強く在れ、強く在れ、強く在れ。
俺はずっとこのことを考えていた。
「走って殴って本を読め」(麻子)
「何もしないで終わるぐらいなら、間違っていたとしても行動を起こした方がマシだ」
「操られるな。何かに引っ張られるな。お前が、お前のやりたいようにすればいい」(雄二)
「私ね?『出来ることはあったのに。』っていう後悔が一番悔しいと思うの」(一姫)
社会人としての強さってなんだろう。
社会人って括りが指すところが長すぎる気がするなw
20代、30代、40代、50代、60代、70代、80代、90歳
こんな括りかな。
経済的な独立とか、そういう最低限のところは(難しいながらもがんばって)クリアーするとして
どうだろうな、俺は俺の周りに居る人間が全力を出せる空間がやっぱ理想だな。
その結果、世の中に対する遠大なTrick or Treat 的なのを幾つかやってみたい。
イイもんを世の中に打ち出して、世の反応と驚きとを笑って眺めていたい。
友人がオレに言った、「色んな人間に広く関わって、八方表裏手を尽くして、後は天の運に任せて諦めたように浅く笑っている感じがしっくりくる」っつー表現が、俺にも得心が行くのだ。
歴史に名を刻む。とか、爪痕を残す。だとか、そういうことをやりたいかと言われると、よくわからない。やってもいいかもしれないけれど、それよりも俺が色々な人から大切にされながら、たくさんたくさん貰った思想を遺したいと思う。
それは3代先とかまでで構わない。時代によって奥義は変わらないけれど、表層の部分は変遷を辿る。
俺はその変遷を凄く自由闊達と楽しみたいのだと思う。
俺自身の幸せは、極端な話、図書館に通って読書をしていれば満たされる。
最期はこれ。最終手段がこれ。アクシデントとかに見舞われた時は、この最終形態に移行する。それは死ぬことが許されたということなのかもしれない。(この辺りをオレは「白い世界」の神無に任せたいのかも知れない)(わかんないや)
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無人島に行こう、と言ったハヤタに、昔即答で「いろいろな要素からそれは難しい」って素で応えたら、「じゃあそれ、全部やろうぜ」と言われた。超笑顔で。なんだろう、あの時オレはひとつ大事な回路が作られた気がする。思わず一瞬絶句して、ああ確かに、これ全部やりゃ出来るわ、と思った。(やったら出来たけど、オレもオレの能力を知った)(人間は煽動されたいらしい)
せんせーが「授業で電子工作とかやらねぇしなぁ~」って言ったオレに、「ハンダゴテはどこに居ても握れますよ」「君はそろそろ周りの人間に対する配慮とか、そういうイイヤツに限って苦労する段階は超えていると思う」「 「手を見ろ、手を。自分の手が生み出すものを見ろ。それと一緒に育ちなさいよ。そういうスタートをする時期だよきっと。自己や親を振り返る暇があるなら俺は何かを生み出せるって自信を持てるようになりなよ」
この自信は、大学院で研究やって、成果を認められて、やっとついて来た気がする。
もう少し考えるか