ただし、して頂いたことを決して忘れるな
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母は遠慮を教える人だった。警戒と言った方がニュアンスに合う。躾としてはこの方が正しいのかも知れない。身を正す。
謙虚さは美徳だし、何よりも、君子危うき。
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氷上は、やり取りに色気があるのならば言い回しや立ち居振る舞いの無礼を許す人だった。俺にいろんなことをしてくれたけれど、俺が好意(厚意?)にツンデレながら甘えると、とても嬉しそうにして、俺が遠慮すると寂しそうにする人だった。
そしてなによりも、あの人の俺に対する厳しさにはエゴの押し付けがなかった。エッセンシャルな部分の伝播に無駄が少なかったのだろうか?
「オレのため」とは一言も漏らさずに、「私のため」という建前を俺に与え続けた。凄く色っぽいと思う。ああなりたい。難しい。
「年上の人がくれるというものは、ありがたくもらっておきなさい」
「でも、やってもらったことを忘れるようではいけませんよ」
忘れないけれど、俺は結局あの人に何も返すことが出来なかった。「ありがとう、貴女のおかげで」という言葉を掛けられず、好きだ好きだとオーラは出して超甘えてた自覚はあるけれど、言葉にしなかったことを。それを中学から高校、大学始まったばかりまでずっとずっと後悔した。
中学入って少し経ってお金を貯めて興信所に行ってあのひとに会いたいんです、どうにかしてください、と土下座したことを俺は一生忘れないと思う。惨め極まりない。
だから俺はきっとずっと、はやく大人になりたかった
……いや、フツウまさかそのまま半年も経たないうちに音信不通になるとは思わないヨ!
感情の行き着く最後は祈りや感謝だと思う。
あの人が今幸せであるのなら、それで良いやって思えるようになるまで、俺は7年かかった。
酒を飲んでいたら惨めな文章になってしまった。今日はここまでにしよう