<?xml version="1.0" encoding="utf-8" standalone="yes"?><rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"><channel><title>思想 on エロと笑いは世界を救う</title><link>https://blog.fukushi.ma/tags/%E6%80%9D%E6%83%B3/</link><description>Recent content in 思想 on エロと笑いは世界を救う</description><generator>Hugo</generator><language>ja</language><lastBuildDate>Mon, 04 Jun 2018 23:54:02 +0900</lastBuildDate><atom:link href="https://blog.fukushi.ma/tags/%E6%80%9D%E6%83%B3/index.xml" rel="self" type="application/rss+xml"/><item><title>都合半年、ブログを更新していなかったのかと気がついて</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-04_blog-not-updated-half-year/</link><pubDate>Mon, 04 Jun 2018 23:54:02 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-04_blog-not-updated-half-year/</guid><description>&lt;p&gt;なんで書かなかったのだろう＋書けなかったのだろう？ きっと完全を目指したからなんだろうな、と思う。 言葉にしてしまうことで、自分の中で整理をつけてしまうことが、とてもとても厭わしかった。 溢れるように言葉を綴っているのは、 「あ、俺これ&lt;strong&gt;あと少しでイケる気がする&lt;/strong&gt;ってところで停滞してるわ！」と思ったのと、 ｢度量足りないし、スキル足りないわ、なんかカッコつけて文章を書くのは諦めよう｣と。 なるほど、オレは諦めて足掻き始めたんだな。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;この半年の、文章的に空白の期間の思想については、イブラジで補完可能だから、まぁ良しとしよう。 過去の思考を辿ろうとした時に、言葉は潤沢で 取りこぼしは、無いのだから。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>相手を自分の懐に受け入れる行為</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-04_embracing-others/</link><pubDate>Mon, 04 Jun 2018 23:43:25 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-04_embracing-others/</guid><description>&lt;p&gt;一目惚れ、というのを、オレは割と信じる性質で、 大体、「ああ、この人との関係は、きっとこういう風に終わる」みたいな感覚があって、それはあまり外れない。 ーーきっと願望みたいな部分もあるのだろうけれど。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;最近少し例外みたいなのに行き当たることが多かった。 あれ？ この人案外……？ みたいな。しかもかなりハイレベルだったりする。 それはきっと、泳ぐ枠組みが、「学生→社会人」で広がったこととにあるのだと思う。 知らないタイプの人と、仕事を通じて密接に関わることが多くなった。 僕で推し測ることのできる枠組みではないのだろう。 人間関係の奥義は、相手より先に相手のことを好きになることにあると思っている。 人当たりが良いのに排他的な自覚があるオレには、これは案外大変な作業だ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;いやしかし、相手を正しく、誠実に受け入れられないまま、 その人の後側にあるものを蔑ろにしてしまうような真似は、望むところではない。 クズの所業だ。 引き出さねば、味あわねば勿体無いし、失礼だ。 自分で自分を、そこまで無価値な人間だとは思えないし、 相手に対しての門戸を開いていない様は、望む所業ではない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;何らかのマインドセットが必要なのだろう。 それはきっと、思想の手掛かりのようなもので。 ーーより感覚的な言葉を足すのであれば、 「知らず知らずのうちに、俺の目指したい自画像の様なものが、少しばかり方向性を変えていて、それを自覚(言語化)出来ていないのだ」と思う。 そういう齟齬だ。今抱えている違和感の原因となるものは。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>強くあらねば</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-04_must-be-strong/</link><pubDate>Mon, 04 Jun 2018 23:24:04 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-04_must-be-strong/</guid><description>&lt;p&gt;この強迫観念を、最近満たすように動けていなかった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;何が足りないのだろう？&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もっと、もっともっと。&lt;br&gt;
こういう時は大体、知識と経験のバランスが取れていない。&lt;br&gt;
ーーそして、きっと答えはとてもシンプルなものに落ち着くのだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;考えることを、恐れてはならない。&lt;br&gt;
今回のオレは、何を失って、何を分かるようになるのだろう？&lt;/p&gt;</description></item><item><title>安心感って最強だと思うんですよ。</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-08-31_security-is-strongest/</link><pubDate>Thu, 31 Aug 2017 01:02:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-08-31_security-is-strongest/</guid><description>&lt;p&gt;最近芸風を模索してるのだけれど、 自分の手のひらを見ながら、 『どんな風な感じで人に接したいかなぁ〜』 と考えた時に、 「安心感的なものを与えられる人種でありたいなぁ……」としみじみと思った。 「アナタはそのままでいいんですよ。」 と言ってあげられる感じがいい。 オレは、そうなりたい。 ……それだけで救われることは、とても多い。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;ひとりで色んなことをやることに、最近限界を感じつつある。 今の自分が割と尖っている印象があって、（これは若いうちだから許されるもので）最近、「なんかそろそろ違うフォルムになりたい」と思うようになって来た。 このまま尖っていても、要らん軋轢を引き寄せるなぁ……と。（そんなのは望むべくもない）&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;苛烈さは自分に求めるものであって、他人に求めるものでは無い。無意識にあってでも、意識的にであってでも。 そういうことは、きっととてもよくない循環を招く。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;精神的にも、そろそろ次のステップに移る時だと感じていて、じゃあどうなりたいですか？ と問われた時に、 「意外と自分、何も出来ないから、 相手の話を聞いて、 相手のことを見て、 浅く笑って微笑んで。 『それで いいんだ』 と肯定してあげられる人間で在りたい」 そう思う。 そういう安心感。 今の相手を踏まえた上で、それを一旦「これでいいのだ」と受け止め切る感覚。 一旦受け止め切る。その上で、それを尊重して対話をはじめる。 これは幼い頃の憧憬として、「あなたはそのままでいいんですよ」と受け入れてもらった自分が居て。 その言葉ひとつに、心の底から救われた気がして、その言葉を支えにがんばり続けることが出来た自分が居たからで、 今でもずっと、「ああいう風に、つらい感情を抱えている人に、心を解きほぐすようなことを言ってあげられる人間になりたい」と思い続けている自分が居るのだ。……そういうところを起点にした考えだ。 あの言葉があったから、俺は頑張って来れたのだと思う。後ろがどうであれ、始点はそこなのだ。 そこを一回、踏んでいるのだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;自分の考えを話すにしても何にしても、相手の歯車のカタチを知ることが不可欠で、 相手の歯車に、自分の歯車を合わせに行く感覚がたまらなく大事だと、思うようになった。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;これはよくある一般論では無くて、『防御はセンスでなんとかなるけれど、攻めは努力して素振りを続けた上で体得するしか無い』という言葉の肌感覚に近い。だから、尖って居た期間があるのと無いのとでは深みが変わる話だと思っていて、 つまり最初から相手に合わせに行ったところで、こちらに対処するだけのスキルが無い状態であれば、受け止めることは出来ないと思う。 先の先を取る練習をした上でしか、後の先を取る技を練習してはいけない感覚。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;フォルムを変えようと思った起点としては、「部下が出来たとして」 ということを考えたときに、 「今の俺は、部下を持つに足る器ではないなぁ」 と思ったところにある。 新入社員だから許されてきた領域から、一歩踏み出しはじめているのだろう。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;この辺りの感覚について、考えはじめたのは、暗殺教室だと思う。 「目の前の人をちゃんと見て」 「対等な人間として尊敬し」 「一部分の弱さだけで人を判断しない」 「…私は彼女から、そういう教師の基礎を学びました」 「ただ真っ直ぐこちらを向いて」 「今日も彼女は平和に笑う」 「そうか、『見る』というのはこういうことか」 「誰にも正体を見せなかった私は、『見られる』事が嬉しい事だと初めて知った」 この感覚が、自分の中にまだ無いな、と思ったことが始点だったのだと思う。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>近況と行動原理の照らし合わせ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-08-30_current-state-action-principle/</link><pubDate>Wed, 30 Aug 2017 23:40:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-08-30_current-state-action-principle/</guid><description>&lt;p&gt;座禅は組み終わったので、言語化しよう 最近の行動が、正しく自分らしいのだろうか、という照らし合わせ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id="近況"&gt;近況&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;近況を一言で言い表すと、なんという言葉になるだろう？ 『自己矛盾の解消のための足掻き』だろうか。 「このまま進むと向こう5年、自分の性質に合わない感じの仕事を続けることになる」 という見立てが立ったまま、「かといって転職もなー」と、 ぬるま湯でダラダラしていたのだが、ふと思い立ってぬるま湯の底を覗き込んでみたら、悪意がドロドロと渦巻いていて、挙げ句こちらを見て指をさして厭らしい顔で笑っていた。 それまでは「顔の見えない有象無象に負けた」 というなんとも言えない感覚だったが、 「顔の見えない有象無象の&lt;strong&gt;悪意に&lt;/strong&gt;負けた」 というクソくらえな状況であることに気がついて、超足掻いた。 こんなところだろう （上記まで、7/30時点の文。以下10/21後記） これ以上は言葉にならず、ある種の判断保留を重ね続けた。結果、一番「あらまほしき」と、望んだところに落ち着くので、何を言われようが正答だと胸を張れる。 いやしかし、選択肢を切り捨てることは、どうも未熟らしい。然もありなん。 訓練がいるなぁ……（大変だ これは生きるスタイルの話だから。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id="行動原理"&gt;行動原理&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;世の中に対する遠大なトリック・オア・トリートと言祝いで、遊んでいたけれど、傍目には目的から遠いところで回っているのかもしれない。 最近指摘されて、考えた。 それは初めは会社の都合だったけれど、１年も続けられる言い訳では無いな、と。 友人に、「ポーって、『嫌です』ってあんまり言わないよね」と指摘されて、ああなるほどなるほど、良くねぇな、と思ったんだ。 「世の中に」という尺度が、言葉の割に、俺が想像出来ている領域として、狭いのか。 周りの好きな人がどう思うか？という枠組みから外れていないんだな。多分、『芸を見て欲しいだけの浅はかな犬』から、マインドのところでは脱却していない。 それは世の諸般を有象無象と切り捨てているうちは、遠いのかもしれない。（だとしても急にギアチェンジできる気はしないのだが 傍目に遠いところで遊んでいるように見えるのは、 「世の中に対して何かを投げかける、ということを俺がまだ経験していないからだろう」と考えていたけれど、「準備が整っていないことを言い訳に、何も行動を起こさないのはただの阿呆」と吹聴しているので、これはただの言い訳だと気がついた。（遅い） 「目的と定めた所へ、脇見をせずに向かう」という姿勢は、生きる理由のスコープをどの領域にまで設定するか、ということからドロップされる意識なのかもしれない。 だとしたら、まだまだ先がある。先の考えがある。 もっともーっと上の領域がある。 （でも、俺はそこで遊びたいのかと問いかけると、んー、と浅く笑ってしまう） 意識の階層が合わないのかもしれない。 足りないことだらけだ。 でも、及ばない対象、今のままでは敵わないと思うことの出来る対象が、身近に居てくれることは、この上ない幸せだね。 あんまり、それ以上を求めていないのかも知れないなぁ！&lt;/p&gt;</description></item><item><title>苦しい状況に耐え続けたら、きっといいことがあるみたいな考え方は不毛だと思う</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-03-23_enduring-hardship-fallacy/</link><pubDate>Thu, 23 Mar 2017 04:16:44 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-03-23_enduring-hardship-fallacy/</guid><description>&lt;p&gt;俺の大学院生活は、「完璧主義からの脱却」からスタートした。 &lt;img alt="CJG6v1VUMAAZkb3.png-large.png" loading="lazy" src="https://asksdust.wordpress.com/wp-content/uploads/2017/03/cjg6v1vumaazkb3-large.png"&gt; 拙速巧緻。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;新しい研究室に移ってスグの頃、今でも覚えている応答だけれど、 &lt;strong&gt;「〜〜〜〜やったら、こうなると思うんですよ」&lt;/strong&gt; とディスカッションの時にこぼしたら、 &lt;strong&gt;「じゃあやって？」&lt;/strong&gt; と即答されたんだよね。 「ああそうか、ここはそういう場なんだ」 っつー感慨と、 「誰も正解は知らないのだから、基本的にはヤッてみないと分からない」 っつーことを肌で理解するまで、結構かかった。 色々頭で考えたところで、&lt;strong&gt;結局一番正しいのは目の前の現実&lt;/strong&gt;であって、 サイエンスとはただひとつ、&lt;strong&gt;再現性&lt;/strong&gt;のみを信奉する宗教なのだということ。 ――それから延々と実験は失敗し続けたし、 失敗するだろうと分かっている実験を繰り返すことに嫌気が差して、 何周か回って「死ぬこと以外は誤差」という結論に至った。 （この世界のことでただひとつ、命のことだけが不可逆だ） この精神性は今でも（とてもツラいタイミングで不敵に笑う時に口を突くという意味で）変わらない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;完璧主義だと、失敗を出来ないんだよね。 失敗が嫌すぎて、失敗する未来が漠然と見えてしまったら、行動するのが億劫になる。 行動するのが億劫になるから、PDCAが遅くなって、結局なにも成果を出せずに終わる。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;完璧主義からの脱却への足がかりになる言葉は、大学院に入る以前でも、幾つかは持っていたのだけれど、&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「無変化は停滞しか生まない」 「人間は行動することでしか、世界に関わることができないのだから、“考える”だけならそれは全て無意味だ」 「何を信じて、何を考えるか、よりも、何をするかで人は評価されるべきで、 高尚なかみさまを信じていても、やってることが大量虐殺ならソイツは俺の領域に入ってきたら、何をおいてもまず排除すべきクソ野郎であって、 逆にどんだけイカれた思想でも、やってることが力いっぱい人助けなら、そいつは俺にとってはイイヤツなんだよね。 だから、思想はOSで大事だけど、行動より先に評価される項目ではないね」&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;ああ、人間関係では実際、SAOのユウキみたいな大胆さを持って色々やったと思う。（その節は大変ご迷惑をお掛け致しました……）&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;『でもね、ボクは思うんだ。演技でもいいや……って。強いふりをしているだけでも、それでも笑顔でいられる時間が増えるなら、ぜんぜんかまわないじゃない、ってさ。ほら、ボク、もうあんまり時間がないからさ……。誰かと触れ合う時に、遠慮して、遠くから気持ちの端っこを突っつきあったりする時間が勿体ないって、どうしても思っちゃうんだよね。それならさいしょからどかーんとぶつかってさ。もし相手に嫌われちゃっても、それはそれでいいんだ。その人の心のすぐ近くまで行けたことには変わりないもんね』（マザーズ・ロザリオ）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;これは俺にとってかなり大事な言葉で、大学１〜２年生くらいはこの言葉を信奉して生きていた。（今でも少し。） 他にも、せんせーから掛けてもらった&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「手を見ろ、手を。自分の手が生み出すものを見ろ」 「それと一緒に育ちなさいよ。そういうスタートをする時期だよきっと。」 「自己や親を振り返る暇があるなら俺は何かを生み出せるって自信を持てるようになりなよ」&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;と（いやこの言葉最強すぎるけれど） でも、これらの言葉を以ってしても、「積極的に死に手を打つ」くらいの精神性で行動することは、出来なかったんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;なんであんなに、失敗するのが嫌だったんだろう？　と思い返す。 これという理由は無いんだけど、一番コレクトなのは、やっぱり「誤答を差し出すことの効率の悪さと気まずさ」が念頭にあったんだろうなー。「余計な時間と負担がかかる」 失敗して尚、心から褒められることって、あんまり無かった。 正解をとりあえず出しておけば、放置しておいて貰えたし、ともすれば褒められた。 試行錯誤するよりも、スルリと正答を置く方が、なにごとにおいてもスムーズだった。 失敗を繰り返して、死に手を潰すってスタイルを体得するのに、結構かかったのだと思う。 いや、&lt;strong&gt;いっそ未完成でも取り敢えず出しちまうことの効率の良さよ。&lt;/strong&gt; 高校〜大学院のどこかのタイミングで、「間違うことを嫌がって、挑まないことが最低で、それは緩やかな死と同義である」という風にルールが変わってたんだよね。 明確な正答が手に入らなくなった頃からか。 それは「一般学生」　→　「ルール（実のところ）無用社会」っつー転換点が、緩やかに存在したということだと思う。ホント。誰も正解を知らない。誰も正解を持っていない。みんな思ってるより考えていない。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;真之の海軍大学校における戦術講義は。不朽と言われるほどの名講義だったらしい。――どういう原典も使わなかった。 「あらゆる戦術書を読み、万巻の戦史を読めば、諸原理諸原則はおのずからひきだされてくる。みなが個々に自分の戦術をうちたてよ。 戦術は借りものでは、いざというときに応用がきかない」 「無用に候」（坂の上の雲・十七夜）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;だれも俺の正解は持っていない、ということに気がつくのに、かなり時間が掛かった。 舞さんが幼いオレに言ってくれた 「答えはすべて、あなたの手の中にあるんですよ」 という言葉の、深すぎる意味に、今ひとつ近づけたのかも知れない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;なんか自分が割と無敵で、幸運の女神に偏愛されてる自覚はあるのだけれど、人生はままならないものだね！！&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;昔、心から共感した会話で 「嫌々（一回入ってしまったし、一度始めたら、やめるってのも嫌で）好きでもないスポーツの部活を高校３年間やってたんやけど、今から思い返すと一日部活のことを思うだけで気が重かったし、いろんなことに身が入らへんかった。ホント時間のムダやったと心から思う」 「あの時間、もっと有意義に使えたやん。って思うんよ」 ……俺は、苦しい状況に耐え続けたら、きっといいことがあるみたいな考え方は不毛だと思う。 ねぇよ。そんなもんｗ　心身に支障をきたすだけだ。 状況というのは、良くもなるし、悪くもなる。 けど、心がイリイリする様な状況に在り続けて、何かが解決したり、何かいいことがあったり、抜本的に何かが良くなったりすることなんて、無いと断言できる。 無いよ。あるはずない。 むしろ絶対悪くなる。 そういう時にやるべきことは、基本的には『捨てる』こと一択だ。 俺は「取捨選択は『捨』以外は判断していない」と思う。『捨』以外は全部、「とりあえず持っておく」ことと同義だ。判断しろ判断。捨てろよ捨てろ、Simplify （全てに優先して捨てるべきことは、**「自分の大好きなひと以外の有象無象にどう思われるか」**という回路だったりする。人間もっと無責任になるべきだ） 「真の防衛とは正しい状況認識と適度な危機感、そして自分の身は自分で守るという最終的な防衛意識だ」これは余程の例外を除き、大抵の場合、責任よりも優先されることだろう。 目障り、耳障り、気障りなモノやコトは持っておくだけでコストになる。 償却しないといけなくなる。いや捨てろ、まじで捨てろ、すぐ捨てろ。シャットアウトしろ。 だって心が悲鳴を上げているんでしょう？&lt;/p&gt;</description></item><item><title>「腰を据えて」なんかやろうとしても基本的にはやらずに終わる</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-03-23_settled-down-but-undone/</link><pubDate>Thu, 23 Mar 2017 02:10:11 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-03-23_settled-down-but-undone/</guid><description>&lt;p&gt;「◯◯の準備が整ったら〜」 「アレが終わったら〜」 みたいな感じで、構えてなんかやろうとすることは、基本的にはやらずに終わるのではないだろうか。 人類は怠惰だからね！ じゃあどうすればいいの？　って、多分どうしようもないんじゃないだろうか、これは。 やりたくないことと、急ぎじゃないことは基本的にはやらないよ。人間だもの。 ……人類、エネルギー準位が最も低いのは「ごろ寝」なんだよね。 基本的にはだらだら生きていたい。 ごろ寝が出来ない環境下で一番エネルギー準位が低いのは、場合に応じて読書だったり、空想だったりするけど、まぁ家で１人だと基本的には&lt;strong&gt;最終奥義ごろ寝だよね。人生の２割くらいは怠惰に生きていたい。ホント。&lt;/strong&gt; たまに衝動とか怒りとかに突き動かされて何かをやってるけれど、いや、基本的にはごろ寝だ。間違いない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;やりたくないけれど、やったほうがイイことを、やる様に自分を仕向けるってのは、どうすればいいんだろう。（……昔はざっくり自己暗示を使ってたけど。それは割と厨二病の特権なんじゃなかろうか）（話が逸れた） 結局接触回数を増やす以上の対策は無いんじゃないかな。作業興奮。 ごろ寝には勝てない前提で、それでも何かやるなら、スキマ時間を使う以外に無い気がする。 接触回数を増やす方法は色々ある。まぁでも大抵のタスク管理は結局要約すると接触回数を増やす方向に動いてる。（まぁ書き下している時点で読み返すから、接触回数は増えるわな）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;人類の本質は適応だと思っている。 準備とか、無理なんだよね、多分。 『冬に薪を買う金で、夏遊んではいけない』 ってこれ端的に素晴らしいユダヤの諺。身に染みる。 襟を正す気になるよね。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;最近、何周か回ってメモを常備する様になってる。 測量野帳。（ホントいいメモ。キーボード置いた机の上で広げて、邪魔にならない） ……もうホント、何周回ったのか分からない。結局メモて。 業務時間中にプライベートなことを考えたい時って、（ケータイを会議中に弄ることがマジで不可能なので）メモ帳に落ち着いてしまった。 開いていても、見咎められないし、ともすればなんか立派にメモしてるみたいに見える。 メモを覗くのはマナー違反、みたいな空気はどこの世界でもあるみたいだから、 メモに至るしか、無かった。 もうちょい近代的な部署で働きたいが、最早しかたがあるまい。 （高校の授業中に、電子辞書にtxtファイルつっこんで、いろんな名作を読み漁りまくったんだけど、これくらいのカモフラージュはまだ思い浮かばないや）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;書いて、書いて、考えて。 最後は燃やすんだ。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>意図的に怠惰に</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-01-18_intentionally-lazy/</link><pubDate>Wed, 18 Jan 2017 05:44:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-01-18_intentionally-lazy/</guid><description>&lt;p&gt;あまりツいてないので、意図的に怠惰に生きて居た。 人生の8割はぐーたらしていたい、と標榜しているので、特に罪悪感は無い。 そもそも、漠然としたモラトリアム感は嫌いでは無い。 望んで今の仕事をして居る訳では無いけれど、何回生き直しても、折々で俺は同じ選択肢を選ぶ自信があるので、 後ろ（つまり今）から見ても、ある種の納得があるのだ。 そして多分、今のお仕事はかなりレアリティが高いものだったりする。 ボーナスが理不尽に低いのは頂けない。 コレは確かに、会社を辞める理由たりえるなぁ、とも思う。 陽気な成果主義というのは効率がいいな。 次はそこ狙って行こう。 しかし、精神的な自由と高いサラリーの両立って大変だな。ハハッ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;ツいてない時に、アレコレ努力してみても、あまりいい目が出る気がしないので、もういっそ全力でゲームしたり、最終奥義ごろ寝を遺憾無く発揮して、普通に幸せを感じていた。 （これが無ければ多分、余計なことばかり考えてしまっていた気がするのだ） ちゃんとサボるのは、大事だと思うんだよね。 人生の極意は「適度にサボること」だと俺は思っている。 恥も外聞も無意味だと思う。（別に今の職場に永住する訳では無いんだし）周りは結構、自分に無関心だと自覚した方がいい。 ああ、でもカッコつけるのは大事だ。男はプライドを食べて生きている。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;いい目が出ないってのは、 「望んだタイミングで、望んだ目が出ない」 ってのもあったし、 「全能を発揮することへの抵抗を感じていた」 ってのもあったのだと思う。 「今出すと、味方が少なくて危ねぇなー」 って感覚。手元にカードが集まってない状態で、レイズ掛けても順当に負けるよ。 ハッタリかけるには相手がこっちの手札と不敵さを予測してくれないといけないんだけど、相手に自分の情報をトラップカードみたいに回すには、時間がかかるさね。 「もっと出来るんです」って自分から主張するのもオカシな話だ。 そんなことするくらいなら雑に遊んで笑っていた方がよっぽど効率がいい。そのうち誰かが見出すだろう。（実際カマかけは多い） 職場に毒が回って、ちょっとは勝手を出来るようになっても、それイコールで前に出ていい訳では無い。また無論、周りを蔑ろにしたい訳ではない。 ただ、まぁ、周りの人間のレベルはピンキリだな、と心から思う。率直な話、周りの人間のレベルの話ならば（大きな声では言えないけれど）高校の時が一番高かった。大学で平均は下がって、大学院でちょっと上がった。 まぁ大学、大学院共に俺の周りは高かった。ありがたい話だ。 就職してみると、もうなんかとても下がった。 ……あー、率の話だ。、 「最低限ここまではやるよね」ってラインと、 「他人のスキルを自分なりにアレンジしてパクる」みたいな要領の良さというか。 たまに失望するほど低いのを目の当たりにして、ツラいことはある。（「ソウデスネー」って上滑りした笑いを返す虚しさよ） そしてたまにとても高いのを見受けたりして、そういう人は例外なく忙殺されている。 そりゃあそうなるよなぁ……&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;まぁ同期の話を聞くと、マジで忙殺され切ってる部署もあるみたいで（それこそ6月の段階で、アメリカに出張→現地でベンダー回りみたいなことをさせられてる同期もいて、（辞めたらしいけど））ああ、俺これ多分ちゃんとしてもらってんだなー、と。 メンターに上記の話をしたら 「それはマネジメントが悪い」と即殺していて好感度が上がった。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;意識的に怠惰に居た。果報は寝て待て的な。 サボらないとやってられなかった、てのも本音だと思う。 ……ペルソナ5 超名作だった。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>相似形</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-01-09_similar-shapes/</link><pubDate>Mon, 09 Jan 2017 06:05:53 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-01-09_similar-shapes/</guid><description>&lt;p&gt;ハヤタと年始に話したんだけど、 どうも人生というのは、似た局面においては相似形を描く様な気がするんだ。 それは多分、「過去の自分に矛盾しないように」といったような、 まぁ逆説三つ子の魂的な話なのかもしれないが、 漠然と、納得できる理由は思い当たるものなのではないかと感じる。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;大学に入った時の俺と、今の俺と、がどうも似た様相を呈している気がする。&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;思い描いていた像と現状に対する違和感を拭えず&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;権能が拡大したので色んな場所で試し切りをして失敗して&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;瞑想するように本を読む&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;まぁ人類は過去から類推する生き物だし、大学と大学院の生活は「オレらしい」といい切れるものだったから、らしい、ことを続けた先にはこれがあるよねー　って感じがある。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;ここ最近の怠惰の向こうには何があるんだろう？ やっぱりどこか、苛烈になっていくのだろうか 迷いが無くなるまで、あと少しなんだ。あと少し。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>年末〜初詣</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-01-04_year-end-shrine-visit/</link><pubDate>Wed, 04 Jan 2017 01:31:33 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-01-04_year-end-shrine-visit/</guid><description>&lt;p&gt;年末・年越しという感覚が、年々薄れてきている感じがしていて、&lt;br&gt;
それはなぜだろう？　と漠然と考えていた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;子供の頃は毎年、七尾の祖母の家に帰省していた。&lt;br&gt;
年に数回しか会わない従兄弟と暴れまわるのが何よりの楽しみだったのだが、その祖母の家も、もう代替わりして、従兄弟の子供たちが暴れまわるようになったらしい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;場所か、匂いか。&lt;br&gt;
なぜだろう？　と考えていたが、&lt;br&gt;
「元旦からどの店も営業する様になって、年越しに向けて買い込まなくても良くなった」って記述をどこかで見かけて、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ああ、これはそのとおりかも知れねぇな、とか思った。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>2017年初心</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-01-02_2017-resolutions/</link><pubDate>Mon, 02 Jan 2017 23:52:45 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-01-02_2017-resolutions/</guid><description>&lt;p&gt;2017年は反射神経だけで生きていこうと思う。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;存在しない神経で、勘と、間と、が作り出す、粋とか妙とかの空間で生きる。 今年はこうなりたい、とか、そんな感じの予定を立てない。やりたいこととかも、具体的には想像しない。「こうすればこうなる」みたいな回路を（みんなの迷惑になる or NOTだけはちゃんと踏まえた上で）極力回さず、 目の前と手元に来た現象を、即殺し続ける感じ。 荒れ狂う殺劇の宴のように即殺し続ける。（殺劇舞荒剣）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;そう。いうなれば、**下半身だけで生きる。**面倒なことばかりを考えるこのアタマを行動から抜く。 衝動で生きる感じ。 足の赴く方向に向かって、自分に対して自分を偽らず、邪気を無くす感じ。 ……これまでちゃんとやってきたし、考えないオレも、そんなに変な選択肢って選ばないと思うんだよね。 なんか違和感を感じたら、その時はちゃんと立ち止まって考えるよ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;≪蛇足≫ モデルケースとしてはアレですよ。P5のジョーカー。 ホントカッコいい。まじスタイリッシュ &lt;img alt="mig(2).jpg" loading="lazy" src="https://asksdust.wordpress.com/wp-content/uploads/2017/01/mig2.jpg"&gt; ＠イブラジにて 「今年はオレ、Gackt様と藤原竜也と棗恭介を足して３で割った感じになろうと思う」 「ほう」 「その３つを足すとP5のジョーカーになる」 「Gackt様要素、だいぶ強いな？」 「折れた翼を羽ばたかせ、すべてを消してみせよう……（REDEMPTION）」 「Gackt様だ」 「Show Time！！　……その身に受けてみろ……（ジョーカー）」 「どうしよう、やっぱGackt様要素、強いな」&lt;/p&gt;</description></item><item><title>2016年総括</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-01-01_2016-overview/</link><pubDate>Sun, 01 Jan 2017 04:15:40 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-01-01_2016-overview/</guid><description>&lt;p&gt;2016年のことを考えつつダラダラP5やってた（ジョーカーカッコいい！！）んだけど、 やっと言葉になった。 &lt;strong&gt;「こうなればいいな」と思って弾を込めて撃ったら、大体ほぼ全弾外しきった年だった。&lt;/strong&gt; ホント、尋常じゃなく外した気がする。 なんなら途中から「外すなー、コレ」 みたいな想像がつきながら弾を撃ってた自覚がある。 外れるは外れるんだけど、外れた先で何かに当たるから、ちゃんと経験値は入る……んだけど、 いや違うからね？　と失笑する感じ。 弾はタダじゃないし、俺のMPは無限じゃないのよ？ 11月〜12月にかけては、基本的になにか新しいことに手を出すでもなく、何かを学習するでもなく、基本的にはぐーたら生きていた。 ツいてねー時にジタバタしても、あんまりいい目は出ないんだよな。 ↓↓　精神的にはこんな感じ　↓↓ &lt;img alt="スクリーンショット 2017-01-01 3.23.50.jpg" loading="lazy" src="https://asksdust.wordpress.com/wp-content/uploads/2017/01/e382b9e382afe383aae383bce383b3e382b7e383a7e38383e38388-2017-01-01-3-23-50.jpg"&gt; **「停滞」**があるのだ。（キリッ）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;初手で死に覚えは、俺にとっての勝ちパターンだったりするから、必要よりも余計にアクセル踏んだ自覚はある。……んだけど、もうちょいなんとかなっても良くねぇか！？　と思わずには居られない一年だった。（振り返ってみるとね） まぁ、その時々で反省はもちろんあるんだけど、実に俺らしい選択肢を選び続けてきたから、仕方がないｗ 仕方が無いって言葉は、後ろ向きに前向きで好きだ。（TOB？） 一旦受け止めて、ゆったりと落ち着いてから、前に進む。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;体感としては、２拍。２拍タイミングがズレていた。 尺度は事象によって様々だけど、全ての事柄で、前に後ろに２拍ズレている感覚だ。 誰かに言葉をかける、少し黙る。 自分にゴーサインを出す、今が引き際だと判断する。 その場から動く、待ちすぎる。 それら全てが、往々にして２拍ほどズレていた。 ２ヶ月だったり、２秒だったり、２分だったり。 オレの中の適した時間感覚。……今だ、って思うタイミングから、１呼吸半ズレてた気がする。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;原因はなんだろう。分からない。そういう星回りだったのかも知れない。 もしかしたら、学生だった俺のペースと、世間のペースを擦り合わせるのに必要な感覚を養ったのかもしれない。どこで札を出したら勝てるのか、的な。一般解は大事。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>家族観</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_family-view/</link><pubDate>Mon, 05 Dec 2016 19:15:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_family-view/</guid><description>&lt;p&gt;家族観に関しては、何度も綴った気がする。&lt;br&gt;
確執はあったし、俺はそれを忘れることは、恐らくないだろうと思うのだけれど、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;母親や父親と、休日に焼肉に行ったり、&lt;br&gt;
仕事帰りの母親と下校時に合流して、美味しいものを食べに行ったり。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1回だけだけれど、家族旅行をしたり。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そういうのは、代え難い幸せだったと、今の俺は思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「ああ出来たら、こう出来たら」という感覚は、無い。&lt;br&gt;
やっぱ幼少の俺は常日頃は家に帰りたくなかったし、「このまま居なくなることが出来ればいいのに」と何かに対して願い続けた日々は、無かったことには出来ないけれど、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ふと思い返す、いい記憶も同様に存在して、&lt;br&gt;
ああ、幸せだったな。&lt;br&gt;
と心から思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「いつか恩義に感じることの出来る日が、きっと来ます」という氷上の言葉まで届いたのだと、&lt;br&gt;
そう思う。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>対象年齢って大事だ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_target-age-matters/</link><pubDate>Mon, 05 Dec 2016 18:25:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_target-age-matters/</guid><description>&lt;p&gt;舞さんが昔言っていた。 「分からなかったことが、分かるようになるのは、すごく嬉しいことです。 世の中でこれに勝る喜びなんて、そうそうありません」 「でも、きっとやっぱりそれと同時に分からなくなってしまうこともあるんです。……これはとても寂しいですよね』&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;以下蛇足 この話の最中だったか、別のタイミングでだったかは忘れてしまったけれど、 「暗闇が怖かった時代もあったのに」という言葉が出たんだ。 俺はこの言葉が凄く好きで、……凄く憧憬的な言葉だと思う。 「暗闇が怖かった」ってのは、誰しもの心にある原風景だと思う。 モチモチの木で、豆太が夜怖くて小便に１人で行けない。みたいな。 そういう怖さが、誰の心にもあったはずなのにね。 もう忘れてしまったよ。 夕日に伸びる影をふしぎに思ったこととか、みんなで鬼ごっこしてて、ふと冷静になった時の風の心地よさとか。べたつく汗が気にならないくらい遊んだこととか。 そんな時代があったんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;樋口一葉のたけくらべを読んで、 「今とても高尚なものを読んでいる！」みたいなテンションになったのだよね。 あれは小４の時か。 でも、読み終わって心に残るものが無かったんだ。 精神年齢が、その作品を分かることが出来るレベルまで達していなかったんだと思う。 なのに、「今凄いものを読んでるんだぜー　へっへー」みたいなことを思った自分が居て、でも読み終わっても俺は何も得られて無くて、ああ、これ意味ねぇな。と思ったんだ。 本を読むのならば、俺は一番楽しめる年齢で、一番楽しめる作品を読んでいたい。 わからない作品を、分かるフリをして読むのは愚かなことだと思うし、 「ああ、この本はいい本だけれど、もう少し前の自分だったらもっと楽しめたのに」と悔しく思うことも嫌なんだ。 常にギリギリ楽しめる最高のものを読んでいたい。 思想的に地続きでありたいのかもしれない。 飛ぶこともきっと出来るんだろうけれど、飛ぶことはちょっともったいないと思うんだよね。 そのレイヤーにある凄く魅力的なものを横目に飛ぶことは、やっぱりもったいないと思う。 知識と経験のバランスをとって居たい。 そう、飛んじゃったら多分、頭でっかちになってしまって、経験が追いつかない。 経験が追いつかないということは、哲学が追いつかないってことで、それはやっぱり肚に呑み込めて居ないんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;対象年齢は大事だ。 対象年齢ギリギリの最高のモノを読みながら、対象年齢がちょっと上のものを手に入れ続けることも大事だ。 思想的に地続きであるということは、きっとそういうことなのだと思う。 多分、自明にクレバーでありたく無いのだな。 勝てる試合で勝ちたくないのか、 経験値効率を最大化させたいというか。 そういう算段を、ずっと立てていたい。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>道化</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-11-18_jester/</link><pubDate>Fri, 18 Nov 2016 02:36:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-11-18_jester/</guid><description>&lt;p&gt;自分の、心と、身体が、乖離する感覚。 手指が冷たくなって、足先の感覚がなくなる。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;本心というものを、人はどこまで表に出すのだろう。 顔で笑っておきながら、心が笑えない時に、俺は自分をどうしようもなく道化だと感じる。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;ココロに鍵をかけたまま 冷たい態度で　仮面を身につける だれが僕の素顔 知っているだろう？　君のほかには 自分の弱さも強さも さらけ出したいなんて　一度も思わずに 涙かくしてきた 本当の顔を見せられる人 （Masquerade コードギアス）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;昔から自覚があるんだ。 小学3年生の頃に、クラスメイトと話が合わなくなった時？ それとも、幼稚園の年中の頃に自分の親のことを信じられなくなった時？ 心を偽って笑わないとスムーズに生きていけなかった。 笑うことは俺にとって、何処か死ぬことの裏返しみたいなところがあった。 死にたいなぁ、この世界から消えて、無くなってしまいたい。 そんな風なことを、狭い世界で毎日考えて、 いつしかよく笑うようになっていた。 嘘から出た真なのかもしれない。……どちらでもいい。 でも、俺の真は、そこには無いんだ。 本心が、深く深いとても昏いところにあって、 俺はその自分の、何処かドス黒い部分を 振り撒いてしまうことが嫌で、 世の中の流れは遅くて、 「もっとこうなればいいのに」 と思って、（結局はいつもそうなるのに） ほとんど誰も付いてこれなくて、挙句 「勉強し過ぎるとバカになる」 「いや違う、オマエラが付いてこれないだけなんだ」 と心で叫んで、 その叫びを理解して欲しくて、 でも理解してくれる人は、この世界には中々居なくて、 寂しいけれど共感はされず 人間失格と自分の心をヒロイックに笑ってみたり 音楽を聴いた時に、少し救われた。 それはクロノクロスという作品で、 俺には何か、静謐な音の檻、水底にたゆたう静けさ、 そういったものを、俺は感じて。 それは俺が俺の中で、ずっと大事にしていた本心の懐いていた風景で。 昏い昏い蒼色で、光は少ししか届かないんだけれど、 水面の波のように表情豊かで、静謐で、 世界から少し離れているのだけれど とても綺麗なんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;大学生の時に、俺はとんでもない女と付き合った。 図書館で「茶の湯の心理学」って本を読んでたら、なんかもうコイツ大丈夫かっていうくらい俺と同質の目をした女に 「おもしろい本を、読んでいるわね」 と静かに声を掛けられて、 その時に思ったんだよ 「うわマジか、とんでもない美女だオイ」 「うわマジか、なんでこの女まだ生きてられるんだ。よく死んでしまわなかったな」 （美男美女は、世界の宝だ。愛でなくては！） 「ああ、俺はこの女ときっと付き合って、恋人同士になることを避けられないんだけど、 きっとそう遠くないうちに終わる」 俺はなんか妙な勘が働くというか、 「目の前の相手と自分の関係が、どんな風に終わるか」 みたいなのが（相手によっては）漠然とわかる時があって、 大抵、そうならないように本気を出したり、出さなかったり、 そういう俺の努力の有無や、 望む望まざるに関わらず、 俺が最初に幻視した風に関係が終わる。 最初で最後が思い浮かんで、 そうならないように「俺らしく」「俺らしくなくワザと自分の行動を崩してみても」 どう本気で足掻いてみても、 その人との関係は、「見たことがある」 「知ってた……」 という風に終わる。 「この人と結婚するんだろうな」みたいな勘とか、匂いとかは、みんな感じると聞くから、きっと同質のものなのだろう。 捨てられたことから身につけた、自己防衛のような感覚なのではないかと、 俺は、思う。 （続く）&lt;/p&gt;</description></item><item><title>あの人ならなんて言うかな</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-09-23_what-would-that-person-say/</link><pubDate>Fri, 23 Sep 2016 22:02:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-09-23_what-would-that-person-say/</guid><description>&lt;p&gt;好きな人を前に、胸を張る感覚。 襟元を正すと言うか、端的には、カッコつけたい感じ。 随分長いこと、これを真ん中に据えて生きていた。 φ 今は？？ と自問すると、 「その感覚は薄くなったなぁ」 と思う。 （心を砕くほど好きになれる人なんて、世の中にそんなに居ないよ） でも、たまに「あの人ならなんて言うかな？」 「今の俺を見て、笑ってくれるだろうか」 みたいなことを、今でも俺は、ふと思う、 そして、なにか懐かしい人と会った気になる。 俺の行動、言動、思想の端々に、あの人の残滓のようなものがあって、 「ああ、また会ったねw」と苦笑いしてしまう。 『愛の究極系は、相手の息遣いを自分の癖や生活に刻むことだ』という一節を、俺は昔読んだ。 とても深く、美しく、しかし同時に、とてもいじましい感慨を覚える。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;関西に10年住んだけれど、俺が関西弁に染まらなかった理由は、俺は幾つか考えていて、 「関西弁に対する忌避感」 （バリ〜 とか、パチこく とか、そういう言い回しを好きになれなかった） 「住んだ地域の関西弁が、なんだか中途半端だった」 （神戸以西、尼崎以東なら染まっていたかも知れない） 上２つも大きいと思うが、一番大きいのは、 「頭の中で、咀嚼を続けた言葉が、舞さんの言葉で、 それと同じレベルの言葉に、関西弁っていうガワがついた状態で、あんまり出会わなかった」 という点だと思ってる。 言葉や口癖というのは、伝染するものだと思うんだ。 気に入った言葉や、好きな人の口癖は、やっぱり自分でも言うものでしょう？？ 現に、心から尊敬するひとに旅行に連れて行ってもらった後、俺もしばらく関西弁になったんだ。 関西弁で考えていた、というか。 言葉というものは、そうやって確立されていくもんなんじゃないか、と思う。 「夢で会えたら」と。 おもひつつぬればや人のみえつらん ゆめとしりせばさめざらましを 少し離れるけれど、他人を想い、焦がれ、求める気持ちなんて、これくらい身勝手なものだよなw&lt;/p&gt;</description></item><item><title>年齢に対する感慨</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-08-28_thoughts-on-age/</link><pubDate>Sun, 28 Aug 2016 18:38:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-08-28_thoughts-on-age/</guid><description>&lt;p&gt;きらめく青春を駆け抜けろ！ ってこれさくら荘だったかな、、とか思ったんだけど、 もうそろそろ本当に&lt;strong&gt;青春という年齢では無い&lt;/strong&gt;のだよな、と思ってなんだかしみじみしてしまった 最近25になったばかりだ。 25という年齢（その数字の持つインパクト）（= 今の俺）と、子供の頃俺が想像してた「25歳の男」の像の違いに、少し笑ってしまう。 肩肘を張っていない感じに笑ってしまう。 ……もっと必死で生きているものだと思ってたよw 何度でも言うけれど、20前半でオレはオレが結婚していると思っていたよ？ 俺が氷上に会ったのは、俺が7歳で氷上が26の時だったから、……もうなんかホント後1年か、、とか思うと、凄い感慨がある。 考えや、己の行動の基準を、過去や他者に置くのは（ある種とても俺らしいけれど）女々しいことだから、止めにしよう。 オレはオレのために行動するように、ちゃんとしようと精神的なstruggleに塗れていたのが、18〜20歳の頃の俺。 ……あの頃に比べたら、『氷上ならどう思うかな』『今の俺を見て笑ってくれるかな』 と思う機会は、劇的に減ったけれど、 まぁたまには良かろうw&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;俺はなんで、氷上があんなに俺に構ってくれたのか、イマイチ分からなかったんだけど、今はなんとなく分かる気がするんだ。 せんせーが初めて俺に会ってくれた時に（当時オレは19歳）、この疑問を口にしたんだ。 「なんでオレに、舞さんはあんなに色々してくれたのだろう」 「オレはずっと考えてるんだ」 「一度だけ聞いたことがあるんだよ……直截的に、じゃないんだけど」 「『舞さんは、なんでお店やってるの？？』『オレ、オレ以外にお客さんが入ってるの見た事ないよ』 （このお店大丈夫？）って。」 「そしたら舞さん、 『貴方みたいな人に、会えるんじゃないかと思って』」 「私は、なんとなく分かるなぁソレ」 「キミがきっと、このワニ博士のぬいぐるみを懐かしく思うようになる頃には、分かるようになると思うよ」 25になって、今の俺は、少し分かる気がする。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;自分の辿った足跡で、とてもとても大事な足跡（それは時間を掛けて形成された哲学であったり、思想のクセであったり）を、「この子にあげたいな」と思ってもらえたのかな、と漠然と思う。 奢りかもしれない。でも、それだけのことはやってもらったと思う。 家庭教師や、塾講師やらをして、人に何かを教える立場になってみて、 俺の色んな言葉を、「今でも思い出しますよ、、」と苦笑いしながら、未だに連絡を取ってくれる生徒とか、 なんだろう、やっぱり嬉しいものな、 ああ、オマエは俺の思想を受け取ってるなw と思って、苦笑いするけど嬉しくなる。 （まぁ氷上はあらゆる意味で俺にクリティカルだった気がする） いや、多分もっと簡単な話なんだよな、 氷上と俺の関係を、今の俺の立場で置き換えるのなら、 小生意気でそれなりにちゃんと考えた受け答えをする、可愛らしい小2女子が、目一杯背伸びしてカッコつけて、自分に突っかかって来たら、絶対構わずには居られない気がするんだよね。 教えたら教えた以上の事を拾って来て、考えて納得して、……懐く。 そのやり取りは、多分とても楽しい。 それは世に言うロリ的な意味は無くて、いっそなにかとても清潔な感情だと思う。 わかんないや。どんなに言葉を尽くしても、なにか大事な思いを穢してしまう気がする。 後悔はあるけれど、 俺は多分、あの人との関係の終着点まで届くことが出来たのかな、と。 今のオレなら、そう思える。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>奸計秘さねば実らじ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-21_schemes-must-be-hidden/</link><pubDate>Thu, 21 Jul 2016 21:45:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-21_schemes-must-be-hidden/</guid><description>&lt;p&gt;（ジンクスのレベルだが） なにごとにつけても、進行中のことで、本気でやりたいことってのは、コッソリやらないと実らないという気がしている。 偉そうに、「俺、これやろうと思ってるんだ〜」みたいな事をひけらかせて、最後まで完遂したことって、多分俺にはあんまり無い。&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;
&lt;p&gt;多分、人に話す事の出来るレベルに考えが及んだら、「誰でも自明に出来ちまう」っていう、 まぁ謂わば「残っているのは作業だけ」で、 ……俺は作業というものが、致命的に出来ない。対処は人一倍出来るんだけどね。作業はムリだ。犬にでも食わせておけ。&lt;/p&gt;
&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;
&lt;p&gt;話しても伝わらないレベルでしか、構想できていないのなら、（simplify出来ていないのなら）まずネガティヴを食らう。 食らうネガティヴの量が多くなる。 そしたらやる気は無くなるさねw&lt;/p&gt;
&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;MPってのは無限じゃない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;だから、俺はホウレンソウというものは、俺には「報告」以外無駄なのではないかと思っている。 全てを完了形にしろ。 ………コッソリ仕込んで、トラップカードを オープンにしたら勝ち確。みたいなプレイスタイルが、1番カッコいいと、思うんだ！w←&lt;/p&gt;</description></item><item><title>老獪さ・魅力のある人間</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_cunning-charming-person/</link><pubDate>Tue, 19 Jul 2016 18:16:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_cunning-charming-person/</guid><description>&lt;p&gt;色気とか、老獪さとか。 その辺の感覚は、俺の中で近いもの、という感覚がある。 色気ってなんだろうな、と思って一時期調べていたことがある。 「色気ある感じの人間になりたいんだ！」 とのたまう俺に対して、俺の愛しの義妹は、 「あー、うーん、あー、 &lt;strong&gt;お兄ちゃんは、オープンエロスだから…… 無理だと思うよ&lt;/strong&gt;」 と、かわいそうなものをみる目で俺のことを見てくれて、傷つきながらもちょっと興奮した覚えがあることをここに懺悔しよう。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;閑話休題 色気について、俺が納得してるのは、&lt;a href="https://asksdust.wordpress.com/2014/12/31/%EF%BC%BB%E4%B9%9D%E9%AC%BC%E5%91%A8%E9%80%A0%EF%BC%BD%E3%80%8C%E3%81%84%E3%81%8D%E3%80%8D%E3%81%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0/"&gt;九鬼周造&lt;/a&gt;の言葉だな。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「いき」とはーー 運命によって 「諦め」を得た「媚態」が 「意気地」の自由に生きるのである&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;老獪さを手に入れたいと思うことが、度々ある。 老獪さを発揮出来る条件ってのは、 「過去に俺はここまでされた経験があるから、まぁこのくらいなら耐えられるよねー ハハッ」 みたいなところにある気がする。 煮え湯を飲まされた回数によって、「え、そんな狡いコトやっちゃう？」みたいなコトが、ナチュラルに取れる手段に変化するイメージ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;色気も、老獪さも、経験値依存なんだ。 そしてゴールは剣客商売の主人公。 老獪さに繋がるんなら、不遇もまぁ、奸計のカード集めだ。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>人材≒食えるものの種類が増える</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_talent-equals-edible-variety/</link><pubDate>Tue, 19 Jul 2016 17:48:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_talent-equals-edible-variety/</guid><description>&lt;p&gt;ノドグロトーク②&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;「3マンセルを多く作る方が効率がいい」 「それに関しちゃあ同意だなぁ、リーダーも臨機応変、四季折々で変えていくってのが無いとな」 「人財って感覚はイマイチ分からない。人財の組み合わせで限界到達点が伸びたことは、今まで無かったしな」 「あー、いや、あー、うーむ。 それに関しちゃ、アレだ。食えるものが増えるって感じだ。メンバーの中に、とても省エネに何かが出来る奴が居ると、ソレも食えるようになる。」 「例えば、ああ、アイツ居るし、これも&lt;strong&gt;ついでに&lt;/strong&gt;やっても良いかな、みたいな感じになると思う。」 「深度に関しては、確かにあまり深くなるって印象は無い。ただ、同じ深さまで掘る労力で、良いものもついでに食える印象がある。」 「つまり、グルメになれる」&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;プロジェクトに於ける人財というものは、こういう理解であまり外していないと思う。 深さは概念設計で決まる気がする。 予想外に深くまで行った、って感覚は、たまにあるけれど、ソレはヒトベースなのではなく、 時と場合ベースの運みたいなもんだと思う。 だから、深さは設計ベース、幅は人財ベースな感じかな。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>自分らしい or NOT</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_myself-or-not/</link><pubDate>Tue, 19 Jul 2016 07:38:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_myself-or-not/</guid><description>&lt;p&gt;ハヤタと品川で、鳳凰美田を啜り、ノドグロをつつきながら話したことで、 割と好きな話その①&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;「この年齢になると（24年も生きていると）、判断の基準の、とても大きな部分に、『自分らしいかどうか』ってのが入ってくると思うんだ」 「自分らしく選択したことなら、受け入れられる」 「自分の哲学に反しない言葉で与えられた考えなら、素直に受け止められる」 「行動を、起こすか起こさないか、という判断の材料のとても大きな部分に、&lt;strong&gt;これは過去の自分を裏切る行為ではないか？&lt;/strong&gt; という自問がある」 「そして、自分らしいことをしなかった時って、結局はあまり良い目が出ないんだよね」 「だから結局、自分らしいことをやってねぇとな、って結論になるんだ」&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;過去の自分は、 今よりも手持ちのカードは少なかったにしろ、その少ない手持ちのカードで、全力で考えて判断していた。 ガキはガキなりに全力で考えている。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;「古き良き時代というのは、常に記憶の中にしかありません（堕花雨）」 この20年、予想通りに進んでこれた自信は一切ないけれど、そんなに不幸では無かった。 何が自分の身に起きるのか、（俺は全知でも全能でもないから）予見できたことは無かった。 （後から振り返っても、兆候や、「まぁ順当にそうなるよね」って判断出来るカードは、当時の俺の手の届く範囲には無かったよ） しかし、折々の判断は自分らしいものを常に下して来たと思う。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;過去の自分を裏切らず、過去の自分の言葉を嘘にしない。 固執とかではない、変質は歓迎している。しかし望んだ方向、もしくは今の自分の地続きでないと、とてもしんどい。（意味もわからないし、習得までとても時間が掛かる） 世の中には豚に真珠的なことは多々あると思う。必要な言葉というのは、必要なタイミングで与えられないと意味がない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;周りの顔色を伺って生きて、よかったと思えることは無かった。 他人を傷付けて、よかったと思えることは無かった。 悪いことをして、それが自分のためになったことは無かった。どこか罪悪感を感じ続けた。 なんか違うなと思いながら、何もせずに納得出来たことは無かった。 自分らしさとは、（安直な言葉だけれど）蔑ろにしてみても、決していいことは起きないものなのではないかと思う。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;最後は勘なんだと思う。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>合理性と感情論の両立</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-11_rationality-and-emotion-balance/</link><pubDate>Mon, 11 Jul 2016 03:17:15 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-11_rationality-and-emotion-balance/</guid><description>&lt;p&gt;常に悩んでいた先人が居るらしい。 最近「あー、もう感情論でがなられても、大して俺には響かねぇなぁ〜」 って思っちまってから考えるようになった。 ソイツにしか言えないセリフにしか、やっぱり価値は無いよ。 一般論なんて掃いて捨てるほど、この頭には叩き込んださ。 “仕事って側面だと、まだ俺の市場価値がソコソコ日本では高い”っつー目算が立っちまってるから、権力を笠に着て怒られても、本質的なところに響かないよ、と思ってしまった。 彼らがその立場に行き着くために、積み上げたものの重さが分からないからってのも大きいのだと思う。心底からは、尊敬出来ていないのかも知れないな。これは良くない。 ……良くないんだけど、まぁある程度は仕方ないよ。相手の力量を推し測るってのは、時間が要るものな。 後、生きている理由が違うしなぁ。と。 ここも分からない。&lt;strong&gt;大抵の人間は、どんな立派な初心があろうと、ソイツを忘れ去って、大抵、出世と給料と家族のことのみが関心の対象となる&lt;/strong&gt;って、&lt;strong&gt;あの&lt;/strong&gt;スレッドには書いてあったし、 俺もそれはある種正しいと思ってるから。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;合理性と感情論。 ハヤタは割と、割り切ってる感じがある。 言語化してないけれど、シチュエーション毎に出方はある程度決まっている印象がある。 なんかこの辺、スタンスのレベルで違うなぁと思うんだけれど、言語化まで至れていない。 俺は多分、この２つのバランスに対して、ハヤタよりも、感情論の持つ可能性を諦めて居ないんだ。……それが何かは分からないけれど。なんだろう。多分、劇的な変化への源泉的なもの……？ それ以上に美しいものなんて、この世界にそんなに無いんだぜ、って位のものが、感情論のサイドに隠れていて、それを引き出すことも合理の方に組み込んでいる俺が居るんだ。 分かんない。スマブラDXで、マルスではなくロイを使う感じの、ロマンなのかもねｗ&lt;/p&gt;</description></item><item><title>６月の月記</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-11_june-monthly-log/</link><pubDate>Mon, 11 Jul 2016 02:53:14 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-11_june-monthly-log/</guid><description>&lt;p&gt;６月は色々あった。手記として残しておこう。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id="本配属前研修"&gt;本配属前研修&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;本配属前研修として、生産工学的なことをサラッと実習を通して学んだ。感覚的には兵站の概念。ロジスティクス。日本人が苦手な概念。ヤン・ウェンリーが得意なこと。ナルサスが重視すること。 極めて優秀な用兵家だけがこれを蔑ろにしない。 なんだろう、全体的にそんなに難しいことは無かったな。……俺にとって物理学とか数学より難しい事柄がこの世界にそんなにあるとは思えないけれど……。ああ、女子には勝てない。いやでもこれは逆に簡単な摂理だなｗ 生産管理の究極ってのは簡単だ。 人間を排除すればいい。 もっと言うのならば、人間の意志か。 実習で学んだことは多いが究極的にはやはりひとつだ。 性善説で考えて、性悪説で実行する。……これに尽きる。 それならば、いつも考えていることとそう変わらない。 浅く笑って奸計を練って、行動を起こすだけだ。 印象に残ったことは……そうだな。「皆が自分の最善を尽くす結果、全体最適は夢へと消える」ってことか。いや、極端な話、もっと簡単にやるんなら、独裁してしまえばいいのだ。責任は総て私が負う。いいからやれ。前へ進め。個の意志はシステムに及んでは無駄だ。社会主義的思想も、資本主義的思想も、イイトコどり出来ればね。（小規模なら可能だと思うんだけどね。）（ああだから俺は排他的で選民意識な部分があるのかもしれない） これが出来ないから、混迷するって事がよく分かった。つまるところ全てにおいて覚悟が足りないって話でしか無かった。掌握すればいい。その上でシステム化して、最後に離れればいい。人間は自分にとって都合のいい現実しか見ないんだ。 俺も含めて。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id="本配属"&gt;本配属&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;理系で開発の道に進むつもりだったんだけれど、色々あって経理をすることになった。 この一側面に関しては、俺は多分、会社のことを許していない。 会社が俺の望んだ未来と、俺がその未来の為に他の可能性を切った覚悟分位のことをペイしない限り、俺はこの会社のことを許さないと思う。一度だけ、イチバン大事な局面で俺は盤面を全て俺のために売り払っても、俺は俺を許せる。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;経理。この業務、AIにすべて取って代わらせたい。 基本的にプログラムを書くこと以外の入力作業はムダでしかないと考えている。 人間が挟まれるから、不正やらお化粧やらが起きるんだ……。 事実を表す数字に、人の意志が絡んでいいものだろうか？ 俺にはまだわからない。 色んな事が、まだわからない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;人生思い通りには行かないものだ。 内定の時に思い描いてベットした未来とは、ガリガリと音を立てながら違う方向に進んでいる気がする。 ……いや、究極的には想定の範囲内だったりするんだ。だから、「まさか○○○○をつくることになるなんてね」ってセリフとポーズも、これはこれで嘘だったりする。このカタチは実は知っている。 頭の中では相似形のものを思い描いていたりした。ちゃんと。 だから、「まさか」ってのも、「１００のうちの２を引いちまったか……」って感覚だ。 そしてそれを「俺らしい」って判断しちまってる俺が居て。一方で 「ああ、やっと本来の才能（それはそれはとてもとても文系的な才能）が生きるフィールドに立ったのかｗ」っつー感覚と同時に、 「俺は誰より技術者として生きる覚悟をしたのにな」っつー葛藤、コンフリクトが常に俺の中にある。 「なんで俺はココに居るの？」　って。 いや、院試に落ちた後のコンフリクトほどじゃないんだけどね。ホント我ながらどんだけ辛かったんだあの局面ｗ 強く在れって言葉を自分の支えにして生きて来たのに、（社会的に確実に）強く在れていない自分を自覚し続ける。自己矛盾で息をしているだけで惨めだった。 んで挙句強く在るために唯一思い浮かぶ方法が、無理矢理にでも笑ってないといけない、丁寧にちゃんと胸を張って生きないといけない。ああ、アレは本当につらかったな……。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;本音を言えば、やっぱり想定外では無かったりする。どーせ３〜４年後には似たようなことやってたんじゃねぇかな、っつー予感もある。 しかしまぁ、「許していないぜ」っつー感覚はあって、 周りが俺に向ける視線に期待通りの応えを返すのと同時に 「俺は望んでここに居るのではないよ」 「お前らがもっとちゃんとしていれば、俺は別の可能性の方を引いていたのに」 っつー恨み言が頭の奥底で怨嗟の様に木霊する。 そういう「意としてここに居るのではない」って感覚が頭のなかに在り続ける一方で、面の皮では笑っている、って意味でも、今の環境は俺らしかったりする。 この感覚は、よく知っている。 俺は、別の可能性のためにちゃんと手を伸ばしたのにな。 いつも俺の力を超えた「状況」っつーモンにスポイルされる。 それは生まれる時代だったり、親の転勤だったり、地理的な距離だったり。 好きな人が俺のことを大切に思ってくれる意志そのものだったり。 年齢を重ねて意を通すことが出来る範囲は増えた。 考えられることと、講じることの出来る手段も増えた。 俺はあまり、自分の運の良さを疑ったことは無い。 自分には女神の幸運的な加護が付き纏っている感覚がある。 多分、**俺の意志とは無関係に、**俺にとっていい位置に行くようにする類の、 実はこれは呪いなんじゃないかと、俺は常々思っているんだ……（嘆息）&lt;/p&gt;</description></item><item><title>常識は一定ではない</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-25_common-sense-not-fixed/</link><pubDate>Wed, 25 May 2016 23:38:05 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-25_common-sense-not-fixed/</guid><description>&lt;p&gt;今週のジャンプの、ワールドトリガーの会話がスゲェ琴線に触れた。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;&lt;img alt="スクリーンショット 2016-05-25 23.17.39" loading="lazy" src="https://asksdust.wordpress.com/wp-content/uploads/2016/05/e382b9e382afe383aae383bce383b3e382b7e383a7e38383e38388-2016-05-25-23-17-39.jpg"&gt;&lt;img alt="スクリーンショット 2016-05-25 23.17.52" loading="lazy" src="https://asksdust.wordpress.com/wp-content/uploads/2016/05/e382b9e382afe383aae383bce383b3e382b7e383a7e38383e38388-2016-05-25-23-17-52.jpg"&gt;&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;常識というのは、存外儚いモノだ、とオレは思っている。 常識には転換点があり、それはとても緩やかに――しかし、後から考えてみると自明極まりなく思えるように――転換する。 幕府が最高権力で、逆らうことも出来なかった時代　→　維新 日本は後進国だ　→　日露戦争 太平洋戦争　→　敗戦 土地神話　→　バブル崩壊 ITバブル　→　飽和 全てが「そりゃあそうだわな」と思えることだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;常識は古くなる。更新される。 それは時代のトレンドやら、技術の進歩。プロダクトによる生活の改変と、価値観の改変。（改質？） 故・河合隼雄 先生が心理学に思いっ切り取り組んだのは、「太平洋戦争　→　敗戦」で変わった常識に、折り合いを付けたいがため、というのと、もう一つ。「太平洋戦争で歪んじゃったけど、本来の日本人ってのは、なんだっけ？」みたいな部分だと思う。（本人もそう述懐していたように思う） 「昨日まで『鬼畜米英！』『いざとなったら竹ヤリで特攻しろ』なんて言ってた政府が、今日になったら米国に媚びへつらうわけですよ」と。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;忘れてはいけない。常識は変わるものだ。 変わる常識を読み、捉え、踏まえた上で強く在らねば、オレは自分を許せない。 胸を張ることが出来ないんだ。 世間は往々にして正しいが、基本的にはどこかしらかにおいて衆愚だ。 個として自分の足でしっかり立ち、自分の腕で世間を渡り、自分の手は価値を生み出すことが出来るんだ、という自負を持って生きるのだ。 今のオレにとって、強いカタチは、とにかくここにいったん行き着くことだ。 強く在れ　強く在れ　強く在れ。 「――戦うと、そう決めたのであれば、全身全霊で戦いなさい。一瞬も、一秒も気を抜かず、どんな手段を用いてでも、どんな汚い方法を使っても、勝利という一点に向かって貪欲に食らいつきなさい。まだ立てるのならば、まだ指が動くのならば、まだ牙が折れていないのであれば、立ちなさい。立ちなさい。立って、立って、斬りなさい。生きている限り、戦いなさい。戦え、戦え、戦え！」（リゼロ　ヴィルヘルム＝トリアス（ヴァン＝アストレア））&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;実習中、リゼロを（とりあえず第三章まで）読み終わった。 いい作品だ。本当にいい作品だ。なんていい文章を書くんだろう、この作者は。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>出世やらなにやら①</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-25_career-thoughts-1/</link><pubDate>Wed, 25 May 2016 21:46:48 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-25_career-thoughts-1/</guid><description>&lt;p&gt;工場実習がウルトラつらくて（体力的に）（精神的には……どうだろう？　分かんないや）（まぁ院試の後の俺ほどじゃねぇやね。あの時はもう…、呼吸をしているだけで惨めな気持ちってこの世界にあるんだな。あんな感情、この世にあっていいのかよ、と思ってる）（それに比べりゃマジでこの実習の精神的苦痛さはぬるま湯でしかない）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;何はともあれ、実習中は大体考え事をしている。（現実逃避） ずっとずっと、「なんでだろう？」みたいなことを考えている。 全てのことに対して。 「ある土地に定住して、なんだかんだとお堅い職に付き、一生を予想出来るカタチで終える」 という可能性は、就活の時に「ああ、これ駄目なんだ」と受け入れた。 仕方が無い。 オレはどうもそういう、「凄く自明に安泰」という選択肢を、キレイに受け入れることが出来る人間では無いらしい。 まぁそうだよね。そういうことが出来る人間は「無変化は停滞しか生まねぇ、死ね！！」なんて、口が裂けても言わねぇだろうがよ。自嘲とともに笑えて来てしまう。 余談だけれど。その会社ホント超いい会社で、仕事があまりない（超ラクな）わりに妙に給料良かったから、それはそれは本当にいい会社だったんだけど、 俺は「この会社に入って、人生を過ごしてて、俺は不敵にわらえねーなー」とか思ってしまった。 不敵に笑うって、「一番、オレ以外の人間が出来ない顔」だと思う。（あー、いや、ちょっと違うな。俺に一番似合って、それを俺が心から愉しんでいる状態なんだと思う）（まぁこれがニュートラルってのも、どうかと思うやねｗ） まぁでもあの会社に対しては今でも思うけれど、「人生が１０回あったら、そのうちの１回は入りたかった」と思う。 仕方が無い。今の生き方をオレはもう選んでしまったんだから。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;生まれてこの方、ひとつの土地に定住できたことは無い。 運命かもしれない。このことには最早、諦めみたいな感情がある。 西宮には１０年住んだが、あの土地がオレの故郷という感覚は、オレにはない。 「土地より人」というのが、オレの結論だ。 この結論から逆推するに、西宮にはオレが帰りたい、と恋焦がれる存在が住んでいないのだろうか。 帰る場所では、ないんだ。 どうなんだろうな。オレの帰属意識はどこに向かうんだろうな。 親に対しても現在進行形で帰属意識を持てていないのだ、オレは。 （無論感謝はしているのだ）（そのへんの折り合いみたいなのはまぁ、一生かかるかもな） わからない。 帰属意識を他に置く感覚こそが間違いなんだろうか？ だとしたら「電波的な彼女」で堕花雨が言っていたように、人間は死ぬまで「自分」に向かって歩いて行くのだろう。 孤独な道だね。百年の孤独。 誰かの幸せを祈ることが出来たら……そんな相手が居るんなら、多分それはなによりも幸せなことなんだと思う。 オレは自分が好きになった女の人が、オレの知らないところで幸せに生きていてくれればいい、と思うことができるようになるまで、１０年かかった。……まぁいいさ。性分だな。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;帰属意識に関してもう少し。 帰属というと、一番最初にやはり“家”が来るのではないか、と思う。 ハードとしての家について、 持ち家か借家か、みたいな議論については、まぁタイミングにもよるが、「基本的に５０年スパンで考えると実質変わらない」というのが（どこかで読んだ）オレの結論だ。（マネーフォワードのお金のQ&amp;amp;Aだったかも知れない。忘れた） 浮世なのだから、全てが借り物なのかもしれない。 ３.１１の地震の後、オレはどうも日本人は全体的に「所有する」ということに執着が薄らいだ様に思う。バブルから連綿と続く、所有に対する欲求が根本的に別のところにシフトしていっている感覚。 日本は地震国家で、これまでも飢饉とか超いっぱいあったはずだから、思想としては「桜」を美しく思う様に、刹那さみたいなものを尊重する感覚があると思う。 もののあはれ。 わかんねぇな。これ以上は被災していないオレが言語化していい領域ではないやね。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;割と物欲はある方だと、俺は思う。 ここ６年分くらいの家計簿を分析したら、生活レベルを一定に維持した上で、自由になるお金のほぼ全てが「レアリティの高い経験値」と「本」に変換されていた。ここもブレないな、と思った。 人間関係の潤滑油としての出費も惜しんでいなかった。 （だから浪費は存在しなかった）（すべて実験） （この辺のお金の使い方は、「大学入る時に決めた通りに使うことが出来た」と感じた）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;仕事に関しては、これは抽象的な目標というか、オレのサイコーに達成感を得られた時の共通項なんだけれど、「全ての手を打ち終えた後で」「後はかみさまだけが知ってるのさ」と「諦めたように笑って」「結果を待つ」 ってことを終着点にしていたい。 すべてはそこに、終着していて欲しい。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>To reach a good consensus. Ver. 1</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-08_reaching-consensus-v1/</link><pubDate>Sun, 08 May 2016 21:04:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-08_reaching-consensus-v1/</guid><description>&lt;h3 id="上下関係をはっきりと"&gt;上下関係をはっきりと&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;まず声が通るように（精神的な）上下関係を意識させる。具体的にはまずはとりあえず上に立つ。 そこから段階的に降りて行く。 その方が効率がいい。 下手な協調性は意識しない方がまだマシ。 俺にとってはストレスでしか無いことが多い。 ルールした方が早くて省エネ。スッキリする。 有象無象の意見に大した価値はない。 物事というのは決定しようという強い意志が無いと絶対に紛糾する。これは無駄だ。無駄なんだ。 つまらないことでオレの人生の時間を奪うな。奪わせるな。 自分のアタマで１から考えている人間に付き合う義理は無い。巨人の肩に乗る意識の無い人間には必読書を投げて帰した方がまだずっと建設的だ。（読むように誘導しろ）（読まないとステージにすら立てていないことをまず自覚させろ）そこまで他人の面倒を見切れない。無変化は停滞しか生まない。死ね。 衆愚政治ほど唾棄すべきものは無い。それはファシズムを産む。 クリーンで合理的ってのが何よりも大事。 「誰がどう考えてもこうなるよね」というのが大事。 感情論は省け。無駄だ。 奸計は実行の時に俺が中核に居ないと大抵、失敗する。 自分のリソースを目の前のことにどれくらい割けるかを考えて、一般解にどの程度近づけるかを決めろ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h3 id="やりたいことに手を挙げろやりたくないことを笑顔で引き受けるなやりたく無いことを続けるなそこに満足する成果は絶対に無い"&gt;やりたいことに手を挙げろ。やりたくないことを笑顔で引き受けるな。やりたく無いことを続けるな。そこに満足する成果は絶対に無い&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;やりたくないことを嫌々やるのは人生の無駄だ。やりたくないことは嫌々引き受けて『貸し』を作り、より合理的な、詰めた案を上に通して、やりたく無い仕事ごと、まるごと他人に投げる。 考えることを止めるな。考えたことは無駄にはならない。 大きく声を出して、高く手を挙げろ。 行動しろ、前進しろ、敵を倒せ。 闘え。短期的にではなく、長期的に手を打て。 （但し血止めを忘れるな）（つまり「たまには休め」）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h3 id="lets-go-together-"&gt;Let&amp;rsquo;s go together !&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;形態はどうでもいい。言葉尻もどうでもいい。 「内容に関して1人で決めた」ということを避けろ、 取り敢えず上の人間をまず巻き込め。 文句や反論を言ってくる（必要な）人間には、「その観点は無かった。詳しく聞かせて頂きたい → 頭を貸して下さい」と笑顔で頭を下げろ。プライドはいらない。実現することが何よりも大事なんだ。価値を生み出すために正しい手段を取り続けることが何よりも大事なんだ。 極端な話、実現するのは俺でなくても良いのだ。 時代を進めろ。技術をもって人類を進歩させろ。救済せしめろ。 俺はそういう生き方を、既に選んでしまったんだから。 必要で無い人間？ 捨て置け。何をやってもnegativeは出るよ。本当に暇な時に、コスパが良ければ、根回しすればいい。 「誰がどう考えても、合理的に考えたらこうなるよね」って方針で動いているなら、正義はこっちにある。物理で殴れる。 そしてとにかく周りに思考停止を許すな。情報は確定させた後ちゃんと流せ。 協調性は「一緒に」という仲良しごっこから生まれる。まずはごっこ遊び。それでいいんだ。 そしてこの実感は、「独断先行のきらい」のある俺を正しく縛る言葉にもなる。 「目の前の人をちゃんと見て」 「対等な人間として尊敬し」 「一部分の弱さだけで人を判断しない」 独断先行は孤立に繋がる。 先行するなら、「役割として向いていて、尚且つ全体最適に必要なんだ」という理解を得るよう、最大限に努力する。 「そういう役割なんだ」と承認をもらっておく。 俺はどう頑張ってもせいぜい3人分くらいの仕事しか出来ない。それでは足りんのだ。リソースを最大化出来ていない。リソースを最大化。これがオレの宿命なのだ。 他人を使う ≒ 他人に助けてもらうには、この「人としての基礎」に立ち返る必要がある。 相手のことを認識して、尊重し、名前で呼ぶ。 承認するんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h3 id="if-the-most-extremely-weird-case-realizes"&gt;If the most extremely weird case realizes&amp;hellip;&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;仮説が全て。 俺が人生で一番感心した仮定は、 「もし全ての人間が理性的な世界があったとして」 この言葉を発した人間は、住友商事に就職した。（その後やりたいことベースでベンチャーに行った）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h3 id="イケルイケル"&gt;イケルイケル&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;cv 皆口裕子 最終進化形態は、「キテルキテル」&lt;/p&gt;</description></item><item><title>死に直結する短所以外は、取り敢えず放置しても実はあまり問題がない</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-03_ignore-non-fatal-flaws/</link><pubDate>Tue, 03 May 2016 08:47:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-03_ignore-non-fatal-flaws/</guid><description>&lt;p&gt;ドラッガー的な。&lt;br&gt;
そこで痛みを得てからでも遅くはない。&lt;br&gt;
短所をカバー（人並みに）するには、長所を伸ばす数倍の労力が要る。（これは所感として俺にもある）（なんだろう、ホント理系に来たことは冷静に考えても気狂いとしか思えない）（それはそれとてとても合理的なのだが）（レアリティの追求と、新しい思考方法の獲得は俺にとってある意味至上命題だった訳だし）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まぁでもアレよな。これ、いいか悪いかを決めるのは女の子の評価見た方がいい気がするんだよな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あぁ、結果論だけど、俺あんま短所ねぇな、この考えは取り敢えずここで置いておこう。意味がない&lt;/p&gt;</description></item><item><title>具体化</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-04-15_concretization/</link><pubDate>Fri, 15 Apr 2016 00:23:22 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-04-15_concretization/</guid><description>&lt;p&gt;コイツの上手さは割と根本的な能力値に関わっている気がする。&lt;br&gt;
まぁニアリーイコール経験値だしな。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;仮説が全てというか、いい仮説から出発できたらその瞬間に勝ち確定というか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;抽象的なままに物事を考えることって、たぶんとても難しいのよね、&lt;br&gt;
だから要点は「如何に自分の身に危険を及ぼすような想定を出来るか」とか、当事者になっちまうか、みたいなところにも在る気がする。コツみたいなものはもう少し収集してもいい気がする。この辺はコンサル的な思想訓練かなぁ。仕事？　していけば分かるのかもしれない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺より強い人を探して是非聞いてみよう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;抽象的な方針を具体的な策に落とし込んだ思考の変遷。（それを語る口調を含めて。）&lt;/p&gt;</description></item><item><title>トレード・オフ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-04-10_trade-off/</link><pubDate>Sun, 10 Apr 2016 23:28:45 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-04-10_trade-off/</guid><description>&lt;p&gt;&lt;a href="http://amzn.to/23ulRPP"&gt;[堀江貴文] 本音で生きる 一秒も後悔しない強い生き方 (SB新書)&lt;/a&gt; &lt;a href="http://amzn.to/23ulsNh"&gt;[堀江貴文] 君はどこにでも行ける&lt;/a&gt; 堀江貴文氏の本、（というか）思想が好きで読む。 一冊を通じて主旨が明確極まりないので、一度読めば頭に入るし、合理的な思想なのでとてもよく響く。 合理的なの大事。合理的だからこそ仮説が全てだし。合理的だからこそ、結果的に公平になるし。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかし合理を追求し過ぎるとなんか手痛いしっぺ返しを食らうんだよね。 なんなんだろう。人の和かな。これも合理化しようとすると**“孫子”**になるんだろうけれど。 ＞　合理化ってのは現状の打破（つまるところイノベーション）に必要（というか、他に必要な要素は一切ない）（つまり時系列を飛ばして個を無くせ）（弓は鉄砲に駆逐されろ）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;話が逸れた&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;彼は……そうだな。“選んでしまった”人間だからなぁ。 他人の人生を生きていない姿はカッコいいと思う。 投獄されて尚潰れない姿が本当にカッコいいと思う。 （普通だったら資産あるわけだし、「もういいや」ってなると思う） 是非長生きして欲しいと思っている。俺、ファン過ぎる。 そのうちお近づきになってDisられて凹みたい。 メルマガも受信してみるか。月５００円だったかな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;彼の思想と、ファインマンの一番深いところの哲学が、最終的に同質なんだよね。 &amp;ldquo;What Do You Care What Other People Think?&amp;rdquo; これだ。これが多分、究極的に一番&lt;strong&gt;強い&lt;/strong&gt;んだ。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;言い訳しないこと。バランスを取ろうとしないこと。「自意識」と「プライド」を捨てること。&lt;/strong&gt; 「何かを選んでなお、バランスを取ろうとするってのは、卑怯だと思うんだ」&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;でも最後は**“老子”&lt;strong&gt;な気がする。こういう&lt;/strong&gt;「他を考慮に入れた上で、自分の意を通すために敢えて顧みない」**みたいな思想にはスゲェ憧れるんだけど、&lt;strong&gt;最後の最後でなんかズレる気がしている。&lt;/strong&gt; いや、老子の真髄も俺には全然読み取れていないから、もうちょい考えないとな。生き方の幅をもうちょい採集するか。歴史小説。 これは予感というか、彼のカッコいい生き方に対する俺の現段階での結論なんだけど、「俺はそこまで捨てられない」って感覚なんだよね。ビジネスに全てを投げ込めるんなら、きっと同じ土俵のそのまた端っこのほうくらいには上がれると思うのだけれど。……だから何もかも足りてないんだよな。今の俺は。俺の全てのリソースを注ぎ込んで尚足りない、みたいな情熱の捌け口みたいなのが全然、見えてないんだもんな。……結論、浅いんだ。強くないやね。強く在らねば。   後はやっぱ行動しないとな。師匠もせんせーも言ってた。「人間は、行動することでしかこの世界にアクセス出来ないんだ」「考えるだけでは意味が無いんだ」 俺は自分の手が生み出す価値を信じて生きなければならない。技術者として生きるんだから。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>正しい手段</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-04-10_right-means/</link><pubDate>Sun, 10 Apr 2016 23:05:52 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-04-10_right-means/</guid><description>&lt;p&gt;正しい手段って大事だ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺はなんだか、回り回って結局、奸計しか使えない（実らない）感覚があるんだけれど、&lt;br&gt;
理想はやはり、正攻法で（つまり）「正しく、強い。」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;奸計だけど結局、正攻法的な戦い方になる気もする。&lt;br&gt;
分かんない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まぁとりあえず、行動の判断基準として使いやすいのが一個手に入ったから備忘録的に&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（俺の行動を）&lt;strong&gt;「新聞はどう報じるだろうか」&lt;/strong&gt;（&lt;strong&gt;c.f. それを見た大衆はどう思うだろうか）&lt;/strong&gt;&lt;br&gt;
いざ明るみに出た時のリスクをどう減らすか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;正しい手段で自分の身を守らねばなるまい。&lt;br&gt;
それとは別に、色気のない手段を使ってはならないが、それはまだ整理できていない。&lt;br&gt;
もうちょい進んでからだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あまりこの辺りのことを、考えたことが無かったから、（俺の行動基準は長いこと「氷上ならどう思うだろうか」「笑ってくれるかな」ってところだったものな）（氷上は“会社”って枠に入ったことのない人だったし（入る必要も無かった））（師匠は況や）新鮮に感じる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;やっとここまで来た。やっとだ。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>襟を正す</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-04-10_straighten-up/</link><pubDate>Sun, 10 Apr 2016 22:55:50 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-04-10_straighten-up/</guid><description>&lt;p&gt;社会人として給料が出るようになって（まだ貰ってはいない）感覚的には１週間位経った。&lt;br&gt;
まだしばらく研修中だから、価値とか全然出してない。（そこは学生と変わらない）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;想像を超える事態にはまだ直面していない。なんだかんだ大学院の生活はそれなりにadversityだったから、エラー耐性は（２年前に比べればそれはもう）ついていると思う。研修メンバーの中にはタレント持ちも見られた。やはりそれなりの企業なだけはある。篩にかけられている。順当に強い感じある。&lt;br&gt;
（何人かは「あー、戦い方選ばないと勝てないな」みたいな人間が居るからこれは楽しい）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;研修を通じて、思想の甘い部分が段々と取り除かれていっている感覚がある。&lt;br&gt;
遵法意識みたいなのがガンガン上がっていく感覚。コンプライアンス。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺の一挙手一投足（及びその結果）が会社&lt;strong&gt;にも&lt;/strong&gt;帰っていく感覚ってのが、（そういうのが今まで無かったから）変質してModifyされた感覚がある。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「下手なこと、出来ねぇな」と。&lt;br&gt;
笑って許される域が狭まった？　いやもっと前向きというか。そうだな、「やっと判断してもらえる土俵に上がった」というか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そう。襟を正す感覚。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>社会人になってからのお金の使い道</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-03-16_money-usage-as-adult/</link><pubDate>Wed, 16 Mar 2016 20:56:40 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-03-16_money-usage-as-adult/</guid><description>&lt;h2 id="机と椅子"&gt;机と椅子&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;作業に集中できるシンプルで広いもの。椅子はエルゴヒューマンとかアーロンとかが理想だけどまぁモノ見てからだな。東京ならショールームもあるだろうし&lt;/p&gt;
&lt;h2 id="本"&gt;本&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;専門書とか目録とか？？ 無差別に読んでいきたい。書斎が欲しいなぁ。秘密基地的な。憧れる。 コレクション以外はKindleと図書館が有力さね。まぁでも紙で持っときたいのは積極的に買っていこう。 控除対象になるか、ならないか、みたいなのも割合積極的に攻めていこう。 お金のことに関して迎合してはいけない。時間＝命なんだから。 ああ、あと、スマホは便利だけどkindle voyageかPaperwhiteは買っても良いかもしれん&lt;/p&gt;
&lt;h1 id="１家経"&gt;１　家経&lt;/h1&gt;
&lt;h2 id="結婚２００万"&gt;結婚（２００万？？）&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;焦らなくてもいいけれど、この人は幸せにしてあげたいな～　と思える人がいいな。この辺は相手のライフプランもあるだろうし、色々悩ましいねｗ　行動しない後悔だけはしないようにしよう。人間は行動することでしかこの世界にアクセスすることが出来ないんだから&lt;/p&gt;
&lt;h1 id="２機器"&gt;２　機器&lt;/h1&gt;
&lt;h2 id="pcx-125cc"&gt;PCX 125cc&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;これは正直欲しいな。 250ccのバイクでもいいんだけどな。 PCX。８月とかに買おうかな。&lt;/p&gt;
&lt;h1 id="３保険"&gt;３　保険&lt;/h1&gt;
&lt;h2 id="寝具"&gt;寝具&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;（取り回しの関係からマットレスがいい。3つ折りくらいの高級マットレス）マニフレックスとか 寝ることに幸せを感じる環境がいいな。お金を惜しむ部分ではない。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id="枕パジャマ"&gt;枕、パジャマ&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;こだわり抜いてもバチは当たるまい。枕に関しては蕎麦殻が攻守最強な気がしなくもない。分からないや。買い替えの周期とかもあろうしな。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id="非常用持ち出し袋"&gt;非常用持ち出し袋&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;防災の意識というよりも、自分が死なないための手数を確保しておく。 道具があるかないかで生きるか死ぬかは割と変わると思う。 一度用意すればいいものだし、ちょっと一回２万位を目処に確保しておこう。&lt;/p&gt;
&lt;h2 id="身なり"&gt;身なり&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;基本的に今までは本に使って来たけれど、身なりにも程々にお金を掛けよう。 第一印象補正で最短経路ってのはかなりコスパ高い気がする。 ま、この辺は女の子の目線を使おうと思う。オレ自身のセンスにはあまり期待していない。&lt;/p&gt;
&lt;h1 id="４情報"&gt;４　情報&lt;/h1&gt;
&lt;h2 id="新聞"&gt;新聞&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;日刊工業とかは読んでいきたい。啓発の面ではクーリエとかも気になるけれど、そこは追々かなぁ。 会社にフクシマ文庫αを作ることも視野に。&lt;/p&gt;
&lt;h1 id="５学習"&gt;５　学習&lt;/h1&gt;
&lt;h2 id="語学"&gt;語学&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;英語と中国語かな。どうしよう。目的決めて少しずつ努力する感じかな。 他に頼る or 試験を設けてエビデンスを詰んで、最高ランク取って以降二年毎に更新していく……とかが最高にクレバーな気がする。 他国の最高位の物語を原書で～とかがオレに合っている気もする。分からないや。いろいろ試してみよう&lt;/p&gt;
&lt;h2 id="技術"&gt;技術&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;多少お金掛かっても、EXPOとかには積極的に顔を出していきたい。 出展側にもなれるようにマインド作っていくのも有りだしな。 というか、ああいうのに出展したってエビデンスは欲しいよなｗ It&amp;rsquo;s a trick.&lt;/p&gt;
&lt;h1 id="６娯楽"&gt;６　娯楽&lt;/h1&gt;
&lt;h2 id="psvrとアンチャーテッド"&gt;PSVRとアンチャーテッド&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;言わずもがな&lt;/p&gt;
&lt;h2 id="精神年齢にそぐう小説"&gt;精神年齢にそぐう小説&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;しばらくは名作系の歴史小説を消化していく感じで。 過去のSFでもいいかもしれない。ここを怠ると、オレはどうも動機と笑顔を消失してしまう気もするな&lt;/p&gt;
&lt;h1 id="７その他"&gt;７　その他&lt;/h1&gt;
&lt;p&gt;要約すると、&lt;strong&gt;「他者を不快にさせない」「高耐久＋高品質」「時短」&lt;/strong&gt; 他の要素としては**「STR＋INT上げ」「煽動力強化」「興味＜情熱（愛）」** &lt;em&gt;全ては感謝と祈りの領域に至るために――&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;</description></item><item><title>人との出逢い</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-01-20_people-encounters/</link><pubDate>Wed, 20 Jan 2016 14:38:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-01-20_people-encounters/</guid><description>&lt;p&gt;人との出逢いというのは、これはもう、天運な気がする。 天運とは何かというと、自分ではどうにもならない要素だ。 ただ１つ言えることは、環境が良ければ遭遇率は上がる。 俺は割と周りに居てくれる人間には恵まれて来た様に思う。ああ、西宮に引っ越したばかりの小学生の頃の半年間はツラかったな。 あの頃は手段があまりにも無かったからな。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;現状に退屈を覚えたら、また改めて考えよう。 ノウハウは無いや。 強いて言うのならば、感情的な誤魔化しをしない様にする、くらいかな&lt;/p&gt;</description></item><item><title>上位２％にだけ触れていれば良い</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-01-19_only-top-2-percent/</link><pubDate>Tue, 19 Jan 2016 20:08:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-01-19_only-top-2-percent/</guid><description>&lt;p&gt;どんなジャンルでも、上位2%には触れる価値がある。 世の中には読む価値の無い駄文が多過ぎるのだ ……だから古典は効率が良い。 どこの界隈に行っても、『上位2%はどこだ』 『あるべき姿を体現しているのは誰だ』 みたいな回路から入ると俺はあまり有象無象に関わる必要が無くて精神衛生上ラクで居られる&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;あんまり余計なことに拘う時間は、俺には無いんだ 青春ってのは、金は無いけど無限に時間があるものさ。 俺の青春はそろそろ終わるのだ！ 無駄を無くせ、躊躇を無くせ、精度を上げろ 取捨選択の話だけれど、「とりあえず取っておく、持っておく」ってのは、「取る判断をした」ってよりも、「判断してない」って要素の方が強い様に思う。 この辺、「とりあえず」を繰り返すと無限に物質に囲まれた生活に陥る。何事も一緒だと思う&lt;/p&gt;</description></item><item><title>人間は結局familiarなものしか好きになれない</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-01-19_humans-only-like-familiar/</link><pubDate>Tue, 19 Jan 2016 20:04:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-01-19_humans-only-like-familiar/</guid><description>&lt;p&gt;これはいわゆる奥義だと思う。&lt;br&gt;
逆説、familiarにしてしまえば、大抵のものはクリアーできてしまう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;どれだけの悪評でも、露出が多い政治家の方が当選するのだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「人の和」的な要素は割とこれでイケる。&lt;br&gt;
後は第一印象大事。プロはやっぱ嗅ぎとるし、これで許してもらえる（お目こぼしを貰える）範囲が割と決まってしまう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;物事に精通したければ、まず歴史から入ってしまえばいい……といったような。&lt;br&gt;
引き出しを増やすというか、関連付けというか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;故に、“士は語る可し”って話になるのだろう。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>バージョンアップと完成度</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-01-02_upgrade-and-completion/</link><pubDate>Sat, 02 Jan 2016 16:19:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-01-02_upgrade-and-completion/</guid><description>&lt;p&gt;序盤のバージョンアップは多い方がいい&lt;br&gt;
バグ取りというか、得られた見地の反映？？&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;後はたまにmodifyを繰り返す&lt;br&gt;
完成度を何処に置くかでまたモノも変わってくるかしら&lt;/p&gt;</description></item><item><title>余裕のあるうちにファージしておく、これを怠る集団というのは、どうも滅ぶみたいだ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-12-15_purge-while-comfortable/</link><pubDate>Tue, 15 Dec 2015 02:28:23 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-12-15_purge-while-comfortable/</guid><description>&lt;p&gt;ハヤタが俺の家に遊びに来た時にポロッとこぼしたこの言葉が、何故か俺には妙に腹立たしかった。 腹立たしかったが、漠然と「この概念は正しい」とすぐに感じた。でも同時にどうしようもなく腹立たしかった。「アァン？」と。 この言葉を認めたくないオレが居た。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;しばらく、ふとした時にこの言葉を考えた。（引張試験の最中とか）この言葉を認めたくないオレが居るが、どうも深さが足りない。……同じだけの具体例、とまではいかないにしろ、オレの思いつきうる極例で全件検証くらいはしてみなければなるまい、と。 結果は、「この言葉はどうも正しいみたいだ、反例は無い」 でも、この思想には賞味期限がある。どこかで歯車が狂う。そしてその時は油を挿せる状況でない。 だけど、多分本当に残したいものはなんだかんだと残る、ファージしておかないと、これをめちゃくちゃに踏みにじられて滅びる 余裕のあるうちにファージしておく、これは多分正しい、けど何かが違う。 要らないものを取り込んで、それが原因となって、「一番在りたい姿」から遠くなる。そうだな、多分これだ。風呂敷を広げすぎて滅ぶ ダラーズとか日本軍とか&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;食べて、消化しきれずにお腹を壊して死ぬ 融和させることが出来ずに、肚のうちから突き破られる&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;つまり、「意思決定を司る人間やら、役割やらの器（カリスマ性）を超えた時点で、集団というものは（適したサイズに向かって一方通行的に）内部分裂や空中分解に陥る」 「だからこそ、&lt;strong&gt;この思想&lt;/strong&gt;には賞味期限がある」 「けれど確かに、『余裕のあるうちにファージしておく、これを怠る集団というものは、どうも滅ぶみたいだ』」 「反例は存在しない。怠ると間違いなく滅ぶ。」 「怠らなくとも滅ぶけれど、怠ると『本当に残したいもの』を『外からの侵略』で滅茶苦茶に踏みにじられて滅びる。」 &lt;strong&gt;「『余裕のあるうちにファージしておく』ことで、たとえ分解したとしても、その先々各々でエッセンシャルな部分は残るんだ」&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;強く在るためには、――集団を率いるタイミングに及んで強く在り続けるためには、融和を続けられるレベルより少し早いペースでファージし続けなくてはならない。そして得られたリソースで進化や変形を獲得形質とせねばならない そうしなければ滅ぶのだ&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id="蛇足だけれど"&gt;蛇足だけれど&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;オレが&lt;strong&gt;かの言&lt;/strong&gt;に腹が立ったのは、オレが切り込み隊長的な人間だからだと思う。 少数精鋭の部隊に、ノロマが入ってきたら部隊が全滅するんんだ。……だからオレは排他的な人間なのだ。 行軍は最も足の遅い人間に合わせねばならない。 ファージすることで取り込まれてしまう「足の遅い人間」を斬るだけの機構が、現在の日本的な感覚では存在しにくいのだ。 斬る役割を、オレが担わねばならない。……なればこそ、最初から入れたくない、ピンポイントでスナイプしてヘッドハンティングするほうが効率がいい。 武家の発想のように、優れた血だけを入れる方がいい そんなことを、オレはどこか深い部分で刻み込まれているように思う&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id="更に蛇足だけれど"&gt;更に蛇足だけれど&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;これは「急がば回れ」レベルで本当によく纏まった言葉だと思う。&lt;strong&gt;使い易すぎる。対象の将来を判断する時に、チェックする項目に&lt;/strong&gt;確実に入る&lt;/strong&gt;割に、判断が『現状』に対する２択で済むのだから。 効率がいいったらありゃしないぜ&lt;/p&gt;</description></item><item><title>最近の思想</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-12-15_recent-philosophy/</link><pubDate>Tue, 15 Dec 2015 01:32:51 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-12-15_recent-philosophy/</guid><description>&lt;h2 id="学会で東京に行った"&gt;学会で東京に行った。&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;　多分人生最後の学会になるかと思う。バリ島、京都と続き３ヶ月連続の最後の３つめだ。……少なくとも生体医工学系の学会に出るのは人生で最後だろう。 　国際学会に２度も出してもらい、国内学会でも発表する機会を得られた。 　大学院から編入をした身として、非常に恵まれたと思う。１年でここまで成果を公表する機会が得られるなんて思いもしなかった。嬉しく思う。 　研究は運だった。成果は全体を通じて&lt;strong&gt;決して&lt;/strong&gt;俺ひとりのものではなく、&lt;strong&gt;常に&lt;/strong&gt;助教授の先生との二人三脚だったように思う。俺の&lt;em&gt;生意気な意見&lt;/em&gt;や、&lt;em&gt;具体化まで到底ほど遠い着想やらなんやら&lt;/em&gt;を、決して否定することなく、常に柔らかく拾い上げて下さり、また色々な装置や試験方法を提案して下さった。（俺は割と微妙な軽薄さでその提案を只々楽しく受け入れていったのだと思う）俺以外の人間ではこの成果は出なかったと漠然と確信があるけれど（少なくとも５年間は俺の発想は出なかったと思う）進展の大半の線路を引いてくださったのは、間違いなく助教の先生だ。 　いい研究生活だった。 　さぁ、修論をパズルのように組み上げよう&lt;/p&gt;</description></item><item><title>中村天風</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-10-08_nakamura-tenpu/</link><pubDate>Thu, 08 Oct 2015 04:08:39 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-10-08_nakamura-tenpu/</guid><description>&lt;p&gt;天風翁の言葉が好みに感じる理由は、多分、&lt;strong&gt;強く在れ&lt;/strong&gt;、っていうシンプルなとこを突き詰めたお方で、&lt;br&gt;
俺に足りない、考えが及んでいない部分に言葉を当ててくれるからだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　方法論としても、まぁ興味深い。&lt;br&gt;
うん。興味深い。全部が全部、素直に受け止められるわけではないけれど。&lt;br&gt;
「疑わずしてこと掛かれば」「まぁなんとかなる」気になる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;難しいことを考えた結果だいたいのことはシンプルなとこに落ち着く。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ファインマンではないけれど、「子供にわかりやすくものごとを説明できないのならば、ぼくはそのことについて本当に分かれては居ないと思う」&lt;/p&gt;</description></item><item><title>慈善の精神</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-12_spirit-of-charity/</link><pubDate>Sat, 12 Sep 2015 14:08:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-12_spirit-of-charity/</guid><description>&lt;h3 id="慈善"&gt;慈善&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;これはどうもイマイチわからない。 どうもオレは同情の心に欠けるようだ。 それはなにも、情緒に欠けるといったものではなく、（悲しい物語を読んで泣いたり、逆に笑ったり、といったことは人一倍なのだから） もっと突き詰めるのならば、他者に対する慈しみが少ないのだろう。 男なのだし、自分のことを、なによりもまず十分な状態にもっていくべきなのだ。 風見雄二の「真の防衛とは正しい状況認識と適度な危機感、そして自分の身は自分で守るという最終的な防衛意識だ。」「何かを守るためには、まずは自分を守れ。」というのが、俺の中でしっくりくる。 それまでは、慈善や慈愛は他の人に任せるよ。ああ、慈悲は担えるか&lt;/p&gt;
&lt;h3 id="祈り"&gt;祈り&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;俺の中で矛盾しない言葉としては、銀子と真九郎の祈りについての話だなぁ&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;『ずっと昔、真九郎がまだ小学校になったばかりの頃。名前は覚えていないが、同じクラスの男の子が交通事故で入院したことがある。朝、担任の教師は出席の確認をしたあとで生徒たちにそれを報せ、「○○くんの怪我が早く治るように、みんなでお祈りをしてあげましょう」と言い、みんなで一分間ほど手を合わせて目を閉じることになった。真九郎は、一応それに従ったが、薄目を開けて周りの様子を観察し、みんなが真面目な顔でお祈りしているのを見て、なんだかバカみたいだなあ、と思った。祈ってどうにかなるくらいなら、世の中に不幸な人なんていない。僕たちがどんなにお祈りしようと、実際に頑張るのは入院している彼であり、治療するお医者さんであり、看病する家族じゃないか。神様なんかいるかどうかもわからないんだし、こんなのバカバカしい。当時の真九郎は、そう思った。お化けや幽霊なんかいないし、超能力も予言もデタラメで、ＵＦＯもウソ、と何でも否定するのがカッコイイと思い込んでいた年頃だ。入院した男の子と特に親しくもなかったという、気楽さもあっただろう。自分の考え方が大人びていると思った真九郎は、休み時間になると、さっそく銀子に話してみた。　頭を叩かれた。「……痛いよ、銀子ちゃん」 「あんた、もしあたしが大きな怪我をしても、お祈りしてくれないわけ？　どうせ無駄なんだから、やなこったって」「それは……お祈りするけどさ」「バカバカしいと思いながら？」「ちゃんとやるよ」「じゃあ、みんながお祈りするのをバカにしたらダメ。わかった？」「よくわかんない」　銀子にまた頭を叩かれたが、当時の真九郎には、さっぱり理解できなかった。　多少は成長した今なら、まあわかる。真九郎自身は、神様に祈ることは八年前からやめているけれど、それでも、誰かが真剣に祈る姿をバカバカしいとは思わない。目には見えず、言葉でも説明できず、全ては心の中で行われているのに、何かに祈るという行為には、たしかに神聖さがあるような気がするからだ。　両手を握り合わせて目を閉じ、静かに祈り続ける志具原理津を見ながら、真九郎はそんなことを思った。（紅 第2巻より）』&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;祈りは分かる。幸せを祈りたい相手が居ることはもはやそれだけで幸せなのだと思う。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id="自己愛"&gt;自己愛&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;自己愛が強い訳ではない。と、思う。人並みだと思う。だとしたらこれは独立心だろうか。どこから来るものだろう。『強く在れ』だろうか&lt;/p&gt;
&lt;h3 id="身内に優しい"&gt;身内に優しい&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;むしろ甘いとまで言えるかもしれない。俺は、あまり家族と根っこのところで繋がれた自覚は無かった、その寂しさのようなものを、ずっと他で補おうとして来たように思う。 それは友人関係であったり、師弟関係であったり。もっと俺にとって尊い何かであったり。 家族に似たなにか。 俺はきっと、そういう形の関係性がとても好きなんだろう。 だから、グレイセスのアスベル達はホント俺の琴線に触れまくったんだと思う。アスベル一家。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id="寄付の理由"&gt;寄付の理由&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;ユダヤ人は稼ぎの1%を寄付に回すように教えられる、って読んで、分かりやすくていいな、と。 足りているからとかに関係なく、心の浄財。 もうこれ、いっそ自分のためだと思う。善行を積もうが積むまいが、不幸や逆境はこの身に降りかかるはだろうけれど、1%くらいなら、まぁいいよな、と思うものな。 保険的な感覚かもしれない。まぁ、自分以外の人間のために少しだけでもリソースを割いている、っていう感覚はいいものだと思うのだ φ 人の和を無視すると、最後は手痛いしっぺ返しがくる。 慈善という概念は、俺にとっては、そんな感覚&lt;/p&gt;</description></item><item><title>言語化</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-11_verbalization/</link><pubDate>Fri, 11 Sep 2015 19:04:05 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-11_verbalization/</guid><description>&lt;p&gt;好きな行為。言葉で思想を括る。&lt;br&gt;
オレの持つ能力のなかで、かなり根幹をなすものなのではないだろうか。&lt;br&gt;
汎用性が高かった。&lt;br&gt;
読む能力は母にもらって、書く能力は氷上にもらった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;許しみたいなものだと思う。今の段階で紡ぎ得る最高の言葉を出した。だから後は忘れていい。&lt;br&gt;
考えることを一旦やめていい、っていう許しのための行為だと思う。&lt;br&gt;
オレにとっては。 φ 方向は変わるのだけれど、&lt;br&gt;
谷川俊太郎さんが、「詩を描くときに必要なことは何ですか？」って質問に、&lt;br&gt;
「頭のなかから言葉を一旦なくすんだ」って答えてて、&lt;br&gt;
ああ、これはあるかも知れねぇな、と思った。 境地だ。 φ 人間は感覚先行で、行動や言葉にして初めて知覚できる。&lt;br&gt;
だから、行動することでしか、我々はこの世界に関わることが出来ないんだ。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>お金について</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-08_about-money/</link><pubDate>Tue, 08 Sep 2015 12:45:19 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-08_about-money/</guid><description>&lt;p&gt;金銭感覚はちょっとオレは生活に根ざしていないように思う。&lt;br&gt;
貯金は収入が増えたらすると思う。&lt;br&gt;
お金は手段であり、商品券だからなぁ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;お金の役割は経済の本で読んだ。&lt;br&gt;
    ①　価値評価の基準尺度（価値を示す）&lt;br&gt;
    ②　蓄財を可能とする代替手段（動産やナマモノだと腐る）&lt;br&gt;
    ③　交換決済手段（支払い機能） 根本のところはココにあると思う。&lt;br&gt;
交換して得られるものとその期待感、信用感、ずば抜けて自由度が高いのがお金だ、的な理解。&lt;br&gt;
自由度。この概念が大事。 うだうだ考えずに、元金を貯めて、運用して、増やしてのサイクルをちゃんと作ることが大事なのだろう。&lt;br&gt;
まず貯めて、試して、極める。 φ お金は自由度の手段として大事だ、と思うオレも居る一方で、感情的な部分で&lt;br&gt;
「かといって一番大事なものではない」みたいなオレもまた存在する。&lt;br&gt;
最低限以上有れば事足りる。死後は六文有れば事足りる。 なによりも、お金をたくさん持っていて、時間もあった舞さんが、そんなにしあわせを感じているようには見えなかった。&lt;br&gt;
あの人はもっとお金とかとは違う何かを追い求めてて、お金に価値をそんなに置いてなくて、……そしてどこかオレに似て不敵なのに、オレよりも悲しそうだった。&lt;br&gt;
そんなあの人をオレは有り様として、綺麗だな、と幼心に思ったんだ。 会えなくなる少し前、&lt;br&gt;
「あなたの十年間を、六千万円で買いましょう」　って。そんな提案をオレにしてくれた。オレに選択肢をくれた。&lt;br&gt;
若いオレの価値はそんな感じだったらしい。今のオレの十年の価値はいくらだろう。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>調略、野伏、間者</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-08-20_strategy-ambush-spy/</link><pubDate>Thu, 20 Aug 2015 15:21:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-08-20_strategy-ambush-spy/</guid><description>&lt;p&gt;これいわば情報戦&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;むしろ勝つための基本戦略な気がする。&lt;br&gt;
そしてどれも自分でやるには相当しんどい&lt;br&gt;
間者働きは出来るかもしれない。むしろ調略と同じくして俺の役割な気がする。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;若いうちにこれを嫌がるようじゃあ可能性が閉じるよなぁ、しかし俺個人のMP考えるとマジで辛いものがある、、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;江戸以降の武士道と、戦国の世の武士道と、在り方が違うらしい。まぁ規範は現実に即すとても鞏固なものでなくてはならないから当然なのかもしれない（俺はこれ、文面としては知っていても、具体的な思想に思い至るまでの理解に及んでなかった）&lt;br&gt;
藤堂高虎の「7回主君を変えてやっと一人前だ」的なのは俺しっくりくる。&lt;br&gt;
7回踏めば死に手がわかる様になる気がする。嗅覚レベルで。後は勝ちパターンを踏襲する先も増えるし。&lt;br&gt;
これを是として、「世を渡り歩け」というのは極めて簡明で正しいと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺はどちらかというと戦国の世の「勝てば官軍」「勝つ方につく」みたいな戦略構想の方が、実はしなやかで現実に即していて、生き残れる気がする。&lt;br&gt;
人の和、たる義理人情を明確に欠いてはいけないけれど、そこに固執すると絶対に可能性が閉じる&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;後は経済感覚。ゼニと補給の感覚がわかる様にならないと上に立つのは難しい。&lt;br&gt;
この辺は具体的な想像まで詰められてないから、もう少し言葉を集めないと&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;金銭感覚は手段だろうか、お金は手段が増えるというか、ポテンシャルが増大するって感覚かもしれない。でも潤滑油みたいな印象かもしれない。&lt;br&gt;
Rerwiteのオーロラみたいなものだろうか。アウロラ。&lt;br&gt;
美しく流れている様が、しなやかで強い。&lt;br&gt;
どこかで留まらせてしまってはどこかが腐り落ちる&lt;br&gt;
敵を、腐り落とす。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>天の時、地の利、人の和</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-08-18_heaven-earth-people-harmony/</link><pubDate>Tue, 18 Aug 2015 00:43:03 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-08-18_heaven-earth-people-harmony/</guid><description>&lt;p&gt;最終面接で、こんな会話があったからアーカイブしておく&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「君の思うことが、会社の方針で実現できないとしたら、どうする？」&lt;br&gt;
「根回しをします」&lt;br&gt;
「根回し」&lt;br&gt;
「『一度聞いたことがある』という状態にしておくと、割と次に提案した時は通る気がするんですよ。&lt;br&gt;
これまで、僕の『ちょっと頭がオカシイ提案を実現する時』なんかも、そういうことが多かった。&lt;br&gt;
一回目は大体、突飛すぎてNOを食らうんです。&lt;br&gt;
なんでかなって、答えは簡単で、人間はfamiliarなモノ以外はすぐに受け入れられないんですよな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だから小出しにすることは大事だな、って思います。&lt;br&gt;
直属の上司に通じなくても、もっと上の役職の人に、&lt;br&gt;
『今こんなこと考えてて、でも通らなくて悩んでるんですけど、、、』みたいなことを相談すると、大抵飲みに連れて行ってもらえて、凄く有用な情報とか、現実的な手段の草案みたいなものを貰える気がします。&lt;br&gt;
そしてそれは結構思い通りに上手くいく。&lt;br&gt;
全く興味を引けなかったら、風土が良くない。少し時間を掛けて思想を浸透させていく必要があるのですが……（割愛&lt;br&gt;
まぁなんというか、僕はそうやって尊敬できる人に構ってもらえることが多かった人間なので、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;上手く行かなかったり、提案が通らなかったりした時は、根回しをします。&lt;br&gt;
それで根幹となる考えとか動機とか、実行案とかをたくさんの人に伝わるような語り口に、enhanceしながら、暗躍すると思います。&lt;br&gt;
逆説、そういうセクションを挟むと、成功率が飛躍的に高くなると思ってます」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なんかこれは割と本心。&lt;br&gt;
ご大層なことを丁寧に言ってる気がするけれど、何事も表向きとは別の袖の下とか、飲みの席とかで決まる気はしているのだ。&lt;br&gt;
オフレコ的意思決定というか。&lt;br&gt;
なんだろう、学閥とかそういうのはあまり好きくないけれど、友人とか、もっと言うなら、ある程度の思想の枠組みが保証された関係で、迅速に意思決定をするというか、お互いに便宜を図り合う関係というのは、『あってくれないとむしろ困る』とオレは思う。&lt;br&gt;
無いと寧ろハンドルが重すぎる&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それは才能のある人間を排斥するたぐいのものであってはならないけれど、&lt;br&gt;
才能があってものが見えてる人間を支援するものであって構わないはずだ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;下っ端が好き勝手言った思いつきを、なんのフィルタリングもなしにゴーサイン出す組織は、リスク管理的な面で不安が拭えない。&lt;br&gt;
しかし、ＮＯを突きつけられてもなおめげずにエンハンスされて、一定のラインを超えたものは採用されてしかるべきだと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その一定ラインは、何となくだけれど、表記のタイトルの、&lt;br&gt;
&lt;em&gt;&lt;strong&gt;『天の時、地の利、人の和』&lt;/strong&gt;&lt;/em&gt;&lt;br&gt;
なんじゃねぇかな、と思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これはアルスラーン戦記のナルサス卿の言葉だけれど、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;天の時、地の利、人の和。&lt;br&gt;
ものごとを上手く運ぶときに必要な、とても簡単な３つの要素。&lt;br&gt;
きれいな言葉でとても好きだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;根回しは、これを自分の元に能動的に引き込むための合理的な手段だと、今のオレは思う。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>老後のプラン（仮）</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-31_retirement-plan-draft/</link><pubDate>Fri, 31 Jul 2015 16:16:56 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-31_retirement-plan-draft/</guid><description>&lt;p&gt;ハヤタ「鳥取あたりの安い島を買って無人島ライフを送ろうと」 「ああ、やっぱハヤタも考えたか」 「でもよ、稼ぐ力的なものを失うのは“無し”だと思うんだよ」 「オレの理想は剣客商売のおじいさんだから」 ハヤタ「ああｗｗ　最強だもんな」   φ   オレの老年期の理想&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;剣客商売は老年向けのドリーム小説だからな ・引退して美味いもん喰って悠々自適の生活 ・でも剣の腕は衰えず、昔の仲間や周囲の人間に頼られまくりんぐ ・息子は自分と同じ稼業の跡継ぎ ・用事をいいつければ忠実に即座に動いて実行 ・最近成長してきたし、そこいらの奴には敵はいないようだ。でもまだまだ自分には及ばないし、人が良くて頼りない ・そんなこんなで自分への尊敬を忘れず、何かというと頼ってくる可愛い奴 ・権力には媚びぬ ・でも何故か気骨がかわれて権力者には気に入られちゃって頼られてしまう ・自分はたいしてそんな気もなかっただけど若くて優しくて家庭的だけどちょっとオツムの足りないおにゃのこに惚れられちゃって絆されて同棲状態。もう若くもないのに困るぜもう ・しかも息子に良いと思っていた地位の高い武士娘まで自分に惚れてきたぜ。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;    φ     息子の大治郎は女のドリーム 強くて背が高くガタイも良くてまじめで贅沢を好まず優しく賢く、でもって女遊びを好まず初恋の妻一筋 ついでに父は大金持ち、バックにして義父は実質日本一の権力者、なのに謙虚 現実にありえないほどいい男&lt;/p&gt;</description></item><item><title>最近なんか時間軸方向を度外視する感じの思考を手に入れようと躍起になってる</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-30_trying-time-independent-thinking/</link><pubDate>Thu, 30 Jul 2015 23:53:39 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-30_trying-time-independent-thinking/</guid><description>&lt;p&gt;心臓がステップ踏んだ。って表現、誰か使っていいよ(?)&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;イノベーティブだね！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;やめろ！！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;今日はポーの煽りがひどい。何故だ！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;理由か……難しい質問だから簡単にまとめるけれど「革命」だからかな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なんか今日はポーがギャグで世界救ってるぞ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いや単純に。「イノベーティブ」も「ジョイン」も使い勝手が良過ぎるんだよwww&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;僕は君にこのジョイスティックをジョインしたいんです！！ そう、イノベーティブに&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;みたいなレベル&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ダメだ品がなさ過ぎる&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;今度は少しのエロを混ぜ始めた&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;品がなかったみたいだ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;というかリツイートする必要性って皆無ということに今更ながら気付いた&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そのアカウント拡散力ウルトラ低いよね&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;むしろポーをフォローしてる人が「ハヤタって誰だよ」って状態になってることが心配なくらいやな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;イブカよりマシでしょう&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いや、ほんとそうだわ。登場の仕方の切れ味やばいもん、イブカ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;最近なんか時間軸方向を度外視する感じの思考を手に入れようと躍起になってる&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;時間軸を抜くと現象しか残らないから「何が起こるか」しか考えなくて済む。なんというか、結晶構造を俯瞰したら同じ構造を取るみたいな感じの相似形が断続的に続いてるのを見て取れる感じ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;更新する度に、「時間軸を度外視して考える＋」って出てくる&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;最後「思想の継承とか」についてコンテンツがまとまらなくて保留中なんだ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そこ俺の死角っぽいから早めにどうぞ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いつ、と、なにの後に、ってのを減らして事実だけを空間に散りばめたらいい、というか。未来方向に立ってこっち見たら、「まぁ大体そうなってるよね」「知ってた」みたいな感じになることが多いから割と使いやすい&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それは本読んだりして擬似体験増やした状態(n増しした状態)で、未来を想像することとほぼ同じ意味なんだろか&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;未来側に立ってこっち見る感じだから、後ろに擬似経験が透けて見える感じ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その未来ってどんな感じの未来？&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;撹拌が終わっていい感じに沈殿し終わって「対象の」答え合わせの段階の後&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;大きな流れの先の未来？つまり、流れに身を任せる…？激流に身を任せ同化する…？&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;t+1からtの方向に対して見てる…？&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;意外と面白い考えっぽくていいな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1より後だな。1とかだとまだ時間軸飛ばせてない。なんだろう、弓は鉄砲のコストが下がったら鉄砲に変わられるわけだろう？鉄砲のコストが下がるってのはまぁわかる確定事項じゃん、時間軸を飛ばしたらほぼ全ての弓は鉄砲に置き換わってる、それは現象だから、視点はその置き換わった時点より後ろ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あぁ、なるほど&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;やや迂遠だけれど、収まるところに割と物事は収まるみたいだから、収まった後の目線からこっちを見ると、目の前の問題はあんまり大したことないというか、後ろに控えてるインパクトの方が&amp;quot;強そう&amp;quot;みたいな漠然とした感覚というか「なら目の前の問題は今は捨てていい」みたいな判断の是非というか&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;収まるところに収まる、ってのは、割と段階は分からなくても終着点の想像が得意なオレからすると割と使いやすいレイアウト&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それこそものづくりにおいては破壊的イノベーションを意識するために必須の感覚やね！？(ここまで笑いで震える手で書いた)&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だめだ、すげーまともなこと言ってる気もするし、というかそれ(あえて言わない)考える上では基礎的な感じではあるんだけど、なんだろう、敗北は根が深い&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;未来を見通す、とかじゃなくて、現象サイドが全て落ち着いた未来から時間軸ベクトルを迎える入れる形でこっち見るっていう思考のパターンかな、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;遅いか、早いか、を抜くと後は全て予定調和になるから楽でいい&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;収まるとこに収まるって感覚は大事やねぇ、特に形上の些事(利益とも言うかもしれない)があると、そこを切り捨てられるかにかかってきそう&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なるほど、「ま、そうなるわな。」の思考か&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ただ実務に落とす時はやっぱりこうなるだろなぁ、こう打つか。の方が打ちやすい気するな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;『結論（欲望）から逆算して方向決めるのは大事かな。ただ、プランニングは難しい、一歩ずつの積み重ねの方が上手くいく。気がする』&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;最後に集約されてる感ある。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;未来を想像することに関してはここら、かな。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;『この時期は格言をどう汲み取るかが唯一未来に対して予習できることなんかもしれん』&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;予測できないことは、色んな人が仮説検証した事例においてのコツみたいなもんが大事な気がする。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（ハヤタまだ事例まで考え切ってないな、浅い感じある）（お互い片手間に藪を切り開いてってる感じか）（フィールドを確定中って感じ）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だからこそ「個」が無くなる考えというか、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「今、手元に手段は無いけれど、取り敢えずこうなることは分かる」「時間の前後は問わない」「解決するのは俺じゃなくて構わない」「大事なことは未来視点の俺のとこまで追いつくことだから」「誰でもいいからなに使ってもいいから目の前の岩をどかせ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「個」とかじゃなくて「結果」が全てっつーのも俺じゃなくて面白い&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いやまぁ、だからこそ、ここまでの系譜を経た俺だからこそ、（それは未来にきっと誰か別の人間が叶えたことで間違いないだろうが）俺っぽいなんかを添加出来りゃあいいな、って感覚はあるってところに逆説的に落ち着くんだよな、「個」が度外視されるならそれは俺であっても構わないわけでもある&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;天下を取れる一番の才能は「構想力」らしい。これは秀吉。いや足りないから手に入れねばなるまい&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;実務というか、これはむしろ「アレ？これもしかしていけるんじゃね？」ってするのに絶妙に都合のいい思考経路だな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺とハヤタの、攻め取る拠点と戦果が変わらないのに、攻め取り方だけがあまりにも真逆なの凄いな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まぁでもそうだよ、やることやんねぇとな。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺は真綿で首を絞められないと極限までサボる人間だからな。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>思想のコピーというか継承というかその辺①</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-27_idea-copy-inheritance-1/</link><pubDate>Mon, 27 Jul 2015 04:06:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-27_idea-copy-inheritance-1/</guid><description>&lt;p&gt;せんせーと最初にお会いして頂いた時の会話で、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「舞さんが、あんなにも俺によくしてくれた理由が、俺には分からないんですよ」&lt;br&gt;
「一度訊いたことがあるんです」&lt;br&gt;
「なんで？ って」&lt;br&gt;
（当時の俺は子供らしく照れがあったから、『舞さんは他にお客さんが居ても、俺のことばっかり構うよね』とか、『生活のためじゃないなら、どうしてお店をやってるの？？』とか、ひねデレた感じに訊いた記憶がある）&lt;br&gt;
「そしたら舞さんは、（俺のことをスゲェ慈しむような目で）&lt;br&gt;
『あなたのようなひとが来てくれたらいいな、と思ったんです』　って答えたんですよ」&lt;br&gt;
「俺には今でもそれが分かれていないんですよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;せんせーは、へっへっへ、と闊達に笑って&lt;br&gt;
「うーん、わたしはわからなくもないかな。なんかこの子ヤベェな、的な。成長を見てておもしろいとでも言うのかな？」&lt;br&gt;
「…………僕が？」&lt;br&gt;
「うん。なんか与えると、この子は次はどうするんだろう、みたいなのを見守る感覚。」&lt;br&gt;
「…………僕が？」&lt;br&gt;
「うん。」&lt;br&gt;
「それは…… なんといいますか、光栄の至り、といいますか――ね。」&lt;br&gt;
「君がこの“まちかねワニぬいぐるみ”を、懐かしいなぁ～　買っちゃお。ってなる頃にわかると思うよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;って。まぁ正直オレはこの時そうとう緊張してたのだけれど、「わたしはわからなくもないかな」&lt;br&gt;
という言葉と、後々までも……まぁ色々遊んで下さったこととか（色々。俺はつくづく果報者だ）あって、薄く浅く、息をするように伝えて頂いた気がする&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺が舞さんに初めて会ったのは、俺が7歳、舞さんが26の時だ、それからついぞ俺が12になる少し前まで、（あの人は俺に家と店の鍵を渡して1〜3ヶ月居なくなることとか、よくあったのだけれど）割とかなりの頻度で遊んでもらったと思う。&lt;br&gt;
一番はアレだな、7〜9くらいまでの時だな。&lt;br&gt;
まぁいいや。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;せんせーと、上みたいなお話をしたのが、俺が19の時、&lt;br&gt;
あれから5年経って、俺ももう24になる。&lt;br&gt;
あの時の氷上の年齢まで後2年ちょい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同じところに至ったかなぁ、と至れるかなぁ、と考えを巡らせると、「少し足りねぇかなぁ」と思う。2年で届くだろうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;師匠のあの小回りが効く感じ（状況を整えた後に俺のことをバイクで拉致って山で1週間訓練をつける感じ）は、目的に向かって邁進する年齢（社会人になって2〜5年目くらいの行動の幅が広がった感覚）もあるのかもしれない。ここは分かるかもしれない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;氷上が俺のことをあんなに構った、その動機の部分のことは少し思い及ぶ段階に至ることが出来たようにも思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もう少し書きたいから少し分けよう&lt;/p&gt;</description></item><item><title>「時間軸を度外視して考えれば個は無くなる」</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-12_ignore-time-individual-disappears/</link><pubDate>Sun, 12 Jul 2015 15:55:30 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-12_ignore-time-individual-disappears/</guid><description>&lt;p&gt;これは少し老荘寄りな考え方なのかもしれない。&lt;br&gt;
社会の中での自分の立ち位置、みたいなものは、どこになるのがいいのかな、みたいなことを考えたりして、思った。&lt;br&gt;
オレにとってはオレが全てだけど、オレが叶えたい目的のようなものを実現させたり、成功させたりするにおいては、俺という“個”は問題にならない。&lt;br&gt;
結果のみこそに、価値が存在する。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「目的」にとってのValueを出すことが一番大事で、そこに俺という個性は必要ない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;考えを足すことを目的に、ややわかりやすい友人の言葉を借りるのなら、&lt;br&gt;
「ドラえもんの道具は、全部実現可能だと思ってるんよ」&lt;br&gt;
「今の俺には、Howは無いし、それこそもっと言うなら今の世界には無いのかもしれないけれど、未来にはいろんなことが重なって。……きっと可能になると思う」&lt;br&gt;
「可能か不可能か、という点では、時間軸を吹っ飛ばすと可能って言葉だけが残ると思う」&lt;br&gt;
ロマンがあって非常によろしい。素晴らしい。そしてすべて、とは言わないけれど精神の根っこの部分では同意したい言葉だと思う。本当に。ほんとうに。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;目的を達成する手段はひとつではない、固執は妄執でしかないことが多い&lt;br&gt;
俺は“個”も固執のひとつなんじゃないかな、と今や思う。&lt;br&gt;
俺でなくても、別に構わない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;でもまぁ、その上で、『俺だからこそ加えられる１手』を時の爪痕として刻み込む行為には、&lt;br&gt;
これこそロマンを感じるなぁ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;科学者の喜びなのかもしれない&lt;/p&gt;</description></item><item><title>「二番煎じの方が出来がいい」</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-11_second-brew-better/</link><pubDate>Sat, 11 Jul 2015 01:56:53 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-11_second-brew-better/</guid><description>&lt;p&gt;守破離では、補いきれない、拡張版。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いや守破離の解釈の拡張かな。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;基本的にはteruyastarさんのこのあたりの記事を読んで考えた&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;*■*&lt;em&gt;天才になれる秘密&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/teruyastar/20090406/1238950447"&gt;http://d.hatena.ne.jp/teruyastar/20090406/1238950447&lt;/a&gt;&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;*■*&lt;em&gt;その完璧主義を叩きなおしてやる!&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/teruyastar/20140514/1400057487"&gt;http://d.hatena.ne.jp/teruyastar/20140514/1400057487&lt;/a&gt;&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;■「自分が面白いと思うこと｣をやるべきか?「他人が面白いと思うこと｣をやるべきか?&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/teruyastar/20110220/1298205146"&gt;http://d.hatena.ne.jp/teruyastar/20110220/1298205146&lt;/a&gt;&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;teruyastarさん本当にいい記事を書く。尊敬申し上げまする。書き方とかもそのうち真似しようと思う（まぁ雑記帳の段階なので、今のところのタスクとしての優先順位は低い）（このブログは『公開レベル』のオレのための雑記帳ですし）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;特に一番上、天才になれる秘密。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「出来の悪いオリジナルなら、出来のいいオマージュの方が、『確実に世間に求められる』」&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;「世界に一つだけの花」は（オレは）好きだけど理想論だ。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;集団の最大利益としての正答は、「出来のいい種を選別するために、種を水にぶち込んでみる」であろう。&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;オレも思うんだ。「オレ程度が思い浮かぶ程度のことなんてのは、おおかたは過去の人が思いついてる」&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;　個人的な体験になるけど、「思考は扱う言語に依存する」みたいなことをつらつらと考えてた頃があって、これ一筆書けるなぁ〜とか思ってたけれど、よくよく調べてみたら、「サピア＝ウォーフの仮説」って偉そうな名前の仮説になってた。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;　かなりオリジナルっぽい！　と思いついた時は思ったにも関わらず。先人が居た。まぁそんなもんなんだな。と思った&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;思いついて過去に例を見つけられなかったのは、「遊牧民の口承伝統（ユルール、という）についてまとまった本」位のものだ。（もっとも、英語とかその辺の言語では既に存在しているのかもしれない。）&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;個人の有り様として最高に効率がいい（そして評価も得られる）のは、『過去を踏まえた上で、今だからこそ出来る１手を加えて、バージョンアップすること』なんじゃねぇかな、と思う。そりゃあ参照先は多いに越したことは無いさね。守は大事。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;このへんの時間軸に関しての最近の雑感は次に。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;少し経路変わるけれど、ブルース・リーの金言も一緒に。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;自制の達人、ブルース・リーの名言12選&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;&lt;a href="http://www.lifehacker.jp/2015/06/150603"&gt;http://www.lifehacker.jp/2015/06/150603&lt;/a&gt;_12quarto_BruceLee.html&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;ol&gt;
&lt;li&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;役に立つものは吸収し、そうでないものは捨てろ。そして自分ならではのユニークな何かを付け加えろ。&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;1つの形にこだわるな。順応性を持ち、独自のかたちを作り上げてそれを育め。水のような存在になるのだ。&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;いつでも自分らしく、自分を表現し、自分を信頼しろ。成功したどこかの誰かを真似するようなことはするな。&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;知るだけでは不十分だ、実際に応用しなければならない。意志があるだけでは不十分だ、実行しなければならない。&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;自分の目標に向かって、最低1日に1回は具体的な行動を起こせ。&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;日々何かを増やすより、日々何かを減らすことが重要だ。本質的でないものはそぎ落とせ。&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;</description></item><item><title>「思想より行動の方が強い」</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-11_action-stronger-than-thought/</link><pubDate>Sat, 11 Jul 2015 01:53:34 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-11_action-stronger-than-thought/</guid><description>&lt;p&gt;そりゃそうだ、って話だけれど、オレは割とこれ自戒的に言葉にしておかないと、大事なところで踏み出せないヘタレチキン野郎みたいなところあるから……&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　百聞一見。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　いや、やっぱ強いんだよな、行動のほうが。今までのオレの言葉なら、**「人間は行動することでしか、この世界と関わることが出来ない」**って、割と迂遠な言葉だったけれど、もっと端的になった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　いや、理系になった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;実験は基本的には失敗するものだってのが本当によく分かった。身に染みて分かった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「〜〜〜思うんですけど、どうなりますかね？？」「う〜ん、やってみないと分かんないねｗ」っていうのがオレの研究生活の大半だった。（今も）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ハヤタ風に言うなら、ＰＤＣＡサイクルの高速回転。オレ風に言うなら、“居付き”を取っ払う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;行動のほうが、強いんだよね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;“居付き”を取っ払う、なんて、いわば反射訓練だし。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;爆音が聞こえたらとにかく伏せるコマンド訓練みたいなもんだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そんなのは『一回目』じゃ絶対出来ないし、もうただ一線を越えるための訓練あるのみなのよな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　世の日本人が文系に進む理由の大半が、**「数学（もしくは理科）が出来ないから」**ってのが本音だと思う。能動的な表向きの理由は、後ろ向きな言い訳だろう。出来なくていい、ってのは、やらなくていいとイコールじゃない。とりあえず守。精神神髄をつかめたら初めて離だろう。**見切りの早さは長期的には甚大な損を生むさね。**きちんとした情報収集に基づいた構想のもとに、終着点を思い描いて選択せねば。……結局、碌な選択肢が残らない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　いや、オレ文系出身で理系でそれなりにやって来たからこそ言葉にするけれど、「そんなのは言い訳ですの。やらなかっただけですの」……どの面下げて技術大国だクソ野郎。つべこべ言わずにまずは分からないところを整理して言葉にして、読んで書いて考えろよ、と。いや、昔のオレにも当てはまるけどさｗ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　今でこそもっと上手くやれたよなぁ、みたいな思考は、それこそ２周目（強くてニューゲーム）の思想だねｗ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　これを一番いいレイアウトで他人（自分の子供とか身内）に投げるなら、実際にやってみせて、一緒に肩を並べて笑っててやらねぇといけねぇのかなぁ、とか思う。どこまで時間を割いてやれるか、になる気もする。南場智子さんの言葉を借りるなら、「孫正義さんのカバン持ちとか買って出てでもやりたいものですよね」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　一番大事なのは現実。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;他を蔑ろにする訳では決して無いけれど、現実に即すことが一番大事で、そこを違えてしまえば基本的には失敗するし、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「それはアナタの妄想ですの」「現実を見なさい」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　現実を見るためには、&lt;strong&gt;行動して試して、世界にアクセスしてみなくてはならない&lt;/strong&gt;。（そしてこれは基本的には失敗するｗ）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　日本人の完璧主義みたいな要素は、オレは嫌いじゃないけれど、失敗に対して後ろ指をさす様な精神は（日本に限らないかもしれないけれど）学校教育で培われるのかなぁ、とか思う。一問一答方式の試験で、満点を取ることに家でも学校でも固執する感じ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　まぁ固執大事なんだけどね。色んな認められ方に対して寛容になるというか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;成功パターンと失敗パターン、おもしろおかしくもっとたくさんあってもいいような気もするなぁ。……個人の資質によるか。あちらを立てればこちらが立たず。これは政治だな。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　昔、小学校の理科の実験で、「塾で学んだ知識と違うから」っていう理由で、実験で出たデータをオレの知ってる知識に書き換えて、友人にも「こうなるんだよ」って言い切って（オレは正答を教えてやる、くらいの軽い気持ちだった）レポートを書き換えさせていたのを目に止められて、マジで理科の先生に怒られた理由は、このへんにあると思う。当時のオレが抱いた、漠然とした『きまり悪さ』の様なものを、オレは覚えている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　行動のほうが強い。現実が一番強い。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;目の前に広がる、圧倒的な現実の前では、人間の常識なんて薄っぺらいものさね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だから、誰がどう言おうが現実が一番エラい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;サイエンスってのは、その現実を信奉する、ひとつの宗教の様な部分も持ち合わせていると思う。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>「しあわせだ今オレという主張はしない方がイイ」</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-11_dont-claim-happy-now/</link><pubDate>Sat, 11 Jul 2015 01:51:58 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-11_dont-claim-happy-now/</guid><description>&lt;p&gt;蛭子能収さんも昔似たようなことを言っていた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;蛭子能収「幸せな姿は他人に見せない方が良い」&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;&lt;a href="http://blog.livedoor.jp/ogenre/archives/1774228.html"&gt;http://blog.livedoor.jp/ogenre/archives/1774228.html&lt;/a&gt;&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「ようするに、幸せな家庭というのを人に見せたくないんですよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「みんな家庭が仲良くしたりするじゃないですか」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「必ず不幸な人があっちこっちにいて、そういう家庭を見たら絶対恨んでるはずなんですよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「子供を可愛がったり、いい洋服を着せたり、それを傍からジーっと見てる人がいるんです」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;舞さんの言葉を借りるなら、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「人間なら誰しも、あらゆる要素を持ち合わせているのですよ。」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「幸せというのは、祝福と嫉妬を呼び起こすものなんです。そして、他人の幸せを受け止めて祝福してくれる友人なんてのは、そうそう居ないものですよ。」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「人のことを祝福できるようになるには、まずは自分のことをちゃんと出来て、整っている状態でないと。……どうしても、イイナァ、とか、アノヤロウ、みたいな感情は生まれるものでしょうよ。そういう感情はきれいなものではないですけれど、だからといって否定していいものでもないんです」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「そして私は、『イイナァ、とか、アノヤロウ、』っていう感情を抱いて居る、そんな状況にある人相手に、&lt;strong&gt;無神経に自分の幸せを自慢するような様&lt;/strong&gt;**≪さま≫は、とても醜いもの**だと思います。」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「けーとくん、呪いってのは、本当にあるんですよ。遠回りに人の不幸を呼び起こすような誰かしらかの思想は、遠く隔てられていても届きうるものなのですよ。……まぁ、穴２つ、ですが。」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「だから、自分が幸せだってことは、受け止められる相手を本当に選んで話さなくては。」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;「奪われますよ」&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;……、舞さんは本当にジャパニーズサイコホラーの語り部みたいな話し方をするｗ&lt;/p&gt;</description></item><item><title>最近考えていたこと</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-11_recent-thoughts/</link><pubDate>Sat, 11 Jul 2015 01:49:07 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-11_recent-thoughts/</guid><description>&lt;p&gt;最近ウルトラ意識低かった反動　＋　家庭教師中あまりに手持ち無沙汰だったので頭を回してた　からなのか分からないけれど、ちょっと最近考えてた、わりと観念的なことがまとまったので言語化しよう&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「しあわせだ今オレという主張はしない方がイイ」&lt;br&gt;
「思想より行動の方が強い」&lt;br&gt;
「二番煎じの方が出来がいい」&lt;br&gt;
「時間軸をして考えれば個は無くなる」&lt;br&gt;
「思想のコピーというか継承というかその辺」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それぞれがクドいくらい長くなったので分割することにした。&lt;br&gt;
ハイパーリンクで。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>感情の終着点は、おそらく感謝や祈り</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-11_emotion-end-gratitude-prayer/</link><pubDate>Sat, 11 Jul 2015 01:45:29 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-11_emotion-end-gratitude-prayer/</guid><description>&lt;p&gt;これは実感として漠然と持ち合わせている感覚。&lt;br&gt;
そしてとても大事な感覚だと思う。&lt;br&gt;
奥義だ奥義。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;逆境も何もかも、俺に関わった全てに感謝の念を、こぼれ出るように抱けるようになれば、&lt;br&gt;
俺はそれは日下部麻子のいう「あたしはやっと、死ぬことを許されたんだ」&lt;br&gt;
という境地に至ることができるのではないか、と思うんだ。 色んな感情がある。&lt;br&gt;
昔、ガキだった俺は生意気に、&lt;br&gt;
「そうだねぇ舞さん、俺は死ぬのならば、どうせならば、この世界で味わい得る感情を、全部得てから死にたいなぁと思うよ」&lt;br&gt;
とのたまった。だからこそ俺は物語が好きになった。いや逆かもしれない。物語が好きだから、感情の輝きに魅せられたのかも知れない。&lt;br&gt;
本当に今思い返しても生意気なセリフ極まりないと思うけれど、俺はこれ今でも本心だな φ ああ、色んな感情の終着点は、やっぱり感謝と祈りなんじゃあねぇかな、&lt;br&gt;
そこに辿りつけなかったら、俺は未熟だったのかな、と思う。 ヤン・ウェンリーの最後も、「ごめん」か「ありがとう」だっただろう、と。ああ、やっぱ綺麗なんだよ、この感情。&lt;br&gt;
あらゆる全部の感情の終着点。 好きな人が自分のものにならなかったとしても、&lt;br&gt;
たとえ自分のものにならないのなら、いっそ殺してしまおうか、と&lt;br&gt;
そんな風に考えるほど狂おしいくらいその人のことを好きだったとしても、&lt;br&gt;
そんな感情も、10年経つと唯々その人の幸せを祈る感情になった 俺がもう後人生で何回あれほどの鮮烈な感情を持つことが出来るのか分からないけれど、&lt;br&gt;
俺は幸せだったのだろうと、心底思う&lt;/p&gt;</description></item><item><title>自己分析</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-03-17_self-analysis/</link><pubDate>Tue, 17 Mar 2015 02:07:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-03-17_self-analysis/</guid><description>&lt;p&gt;「セールスとシステムどっちだと思う？」 「インフラとかとヘルスケアだったらどっち？」&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;友人A 「セールス。（考えるまでもない）」 「んー。電気。感情よりの言葉を使える人間が少なそう」 　　「あー、オレが怒りを覚えて動くってか。分かりやすくていいな」 「今のスキルを十全に使うのはそっちだと思う」 友人B 「一見セールスっぽいけど、実はSE」 「なんで」「性質的にオマエが楽しいのはそっち」「あーｗ」 「でも出世できないよね」「あー、うんｗ」「よな」 「インフラは向いてないと思うよ」「まぁ確かに好みで言うとな」 「好み、好き、興味あることを選ぶべきかと」 「１０年待とうかな、と。査定とか失うらしいけど、その後に及んだらもうどうでもいいじゃん？」 　　好み、性質で選ぶとSE、才能ならインフラ営業 友人C 「人と関わるのが向いてそう」 「どっちでも上手くやりそう」 「感性だけど、“打てる手を打ち終わって、展開される状況を裏でｺｿｯっとﾆﾍﾗｧと見てる感じ”がしっくり来る」 バランサーって感じの特殊技能は飛び抜けてるけど、それ以外は平均×1.2って感じ。 でもお金にこだわる感じのイメージじゃなくて、モノとかヒトとかの動き全体を動かして笑う感じ φ （決めかねていたので）座右の銘より言葉探し 河村瑞軒 「死を決するの　何の難きことやある。ただ死すれば足る 難きは　死地にありて　生を決するにある」 ボワロー 「正しく思考されたものであるかぎり、それは必ず明瞭な表現をとる」 ダンテ 「汝の道を歩め。人々をして　その言うにまかせよ」 オロシウス 「名声は、それを求める者から逃れ、それを無視する者を追う。 いかんとなれば、前者はその同年代の趣味に安住し、 後者はこれに反抗するからなり」 ベートーヴェン 「常に行為の動機のみを重んじて　帰着する結果を思うな 報酬への期待を　行為のバネとする　人々の一人となるな」&lt;/p&gt;</description></item><item><title>英語の習得</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-01-02_english-acquisition/</link><pubDate>Fri, 02 Jan 2015 22:57:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-01-02_english-acquisition/</guid><description>&lt;h2 id="勝ち取るためのお話"&gt;勝ち取るためのお話&lt;/h2&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;「英語と……出来れば後もう一つの言語位は、日本語と同じレベルで使えるようになるくらいまで習得しておいた方がいいよ（スラングまで習得する必要は無いけどな）」&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「今のウチの会社の面接なんかも、一人の人をぐるっと重役で囲んで、日本語、英語で質問攻めにするんや」&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「今は重役会議とかも全部英語や」&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「インドとかも英語やからな……、本当に英語が出来ないと、仕事があらへんのよ……、」&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;「最低でも、映画くらいは字幕なしで分かり切るようにならへんといかんなぁ」&lt;br&gt;
「それが最低条件や」&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;</description></item><item><title>jargon</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-11-24_jargon/</link><pubDate>Mon, 24 Nov 2014 12:44:01 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-11-24_jargon/</guid><description>&lt;p&gt;小難しい専門用語で、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一言で難しい概念をつかめるようになったところで、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;我々は新しい何かを発見したわけでは無い。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;究極的に優先しなければならないのは、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;『自分の目の前の問題を解決すること』&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;人間は歳を重ねるに連れて、自分へと向かっていく。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それは象徴的な情報なのかもしれない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「難しい問題があります、ふたりの人間がその問題に取り組んでいます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一人は命を懸けて、もう一人は左うちわで。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さぁ問題を解けるのはどっち？」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「前者だろ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「はずれ、正解は頭のいいほうだよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;雪姫は本当に良いことを言う&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;サイエンスというのは、１つの宗教のような気もする、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかし、事実を重視し、現実に沿わせていくってカタチにおいては、他の追随を許さない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;どちらもバランスよく。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ああ、脳科学で全てを解明することに対する嫌悪感を覚えたことを、俺は忘れないで居たい。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>[フランク＝ディケーター] 毛沢東の大飢饉</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-05-29_dikotter-mao-great-famine/</link><pubDate>Thu, 29 May 2014 16:20:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-05-29_dikotter-mao-great-famine/</guid><description>&lt;div id="scid:81867AAF-BB02-476b-AE5D-12BDAC2E750D:f2cdba0e-5c55-4033-8ab0-78b219852c78"&gt;&lt;a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794218400/asksdust-22/ref=nosim" target="_blank"&gt;&lt;img alt="毛沢東の大飢饉 史上最も悲惨で破壊的な人災　１９５８－１９６２" src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/51AHFzsL3DL._SL160_.jpg"&gt;&lt;br /&gt;毛沢東の大飢饉 史上最も悲惨で破壊的な人災　１９５８－１９６２&lt;br /&gt;フランク・ディケーター &lt;/a&gt;&lt;/div&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;スターリン　→　毛沢東　→　ポルポトのコンボを調べている。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;元々は成毛眞氏の「面白い本」で興味を持ったお話&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;φ&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;1958年〜1962年にかけて中国は地獄に落ちて行った&lt;/p&gt; &lt;ul type="disc"&gt; &lt;li&gt;&lt;span&gt;大躍進&lt;/span&gt; &lt;li&gt;&lt;span&gt;15年以内に中国は英国に追いつき、追い越す&lt;/span&gt;&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;農民は人民公社に組み込まれ、全てが集団化された&lt;/p&gt; &lt;ul type="disc"&gt; &lt;li&gt;&lt;span&gt;共同食堂での食料の供給が、党の指令に人々を従わせる武器になった&lt;/span&gt; &lt;li&gt;&lt;span&gt;4500万人が死んだ&lt;/span&gt;&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;あらゆる階層の人々が集団化という全体計画から逃れようとした&lt;/p&gt; &lt;ul type="disc"&gt; &lt;li&gt;&lt;span&gt;『飢饉が広がるに連れて普通の人々がいきのこれるかどうかは、嘘をつく、取りいる、隠す、盗む、騙す、おうりょうする、略奪する、密輸する、ごまかす、たくみにあやつる、差もなければ国を出し抜くと言った能力の有無にかかって行った』&lt;/span&gt; &lt;li&gt;&lt;span&gt;こう言った手法のせいで、逆に政権の寿命を引き延ばす結果に繋がった&lt;/span&gt;&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;三門峡ダム&lt;/p&gt; &lt;ul type="disc"&gt; &lt;li&gt;&lt;span&gt;ほぼすべての土掘りが無駄だったw&lt;/span&gt; &lt;ul type="circle"&gt; &lt;li&gt;&lt;span&gt;なんだろうもう、こいつら冷静にトリップしてるだけじゃないのか……？？&lt;/span&gt;&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt;&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&lt;span&gt;&lt;strong&gt;中国全体が一つの舞台だった。全人民が毛沢東向けの華やかなショーの出演者だった&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;こどもがクレヨンで描いたチャチな夢物語を無知のまま妄執のように実行したらやっぱり失敗した感じの印象を受ける&lt;/p&gt; &lt;p&gt;やっぱりひとの気持ちを踏み躙るようなことをしてはならない&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;根本的に何かを改善するには3世代掛かる&lt;/p&gt; &lt;p&gt;しかし国というリヴァイアサンが狂うとこうも簡単に転がり落ちる&lt;/p&gt; &lt;p&gt;縛っておいたほうが国民としては安全だ&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;社会主義も資本主義も欠点はきっとある&lt;/p&gt; &lt;ul type="disc"&gt; &lt;li&gt;&lt;span&gt;資本主義の欠点は多分、給与のバランス？&lt;/span&gt; &lt;li&gt;&lt;span&gt;日本はどう足掻いても国内で食料が足りなくなると思うんだけど&lt;/span&gt;&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;『没落を前に見栄を張るのはお定まりのパターンだ』&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;『大量飢餓の時期に自力で生き延びる最も一般的な術は「希望」という名のシンプルな方策だった&lt;/p&gt; &lt;p&gt;村の状況がいかに逼迫していようと、毛主席は心底人民の利益を優先してくれるに違いないという希望だ。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;皇帝の時代には、皇帝は慈悲深いが取り巻きは堕落しているという考え方が根付いていた。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;中華人民共和国では尚更だった。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;人々は現実に起きている日々の悲劇とメディアの喧伝するユートピアとの折り合いを付けなければならなかった。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;そして、虐待の限りを尽くす幹部らは慈悲深い主席の命令を実行しない輩だという確信が生まれた。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;人々の暮らす世界から遠く離れた「政府」と称される存在と「毛」と称される神にも匹敵するような存在は善だった。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;もしも毛沢東がそこに気づいてさえいれば、全ては違っていただろう』&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;……子供が理不尽に泣く世界は間違っているさ&lt;/p&gt; &lt;p&gt;暴力が支配する状態では高潔なものから死んでいく&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;φ&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;≪概要とか≫&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　なんとなくだけれど、本としては「なんか調べていたらあまりにもえげつないことが分かったから、ちゃんと調べたら本当にやばかった（とてもヒトコトでは言い表せなかった）から理路整然と記述した」という印象を受ける。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;非常にアメリカ的な（サイエンス至上主義的な）本だと思う。日本人には中々書くことが出来ないと思う、&lt;/p&gt; &lt;p&gt;これはきっと買っても損はしない類の本。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt; &lt;p&gt;　とりあえず１９６０～１９６３年の中国はそれなりに把握した気がする。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;正義に目覚めると殺される、当然のことを言うことが出来ない世界。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;被害妄想狂に振り回された国家。&lt;/p&gt; &lt;p&gt;なんで自分の非を認めないんだろう？　範囲が大きすぎたのかな？&lt;/p&gt;</description></item><item><title>お金と我慢と楽しさ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-03-08_money-patience-fun/</link><pubDate>Sat, 08 Mar 2014 22:17:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-03-08_money-patience-fun/</guid><description>&lt;p&gt;すればするほど欲しくなる&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;昔、物欲も三欲に入らないことが不思議だった。&lt;br&gt;
今では、まぁ、理由はなんとなくわかる気がする。&lt;br&gt;
欲に限らず、捨てれば捨てるほど逆に生きやすくなるのかもしれない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;シンプルさにかこつけて記述するけれど、&lt;br&gt;
デザインが金になることを体感したのは、iPhoneを持ってからだった。……、ああ、これは、金になるわ、と。&lt;br&gt;
機能性と簡易さと……いろんなものが入ってるのに、それはそれは簡単な形をしている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;年々、欲しいもののクオリティが上がるのだけれど（家とか土地とか嫁さんとか）、満足のグレードは段々と下がってゆく感じがする。（これも悟りの一種か）&lt;br&gt;
我慢を覚えている訳では無いと思うが。……この感覚はうまく言葉にできないなぁ、世界が広がった、のかもしれないなぁ（これもこれで抽象的極まりない言葉だ）&lt;br&gt;
世の中には自分よりも不幸な人がいっぱい居て、それと同時に自分よりも幸福な人もやや沢山いる。（あまり差別的な表現は好きではないが、日本という土地に生まれた時点である程度のイージーモードは保証されることを知ったというか）&lt;br&gt;
野菜が美味しく感じるようになって、やりたいことと知りたいことは増える一方。同時に金と名誉が欲しくなって、その両方が圧倒的に足りないことを不服に感じる。&lt;br&gt;
経済の基本は欠乏だろう。足りない。足りない。だから欲しい。用意するのは対価。お金。&lt;br&gt;
金銭感覚は未だに正しく身についている気はしない。&lt;br&gt;
（この場合の正しさっつーのは、いわばこれだけ使えばこれだけ残ってて……、という肌感覚だね。どうも整理整頓が肝要な気がする。今の俺には、どうも物が多過ぎる嫌いがあるにゃー）&lt;br&gt;
俺の価値基準の基本は、相変わらず氷上の姫さんだ。&lt;/p&gt;
&lt;h5 id="物質的なものに未練を抱いてはいけませんよ"&gt;「物質的なものに未練を抱いてはいけませんよ」&lt;/h5&gt;
&lt;p&gt;というのが例によってあまりに深すぎる彼女の言だが俺はまだここまで至れてはいまい。（いや、感覚としては分かるのだ。彼女は俺の精魂込めたノートを一冊残らず笑顔で焼き払った）&lt;br&gt;
物質的なものに未練を抱かない、というのは、ある種諦念の様なものを感じる。&lt;br&gt;
その考えは美しいのだけれど、どうも難しい（というか、&amp;ldquo;色々あって最終的に至るところ&amp;quot;のような気がする。ーー洗練の前には必ず浪費があるように。&lt;br&gt;
口惜しいことこの上ないが、師匠はこいつを体現していたように思う。憧れるが腹が立つ。なんだあれ。&lt;br&gt;
最近読んだ新書に「Amazonを、&amp;ldquo;金を払えばいつでも保管してある荷物を引き出せる巨大倉庫と考えたらどうだろうか&amp;rdquo;、」という割とアレな極論がまことしやかに書いてあって、ちょっと笑った。いや、極論だけれどいい考えだと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;今の俺の金銭感覚は等身大のものより大きいものな気がする。……それが俺の器の大きさを潜在的に示しているものであれば良いのだけれど。&lt;br&gt;
価値のあるものにはキチンとした対価が要る。&lt;br&gt;
対価が用意できないのならば、それは身の程を弁えて居ない醜悪なものであろう。&lt;br&gt;
一方で欲を持たないのも俺にはどうも歪なものに思える。&lt;br&gt;
要はこれもまたバランスだろう。&lt;br&gt;
俺の大事な義妹が昔どっかで宣言してたのを思い出した。&lt;/p&gt;
&lt;h5 id="いっぱい稼ぐ"&gt;「いっぱい稼ぐ！！」&lt;/h5&gt;
&lt;p&gt;金のある人のところに金が集まるのはまだいい。努力だろう。しかし、労働やモノの対価ではない、金と金の渡し舟でどうかして上手く稼ぐ人間が最も金を多く持つという、世相には資本主義のどうかした矛盾のようなものを感じる。……、そんなのは頭脳労働とは決して言えないし（だってサイエンスのように新しいものを彼らは決してその（逆説的に消費とも言える）行為から生み出さない）&lt;br&gt;
リスクを負えばいいという話でもあるまい……、まぁ、よくわからないことに口を出すべきではないか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;師匠は昔、「どんな時でも、金はあるところには有るんだ。……だから何処に何があるか正しく見極めて、そいつからそいつに損と自覚させないようにぶんどる。手段はなんでもいいさ、&amp;ldquo;損をさせない限り&amp;quot;な。損をさせる時は殺して殺される覚悟を決める時だけだな。これも等しく戦争だ」&lt;br&gt;
なんて渡世人極まりないセリフを狂言回していたけれど、一部においては事実に思える。ーー極論だが。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;また長くなってしまった。……結論は、そうだな。&lt;br&gt;
職業に貴賤はないし、金の有る無しでその人の価値は測れない。&lt;br&gt;
しかし、どんな形であれ、極端な支援を受けず、労働し、家計を支えて自活していけるのならば、その人とその人の金銭感覚は尊敬に値する様に思う。 ……、少なくとも、学生の身分で、安定収入がなく、金も地位も名誉も持ち合わせない今の俺は、そう思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;追筆;&lt;/p&gt;
&lt;h4 id="子供の教育費"&gt;子供の教育費&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;俺は一人っ子だから、俺の母親は俺に二人分は使った、と豪語している。&lt;br&gt;
まぁ全てが有意に実ったとは俺は口が裂けても言わないが、俺はそれだけの心血を俺に注いでくれ続けたことには、両親に対して尊敬と感謝の念を禁じえない。&lt;br&gt;
しかしまぁ、（受けた側の）俺からしたら、それなりに不満は有るし、必要だったのかなー、と空々しく思うことも少なくなかったりもする。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;家庭教師をしたのだ。塾講師として関わった生徒たちのことを感情に入れると、10人以上の生徒に関わった。（こんなはずではなかった。10人は、俺にとっては多いよ）&lt;br&gt;
これは俺の中で、「成長期の教育」っつージャンルで割と興味のあることで、延長線上（大元）には「俺に対する教育ってあんなにひつようだったのかよぅ？」っていう疑問があったりもする。&lt;br&gt;
中高大と、俺の友人にはそれなり以上に優秀な人間が居て、俺はそいつらから俺なりに習慣や思想のようなものをパクりまくっていい感じに成長したと自負しているけれど、なんというか、そういう（1を聞いて10を知る、とまでは言わないけれど、5.6位までならば思い至る、と言ったような）&amp;ldquo;カン&amp;quot;が、よくない生徒は、あまり成績も振るわない気がする。&lt;br&gt;
何事にも成功しやすい人間っつーのは、きっと習慣から作られてると俺は当たりをつけて、ユダヤ人の思想とか、古人の名著とかを読んでみたけれど、一番小難しくしっくりくるのは五輪書だった（話が逸れたな。この話は改めて。）&lt;br&gt;
結局は熟練度というのは繰り返しに終始するが、その繰り返しがどういうところから来てどういう処へ向かうのか（つまり、何をすればどういう結果になるのか）、とか、&lt;br&gt;
朧げながらにでも目的のようなものが想像できる子はそれなりに成長したように思う。（後は逆に盲目に淡々と熟せる人間も）&lt;br&gt;
俺の動機が俺にはまだ分からない（ままここまで来てしまったのはちょっと謎なんだが） それが今の延長にあると良いのだけれど。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺にはまだ分からない。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>What Do You Care What Other People Think?</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-02-23_what-do-you-care-what-others-think/</link><pubDate>Sun, 23 Feb 2014 11:38:06 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-02-23_what-do-you-care-what-others-think/</guid><description>&lt;p&gt;「他人がどう思ったって構わないじゃない？」&lt;br&gt;
アーリーン＝ファインマン&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;卒論が終わりました。&lt;br&gt;
卒論関係については３記事くらいに分けてがんばってまとめるとして、（使ったツールとか、時期ごとに何やってたかとか、反省とかをば）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;今回はブログもなにもやってなかった空白の期間に考えたこととかをちょっと言葉にまとめておこうかと。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（４月頃から）&lt;br&gt;
研究室配属が終わって、希望通りの研究室に配属されて（授業もなく）わりと暇になった俺は、今更ながら物理学とかコンピュータの開発された系譜みたいなのを調べはじめた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そんなときにふと引き当てたのがこの本&lt;br&gt;
&lt;a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AF%E8%B6%85%E5%A4%A9%E6%89%8D-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%87%E5%BA%AB-C-%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%82%B9/dp/4006032404/ref=sr_1_9?s=books&amp;amp;ie=UTF8&amp;amp;qid=1393135186&amp;amp;sr=1-9"&gt;ファインマンさんは超天才&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;リチャード＝ファインマンの名前は、学部一年生の頃に（超苦労して取った）力学の授業で使ってた教科書でチラッと見た（しかも超ひねくれた問題のひねくれた解説の参考図書として）くらいで、俺はよく知らなかったんだけれど、この本を読んで一発で彼の人格と思想の虜になった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;タイトルこそ邦題では「超天才」なんてざっくばらんな訳になっているけれども（いや、大貫昌子さんの訳は全体的にファインマンのざっくばらんさ（率直さ？）のようなものをよく表していて、文句なく素晴らしいことをここに添えておく）&lt;br&gt;
クリストファー＝サイクスの原題では、「No Ordinary Genius（ちょっと普通じゃない感じの天才）」ってなってて、俺的にはファインマンはニュアンスとしてはこっちのほうが気に入るんじゃないかなぁ～なんて思わなくもなかったり。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;本書の構成は、ファインマンのセリフや、ファインマンの周りの人物へのインタビューを折々に挟むことで、１つのタイトルや事柄について、まるでファインマンと（ファインマンに関わりの深い人達と）一緒に話しているかのように感じさせるものになっている。&lt;br&gt;
個人的には、アメリカ的な非常におもしろいジャーナリズムの様相を呈しているなぁ～と思う。&lt;br&gt;
サイエンスに関して、こうも面白い本や文章や考え方があちこちに見当たるようになったら、この日本も理系離れなんかは問題にならないんじゃないかなぁ～……なんて思うのだけれど。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;――ファインマンは、ファインマンダイアグラムっていう、QED（量子電磁力学）におけるxy座標系みたいな感じのものと書き方？　を発案したってことでノーベル賞を――量子電磁力学の発展に寄与――って名目で受賞している（with 朝永振一郎、ジュリアン・シュウィンガー）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;本人は&lt;br&gt;
「ノーベル賞受賞の電話が夜中の２時にかかって来た」し、&lt;br&gt;
「おもしろいことを一番初めに発見するっていう栄誉」と、&lt;br&gt;
「僕が発見したことを他の研究者が使ってくれる」&lt;br&gt;
っていうことだけで僕は十分報われているんだよ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;とのたまって、受賞を断ろうとした&lt;br&gt;
（断るほうが注目を集めるよ！！と注意されて結局は微妙に嫌々受賞するｗ）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ファインマンの功績は、コレの他にチャレンジャー号爆発事故の原因究明なんかに代表される。（きっと他にも色々と専門的なところでは在るのだろうが）&lt;br&gt;
俺が書きたいのは彼の功績とかではないので今回は割愛する&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;……ファインマンの面白おかしいエピソードについてはちょっと語り尽くせないので、文中で見つけたいくつかの言葉と、それに対する俺の解釈を載せて本文章を締めくくろうと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;h2 id="what-do-you-care-what-other-people-think"&gt;“What Do You Care What Other People Think?”&lt;/h2&gt;
&lt;h3 id="他人がどう思ったって構わないじゃない"&gt;『他人がどう思ったって構わないじゃない？』&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;これはファインマンの最初の妻のアーリーンよく言っていたセリフだそうで、彼女と死に別れてからのファインマンの座右の銘のなかで、最も大事な、彼の根幹を占めるものになったという。&lt;br&gt;
我が身を振り返る時や思い悩んだときに、この言葉に見合う自分で居ることが出来ているか、鑑みたのだろうな、と俺は思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;はじめにこの言葉に触れた時、俺は苦笑とともに、身勝手な言葉だなぁ～、なんて感想を抱いたものだけれど、よくよく読んでいくと、決してそんなことはないのだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この言葉は多分、言葉にしていないレベルで他人への気遣いを前提条件としている様に思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;他人がどう思ったって、なんていう言葉は、傍若無人に自分勝手に振る舞ってしかるべき、ということを推奨しているわけでは決して無くて、むしろ他人への気遣いは前提として『絶対にするもの』なのだよね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だから、この言葉は、元も子もない付け足し方をするのならば、&lt;br&gt;
『（ちゃんと他人への気遣いを果たしたのならば、それ以上は）他人がどう思ったって構わないじゃない？&lt;br&gt;
（だから、ちゃんと自分で考えて決めたことを、最後までやるのよ？）』&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;というものなのではなかろうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;shame（気恥ずかしさ）や、scum of the earth（周りの目）、に左右されやすいのが人の性で、それを感じるのは人として当然のことなのだよね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;でも、それを理由にやったほうがいいこと、やったほうがいいと思ったこと、やらないと未来に困ること、やらないと誰かが困ること。そういう事態に陥りかねないことをやらないのは、きっとよくないことで&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;やらない後悔こそが狂おしいのだろうな、と。俺は思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺がガキの頃に氷上にもらった訓戒の中で、マジで元も子もない極論の最たるものとして、「なんでも出来ろ」&lt;br&gt;
ってものがあるんだよね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;オレこれはじめに言われた時に、即答で「超無理」って答えたの、今でも覚えてるんだけど、この言葉の意味するところは、本当に「なんでも出来ろ」っていう異次元な推奨じゃなくて、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「ウチの家訓が『なんでも出来ろ』なんて、超無茶ぶりものだから、とりあえず出来るようになってやろうか」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;っつー前向きな姿勢をもつことなんですよー、って悟されたんだよね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;アーリーンさんのこのセリフは、きっとそういう物事に対する取っ掛かりのハードルを下げるためのものなんじゃないかなぁ～って。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺はそんな風に思うんだよ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;h3 id="我々が今生きている世の中に責任を持つ必要はない"&gt;『我々が今生きている世の中に責任を持つ必要はない』&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;これはジョン・フォン・ノイマンの言葉だそうな。&lt;br&gt;
――文中では、「積極的無責任さ」、とか、「社会的無責任感」、といった言葉が見受けられた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まぁ、、ファインマンは原爆の開発に携わってるからこの言に救われた部分が大きいのだろうな、と思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかし思うに、我々は物事の責任を誰かしらの一個人に押し付け過ぎなのではなかろうか、そういう傾向に有りはしまいか、と思うのだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;社会的な部分での役割といったものは、個人による意思よりもむしろ状況の強制力がそうさせる、という部分が大きいんでねぇかなぁ、なんて、俺は思う。&lt;br&gt;
東郷平八郎だってあんなタイミングで元帥になりたくはなかっただろうて……&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ファインマンはこのセリフに出会ってから、社会的無責任感を信条としたらしい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;でも、ファインマンは誰よりも最高の物理学の授業を誰よりも楽しんで開講していたしそのための準備を惜しんだことはなかったし、生徒の面倒を喜んで見たらしい。&lt;br&gt;
（しかし管理職にはならなかったそうなｗ　自由スキー）&lt;/p&gt;</description></item><item><title>[堀江貴文] ゼロ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-02-02_horie-zero-book/</link><pubDate>Sun, 02 Feb 2014 18:54:09 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-02-02_horie-zero-book/</guid><description>&lt;p&gt;&lt;a href="http://amazon.co.jp/dp/4478025800"&gt;ずっと買っておいておいた本&lt;/a&gt;を積み上げてある本の山から見つけ出したのでさらっと読書録のようなものをつけてみようと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;読書録というほど大したものではないけれど&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;無目的にブログを始めたというわけではなくて、そうだね、この場所は俺にとっては**「思想の貯蔵庫」**なんだよね、 &lt;br&gt;
だから目的として「考えたこと、思ったこと、感じたこと」を忘れないように、というものに適うのであれば、どんなものでも記入して行こうと思う &lt;br&gt;
（今回わざわざこんなことを書くのは、俺の中でこの場所をどういうものにすればいいのか、決まってないから） &lt;br&gt;
自分にとって最適なレイアウトになって行くまでには、いろいろと試してみないとね……&lt;br&gt;
最適というのも変な話だね。&lt;br&gt;
変わっていくことと保守とのバランスの良さが最適の本質なのかもしれないね&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;文章に対して感じたことは、そんなに凄い文章でもないなぁ、と。 &lt;br&gt;
例えば凄い詩的な表現が使われているわけではないし、 &lt;br&gt;
身震いするような描写があるわけではない。&lt;br&gt;
（いきなり余談だけれど、横溝正史の&lt;a href="http://www.amazon.co.jp/%E5%85%AB%E3%81%A4%E5%A2%93%E6%9D%91-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%A8%AA%E6%BA%9D-%E6%AD%A3%E5%8F%B2/dp/4041304016"&gt;八つ墓村&lt;/a&gt;は凄まじい文章だった絶対読んで損はないと思う。読まないと損な気もする。）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかし、実際的ではあったように感じる。 &lt;br&gt;
言葉を足すと、一意的な文章だった。&lt;br&gt;
淡々としていたんだよね。文章が。&lt;br&gt;
きっと綴る時に、スラスラと出てきた文章なのではないかな、と感じた。 &lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ずっと溜め込んできて、自分の中にじくじくと蛆のように育った汚い感情が、キレイに吐出されている、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そんな印象を受けた文章だった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;オマエの思考は毒物だ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;っていう言葉を偶にもらうことがあって、その言葉に僕は多少の好感と、どうしようもない諦めのような感情を同時に抱く。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その言葉は仕方のないものの様に感じるのだ。&lt;br&gt;
僕の起点は一人の女の人で、俺はその人に気に入られよう、その人ならなんて考えるかな。褒めてくれるかな。&lt;br&gt;
そんなことばかりを考えて幼少期を過ごして、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なんで俺はあの人と離れてしまったのだろう、&lt;br&gt;
あんなにも唯物に感じていたのに。&lt;br&gt;
お慕い申し上げていたのに。&lt;br&gt;
ああ、でもコレはおれの身勝手な感情で、&lt;br&gt;
きっと俺よりも師匠の方があの人の隣にいるに相応しくて、と&lt;br&gt;
そんな喪失感に苛まれて俺は青年期を過ごしたから。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まぁ、しかたがないと思う。それはなかなかにレアな人間に（結果的に）なるだろうね、と。冷静に（今となっては）思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;自分の中の判断基準に&lt;br&gt;
「あの人ならどう思うかな、」&lt;br&gt;
という客観的な自問が在るのは、俺にとっては自然なことだけれど、他人にとってはそうでもないらしい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;オマエの人生は物語的だと皮肉られることがたまにあるけれど、ここに起因しているのではないかと思う。あとは圧倒的なまでの内省か。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;堀江さんは、福岡の八女の出身なそうだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;現状が嫌で嫌で仕方がなくて、しかし彼は優秀だった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そこにはきっと理由があるのだと思う。&lt;br&gt;
納得の回路がゲームのようだな、と、俺は思った。&lt;br&gt;
後は結果的に自分の世界に向いたのだろうな、と思う。&lt;br&gt;
逃避の先が内省だった？&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なんでもいいけれど、この人は俺よりもカワチせんせーと話が合いそうだな、と思った。（あの人が、おもしろい、と感じて納得しそうな人間だと思った）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;違うな、内省じゃなくて、現状の打破の為の前向きな努力だったのだろうな。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;彼にとっての成功体験の列挙はどうあがいても彼の行動の帰結で、（きっと当時の彼にとってはそこまで論理的な思考の帰結では無かったのだろうが）（後から考えてみると、というアレだ）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その辺りのセンスが素晴らしく前向きで現実的だったのだろうな、と思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;氷上が俺の受け皿になってくれなかったら、俺はきっと壊れてどこかおかしくなっていたと思うけれど（そのおかしさというものはきっと社会との隔絶、という形で現れる）（何故かと言うと、悪いことをするようになると思うからだ）&lt;br&gt;
彼にはそれが目の前のことを自分の思うとおりにするその究極の一手が、勉強だったのだろうな、と思うのだ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;僕は子供の頃、それなりにレベルの高い英才教育のようなものを、かなりいびつな形で受けさせられて、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そう、俺が嫌々やらされて会得した掛け算のようなものをその場で自分で思いついてこなす友人の答え（それはとても遅くて拙いものだったけれど、答えとしては間違っていない、正解だった）を見て、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「俺はやり方を教えられてやった、こいつは知らないまま自分で考えだした、――どっちが偉いのだろう」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ということまで考え至ったときに、自然と笑いがこみ上げてきて、俺は泣くように笑い続けた。ああ、俺の時間は、俺の意思のない時間はすべて無駄だったな、と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺の動機はきっと親からの否定の連続で潰えてしまったよ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そこまで強い意思を抱けなかった、オレも悪いのだろうね。&lt;br&gt;
けれどこの世界に目の前の好きな人がじぶんのものにならないのならばいっそころしてしまえ、という感情以上に強烈な衝動は、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それに匹敵するくらいのものは、俺の中についぞ生まれなかった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;きっと親元に居たくない、という感情の強さで、俺は堀江貴文さんに負けているのだろうな、と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺は彼の文章を読んで思った。まぁ俺が親と合わないのは割りと俺側に問題が有るようのも思うので。箱のなかに気づいたら違うOSが入っていたようなもんだ。親から見れば。（俺から見たら、そのOSの方が性に合っていた、というだけで）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;彼はどうしようもなくやはり人間なのだ。&lt;br&gt;
マスコミの報じる彼の切り取られた一面と、彼の内面はやはり違う。&lt;br&gt;
マスコミが離れて、彼が自分を（意識しようとしまいと）演じることをしなくても良くなったことは、救いのように思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;≪追伸≫&lt;br&gt;
いやいやいやいや、こんなことより卒論書けよ、僕&lt;/p&gt;</description></item><item><title>ハヤタの天才性</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-01-22_hayata-genius/</link><pubDate>Wed, 22 Jan 2014 15:23:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-01-22_hayata-genius/</guid><description>&lt;p&gt;ちなみに僕は天才という言葉が嫌いだ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;どういう人が天才と評されるかを考えた時に、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　ある集団のおおよそ1.2倍、（なにかを）上手くこなすことが出来るのならば、その人は（その集団においては少なくとも）天才と評されるようになるのではないか、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;と、俺は思っている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　細かく定義したところできっと意味はないだろうし、大抵の物事というものは『時と場合による、』という超絶便利な結論が大半を占めるのだから。（今回もそういう話ではあるだろう）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1.2倍出来ることには、理由があると思う、&lt;br&gt;
たとえば、それだけ多く時間を使っていたり、&lt;br&gt;
たとえば、それだけ効率を意識していたり&lt;br&gt;
たとえば、工夫して違うやり方を編み出していたり、&lt;br&gt;
たとえば、上手くやるためにたくさんの文献で読んだ経験を活かしたり&lt;br&gt;
たとえば、単純に既存の無駄を省いたり&lt;br&gt;
たとえば、他人が知らないツールを使っていたり&lt;br&gt;
たとえば、過去の似た経験が活きていたり、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そしてたとえば、上手くいくための考え方をしていたり。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;……考え方。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　時間という絶対的な支配者をどう捉えるか、それこそ人によるのだろうが、僕は最近こんな風に捉えている&lt;br&gt;
「平等に与えられる、浪費可能な資源」&lt;br&gt;
と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ユダヤの諺だけれど、&lt;br&gt;
「場所を取らない物が無いのと同じ様に、&lt;br&gt;
時を持たずして生まれてくる人間も居ない」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;……凄い言葉だと思う。少なくとも、俺は自分の中からこの言を生み出せる自信はない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　私事ではあるけれど、&lt;br&gt;
　俺は割と無駄に便利な小物が好きで、（その無駄に便利な小物というものは、後から考えるとそこそこに、無駄な物、に分類される上に、（これは趣味だが）本に関しては、その本と、本に書いてある内容が（少しだけ未来の）自分にとって必要、もしくは一読の価値アリ、と断じた瞬間に読む時間があれば際限なく買うが故、金遣いが荒い方だと自分を捉えている。（まぁ、その買ったものを無駄にしない位には使い倒している気はするのだが）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　最近は部屋に物が溢れていて、場所を取らない物は無いという言葉は自戒の念を禁じ得ない（笑）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　そして同時に、時間についてのユダヤの考え方に感動したのだよね。なるほど、と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　時間は大事だと最近、切に感じる。&lt;br&gt;
　人生は後半の方がはやく過ぎ去る様に感じる理由は（答え合わせはまだだけれど）過ごした時に比例するだけの経験から、一瞬でより多くのことを感じ、考える様になって、だからこそ多くのことをしたくなるからではなかろうか。そして同時に残された刻限を（これもまた同じ様に、知識と経験から）想像出来るが故に、焦燥感と危機感に、意識の何処かで苛まれるからなのではないか、と思う。……、ああ、後、考えたことを実行するだけの体力と精神力の衰退もあるのだろう。バイタリティ大事よね……、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　しかしそれは懸命に生きたからこその感覚なのかもしれないと思う。だから僕にはまだわからない。&lt;br&gt;
早く感じるということにはきっと理由があるのだろう。……僕にはまだわからない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　人間は、自分にとって新しいことをしている時は、長く時を感じる、というTIPSを読んだ。（信憑性はわからない）しかし、そういうものかもしれないな、とも何処かで思う。&lt;br&gt;
　新しいことをするのはストレスであると同時に愉しみなのだろうな、と思う。&lt;br&gt;
一生（どのような形であれ）勉強というものが続くのは、なんとなはなしに今の時点で予測がつくのだけれど、俺は「既存のものをよりよくする」エンハンスenhanceという概念がとても好きだ、愛している。……、いや、、今回関係ないな、この話は。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　年をとるにつれて安寧を求めるようになるのは自然なことだし、知らないこと、というのは減っていくのだろう、と俺は考えている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　まるで安寧を悪いことの様に言っている様にも捉えられるかもしれないがそんなつもりは無論、一切ない。それを得るための努力以上に尊いものはこの世界にそうそう無いと思う。僕も安定が欲しい。（そして失いたくない）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　この世界で味わいうる全感情を味わってから死にたい。&lt;br&gt;
それにはどうも孤独と愛が足りない。&lt;br&gt;
（やっと家族の軛から一時解放されるので、存分に力を振るおうと思う。……決意は無為になることがどうも多いので考えた、程度に留めおこうと思う。（どうもそのほうが試みというものは成功しやすいようだ）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これもまたユダヤの諺だけれど、&lt;br&gt;
「人間は暇になったら政治を始める」&lt;br&gt;
そうだ、（この言葉の意味はまだはかることが出来ていないけれど、世相を見ていると自然と納得がいくような気はする）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なんだか話が逸れ過ぎているので話を戻そう。&lt;br&gt;
……天才性と考え方について。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;僕は、他人に感心出来る点があれば、それを自分なりのレイアウトで可能な限り真似して取り入れようとする習性がある。（高校の近しい友人にも多く見受けられた。要は；『勝手に学ぶ（パクる）』）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その行為は単純に楽しい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;天才性と考え方。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;友人に一人、（これは人間に対して使う言葉ではないと強く思うけれど、）「ふつうに意味がわからない」人間が居る。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;……彼のことは俺は理解を半ば放棄している。きっと何処か似ているにも関わらずカバー範囲が違う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（この感覚は大して珍しいものではないようだ。……、ただ、彼に関しては恐らくレアケースが過ぎるのだろうと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まぁいい。&lt;br&gt;
結論に急ごう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;菊池隼太の天才性の要因は幾つかあると思うのだけれど、&lt;br&gt;
一つ、とても大きな要素として、&lt;br&gt;
「イメージの抽象的深さと、それを現実世界に持ち出す手法についての勘の良さ」&lt;br&gt;
は大きな要因ではないだろうか&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　後の俺にも分かるように言葉を加えておくと、&lt;br&gt;
「イメージの抽象的深さ」というのは、言語化しない段階でのイメージのこと。&lt;br&gt;
状況を規定した後はパフォーマーに任せて、「結果として上手くいくかどうか」のみを判断するという様な。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;彼の言葉だが、&lt;br&gt;
「『全てのことは想像に始まって、想像に終わる。いいか？想像出来て、出来ないことを俺に教えてくれ。&lt;br&gt;
人間が飛ぶことが出来ないのは飛ぶ構造と機構と、それを動かす様子を委細、想像出来ないからだ。だからそれ（人間が外部ツールを使わずして飛ぶこと）は不可能だ。&lt;br&gt;
――逆に想像が詳細にわたって可能な上で出来ないことなんてこの世に無いんだよ、』&lt;br&gt;
って、俺の親父は俺に常に言っていたんだ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「んー、全員が楽しむことが出来る状況は、俺は想像出来なかったんだよね。無人島に、あの人数で行って、何人かは確実にどうしていいか分からなくなる。&lt;br&gt;
そこでお前やドヤさんみたいな人間を、あの&amp;quot;島&amp;quot;っつー空間に置くんだよ。そしたらああ、これは大丈夫だ。パースとして足りるわ、ってなったんだよ。&lt;br&gt;
俺がやるべきことは、端っこでつまらなさそうにしてる奴を楽しい側に叩き込むことで、それでなんとかなりそうだったんだよね。」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「いや、イメージが湧かへん。絶望的やw」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「昔、数学者が女と付き合ってて、結婚寸前までいってフられたんだよ、あなたのことがわからないって。&lt;br&gt;
そしたらその後で別の、これまたいい女が、&lt;br&gt;
そうね、あなたとの結婚生活は想像出来るわ、&lt;br&gt;
っていって、そのいい女と結婚することになったんだよ、&lt;br&gt;
俺はドラマのそのシーンを観て、いいなぁ、って思ったんだよね」&lt;/p&gt;</description></item><item><title>京都へ下宿を親父殿と見に行った</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-01-11_kyoto-apartment-hunting-with-father/</link><pubDate>Sat, 11 Jan 2014 15:48:27 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-01-11_kyoto-apartment-hunting-with-father/</guid><description>&lt;p&gt;春から（何故か）京都大学大学院に進学するので　（院試に落ちたのに進学するって今でもよく分かっていない）、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「こいつは通えねーよ……冷静によォ……」（from 西宮市甲子園口）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　と、下宿に移行の算段を去年の12月頃から立てて居た。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　前回は１２月中旬？に、京大前のHomesで御宅拝見。（従兄弟の兄貴に激似の営業さんで母の好感度がクソ高かったのを覚えている）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　今回は俺が今週の水曜からにかけて研究の最中にアポを取ったホームメイトとショウエイ。（どっちも知らねーよと思っていた。心の何処かで莫迦にしていた面が俺の中にはあったように思う。良くしてもらったのに。これは良くない。どこに行っても、何処にいても其処にいるのは誰かであって、そこには心が息づいているのだから）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　餅は餅屋。不動産仲介会社はプロだと思う。その場で条件に合った物件をどんどん見つけてくる。&lt;br&gt;
　どこから出してきたのかは知らないけれど、家賃光熱費インターネット込の4.5万の部屋に決まった（のだと思う。）明日親父殿がTELして確保に移る模様。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　本当は俺は百万遍のデトムワンという分譲の賃貸が良かった。11帖。……母の反対で反故になった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　ない物ねだりしても仕方ないと分かっては居るのだけれど、なんだろう、&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;まず否定から入る人間にはなりたくはない&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;自分で家計を保つことの大事さと難しさをちゃんと認識していたい&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;恩知らずでは有りたくない&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;　母のことが好きになれない。物心がついてからこっちかれこれ２０年近く一緒に住んでいるにもかかわらず、だ。……好きと嫌いは両立しうる感情だと俺は知っているけれど、どうもわりと後者寄りで有ることが多い。……きっと根本的に合わないのだろうな。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　今後一生、母とは“遠すぎない距離”をおいて生きていくことを俺は今日（人生で何度目か分からないが）再び心に誓った。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　舞さんを失ってからというもの、どうしようもない喪失感が俺を長いこと苛んでいる。&lt;br&gt;
もっと一緒に居たかったのです。舞さん。もっと貴女の淡い笑顔を見て胸を高鳴らせていたかったのです。&lt;br&gt;
この身の充実を感じていたかったのです。――愛していたのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　母が俺のために長い長い時間を消費していることを考えると、恩義を思わずには居られない。&lt;br&gt;
……しかし、どういうわけか、好きになれない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　西原理恵子さんの文章にあったけれど、「子供は金の話を持ちだされると無条件に従うしかなくなるのだ」&lt;br&gt;
という文章があった。とてもよく印象に残っている。子に対しての上から目線は仕方ないのかもしれない。&lt;br&gt;
　どうあがいても愚かしく見えるのだろうか。&lt;br&gt;
考えが足りないと思われるのだろうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　中学以来一度も強制したことがない、と鼻高々に言われると心の何処かで蛆が湧く。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あなたの否定の連続は俺の芽生えかけた感情と情動を奪ったさ、と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　必要なことを口にさせず一方的に好き勝手な言葉を撒き散らした挙句一人満足そうに自分の部屋に引っ込む姿を見ると諦めの念が湧いてくる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この人は俺の話を聞く気は全く無いのか、と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この人はこのまま変わらずに何処か寂しさを埋めないまま死んでいくのだろうな、と。&lt;br&gt;
薄ら寒い仄暗い感情が心の奥から湧いてくる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　私は母が嫌いだ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「自己を見つめてばかりだとしんどいだろう、」という言葉を頂いたことが有る。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そうなのだ、自分が目の前の人間に影響を受けないでいられないほど俺は鈍くは在れなかった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ずっとずっと家から出たいと渇望していた。――俺は必ず一人なのだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　親子の関係ほど非対称な関係も無い、という言葉もよく覚えている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　母は一家にとって、良妻であり、賢母ではあったが、やはりどこか狂っていた様に思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺は自分がどういう結婚相手を選ぶのかわからない。曰く、「お前がどういう人間と結婚するか想像できないけれど、お前のガキは想像できる」と。&lt;br&gt;
きっと俺が添い遂げる人は愛しき義妹の様な人間になるのだろうと漠然と予想している。&lt;br&gt;
とても愛しい彼女もまた、情に厚いのにどこか狂っている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　もしかしたら俺は母とは反対で自分が無いと思っている人間が好きなのかもしれない。&lt;br&gt;
個性と夢を食い荒らされた俺と何処か似た女性に惹かれるのかもしれない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　結婚相手は結局母に似る、という言に、俺はどこか納得するところがあるのだ。&lt;br&gt;
それは昔友人に、自分の好みがわからない、と漏らした時に、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「え？　アスラクラインの嵩月奏嬢じゃないの？」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　と驚きとともに返された事があったけれど、うん。あんな芯の強い、俺の意を汲んでくれるいい女が現実にいればよいのだけれど。（現実はそう甘くはない）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　せんせーのエンチャンターのメルクーリオも似たようなところがある様に思う。&lt;br&gt;
自己がないから尽くして、でも愛しているから譲らない、といった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　しかし母のことが嫌いだ。嫌いでいいのだと俺は思っている。おもしろい感情だと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;下宿が始まることで、やっと母と物理的に（今後一生）距離を置くことが出来る。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;後何日だろう。待ちわびている。……ちゃんと研究をしようという前向きな決意でこの文を締めくくることにする&lt;/p&gt;</description></item></channel></rss>