今週のジャンプの、ワールドトリガーの会話がスゲェ琴線に触れた。


スクリーンショット 2016-05-25 23.17.39スクリーンショット 2016-05-25 23.17.52


常識というのは、存外儚いモノだ、とオレは思っている。 常識には転換点があり、それはとても緩やかに――しかし、後から考えてみると自明極まりなく思えるように――転換する。 幕府が最高権力で、逆らうことも出来なかった時代 → 維新 日本は後進国だ → 日露戦争 太平洋戦争 → 敗戦 土地神話 → バブル崩壊 ITバブル → 飽和 全てが「そりゃあそうだわな」と思えることだ。


常識は古くなる。更新される。 それは時代のトレンドやら、技術の進歩。プロダクトによる生活の改変と、価値観の改変。(改質?) 故・河合隼雄 先生が心理学に思いっ切り取り組んだのは、「太平洋戦争 → 敗戦」で変わった常識に、折り合いを付けたいがため、というのと、もう一つ。「太平洋戦争で歪んじゃったけど、本来の日本人ってのは、なんだっけ?」みたいな部分だと思う。(本人もそう述懐していたように思う) 「昨日まで『鬼畜米英!』『いざとなったら竹ヤリで特攻しろ』なんて言ってた政府が、今日になったら米国に媚びへつらうわけですよ」と。


忘れてはいけない。常識は変わるものだ。 変わる常識を読み、捉え、踏まえた上で強く在らねば、オレは自分を許せない。 胸を張ることが出来ないんだ。 世間は往々にして正しいが、基本的にはどこかしらかにおいて衆愚だ。 個として自分の足でしっかり立ち、自分の腕で世間を渡り、自分の手は価値を生み出すことが出来るんだ、という自負を持って生きるのだ。 今のオレにとって、強いカタチは、とにかくここにいったん行き着くことだ。 強く在れ 強く在れ 強く在れ。 「――戦うと、そう決めたのであれば、全身全霊で戦いなさい。一瞬も、一秒も気を抜かず、どんな手段を用いてでも、どんな汚い方法を使っても、勝利という一点に向かって貪欲に食らいつきなさい。まだ立てるのならば、まだ指が動くのならば、まだ牙が折れていないのであれば、立ちなさい。立ちなさい。立って、立って、斬りなさい。生きている限り、戦いなさい。戦え、戦え、戦え!」(リゼロ ヴィルヘルム=トリアス(ヴァン=アストレア))


実習中、リゼロを(とりあえず第三章まで)読み終わった。 いい作品だ。本当にいい作品だ。なんていい文章を書くんだろう、この作者は。