C90

拝啓、コミケデビューしました。 ――毎年、夏はなにかと忙しくて手を出せなかったイベントですが、今年はかなりいい感じに時間があったので、遊びに行ってみようかと考えていた……のですが、 いろいろあって、仲の良い漫画家のせんせーのブースで売り子をやって来ました(超展開) 楽しいコミケだった!

2016年8月15日 · 1 分 · 4 文字 · Keito Fukushima

HTMLって何気に優秀なんじゃないか

最近バッチファイルとか、VBAとか、なんか旧時代の遺産みたいな技術を中心に使ってる。 Why!? とか思って笑ってしまうが、 こいつら舐めたもんじゃない。 何より大抵爆速。C程じゃないけど爆速。 個人的にはPython大好きで、とりあえず1手目はPythonで出来ないか考えるんだけど(そんなにコーディングレベルが無くても省エネにいいもん作れるし、なにより大抵シンプルに完成する) (今日会社のPCに特定のVerならインストール出来ることを知って嬉しくなった) こだわりは無意味だ。やりやすいものを使って目的を叶えましょうw やりようはいくらでもある。 「向いてない言語でも、向いてる言語の何倍もコードを書けば、同じことは出来る」 ってコンピュータ言語進化論っつー(凄くいい)本で読んだ気がするけれど、俺この言葉の持つ(そりゃそうだろうけどさw)って感じのオーバーキルな感じ好きだ。 ブログ自体は、 1. iPhoneのsimplenote(web版もアリ)で書き溜めておいた草稿を、 2. PressSyncとかで、マークダウンを若干使って 3. WordPressに落とし込んだりしている。 (つまりこのサイト) それとは別に、最近は個人的に調べながら進めたりしていることを、プロジェクト管理的に非公開で書き殴ったりしてる。 【PJ】道場探訪とか。 ほら、身辺も落ち着いて来たし、大学入った時みたいに、自分に合う道場とか武道とかを探してみようか〜 みたいなノリ。 既に身についている動きが活かせる武道がいいな! いや、省力でソコソコのレイアウトにまとまるから、適当に書いても後から見やすいのだよね。 どのデバイスからも編集と閲覧が可能だし。 (進行中の考えとかPJとかは、iPhoneのSafari使って、ホームに置いたりすれば、見る頻度と見直す頻度は高くなる) > (見直す頻度=クオリティだと思う)(revision大事)(ハイペースなrevisionを重ねるシステムこそがクオリティの担保)(つまり代謝) (なんだかんだブログに書くとカッコつけるから、ちょっと文章のクオリティは上がるものね!) OneNoteも良いんだけどさ、まだアプリが重いのと、ノートテイキングのハードルが低いから、「本気」の文章がどれかわかんなくなっちゃうんだよね。(そこがいいところなんだけどさ) ブログなら時系列順に並ぶ。 時系列順に並ぶってのも大事。 時間軸方向の思想の蓄積を、一瞬で検索できるって凄いことだと思うんだ。 進行が早くて、状況が動きまくるPJならいちいち編集ダルいんだけど、 1act/2weekとかだと、HTML(markdown)でストックした方が有意義な感じになる Bold Italic Holizontal lineとかが、スニペット的に入力出来る。これは大きい。 Bold大事。**その段落において、一目で何が言いたいか分かる。**特に日本語は冗長なところあるから、Boldマジで大事だと思う。 リッチテキストは本当にいい拡張子だよ。 OneNote使い始めて一切使わなくなったけれど。 ブログ便利。

2016年8月10日 · 1 分 · 44 文字 · Keito Fukushima

2016年7月

文化が違う人と飲むのは大変だ。 いいと思う、ものや事柄が違う。 決して、相手を蔑ろにしたいわけではないんだけれど、特に魅力を感じない感覚。 こちらの立場が無条件で低いから、発言権も無いし。 生きている理由が違うのかな、と半ば諦めの感覚があった。 最初だから方々の飲み会に参加したけど、地味〜に手を引いたほうがいい。 俺が生来磨いてきた、『おもしろいものレーダー』に素直になって、心からおもしろいと思える人と飲んだ方が有意義だ。(そもそもが俺は排他的(以下略)) 交際費も無限ではない。(それでも今は月3〜5万は使っているのだ)(多いよ!) 時間が経って、俺がちゃんと馴染んだらおもしろいと思えるようになると思う。 それまでは控えめに居てもバチは当たるまい。 無理に距離を詰めようとするからストレスなんだ。 俺に有利な間合いを取り続ける意識。 この辺の拍子を捉える感覚、最近鈍っている気がするんだよね 天下一品 天一の豚トロチャーシューが恋しくなって、川崎の天一に行ってみたけれど、京都の本店とは別物だった。 もう行かない……w 吉良さんが亡くなってしまった 俺が世界一好きだったギタリストの吉良知彦さんが亡くなってしまった。 遠い音楽ほど聞き惚れた曲は、この先の俺の人生を通しても無かろう。 ライブに行ってみたかった。せっかく関東に来れたのに。 あぁ…… 8hは寝ないと 翌日のパフォーマンスを確保したいのなら、8hは眠らないとダメっぽい。 8h眠れないと、土日で足りない睡眠を取り戻すかのように一日眠ってしまう。 もういっそ俺の人生、土日の方が大事なんじゃないか……? と思う今日このごろ。 土日に全力で自分の意を通すためには、平日ちゃんと眠っておかないといけないと思う。 8h睡眠時間を取るには、22時には就寝しないといけない。(驚愕の事実) ……夜型人間だったんだけど、改革しないとなw まぁなんとかなる。 夜じゃないとクリエイティブな感覚は鋭敏にならない感覚があるんだけど、まぁなんとかなる。 俺だけこんなに眠らないと駄目なのかな、人生損してね? 大丈夫かなこの調子で? と心配になったけれど、ハヤタも8.5hは眠っているみたいで「そうそうそうだよね」と安心した。 睡眠を犠牲にするのは良くないよ。社会人生活は長距離走なんだ このままでいいのか 全体的に自分の意が通ってない感覚に苛まれ続けた。 日常業務で接する資料が無意味に複雑に感じていたからかもしれない。(コレに関しては改善を合理的に通すことが出来るのか、色々と手を尽くす余地がある)(それなりに合理的という事実も見えてきた)(慣れもある) 最終的に、**「愚痴は政治的に負けた人間の口からしか出てこない!」**と思うようになって、考えることをやめた(これは死について考え続けて、考え尽くしてしまって依頼、そう頻繁に想起されなくなる感覚に似ていると思うw) イーロン・マスクの伝記を読んで、このままではいけない!!w と思うようになったんだけど、いくらなんでも今動きまわるのは忙≪せわ≫しなさ過ぎる。 今の俺は、精神的に『一回休み』のフェーズなんだと思っているw 俺ステイ俺ステイ Pokemon GO 俺の中でポケモンは、銀版で野生の色違いのルギアを捕まえた時点で 「ああ、俺の人生で、コレ以上にレアなポケモンは捕まえらんねぇやw」 と静かに悟って終わったと思っていたのだけれど、やり始めるとやっぱりなんだかんだと面白いものだw 北海道へ 1年ぶりくらいに、実家に顔を出した。 ……親とも、適切な距離感ってものは存在すると思う。 俺と両親の関係というのは、クラスメートで例えるなら「あー、アイツいるよなー」ってな距離感で、「ともすれば偶に仲が良い」ってくらいの距離感なんだと思っている。 (それが一緒に暮らすと、それは軋轢があろうて)というのが、俺の両親に対する感覚なんだ。 今回の帰省は、気持ち短めだったのだけれど、すごくいい感じにまとまっていた。 人付き合いの極意は、「惜しまれているタイミングで帰る」ことだと何かで読んだ。 つまるところ、「足りないくらいがちょうどいい」 総じて 言語化してみると学生から社会人になる、通過儀礼のような悩みだな。 これもまた実験。 ……技術系で、やりたいことが出来る感じで入ったのに。という未練は、そろそろ笑って胸に秘めた方がいい。奸計秘さねば。 この恨みのような感情は、きっと忘れないが

2016年7月31日 · 1 分 · 61 文字 · Keito Fukushima

愚痴というのは、政治的に負けた人間の口からしか出ない

実家で眠れなかったから、瞑想がてら色々と考えた。 最近、人生が特に思うように進んでいないから、煩悶に囚われていた。 ここまで思い通りにいかないのは人生で4度目とかな気がする。the adversity. 凄い。 就活の時に、かなり本気で欲しがった(幾通りかの)キャリアプランとかが全て合理的に地続きな未来に存在しない。 「こんな筈では」とは思わないが、「おおう、コッチが来たか……」という感覚だ。 (俺は全知でも全能でも無いから仕方が無いが)内定の時点で、この未来が来ると分かってたら、俺は迷わず別の会社の内定書にサインしてたよ、と思わなくは無い。 俺の憂き目の責任対象が総体となっていて、「誰が」悪いとかいう状態じゃ無いのも、なお煩悶に拍車をかける。絶許。 望む未来が地続きの先に無いってのが、煩悶の最たる原因だ。 「行動起こす? どうする?」 「起こすとしたらどっちに起こす?」 「何が俺らしい?」 といった風に。 未来方向の俺から見ると笑えてしまうという確信すらある。 体重が落ちないっつーことは、何処かストレスを感じ続けているんだろう。 斜め上に進んで来た人生で、全てを今に繋げているけれど、それは各段階でチューニングして適応して見せただけで、俺が思い描いた未来では無い、というストレスは常にあったんだ。 「あれがあったからこそ今の俺がある」ではなく 「あれらを全て、無駄にしなかった。そうなるように強く在ろうとした。もし、舞さんにもう一回会えたとしたら、胸を張れる自分で在れるようにと折れなかった、ただそれだけだ」というのが、 「常に、『なぜ俺はこんなところに居るんだ』『ここは俺の居場所ではない』と何処か怒りを覚え続けた」俺の本音だ。 結果論だけなら、全て楽しく終えられて来たんだけどね。 欲を言うのならば、俺は俺の憧憬の近くに有り続けたかったよ。……それが、俺の紛れも無い初心だったよ。 今更戻って来ても、もう何にもねぇや。 あんなに帰って来たかったのにな。 (進みたい方向に進むことが出来ない宿命なのかもしれない)(最初の想定が甘いのか)(いや想定は出来てるんだけど)(確定した未来に魅力を感じない?)(状況:常に展開されよ)(どうなのだろう)(この辺の折り合いはまた今度か)(どうも、心の底から安定と定住を求めればなんとかなる気はする)(つまり、リスクを取らない)(リスクを取る実験は若いうちにしておきたい欲がある)(いやでも不本意なのは不本意だ。どうにか次は予防しねぇとな……) 次だ次。これ以上は考えても仕方がない。 ただ、矛盾のない言葉を食んで、安定よりにチューニングしねぇとな。 この何処からともなく続く怒りはもう御免だ。 面倒だ。50歳位まではそっとしておいてくれ。 愚痴というのは、政治的に負けた人間の口からしか出ない。 だから、俺は人生で金輪際愚痴を溢さぬ様にしよう 愚痴を溢して、政治的に負けたことを己に刻む位ならば、 負けても尚勝った様に笑う方が俺は強い在り方だと思う。 愚痴をギャグにするのはやめよう。 状況をギャグにするのはやめよう。 どうもそれは引き摺る。言葉にしちまうと引き摺る。 思想を遺すってノリでイブラジに叩き込んでみたけれど、 どうも強くない。強く在れていない。 イブカがウルトラ聞き上手だから、甘えているだけなんだけれど 基本スタンスとしてやっぱり愚痴をどんな形でも言葉にして口から出すのは俺らしくない 形式が無差別になるのが俺らしくない。 舞さん曰く「セクハラは相手を選べ」って話だ そして叩き込むなら愚痴ではなく、怒りにしよう。 愚痴を溢す位ならば、道化た方がいい。 本心というのは俺だけのものだ。 閉ざして誰にも相談しない、とかではなく、(極端は良くないw) 通じる相手に、通じるタイミングで持ち掛ける以外、全て無意味だ。 無意味なことは嫌いだ。 価値を感じない。 有象無象に心を砕くことが、とても厭わしい。 ならば道化た方が効率がいい。 言葉にしても伝わらない相手に伝える努力は基本的に無意味だ。生きている、理由が違うんだから。 しんどくなったら、好きな人に甘えるの方がいい。それは恋人であれ。親友であれ。 そこからのフィードバックなら、身に染みよう 愚痴というのは、政治的に負けた人間の口からしか出ない。 最後に勝つんだから、負けを認めることは無意味だ。 浮き沈みはあらあぜよ。 現状に不平を溢す暇があったら、カードを練って伏せた方が建設的だ。愚痴には未来が無い。 俺は強く在りたい。 強く在れない俺は、俺では無い。 愚痴を溢すというのは、政治的なサレンダーだ。 意味がない。それなら(状況が展開されたことで)増えたカードでコッソリ地雷を埋めた方が楽しい。 (でも)好きな女の子の愚痴を聞くのは楽しい(なんでだろうw) 「愚痴を聞きながら裸を想像しているの」「「きゃー!」」っつーフレンズの1幕が好き過ぎるからだろうかw エロと笑いに、愚痴なんてないだロウ! (ワ-イ ジャパニ-ズ ピ-プル!! その辺が最近のストレスの大部分だった。 なんだか憑き物が落ちた様だ。 後はやっぱ、「いつもこころに厨二病!」みたいなノリで戦闘にした方がいい。 ああ、いや、愚痴をロジックに変換する方向も考えたんだよ。 でもね、イーロン=マスクも言ってんだけど、「間違いを指摘して直してしまうと、その人は(何故か)無気力になる」んだよね。 唯物感を奪うのかな。わからないけれど。 その辺は俺もまだ経験足りなさ過ぎてよく分からない。

2016年7月31日 · 1 分 · 76 文字 · Keito Fukushima

奸計秘さねば実らじ

(ジンクスのレベルだが) なにごとにつけても、進行中のことで、本気でやりたいことってのは、コッソリやらないと実らないという気がしている。 偉そうに、「俺、これやろうと思ってるんだ〜」みたいな事をひけらかせて、最後まで完遂したことって、多分俺にはあんまり無い。 多分、人に話す事の出来るレベルに考えが及んだら、「誰でも自明に出来ちまう」っていう、 まぁ謂わば「残っているのは作業だけ」で、 ……俺は作業というものが、致命的に出来ない。対処は人一倍出来るんだけどね。作業はムリだ。犬にでも食わせておけ。 話しても伝わらないレベルでしか、構想できていないのなら、(simplify出来ていないのなら)まずネガティヴを食らう。 食らうネガティヴの量が多くなる。 そしたらやる気は無くなるさねw MPってのは無限じゃない。 だから、俺はホウレンソウというものは、俺には「報告」以外無駄なのではないかと思っている。 全てを完了形にしろ。 ………コッソリ仕込んで、トラップカードを オープンにしたら勝ち確。みたいなプレイスタイルが、1番カッコいいと、思うんだ!w←

2016年7月21日 · 1 分 · 14 文字 · Keito Fukushima

質とは量より出るもの。しかし、

昔こんな文を書いた。 上位2%にだけ触れていればいい 原理的には、俺の書く文章も、100本中2本は「おお、名文」となる原理。 その2本を生むために100本書く。 それはまぁ、ロマンだよね、とか思う。 俺の行動原理の割と大事な部分に、 思想を遺す、ってのがある。 それは過去、両親に考えたことを全て潰されたガキの頃の俺の怨嗟から来る思想でもあり、同時に、舞さんに拾い上げてもらった俺が、次に誰かの何かを拾ってあげられたらな、という希求からくる思想でもある。 表裏一体だね。 ガキはガキなりに考えてるってことを、忘れちゃいけない。拾ってやらねぇと、子供は極端な手段を取るしか無くなるんだ。 ま、考えてない部分は拾う必要はないと思うけどね。その見極めはどうしたものか。 難しいね。 思想を遺す手段の一環として、ラジオを録っている。 大体、1回/1〜1.5ヶ月のペースで録っている。 由来は多分、C・サイクスの「ファインマンさんは超天才」だと思う。 この本は、ファインマンの生前のインタビューを非常に有機的に再構成して、まるでファインマンと、彼の知己との間に繰り広げられる会話の渦に自分が参加している気になるんだ。 この本を読んで、ああ、インタビューを遺すって効率いいな、と思った。 インタビュー・ウィズ・バンパイア。 ラジオを録りはじめて、もう20回目になる。 死ぬまでに500回を目指そうぜ! って言ってる。 500回をクリアーするために、がんばって1回/2週で録ってみたんだけど、聞くに耐えない駄作が連続した。 ああ、もう、録らなきゃやってらんねぇよ!! ってテンションになってから、自然に収録しないと、面白くならない。 つまり、拍。タイミング。タイミングを計る勘に従う。 質も大事だが、質を確保するには、適切な時間を置かないといけないらしい。 インプットより多いアウトプットを求めても、良いもんはなかなか出来ないらしい。 俺は、やっぱ、自分の中の何かの区切りとして、書きたがるらしい。 昔っからそうだな。 丹精込めて書きたくったノートを、燃やすような感覚なのかも知れない。

2016年7月19日 · 1 分 · 30 文字 · Keito Fukushima

経験値がオーバーフローする

ガキの頃読んだ随筆にこんな一節があった。 「人の仮面ばかり作ってきた老齢の陶芸家が、人間のデスマスクを指で触れ、なぞる。 陶芸家はそれだけで、その人間の生きてきた道筋、苦労、幸運、ともすれば信念まで当然のように言いあてるのだ」 俺はこれ、あると思うんだ。 経験値がオーバーフローして、ともすればスピリチュアルだとしか思えないレベルまで高まってる感じ。 ここまでの究極にはなかなか遭遇したことは無いけれど、俺、やっぱなんとなくわかる気がするんだ。 武芸百編、神事に通ずというか。 師匠が一抱えくらいの丸太をあっさり斬った時に、 「え、やばいそれどうやるの?」 って訊いたら、 「え? いや、、あー、わかんねぇな。ずっと刀振ってたら、いつの間にか目の前のものが自分に斬れるかどうかが分かるようになってた」 みたいなことを言っていた。 職業病も、なんとなく近しいものなのかな、とか思う。 センゴク天正記で、センゴク権兵衛が、家臣を選ぶ時に、 「ツラ構えは大事やぞ」 「ああいう、悪意の欠片もありませんよ、みたいなツラをしたヤツに限って、土壇場でコメを持って逃げる」 みたいなことを言っていた。 紅で、九鳳院紫が、 「嘘をつく人間は、嘘をつく時、嘘をつく顔をしている」「真九郎、どうしてわからないんだ!」 経験値がオーバーフロー。 なんかこの言葉、スゲェ好きだ。 ……いや、俺は言語化して納得していくっつープロセスが全体的に好き過ぎるんだけど、 絶対に言語化出来ない域のものは、もっと好きなのかもしれない。 量からしか質は生まれない。 量をこなすということは、数限りない試行を、ウルトラ失敗しながら、それでも続けるってことだから、それだけで既に割と尊いと思う。 めげるな進め、めげるな進め いやしかし、物事を挫けずに続けるに於いて、成功体験とか、認めてもらうとか、そういう承認プロセスって、スゲェ大事だと思うんだよ。 だから、めげずに頑張ってる人間は、いち早く認めてあげられる人間でありたいものだなぁ

2016年7月19日 · 1 分 · 29 文字 · Keito Fukushima

老獪さ・魅力のある人間

色気とか、老獪さとか。 その辺の感覚は、俺の中で近いもの、という感覚がある。 色気ってなんだろうな、と思って一時期調べていたことがある。 「色気ある感じの人間になりたいんだ!」 とのたまう俺に対して、俺の愛しの義妹は、 「あー、うーん、あー、 お兄ちゃんは、オープンエロスだから…… 無理だと思うよ」 と、かわいそうなものをみる目で俺のことを見てくれて、傷つきながらもちょっと興奮した覚えがあることをここに懺悔しよう。 閑話休題 色気について、俺が納得してるのは、九鬼周造の言葉だな。 「いき」とはーー 運命によって 「諦め」を得た「媚態」が 「意気地」の自由に生きるのである 老獪さを手に入れたいと思うことが、度々ある。 老獪さを発揮出来る条件ってのは、 「過去に俺はここまでされた経験があるから、まぁこのくらいなら耐えられるよねー ハハッ」 みたいなところにある気がする。 煮え湯を飲まされた回数によって、「え、そんな狡いコトやっちゃう?」みたいなコトが、ナチュラルに取れる手段に変化するイメージ。 色気も、老獪さも、経験値依存なんだ。 そしてゴールは剣客商売の主人公。 老獪さに繋がるんなら、不遇もまぁ、奸計のカード集めだ。

2016年7月19日 · 1 分 · 24 文字 · Keito Fukushima

人材≒食えるものの種類が増える

ノドグロトーク② 「3マンセルを多く作る方が効率がいい」 「それに関しちゃあ同意だなぁ、リーダーも臨機応変、四季折々で変えていくってのが無いとな」 「人財って感覚はイマイチ分からない。人財の組み合わせで限界到達点が伸びたことは、今まで無かったしな」 「あー、いや、あー、うーむ。 それに関しちゃ、アレだ。食えるものが増えるって感じだ。メンバーの中に、とても省エネに何かが出来る奴が居ると、ソレも食えるようになる。」 「例えば、ああ、アイツ居るし、これもついでにやっても良いかな、みたいな感じになると思う。」 「深度に関しては、確かにあまり深くなるって印象は無い。ただ、同じ深さまで掘る労力で、良いものもついでに食える印象がある。」 「つまり、グルメになれる」 プロジェクトに於ける人財というものは、こういう理解であまり外していないと思う。 深さは概念設計で決まる気がする。 予想外に深くまで行った、って感覚は、たまにあるけれど、ソレはヒトベースなのではなく、 時と場合ベースの運みたいなもんだと思う。 だから、深さは設計ベース、幅は人財ベースな感じかな。

2016年7月19日 · 1 分 · 14 文字 · Keito Fukushima

自分らしい or NOT

ハヤタと品川で、鳳凰美田を啜り、ノドグロをつつきながら話したことで、 割と好きな話その① 「この年齢になると(24年も生きていると)、判断の基準の、とても大きな部分に、『自分らしいかどうか』ってのが入ってくると思うんだ」 「自分らしく選択したことなら、受け入れられる」 「自分の哲学に反しない言葉で与えられた考えなら、素直に受け止められる」 「行動を、起こすか起こさないか、という判断の材料のとても大きな部分に、これは過去の自分を裏切る行為ではないか? という自問がある」 「そして、自分らしいことをしなかった時って、結局はあまり良い目が出ないんだよね」 「だから結局、自分らしいことをやってねぇとな、って結論になるんだ」 過去の自分は、 今よりも手持ちのカードは少なかったにしろ、その少ない手持ちのカードで、全力で考えて判断していた。 ガキはガキなりに全力で考えている。 「古き良き時代というのは、常に記憶の中にしかありません(堕花雨)」 この20年、予想通りに進んでこれた自信は一切ないけれど、そんなに不幸では無かった。 何が自分の身に起きるのか、(俺は全知でも全能でもないから)予見できたことは無かった。 (後から振り返っても、兆候や、「まぁ順当にそうなるよね」って判断出来るカードは、当時の俺の手の届く範囲には無かったよ) しかし、折々の判断は自分らしいものを常に下して来たと思う。 過去の自分を裏切らず、過去の自分の言葉を嘘にしない。 固執とかではない、変質は歓迎している。しかし望んだ方向、もしくは今の自分の地続きでないと、とてもしんどい。(意味もわからないし、習得までとても時間が掛かる) 世の中には豚に真珠的なことは多々あると思う。必要な言葉というのは、必要なタイミングで与えられないと意味がない。 周りの顔色を伺って生きて、よかったと思えることは無かった。 他人を傷付けて、よかったと思えることは無かった。 悪いことをして、それが自分のためになったことは無かった。どこか罪悪感を感じ続けた。 なんか違うなと思いながら、何もせずに納得出来たことは無かった。 自分らしさとは、(安直な言葉だけれど)蔑ろにしてみても、決していいことは起きないものなのではないかと思う。 最後は勘なんだと思う。

2016年7月19日 · 1 分 · 26 文字 · Keito Fukushima