任せっきりにしてしまう)ってなくらいでいいのかもしれない。 とりあえず、会社というのは、給料の3倍の価値を提供しないと立ちいかないらしい。(光田さんがブログで言ってた) 俺は、今まで両親にいくら使ってもらったんだろう? 母は2人分はかかってる、的なコトを言っていた。え? じゃあ6人分……?? まぁいいや。ライフプランは目の前のことを片付けながら本でも読んで考えよう。 社会に出た時に、いいモデルケースになる人が居てくれるといいのだが。 コミュニティに閉じ篭もらないためにはどうしたものか。 なにか手段でも考えておかないとなw φ 無知は罪ではないが、知らないことで被った損に後から文句を垂れる様は醜いと思う。 だから、税金やら制度やらの基礎知識を身につけて、遠目のお金をそれなりに手に入れることが肝要なのかと。 基本的な税金の話は、社会人直前くらいには体系的に頭に叩き込んでおかないとな。