それは外へ外へと理解を求める行為なのかも知れない。 子供の頃から、特に、中学を除いた部分では、俺のやっていることは根本的に変わっていない気がする。 トリックオアトリートだ。 身の丈が大きくなった分、その分動ける範囲が変わっただけで、俺は常にあまりやっていることが変わらない。


遊びは難しい。 白川静先生が、「神はひとりで遊べるけれど、人間は神なしでは遊べない」 「お祭というのは、神様と人間が一緒になって遊ぶ儀式」 「神は一人でも遊べる。しかし、楽しくない。だから人と遊ぶ」 「襟を正す。本質は神からの恩寵」 俺の好きな遊びは、身持ちを崩すといったことではなくて、在り方として遊ぶ、といったことが理想だ。 会社に入って、この辺が伝わる人間が減ったのと、ここに価値を見出したことが無さそうな人間が多くて、 少し脱力気味に笑ってしまう。 なんだか浅いな、と。 生きている、理由が違うのだ