身の程 ≒ 金銭感覚 金銭感覚 ≒ やれること(やっていいこと) 個人にとっての世界 ≒ 認識や手段の届く範囲


   年齢と共に、段階的に、身の程は大きくなっていく。――使えるお金も、――負う責務も。着眼点と、想像できる幅が拡がって、思い至ることの出来る先というものが遠くなるのかも知れない。経験則?  身の程が大きくなって、新しく見えてくるものがある。まだまだ先は長いようだが。(ほら、上位存在見てるとああ、あそこまではイケるかもしれん、とか思えるじゃん?)俺は俺とてどこまで行けるんだろう? エロと笑いの至る先。 (楽しい。前進と創作はいつの世でも楽しいのだろう。ホモ・サピエンスにして、ホモ・ルーデンスにしてホモ・ファベル) 『暗闇が 怖かった時も あったのに。』 『いままで分からなかったことが、分かるようになることは、これ以上ないくらいの喜びです。でも、きっとやっぱりそれと同時に分からなくなってしまうこともあるんです。……これはとても寂しいですよね』  身の程が己の器を超えてしまってはいけない。  このあたりのバランス感覚が、**「奇跡的」もしくは「崩壊済」**の人間が一番尖ってる気がする。(チューニングの話?)  次が予測できない。理路整然としてるのに予測できない。  何かを達成してくれる予感とでもいうのだろうか  人間誰しも何処か狂ってる。……オレは何人に対して“本当に”向き合うことが出来るのだろう  向き合うということは、俺にとっては相手の感覚と感情を受け入れることだと思う。 「アイツならどう考えるかなw」  ってのが、大なり小なり思い浮かんで、はにかんでしまうような。 φ 「(インターンは)感覚的にはproperty changeというよりもむしろmodifyだった」  みたいなハヤタのセリフが耳に残っている。(ハヤラジ)でもまぁ造形という意味ではmodifyのほうが実は正しいのかもしれん、とは思った。そんなにそんなに化けてたまるか。化けたほうが効率はいいのだろうけれど。  人生で思想的なジャンプ(それも象徴的と言えるほどの)は何回あったかな。(そもそもあったかなぁ……?)  一番、オレの人生を大きく変えたのは、崖の上から転がり落ちた後の数日間と、その余波のような数年間。その次に大きく動いたのは金木犀の香りのする喫茶店で、魔女みたいな人に会って(これもまた数年間)『教育』されたことだと思う。いや状況力の話ならグアムも凄かったか。変質の性質は違う気がするけれど。アレはちょっとオレにとって神聖なもの過ぎておいそれと言語化出来ないやw ああ、友ヶ島も凄かったな。焚き火。憧憬だ。  ああいうきれいなものを、たくさん手に入れられる人生でありたい。

3〜4年に一回でいいから、なんっつーか、あのどうしようもない夜空の星とさざ波の中で焚き火を囲みながら酒を飲んで居たい

人生で幾つか憧憬レベルの情景があるんだけれど、友ヶ島の焚き火は多分、俺が生涯で求める何かを基底するに足りるものだった。満ち足りて居たな。

ああいうものが欲しい。目に見える全てと耳に聞こえる全てが美しくて、自分が紛れもない世界の一部なんだと、誰かが何かを信じなくても、それはきっと些細なことで、俺が絶えても残されるものがこの世界には確かに有るのだと

ああいうのって何がそうさせるのだろうかな、 身体の全てが疲れ切ってて、脳も限界が近くて。 すげぇ美味い酒に酔った感じなんだよな。 わかんねぇな、わかんねぇけど、その感情を、そういう感情を俺は追い求めて居たいな。

— ポー φ あさまちっ!! (@fal960) 2014, 3月 23

 でもそれも(これは決してあの憧憬を汚すことを意図した文章ではないが)、きっかけこそ象徴的であれ、変化自体はゆっくりとした方向付けの連続だったと思う。堰き止めていたものがあふれでてしまうような。あふれてしまっても許されるような。  そんな、きっといつか別のきっかけがあったのならば、少し離れたところであっても“ここ”に押し流されてたんじゃねぇかな? みたいな感覚が、確かにある。……これはなんだろう? わからないな、、、気質かな φ  大学に入ったら漠然と、「何か変わるかな」と思っていた。6年間男子校に監禁されて(まぁアレはアレで好きだったけれど)、大学っつー環境に入ったら俺の行動も、一味違うものになるのかな、と考えていた。  けれど、結局やっていたことは高校時代のオレと本質は変わらなかった。単純に使えるお金と、自由度が少しだけ(親による干渉やら制限やらは結局大学院に入るまで解除されなかった)増したことに伴って、行動の幅が拡大したって感じだった。  しかしまぁ天運と人運にはこれ以上ないくらい恵まれたと思う。楽しかった。俺の無茶に乗ってくれる友人が、ちゃんとずっと居てくれた。これは得難いことだ φ  ……漠然と、別の可能性を考えないことはない。文系行って、東大入って、それはそれとて実は王道を行く、というような。そんな今もあったのかな、  舞さんと離れたりせず、あの家の子供として生きるって選択肢を選んだら、一体どうなってたんだろうな、とか。  まぁわかんねぇな。……色違いの俺になるのかなw  師匠に「オマエ思ってたより天才だな」と見込まれて、俺は「皆伝」と一緒に武門の苗字と名前(あざな?)をもらった。北辰一刀流の「千葉」みたいなやつ。零崎とか崩月みたいな感じかもしれないw  それを名乗る機会はもうほぼ無いんじゃねぇかって思ってんだけど、“名前で括られた俺”を俺は手放せないのよな。  呪いみたいだ、って、ずっと思ってるんだ。名前で括られるってのはこういうことを言うんだな、と実感する。二重人格とまではいかなくても、モードが違う俺が居る感じ。それも割と性質が違う気がする俺が。  せんせーも、「ペンネームで生きてると、本名の方がちょっと自分と距離置いてる感じある」みたいなことを仰ってた。  親に見せる顔と友人に見せる顔、もっと言うならば、子供に見せる親としての顔とかは、誰しも毛色は変わる。それの極端なバージョンかな 『此処ではない何処か』を夢想することは、誰にでもあると思う。俺はずっとずっと、現状に満足と諦めを抱えながら、違う可能性を捨てられないで生きていくのかもしれない。  身の程が大きくなって、肩書きも増えて、やっていいことが増える。  分からなくなることもあるんだろうけれど、それでこそ拡大する世界。