全ては時間の果てで古典になる
全ては主観性を失って、歴史的遠近法の彼方で古典になっていく
時効。
時間と死だけが、全てを許してくれる。
許し。強い感情を風化させて「どうでもいいよ」というレベルまで整理される感覚。
感情の終着点。
全ての感情の行き着く先は感謝と祈り。
これはどこかで記述したな。割愛。
許し。時間経過と共に全ては主観性を失う
許し。他者への? 自己への?
他者へ。相手の出方も左右する?いやそれは相手の行動による「今」の更新か。そもそもの大もとは、感情を踏み躙られたことに対する怒りが起点か
自己へ。「私はやっと死ぬことを赦されたんだ」
歴史的遠近法。現在から過去を見ると、ある程度より以前は現実感が一様に無い。たとえそれがどれだけ鮮烈な感情であったとしても。故に風化する。
死。「あなたは死をどう受け入れているの?」の問答か。いつか書いてみよう。これは一概に「体験したことが無いからわからない」「この世界で唯一取り返しのつかない現象」
何もかもを許していないから、許していないのだということを忘れないように、俺は当時の俺の遺言を拾い上げてやれるように思いを曖昧なまま言葉にして遺す
古典。篩にかけられて残った断片たち。
全てはいつか風化する。そこにあった喜怒哀楽は風化する。
それでも残る、なにかが欲しい。
思想や感情の、残滓が、それは俺でない誰かに。決して俺の係累でなくてもいい。誰かに。