トルコ旅行 手記
1日目 22:30- 関西国際空港、 どうせおばあちゃんおじいちゃんばっかだろうなーと思ってたら、妙に若い年代の人が多かった。 同志社女子? と男4人組。とか。なんか沢山居ました。 2日目 3食機内食。一日分の食事を機内食で取ったことになろうか? ドーハからGmailにアクセスしたらアク禁食らった。 乗り換え含めると、大体合計14時間位飛行機に乗ってた。 夜行バスで慣れた俺は、隣が家族というだけで既にイージーモードだなぁ~と思っていたのだけれど、両親にはやはり辛かったようだ。 カタール航空の機内食は美味かった。アレか、中華航空がダメなのか。 アンカラに着いてバスで博物館へ。このバスで7日間回るらしい、こんな旅は初めてだ。アレだ、家族旅行様々だ。学生の財力とは違うんさね ガイドのメメットさん、日本語堪能すぎる。心強さぱない。 アタチュルクさんというトルコ建国の父の霊廟へ。超広かった。 なんだろう、近代的な古墳?超セイクリッド。 トルコではある程度日本語、英語が通じるように思う。 部屋にWi-Fiが通っていたので、近郊5キロぐらいの地図データをダウンロードして散歩に備える。 LINEが恐ろしいくらい溜まってた。インターン組。 夜の食事はコースだった。まぁまぁ。後で散歩で回った市街のジャンクフードの方が美味しそうに見えた。ビバ俗物。 街に遊びに出たが親がついて来た。 半ばワガママみたいな形で途中で別れて一人で散歩へ。こういうのはハヤタ達と行くとマジ楽しいんだけどな、と少し残念に思う。 ハヤタと刈屋が二人でケルンに行くのが惜しすぎる。 俺も行きたかった。なんたる。ケルン大聖堂の前で一日中佇んで居たかった。 遠い未来にきっと叶えよう なんかオレ、生涯引きずりそうさねww 3日目、バスでアンカラ→ヒッタイトの遺跡へ。 一日の大半をバスで過ごす。移動距離はおよそ500km。トルコの国土は日本の2倍。食料自給率は100% 暑いが乾燥しているため、日陰は涼しい。朝は過ごしやすい。 多分、大阪の夏がオカシイのだ。 同志社の女の子と少しだけ話した。二人共いい人。かわゆい ガイドのメメットさんの日本語ホントパネェ。 アンカラ大学で日本語を学んだそうな。 ずっと荒野。気候的なものだろうな、ステップ気候? ヒッタイトは支配した先の国の神を取り込んだそうな。 ヒッタイトの信仰の形態は、太陽を最上位、地神を次位に置いて、その間に各位の神を置いていったという。 騎馬民族としてのトルコ民族は、馬、妻、刀を一番大事なものにあげるという。 遊牧民族の民性として共通するのは、「客を歓迎する」といった点が上がる。 中国のユルールと同じくして、「神からの客」と言わしめるそうだ。 建物に関して一つ。 出稼ぎの人(農耕地方で夏)は、白いテント 他は赤い瓦の様に見える 雨が降るからだろうか? トルコ石には2種類ある カッパドキアは地名ではない キノコっぽい岩とかチラっと見る。 なんか少し卑猥だなって思ったのは内緒☆ 4日目 朝からバルーンツアー。超さみぃ 人生で一回は体験して損はない様に思う。なんというか、学生向けではないけれど、家族旅行向け。 カッパドキアのギョレメという街、案内によると「妖精の煙突」 遺跡というか、隠れた教会。キリストの顔の部分が剥がれていたのはなぜだろう?信仰の衰退……? イスタンブールはクルセイダーズによって3日間略奪に晒されたという。少し十字軍についても調べてみるか…… カイマクル地下都市避難所? 収容人数として5000人。 目的は?ーーキリスト教とイスラム教の対立だろうか? 宗教に関してそこまで対立を実感したことはなかったように思う。 しかし、ああして人の生活跡と、息吹を感じると、一考してみなくては、と思う。 芸術品ってのはね?遠くから見るものなんだよー? と花汝は昔僕に言ったけれど、 感じるだけの審美眼が僕にはないみたいだ シルクロードをバスで西へ。終着はトルコのエフィスだという。 途中で砂漠を挟む絹の道。想像の中でしかない世界で、古人は何を思ったのだろうか。 5日目 コンヤからパムッカレヘ。 イスラムの博物館に寄った。 基教のそれと、構造は似ていても、内装は全く違う。 なんか踊り念仏を思い出した。 パムッカレは素晴らしい。あれさね、死ぬまでに一度は見ておきたい系の光景さね ...