金銭関係

自分でもウルトラ金使いが荒い自覚はある。 舞さんが、お金はいっぱい持っているのに、あまり幸せそうでは無かったことも、一因として大きいのかもしれない。 ただ、本当のところ俺は根本的なところで、俺がお金で首が回らなくなる予感がないんだと思う 金銭に関して、俺は頓着していない気がする。 お金は全て経験値に替えた気がする。 試してみることに失敗はない。 ダメだ。まだ上手く言葉にならない。 分からないが、 必要な時に、必要な額面を持ち、 機会を損失することが無いように努めたい 今は取り敢えずこんなところか

2016年7月17日 · 1 分 · 11 文字 · Keito Fukushima

合理性と感情論の両立

常に悩んでいた先人が居るらしい。 最近「あー、もう感情論でがなられても、大して俺には響かねぇなぁ〜」 って思っちまってから考えるようになった。 ソイツにしか言えないセリフにしか、やっぱり価値は無いよ。 一般論なんて掃いて捨てるほど、この頭には叩き込んださ。 “仕事って側面だと、まだ俺の市場価値がソコソコ日本では高い”っつー目算が立っちまってるから、権力を笠に着て怒られても、本質的なところに響かないよ、と思ってしまった。 彼らがその立場に行き着くために、積み上げたものの重さが分からないからってのも大きいのだと思う。心底からは、尊敬出来ていないのかも知れないな。これは良くない。 ……良くないんだけど、まぁある程度は仕方ないよ。相手の力量を推し測るってのは、時間が要るものな。 後、生きている理由が違うしなぁ。と。 ここも分からない。大抵の人間は、どんな立派な初心があろうと、ソイツを忘れ去って、大抵、出世と給料と家族のことのみが関心の対象となるって、あのスレッドには書いてあったし、 俺もそれはある種正しいと思ってるから。 合理性と感情論。 ハヤタは割と、割り切ってる感じがある。 言語化してないけれど、シチュエーション毎に出方はある程度決まっている印象がある。 なんかこの辺、スタンスのレベルで違うなぁと思うんだけれど、言語化まで至れていない。 俺は多分、この2つのバランスに対して、ハヤタよりも、感情論の持つ可能性を諦めて居ないんだ。……それが何かは分からないけれど。なんだろう。多分、劇的な変化への源泉的なもの……? それ以上に美しいものなんて、この世界にそんなに無いんだぜ、って位のものが、感情論のサイドに隠れていて、それを引き出すことも合理の方に組み込んでいる俺が居るんだ。 分かんない。スマブラDXで、マルスではなくロイを使う感じの、ロマンなのかもねw

2016年7月11日 · 1 分 · 18 文字 · Keito Fukushima

6月の月記

6月は色々あった。手記として残しておこう。 本配属前研修 本配属前研修として、生産工学的なことをサラッと実習を通して学んだ。感覚的には兵站の概念。ロジスティクス。日本人が苦手な概念。ヤン・ウェンリーが得意なこと。ナルサスが重視すること。 極めて優秀な用兵家だけがこれを蔑ろにしない。 なんだろう、全体的にそんなに難しいことは無かったな。……俺にとって物理学とか数学より難しい事柄がこの世界にそんなにあるとは思えないけれど……。ああ、女子には勝てない。いやでもこれは逆に簡単な摂理だなw 生産管理の究極ってのは簡単だ。 人間を排除すればいい。 もっと言うのならば、人間の意志か。 実習で学んだことは多いが究極的にはやはりひとつだ。 性善説で考えて、性悪説で実行する。……これに尽きる。 それならば、いつも考えていることとそう変わらない。 浅く笑って奸計を練って、行動を起こすだけだ。 印象に残ったことは……そうだな。「皆が自分の最善を尽くす結果、全体最適は夢へと消える」ってことか。いや、極端な話、もっと簡単にやるんなら、独裁してしまえばいいのだ。責任は総て私が負う。いいからやれ。前へ進め。個の意志はシステムに及んでは無駄だ。社会主義的思想も、資本主義的思想も、イイトコどり出来ればね。(小規模なら可能だと思うんだけどね。)(ああだから俺は排他的で選民意識な部分があるのかもしれない) これが出来ないから、混迷するって事がよく分かった。つまるところ全てにおいて覚悟が足りないって話でしか無かった。掌握すればいい。その上でシステム化して、最後に離れればいい。人間は自分にとって都合のいい現実しか見ないんだ。 俺も含めて。 本配属 理系で開発の道に進むつもりだったんだけれど、色々あって経理をすることになった。 この一側面に関しては、俺は多分、会社のことを許していない。 会社が俺の望んだ未来と、俺がその未来の為に他の可能性を切った覚悟分位のことをペイしない限り、俺はこの会社のことを許さないと思う。一度だけ、イチバン大事な局面で俺は盤面を全て俺のために売り払っても、俺は俺を許せる。 経理。この業務、AIにすべて取って代わらせたい。 基本的にプログラムを書くこと以外の入力作業はムダでしかないと考えている。 人間が挟まれるから、不正やらお化粧やらが起きるんだ……。 事実を表す数字に、人の意志が絡んでいいものだろうか? 俺にはまだわからない。 色んな事が、まだわからない。 人生思い通りには行かないものだ。 内定の時に思い描いてベットした未来とは、ガリガリと音を立てながら違う方向に進んでいる気がする。 ……いや、究極的には想定の範囲内だったりするんだ。だから、「まさか○○○○をつくることになるなんてね」ってセリフとポーズも、これはこれで嘘だったりする。このカタチは実は知っている。 頭の中では相似形のものを思い描いていたりした。ちゃんと。 だから、「まさか」ってのも、「100のうちの2を引いちまったか……」って感覚だ。 そしてそれを「俺らしい」って判断しちまってる俺が居て。一方で 「ああ、やっと本来の才能(それはそれはとてもとても文系的な才能)が生きるフィールドに立ったのかw」っつー感覚と同時に、 「俺は誰より技術者として生きる覚悟をしたのにな」っつー葛藤、コンフリクトが常に俺の中にある。 「なんで俺はココに居るの?」 って。 いや、院試に落ちた後のコンフリクトほどじゃないんだけどね。ホント我ながらどんだけ辛かったんだあの局面w 強く在れって言葉を自分の支えにして生きて来たのに、(社会的に確実に)強く在れていない自分を自覚し続ける。自己矛盾で息をしているだけで惨めだった。 んで挙句強く在るために唯一思い浮かぶ方法が、無理矢理にでも笑ってないといけない、丁寧にちゃんと胸を張って生きないといけない。ああ、アレは本当につらかったな……。 本音を言えば、やっぱり想定外では無かったりする。どーせ3〜4年後には似たようなことやってたんじゃねぇかな、っつー予感もある。 しかしまぁ、「許していないぜ」っつー感覚はあって、 周りが俺に向ける視線に期待通りの応えを返すのと同時に 「俺は望んでここに居るのではないよ」 「お前らがもっとちゃんとしていれば、俺は別の可能性の方を引いていたのに」 っつー恨み言が頭の奥底で怨嗟の様に木霊する。 そういう「意としてここに居るのではない」って感覚が頭のなかに在り続ける一方で、面の皮では笑っている、って意味でも、今の環境は俺らしかったりする。 この感覚は、よく知っている。 俺は、別の可能性のためにちゃんと手を伸ばしたのにな。 いつも俺の力を超えた「状況」っつーモンにスポイルされる。 それは生まれる時代だったり、親の転勤だったり、地理的な距離だったり。 好きな人が俺のことを大切に思ってくれる意志そのものだったり。 年齢を重ねて意を通すことが出来る範囲は増えた。 考えられることと、講じることの出来る手段も増えた。 俺はあまり、自分の運の良さを疑ったことは無い。 自分には女神の幸運的な加護が付き纏っている感覚がある。 多分、**俺の意志とは無関係に、**俺にとっていい位置に行くようにする類の、 実はこれは呪いなんじゃないかと、俺は常々思っているんだ……(嘆息)

2016年7月11日 · 1 分 · 56 文字 · Keito Fukushima

iPad Pro 12.9・9.7

iPad Pro 12.9 kindleで買った大判本の読書用 だけ の用途で素直に欲しい。 貯金が150万位貯まったら買ってもいいかも知れん。それでやっと貯金の10%の消費かw ……月に15万貯金したとして10ヶ月か。大変だ。 iPad Pro 9.7 Opus Oneの出来がとても良ければ買ってもいい。 しかし職場は電子データ系の持ち出しが一切できないから、結局タスクとスケジュールは紙管理になってしまっている。……いや、イイんだけどね。思ったよりOutlook良いツールっぽいし。 欲しいものは欲しいが、家電系やらモバイル機器とかは、壊れるまで使って、修理して使って、再起不能になってからはじめて買い換えるのが一番コスパがいいのだよね。いや、だって俺、もうガタが来てるけどiPad 3rd持ってるもんなぁ。コイツマジ良い機体だし…… 所有することに対する欲求は日に日に薄まるばかりだ。物質的なものに未練を抱いてはいけない。死んだ後には何も持っては行けないんだから。使い切るイメージがないとな。身奇麗に生きたいものだ。いや、時間に対しては金を惜しむべきではないと思うけどね。Do more with less. あらゆることの究極系だ。 未練と相反して。 愛着はいい。2つは似て非なるものだ。 そんなことよりも、俺は世の中にトリック・オア・トリートを仕掛けたい。 それ以外のことは、俺にとってやっぱりあまり価値はないんだ。 この言葉に、嘘はない。感情的なごまかしも。一切。ないんだ。

2016年7月11日 · 1 分 · 26 文字 · Keito Fukushima

Webページのクリップ→印刷

Webページのスクラップは ScrapBook(Firefoxアドオン)→ Evernote(プレミアム)→ OneNote(無印)→ OneNote(Firefoxアドオン) と系譜を辿った。 初代のScrapBookはHDDのデータが消し飛んだ時に死んだw あーあw Onenoteアドオンで「ページ全体」or「記事」を選んでクリップ Onenote Webに行って、ノート・ページを開く 印刷。(not Ctrl+P)(標準コマンド) 2アップとかで長編綴じするといいかもしれない。

2016年6月21日 · 1 分 · 14 文字 · Keito Fukushima

凡そにして、全ての才能の行き着く先は構想力なのではないか

そんな仮説を最近考えている。 士は語る可し(言志四録) なんでもいい、1つのことを極めてみろ(麻子) 構想力。 工場実習で俺の直上に付いてくださった工員の方が、妙に全てのことに対してレベルが高かった。 「大体自然の摂理に(なんらかのギミックをもってして)反するものを作り上げてしまえば、それは売れる」 「気を付けろ、沼に嵌るなよ。君が今見つめているところは、なんだかんだ沼だから。価値のある仕事と大きい仕事を取れる機会がせっかくあるんだから、そっちを取れ」 詳しく聞いてみると本当に凄いことを仰る。 クワイガン=ジンみたいな人だった。 若い頃は個人事業主で、一生分、稼ぎ切っている人だ。 ひと山当て終えていて、だからもう生きる理由が違う。 生きる理由が違う。目的が違うんだよな。 カッコいい人だった。目の輝きが違う人だった。 業務とシステムはやっぱアレだったけれど、あの人の下で1ヶ月働けたことに関しては、本当にいいことだったな。 俺はあまり、俺の運の良さを疑っていない部分がある。 イブカが「けーとくんは、実は社会的には運が悪いんだけど、人に恵まれるのと、けーとくん自身の能力の高さで『逆境を物理で殴って倒してしまっている』感じあるよね」「京大だってそうじゃん?? 運無くて阪大落ちたけど、結局倒し切ってるじゃん??」 ありがたい1ヶ月だった。業務に関しては恨み的な怒りもあるけれど、人には恵まれた。感謝しかない。

2016年6月20日 · 1 分 · 18 文字 · Keito Fukushima

工場実習 リザルト

メーカーの人間だから、中部東海地方に工場実習に行っていた。 ヒマだったらやることとして、 会計の本を読む リゼロを読破 Pocketの消化 お金についての知識と言葉を収集 を考えていたけれど、リゼロの読破以外ほとんど出来なかった。 理由は明白だよ。工場実習超疲れた。労働力として消費されることがあんなにも精神と肉体をガリガリと削ることになるとは。 まぁ悪戯で遺書は残せたから良しとする。 今回、1ヶ月という長い期間、出張ベースということでビジネスホテルに宿泊したのだが、2〜3日ならともかく、1ヶ月ともなると、持ち物が変わってくると感じた。 持って行ったもの iPad 3rd MBPR13 Kindle Oasis Walkman サンダル 買ったもの ラフロイグ10年(350mL) ※心の友 洗えるスリッパ ※足元大事。 折り畳み傘 ※元々欲しかったのでちょうどよかった。 石鹸 ※石鹸は万能。石鹸で食器を洗っても、俺の肌は荒れないことを知った。知らなかった 歯ブラシ・歯磨き粉 ※オーラルケア大事 Aterm ルーター(OCN) ※アマゾンでタイムセールだった 後悔したこと 自宅のサーバー(VPN)を設定し損ねて来てしまった。 家のサーバーにアクセス出来なかった。

2016年6月4日 · 1 分 · 35 文字 · Keito Fukushima

常識は一定ではない

今週のジャンプの、ワールドトリガーの会話がスゲェ琴線に触れた。 常識というのは、存外儚いモノだ、とオレは思っている。 常識には転換点があり、それはとても緩やかに――しかし、後から考えてみると自明極まりなく思えるように――転換する。 幕府が最高権力で、逆らうことも出来なかった時代 → 維新 日本は後進国だ → 日露戦争 太平洋戦争 → 敗戦 土地神話 → バブル崩壊 ITバブル → 飽和 全てが「そりゃあそうだわな」と思えることだ。 常識は古くなる。更新される。 それは時代のトレンドやら、技術の進歩。プロダクトによる生活の改変と、価値観の改変。(改質?) 故・河合隼雄 先生が心理学に思いっ切り取り組んだのは、「太平洋戦争 → 敗戦」で変わった常識に、折り合いを付けたいがため、というのと、もう一つ。「太平洋戦争で歪んじゃったけど、本来の日本人ってのは、なんだっけ?」みたいな部分だと思う。(本人もそう述懐していたように思う) 「昨日まで『鬼畜米英!』『いざとなったら竹ヤリで特攻しろ』なんて言ってた政府が、今日になったら米国に媚びへつらうわけですよ」と。 忘れてはいけない。常識は変わるものだ。 変わる常識を読み、捉え、踏まえた上で強く在らねば、オレは自分を許せない。 胸を張ることが出来ないんだ。 世間は往々にして正しいが、基本的にはどこかしらかにおいて衆愚だ。 個として自分の足でしっかり立ち、自分の腕で世間を渡り、自分の手は価値を生み出すことが出来るんだ、という自負を持って生きるのだ。 今のオレにとって、強いカタチは、とにかくここにいったん行き着くことだ。 強く在れ 強く在れ 強く在れ。 「――戦うと、そう決めたのであれば、全身全霊で戦いなさい。一瞬も、一秒も気を抜かず、どんな手段を用いてでも、どんな汚い方法を使っても、勝利という一点に向かって貪欲に食らいつきなさい。まだ立てるのならば、まだ指が動くのならば、まだ牙が折れていないのであれば、立ちなさい。立ちなさい。立って、立って、斬りなさい。生きている限り、戦いなさい。戦え、戦え、戦え!」(リゼロ ヴィルヘルム=トリアス(ヴァン=アストレア)) 実習中、リゼロを(とりあえず第三章まで)読み終わった。 いい作品だ。本当にいい作品だ。なんていい文章を書くんだろう、この作者は。

2016年5月25日 · 1 分 · 39 文字 · Keito Fukushima

出世やらなにやら②

長くなったので改めた 「出世したい??」と問われて、「ええもちろん」と即答している。 男に生まれたからにゃあ、そりゃあ偉くならねばな! と思うんだけれど、 この間課長に呼び出されて説教食らった時に、 「てめぇそんなんじゃ現場の人間はついてこねぇよ!!」 みたいなこと言われて、心の奥底で「ンなこたぁねぇよ」と怒りの疼痛を感じている俺がいる。 怒りと痛みと反骨を覚えている俺が居る。 上司に怒られるって、超初体験だったけど、アレだな。 「ああ、今オレ、相手の間合いに不用意に踏み込んじまってんだな」 みたいな感覚だった。 そして尚且つ、こっちが刀抜くの許されない感覚。 刀抜いたら、こっちが余計に傷を負う感覚。 アレよくねぇな。難しい。 「今ここで斬られておかないと、もっと深い致命傷を負うなこれは」って感覚。 斬られっぱなしだと死ぬんだろうけどな。上手い怒られ方ってのも、体得しないとな。 まぁ一回線を超えたことで、「何処に地雷が埋まっていやすいのか」っつー死に手を覚えた(類似を全部スイープ出来た)から、コスパは最高に良かったんだけど、難しいね。 人間を悪し様に言ったつもりはないんだけど、現状のクソ極まりないシステムも、それはそれで誰かの手がかかってて、それはニアリーイコールで『誰かの子供』みたいな認識をしておかないと、超反感を買うな。と。いやまぁクソ極まりないシステムってのは本当にクソ極まりないシステムだと今でも心の底から思っているんだけどね。だから吐いた唾を飲み込むつもりもないけれど、一番効くカタチで硫酸を流しこむって方法以外で唾を吐くのは無意味だな、とも思い知った。クサいしキタナイ。美しくない。 最初は処女のようにたおやかに、後に烈火の如く猛攻。これが真髄なのに、俺は威嚇行為みたいなことをしてしまったんだ。気をつけないとな。処女のようにたおやかに。THE 奸計。 特にオレはそれを殺し切るってのが至上命題の職種だから、まぁなんというか、色々と気をつけないとな。身の振り方難しいな。 まぁでも無変化は停滞しか生まねぇし、感情論で説教されてもオレは折れねぇよな…と思った。感情論って「最後にはそこに行き着くのは分かるんだけど、今は方法論≪ビジネス≫の話ししてるからさ?」って感じがいやもう**本当にもうマジで感情論と理性は分けて説教してくれ頼むから。 ……**俺も気をつけないとな。 強く在らねば。強さを模索せねば。挑む前には勝っていなければ。 全ての説教と、俺に対する示唆に 「他人を使うことを覚えろ」という旨が入る。 使えない訳ではない。しかし、自分一人で出来る自負もあるし、正直出来てしまうという感覚もある。つまり、「その方がはやいじゃん?」 俺より大学時代、いろんな人に火を焚べてもらって、いろんな人に引っ張りあげてもらって、オイ!アレやろうぜ!! っていう楽しみ方をした人間は、居ないと思うのだ。 まぁつまり、「あんまり大失態とかも今までは無かったし、これからもある気があまりしないんだけど、なおせなおせって、なおす必要、ある? その時が来たり、本気で困って首が回らない状況になったら、俺はちゃんと変質出来る自覚があるんだけど。……それよりもあなた方も個の力を全力で磨いた方が良くないか? 学がない学がないって、学なんざ自分の哲学にそぐう本を見つけて掘ってみたら意外とアッサリ身に付くものだぞ、というかそもそも本を読んでる? 俺より読んでる?」とか思ってしまってどうにもな……。なんだろう。俺も剣が抜けるタイミングがあればいいのにな。 いや、そんなにそんなに挑むことばかり考えているわけでは、決して無いのだ。 ただ、俺の方にも言い分は腐るほど在るし、そんなに浅い部分で言葉を連ねられても、そこは一度通ったぜ? だからもっとスゴいのくれよ? と思ってしまうんだ。 反省する部分は反省する。なおす。俺が悪い部分は俺が悪い。でもまぁ地雷はなんだかんだ新兵だからまだ分からなかったな〜 と思う。まぁいいや。 人を使うって感覚は、よく分からない。「一緒に遊んでもらう」「巻き込む」みたいなことと、それは違うんだろうか? 使うって感覚と表現は、正直、嫌いだ。「やってもらう」「Takeを噛ませてやってもらう」「別のところで報いるよ」 みたいな感覚が、俺には誰よりある。分かんない。投資して、投資される感覚? ボッたりボラれたり。それが池袋の摂理。(ウエストゲートパーク) 他の人に投げる、自分が一歩下がるライン。その分岐点は、やはり怒りだと思うんだ。 「俺はぐーたらしていたいのに、なんで俺が頑張ってみんな遊んでんの!?」みたいな怒りだ。 これを一番最初に自覚したのは、小学3年生の時で、そのことを意識した時の通知票には 「ひとりで出来ることと、ひとりでやること は違います」「ひとりでやること、やってしまうことが多く、心配していましたが、ある時からピタッと止みました」と書いてあった。俺はこの評を読んだ時、「ああ、なんて頭のいい先生なんだ」と思ったことをいまでも覚えている。 いい風に書かれていたけれど、正直後ろにあったのは上述の怒りだ。「キサマら働け!」「俺より働け!」 それと同時に、斬り込むのは常に俺でないと成功しない印象がある。 発達初段階のサイクルを俺より早く、上手く回すことの出来る人間は、そんなに居ないんじゃないかと思う。実のところ、俺は多分「意が通って、尚且つ『コイツ出来る』って判断出来た人間」には、誰より早く投げるし、まぁそういう人間は実際通じ合うよね、みたいな感性が俺にはある。答え合わせでいいし、それが一番効率がいい。俺も幸せ。みんな幸せ。 俺についてくる必要はあるのだろうか? 俺が人を使う必要はあるのだろうか? 根本的に選民意識がある。莫迦が天才の進む道を阻んでいる状況に、並々ならぬ嫌悪感を覚える。 一方で、世間はなんだかんだ正しい、という意識もある。 それと同時に、常識というのはある時一瞬で方向を変えるものだ、という意識がある。 全ては志なのだ。人間はかなりの度合いで、他人の野望に引きずられる。だから、抱いたもん勝ちなんだ。大きい夢と、覚悟を。 俺にはやりたいことと、引き寄せたい未来の憧憬がある。俺は今すぐそこに行き着きたいんだ。だからもう、そこのけそこのけ、俺が通る。きっと楽しい、一緒に行こう? ああ、すべては時と場所と場合によるのだろう。

2016年5月25日 · 1 分 · 59 文字 · Keito Fukushima

出世やらなにやら①

工場実習がウルトラつらくて(体力的に)(精神的には……どうだろう? 分かんないや)(まぁ院試の後の俺ほどじゃねぇやね。あの時はもう…、呼吸をしているだけで惨めな気持ちってこの世界にあるんだな。あんな感情、この世にあっていいのかよ、と思ってる)(それに比べりゃマジでこの実習の精神的苦痛さはぬるま湯でしかない) 何はともあれ、実習中は大体考え事をしている。(現実逃避) ずっとずっと、「なんでだろう?」みたいなことを考えている。 全てのことに対して。 「ある土地に定住して、なんだかんだとお堅い職に付き、一生を予想出来るカタチで終える」 という可能性は、就活の時に「ああ、これ駄目なんだ」と受け入れた。 仕方が無い。 オレはどうもそういう、「凄く自明に安泰」という選択肢を、キレイに受け入れることが出来る人間では無いらしい。 まぁそうだよね。そういうことが出来る人間は「無変化は停滞しか生まねぇ、死ね!!」なんて、口が裂けても言わねぇだろうがよ。自嘲とともに笑えて来てしまう。 余談だけれど。その会社ホント超いい会社で、仕事があまりない(超ラクな)わりに妙に給料良かったから、それはそれは本当にいい会社だったんだけど、 俺は「この会社に入って、人生を過ごしてて、俺は不敵にわらえねーなー」とか思ってしまった。 不敵に笑うって、「一番、オレ以外の人間が出来ない顔」だと思う。(あー、いや、ちょっと違うな。俺に一番似合って、それを俺が心から愉しんでいる状態なんだと思う)(まぁこれがニュートラルってのも、どうかと思うやねw) まぁでもあの会社に対しては今でも思うけれど、「人生が10回あったら、そのうちの1回は入りたかった」と思う。 仕方が無い。今の生き方をオレはもう選んでしまったんだから。 生まれてこの方、ひとつの土地に定住できたことは無い。 運命かもしれない。このことには最早、諦めみたいな感情がある。 西宮には10年住んだが、あの土地がオレの故郷という感覚は、オレにはない。 「土地より人」というのが、オレの結論だ。 この結論から逆推するに、西宮にはオレが帰りたい、と恋焦がれる存在が住んでいないのだろうか。 帰る場所では、ないんだ。 どうなんだろうな。オレの帰属意識はどこに向かうんだろうな。 親に対しても現在進行形で帰属意識を持てていないのだ、オレは。 (無論感謝はしているのだ)(そのへんの折り合いみたいなのはまぁ、一生かかるかもな) わからない。 帰属意識を他に置く感覚こそが間違いなんだろうか? だとしたら「電波的な彼女」で堕花雨が言っていたように、人間は死ぬまで「自分」に向かって歩いて行くのだろう。 孤独な道だね。百年の孤独。 誰かの幸せを祈ることが出来たら……そんな相手が居るんなら、多分それはなによりも幸せなことなんだと思う。 オレは自分が好きになった女の人が、オレの知らないところで幸せに生きていてくれればいい、と思うことができるようになるまで、10年かかった。……まぁいいさ。性分だな。 帰属意識に関してもう少し。 帰属というと、一番最初にやはり“家”が来るのではないか、と思う。 ハードとしての家について、 持ち家か借家か、みたいな議論については、まぁタイミングにもよるが、「基本的に50年スパンで考えると実質変わらない」というのが(どこかで読んだ)オレの結論だ。(マネーフォワードのお金のQ&Aだったかも知れない。忘れた) 浮世なのだから、全てが借り物なのかもしれない。 3.11の地震の後、オレはどうも日本人は全体的に「所有する」ということに執着が薄らいだ様に思う。バブルから連綿と続く、所有に対する欲求が根本的に別のところにシフトしていっている感覚。 日本は地震国家で、これまでも飢饉とか超いっぱいあったはずだから、思想としては「桜」を美しく思う様に、刹那さみたいなものを尊重する感覚があると思う。 もののあはれ。 わかんねぇな。これ以上は被災していないオレが言語化していい領域ではないやね。 割と物欲はある方だと、俺は思う。 ここ6年分くらいの家計簿を分析したら、生活レベルを一定に維持した上で、自由になるお金のほぼ全てが「レアリティの高い経験値」と「本」に変換されていた。ここもブレないな、と思った。 人間関係の潤滑油としての出費も惜しんでいなかった。 (だから浪費は存在しなかった)(すべて実験) (この辺のお金の使い方は、「大学入る時に決めた通りに使うことが出来た」と感じた) 仕事に関しては、これは抽象的な目標というか、オレのサイコーに達成感を得られた時の共通項なんだけれど、「全ての手を打ち終えた後で」「後はかみさまだけが知ってるのさ」と「諦めたように笑って」「結果を待つ」 ってことを終着点にしていたい。 すべてはそこに、終着していて欲しい。

2016年5月25日 · 1 分 · 47 文字 · Keito Fukushima