きらめく青春を駆け抜けろ! ってこれさくら荘だったかな、、とか思ったんだけど、 もうそろそろ本当に青春という年齢では無いのだよな、と思ってなんだかしみじみしてしまった 最近25になったばかりだ。 25という年齢(その数字の持つインパクト)(= 今の俺)と、子供の頃俺が想像してた「25歳の男」の像の違いに、少し笑ってしまう。 肩肘を張っていない感じに笑ってしまう。 ……もっと必死で生きているものだと思ってたよw 何度でも言うけれど、20前半でオレはオレが結婚していると思っていたよ? 俺が氷上に会ったのは、俺が7歳で氷上が26の時だったから、……もうなんかホント後1年か、、とか思うと、凄い感慨がある。 考えや、己の行動の基準を、過去や他者に置くのは(ある種とても俺らしいけれど)女々しいことだから、止めにしよう。 オレはオレのために行動するように、ちゃんとしようと精神的なstruggleに塗れていたのが、18〜20歳の頃の俺。 ……あの頃に比べたら、『氷上ならどう思うかな』『今の俺を見て笑ってくれるかな』 と思う機会は、劇的に減ったけれど、 まぁたまには良かろうw
俺はなんで、氷上があんなに俺に構ってくれたのか、イマイチ分からなかったんだけど、今はなんとなく分かる気がするんだ。 せんせーが初めて俺に会ってくれた時に(当時オレは19歳)、この疑問を口にしたんだ。 「なんでオレに、舞さんはあんなに色々してくれたのだろう」 「オレはずっと考えてるんだ」 「一度だけ聞いたことがあるんだよ……直截的に、じゃないんだけど」 「『舞さんは、なんでお店やってるの??』『オレ、オレ以外にお客さんが入ってるの見た事ないよ』 (このお店大丈夫?)って。」 「そしたら舞さん、 『貴方みたいな人に、会えるんじゃないかと思って』」 「私は、なんとなく分かるなぁソレ」 「キミがきっと、このワニ博士のぬいぐるみを懐かしく思うようになる頃には、分かるようになると思うよ」 25になって、今の俺は、少し分かる気がする。
自分の辿った足跡で、とてもとても大事な足跡(それは時間を掛けて形成された哲学であったり、思想のクセであったり)を、「この子にあげたいな」と思ってもらえたのかな、と漠然と思う。 奢りかもしれない。でも、それだけのことはやってもらったと思う。 家庭教師や、塾講師やらをして、人に何かを教える立場になってみて、 俺の色んな言葉を、「今でも思い出しますよ、、」と苦笑いしながら、未だに連絡を取ってくれる生徒とか、 なんだろう、やっぱり嬉しいものな、 ああ、オマエは俺の思想を受け取ってるなw と思って、苦笑いするけど嬉しくなる。 (まぁ氷上はあらゆる意味で俺にクリティカルだった気がする) いや、多分もっと簡単な話なんだよな、 氷上と俺の関係を、今の俺の立場で置き換えるのなら、 小生意気でそれなりにちゃんと考えた受け答えをする、可愛らしい小2女子が、目一杯背伸びしてカッコつけて、自分に突っかかって来たら、絶対構わずには居られない気がするんだよね。 教えたら教えた以上の事を拾って来て、考えて納得して、……懐く。 そのやり取りは、多分とても楽しい。 それは世に言うロリ的な意味は無くて、いっそなにかとても清潔な感情だと思う。 わかんないや。どんなに言葉を尽くしても、なにか大事な思いを穢してしまう気がする。 後悔はあるけれど、 俺は多分、あの人との関係の終着点まで届くことが出来たのかな、と。 今のオレなら、そう思える。