**殺しきる感覚。超大事。 自分のことならば、いくらでも甘えがきいた。 自分以外の人間が関わるのならば、目の前のことは殺しきらねばならない。**オーバーキル、マジで大事。 殺しきれないならば、レベルか戦闘時間が足りない。 手が足りないのかもしれない。 レベルを上げて物理で殴る。もしくは、傭兵を雇う。兵器を買って来て使う。 相討ちではいけないんだ。 「余裕で殺しきる」 この感覚。圧倒出来る感覚。 殲滅した後も、こちらの手元には超手駒が残っている感覚。いっそ戦闘後はノーダメくらいの勢い。「まぁ、当然こうなるよね」と口笛吹けちゃう感じ。数の暴力を使える(使う)ということは、イメージとしてだけれど、ここに帰結するのではないだろうか? 理想は絶対にオーバーキル。 むしろオーバーキルをニュートラルにする。 常時オーバーキルを戦略の中心として据える。 苦労して達成することに、なんの意味もないんだ。 達成する、という一点にしか価値がない。 苦労とか別に要らない。苦労した経験よりも、「当然のことを積み重ねた上での成功体験」のほうが大事だ。 何事も最後は勝つから楽しいんだ。……まぁ、俺は負けても勝ったみたいに笑うけどさ。
むしろ苦労せずに殺しきれるタスクである、ということにこそ、仕事として適性がある。……価値を生むことが出来る。 最近はそんな気がしている。 修羅場は楽しいんだけれどね。 修羅場を招いている様では、プロではないのかもしれん。 いや、修羅場ってのは、向こうから突っ込んでくるものなのかもしれないなw(だとしても、予想・予測と対処だ) 修羅場。大好きだけどさ。ああ、俺の真骨頂は危機対処にある気もするんだけどさ。 それは別枠だな。大事なのはルーチンに落とし込んで、当然の様に殺しきることさね。 個としてなら、ギリギリを攻めて戦闘自体を楽しめばよかった。(学生時代はそんなことばかりしていた様に思う) しかし最早、俺は多分その段階にあることを許されては居ないのだ。 最近はそんなことばかり考えている。