ホウレンソウのフレーム

Twitterで見つけたのでお借りする。 ※ 問題が起こったときに、 詫び ↓ 今何が起こっているか ↓ 何故起こっているか ↓ どうしたら解決するか ↓ 当面はどう対処するか ↓ 将来的にはどう対処するか ↓ 詫び っていう誰もが納得できる論法で話すのって、 うちらの仕事でも大いに参考に出来る事だなと思う。 問題を見つけた側としては、「当面はどう対処するか」に終始しがちだが、チームで仕事するときは、これを守らねばならない。 というか、これに当てはめておけばかなりのコミュニケーションロスを防ぐことが出来ると思う。 かなり奥義だと思う。

2018年6月10日 · 1 分 · 21 文字 · Keito Fukushima

安心感って最強だと思うんですよ。

最近芸風を模索してるのだけれど、 自分の手のひらを見ながら、 『どんな風な感じで人に接したいかなぁ〜』 と考えた時に、 「安心感的なものを与えられる人種でありたいなぁ……」としみじみと思った。 「アナタはそのままでいいんですよ。」 と言ってあげられる感じがいい。 オレは、そうなりたい。 ……それだけで救われることは、とても多い。 ひとりで色んなことをやることに、最近限界を感じつつある。 今の自分が割と尖っている印象があって、(これは若いうちだから許されるもので)最近、「なんかそろそろ違うフォルムになりたい」と思うようになって来た。 このまま尖っていても、要らん軋轢を引き寄せるなぁ……と。(そんなのは望むべくもない) 苛烈さは自分に求めるものであって、他人に求めるものでは無い。無意識にあってでも、意識的にであってでも。 そういうことは、きっととてもよくない循環を招く。 精神的にも、そろそろ次のステップに移る時だと感じていて、じゃあどうなりたいですか? と問われた時に、 「意外と自分、何も出来ないから、 相手の話を聞いて、 相手のことを見て、 浅く笑って微笑んで。 『それで いいんだ』 と肯定してあげられる人間で在りたい」 そう思う。 そういう安心感。 今の相手を踏まえた上で、それを一旦「これでいいのだ」と受け止め切る感覚。 一旦受け止め切る。その上で、それを尊重して対話をはじめる。 これは幼い頃の憧憬として、「あなたはそのままでいいんですよ」と受け入れてもらった自分が居て。 その言葉ひとつに、心の底から救われた気がして、その言葉を支えにがんばり続けることが出来た自分が居たからで、 今でもずっと、「ああいう風に、つらい感情を抱えている人に、心を解きほぐすようなことを言ってあげられる人間になりたい」と思い続けている自分が居るのだ。……そういうところを起点にした考えだ。 あの言葉があったから、俺は頑張って来れたのだと思う。後ろがどうであれ、始点はそこなのだ。 そこを一回、踏んでいるのだ。 自分の考えを話すにしても何にしても、相手の歯車のカタチを知ることが不可欠で、 相手の歯車に、自分の歯車を合わせに行く感覚がたまらなく大事だと、思うようになった。 これはよくある一般論では無くて、『防御はセンスでなんとかなるけれど、攻めは努力して素振りを続けた上で体得するしか無い』という言葉の肌感覚に近い。だから、尖って居た期間があるのと無いのとでは深みが変わる話だと思っていて、 つまり最初から相手に合わせに行ったところで、こちらに対処するだけのスキルが無い状態であれば、受け止めることは出来ないと思う。 先の先を取る練習をした上でしか、後の先を取る技を練習してはいけない感覚。 フォルムを変えようと思った起点としては、「部下が出来たとして」 ということを考えたときに、 「今の俺は、部下を持つに足る器ではないなぁ」 と思ったところにある。 新入社員だから許されてきた領域から、一歩踏み出しはじめているのだろう。 この辺りの感覚について、考えはじめたのは、暗殺教室だと思う。 「目の前の人をちゃんと見て」 「対等な人間として尊敬し」 「一部分の弱さだけで人を判断しない」 「…私は彼女から、そういう教師の基礎を学びました」 「ただ真っ直ぐこちらを向いて」 「今日も彼女は平和に笑う」 「そうか、『見る』というのはこういうことか」 「誰にも正体を見せなかった私は、『見られる』事が嬉しい事だと初めて知った」 この感覚が、自分の中にまだ無いな、と思ったことが始点だったのだと思う。

2017年8月31日 · 1 分 · 52 文字 · Keito Fukushima

苦しい状況に耐え続けたら、きっといいことがあるみたいな考え方は不毛だと思う

俺の大学院生活は、「完璧主義からの脱却」からスタートした。 拙速巧緻。 新しい研究室に移ってスグの頃、今でも覚えている応答だけれど、 「〜〜〜〜やったら、こうなると思うんですよ」 とディスカッションの時にこぼしたら、 「じゃあやって?」 と即答されたんだよね。 「ああそうか、ここはそういう場なんだ」 っつー感慨と、 「誰も正解は知らないのだから、基本的にはヤッてみないと分からない」 っつーことを肌で理解するまで、結構かかった。 色々頭で考えたところで、結局一番正しいのは目の前の現実であって、 サイエンスとはただひとつ、再現性のみを信奉する宗教なのだということ。 ――それから延々と実験は失敗し続けたし、 失敗するだろうと分かっている実験を繰り返すことに嫌気が差して、 何周か回って「死ぬこと以外は誤差」という結論に至った。 (この世界のことでただひとつ、命のことだけが不可逆だ) この精神性は今でも(とてもツラいタイミングで不敵に笑う時に口を突くという意味で)変わらない。 完璧主義だと、失敗を出来ないんだよね。 失敗が嫌すぎて、失敗する未来が漠然と見えてしまったら、行動するのが億劫になる。 行動するのが億劫になるから、PDCAが遅くなって、結局なにも成果を出せずに終わる。 完璧主義からの脱却への足がかりになる言葉は、大学院に入る以前でも、幾つかは持っていたのだけれど、 「無変化は停滞しか生まない」 「人間は行動することでしか、世界に関わることができないのだから、“考える”だけならそれは全て無意味だ」 「何を信じて、何を考えるか、よりも、何をするかで人は評価されるべきで、 高尚なかみさまを信じていても、やってることが大量虐殺ならソイツは俺の領域に入ってきたら、何をおいてもまず排除すべきクソ野郎であって、 逆にどんだけイカれた思想でも、やってることが力いっぱい人助けなら、そいつは俺にとってはイイヤツなんだよね。 だから、思想はOSで大事だけど、行動より先に評価される項目ではないね」 ああ、人間関係では実際、SAOのユウキみたいな大胆さを持って色々やったと思う。(その節は大変ご迷惑をお掛け致しました……) 『でもね、ボクは思うんだ。演技でもいいや……って。強いふりをしているだけでも、それでも笑顔でいられる時間が増えるなら、ぜんぜんかまわないじゃない、ってさ。ほら、ボク、もうあんまり時間がないからさ……。誰かと触れ合う時に、遠慮して、遠くから気持ちの端っこを突っつきあったりする時間が勿体ないって、どうしても思っちゃうんだよね。それならさいしょからどかーんとぶつかってさ。もし相手に嫌われちゃっても、それはそれでいいんだ。その人の心のすぐ近くまで行けたことには変わりないもんね』(マザーズ・ロザリオ) これは俺にとってかなり大事な言葉で、大学1〜2年生くらいはこの言葉を信奉して生きていた。(今でも少し。) 他にも、せんせーから掛けてもらった 「手を見ろ、手を。自分の手が生み出すものを見ろ」 「それと一緒に育ちなさいよ。そういうスタートをする時期だよきっと。」 「自己や親を振り返る暇があるなら俺は何かを生み出せるって自信を持てるようになりなよ」 と(いやこの言葉最強すぎるけれど) でも、これらの言葉を以ってしても、「積極的に死に手を打つ」くらいの精神性で行動することは、出来なかったんだ。 なんであんなに、失敗するのが嫌だったんだろう? と思い返す。 これという理由は無いんだけど、一番コレクトなのは、やっぱり「誤答を差し出すことの効率の悪さと気まずさ」が念頭にあったんだろうなー。「余計な時間と負担がかかる」 失敗して尚、心から褒められることって、あんまり無かった。 正解をとりあえず出しておけば、放置しておいて貰えたし、ともすれば褒められた。 試行錯誤するよりも、スルリと正答を置く方が、なにごとにおいてもスムーズだった。 失敗を繰り返して、死に手を潰すってスタイルを体得するのに、結構かかったのだと思う。 いや、いっそ未完成でも取り敢えず出しちまうことの効率の良さよ。 高校〜大学院のどこかのタイミングで、「間違うことを嫌がって、挑まないことが最低で、それは緩やかな死と同義である」という風にルールが変わってたんだよね。 明確な正答が手に入らなくなった頃からか。 それは「一般学生」 → 「ルール(実のところ)無用社会」っつー転換点が、緩やかに存在したということだと思う。ホント。誰も正解を知らない。誰も正解を持っていない。みんな思ってるより考えていない。 真之の海軍大学校における戦術講義は。不朽と言われるほどの名講義だったらしい。――どういう原典も使わなかった。 「あらゆる戦術書を読み、万巻の戦史を読めば、諸原理諸原則はおのずからひきだされてくる。みなが個々に自分の戦術をうちたてよ。 戦術は借りものでは、いざというときに応用がきかない」 「無用に候」(坂の上の雲・十七夜) だれも俺の正解は持っていない、ということに気がつくのに、かなり時間が掛かった。 舞さんが幼いオレに言ってくれた 「答えはすべて、あなたの手の中にあるんですよ」 という言葉の、深すぎる意味に、今ひとつ近づけたのかも知れない。 なんか自分が割と無敵で、幸運の女神に偏愛されてる自覚はあるのだけれど、人生はままならないものだね!! 昔、心から共感した会話で 「嫌々(一回入ってしまったし、一度始めたら、やめるってのも嫌で)好きでもないスポーツの部活を高校3年間やってたんやけど、今から思い返すと一日部活のことを思うだけで気が重かったし、いろんなことに身が入らへんかった。ホント時間のムダやったと心から思う」 「あの時間、もっと有意義に使えたやん。って思うんよ」 ……俺は、苦しい状況に耐え続けたら、きっといいことがあるみたいな考え方は不毛だと思う。 ねぇよ。そんなもんw 心身に支障をきたすだけだ。 状況というのは、良くもなるし、悪くもなる。 けど、心がイリイリする様な状況に在り続けて、何かが解決したり、何かいいことがあったり、抜本的に何かが良くなったりすることなんて、無いと断言できる。 無いよ。あるはずない。 むしろ絶対悪くなる。 そういう時にやるべきことは、基本的には『捨てる』こと一択だ。 俺は「取捨選択は『捨』以外は判断していない」と思う。『捨』以外は全部、「とりあえず持っておく」ことと同義だ。判断しろ判断。捨てろよ捨てろ、Simplify (全てに優先して捨てるべきことは、**「自分の大好きなひと以外の有象無象にどう思われるか」**という回路だったりする。人間もっと無責任になるべきだ) 「真の防衛とは正しい状況認識と適度な危機感、そして自分の身は自分で守るという最終的な防衛意識だ」これは余程の例外を除き、大抵の場合、責任よりも優先されることだろう。 目障り、耳障り、気障りなモノやコトは持っておくだけでコストになる。 償却しないといけなくなる。いや捨てろ、まじで捨てろ、すぐ捨てろ。シャットアウトしろ。 だって心が悲鳴を上げているんでしょう? ...

2017年3月23日 · 1 分 · 92 文字 · Keito Fukushima

クロスの世界の端っこ

昔ネット上で一瞬だけみとせのりこさんと絡んだことがあって、 その時に彼の方が仰って下さった言葉の一節に、 「今を呪う気持ちと、未来を望む気持ちは、同質のものだと思うのです」 という言葉を頂いて、以来ふとした時に思い返す。 その2つが、表裏一体のものであると、一体誰が気がつくのだろう。 誰が今を呪っている時に、本当は未来を望んでいるのだと気がつけよう? とても美しい言葉だと思う。珠玉。 しかしどこか悲しい言葉だね。

2016年12月9日 · 1 分 · 8 文字 · Keito Fukushima

C90

拝啓、コミケデビューしました。 ――毎年、夏はなにかと忙しくて手を出せなかったイベントですが、今年はかなりいい感じに時間があったので、遊びに行ってみようかと考えていた……のですが、 いろいろあって、仲の良い漫画家のせんせーのブースで売り子をやって来ました(超展開) 楽しいコミケだった!

2016年8月15日 · 1 分 · 4 文字 · Keito Fukushima

余裕のあるうちにファージしておく、これを怠る集団というのは、どうも滅ぶみたいだ

ハヤタが俺の家に遊びに来た時にポロッとこぼしたこの言葉が、何故か俺には妙に腹立たしかった。 腹立たしかったが、漠然と「この概念は正しい」とすぐに感じた。でも同時にどうしようもなく腹立たしかった。「アァン?」と。 この言葉を認めたくないオレが居た。 しばらく、ふとした時にこの言葉を考えた。(引張試験の最中とか)この言葉を認めたくないオレが居るが、どうも深さが足りない。……同じだけの具体例、とまではいかないにしろ、オレの思いつきうる極例で全件検証くらいはしてみなければなるまい、と。 結果は、「この言葉はどうも正しいみたいだ、反例は無い」 でも、この思想には賞味期限がある。どこかで歯車が狂う。そしてその時は油を挿せる状況でない。 だけど、多分本当に残したいものはなんだかんだと残る、ファージしておかないと、これをめちゃくちゃに踏みにじられて滅びる 余裕のあるうちにファージしておく、これは多分正しい、けど何かが違う。 要らないものを取り込んで、それが原因となって、「一番在りたい姿」から遠くなる。そうだな、多分これだ。風呂敷を広げすぎて滅ぶ ダラーズとか日本軍とか 食べて、消化しきれずにお腹を壊して死ぬ 融和させることが出来ずに、肚のうちから突き破られる つまり、「意思決定を司る人間やら、役割やらの器(カリスマ性)を超えた時点で、集団というものは(適したサイズに向かって一方通行的に)内部分裂や空中分解に陥る」 「だからこそ、この思想には賞味期限がある」 「けれど確かに、『余裕のあるうちにファージしておく、これを怠る集団というものは、どうも滅ぶみたいだ』」 「反例は存在しない。怠ると間違いなく滅ぶ。」 「怠らなくとも滅ぶけれど、怠ると『本当に残したいもの』を『外からの侵略』で滅茶苦茶に踏みにじられて滅びる。」 「『余裕のあるうちにファージしておく』ことで、たとえ分解したとしても、その先々各々でエッセンシャルな部分は残るんだ」 強く在るためには、――集団を率いるタイミングに及んで強く在り続けるためには、融和を続けられるレベルより少し早いペースでファージし続けなくてはならない。そして得られたリソースで進化や変形を獲得形質とせねばならない そうしなければ滅ぶのだ 蛇足だけれど オレがかの言に腹が立ったのは、オレが切り込み隊長的な人間だからだと思う。 少数精鋭の部隊に、ノロマが入ってきたら部隊が全滅するんんだ。……だからオレは排他的な人間なのだ。 行軍は最も足の遅い人間に合わせねばならない。 ファージすることで取り込まれてしまう「足の遅い人間」を斬るだけの機構が、現在の日本的な感覚では存在しにくいのだ。 斬る役割を、オレが担わねばならない。……なればこそ、最初から入れたくない、ピンポイントでスナイプしてヘッドハンティングするほうが効率がいい。 武家の発想のように、優れた血だけを入れる方がいい そんなことを、オレはどこか深い部分で刻み込まれているように思う 更に蛇足だけれど これは「急がば回れ」レベルで本当によく纏まった言葉だと思う。使い易すぎる。対象の将来を判断する時に、チェックする項目に確実に入る割に、判断が『現状』に対する2択で済むのだから。 効率がいいったらありゃしないぜ

2015年12月15日 · 1 分 · 31 文字 · Keito Fukushima

姓名判断

基本性格 あなたは、これからどんどん年をとっていっても、ずっと子供のような無邪気で純粋なキモチをもち続けるでしょう。 ものごとを複雑にとらえることなく、常にシンプル。なにかと影響を受けやすいかも。 あなたは、環境や人付き合いによってどんな風にでも変わってしまう人です。 威張ったりしない限りは、純粋さから人が自然に集まってきます。 情緒不安定なところもあり、自分でどうしていいかわからないことがあると思いますが、そんなときは信頼できる人に相談するといいでしょう。 あなたは口うるさく言われるのがなによりも苦手。でも、信頼する人、尊敬する人の意見はとても素直に受け入れますよね。 仕事なども丁寧に順序良くこなしていき、余計なこと、輪を乱すことはしません。職場の体質にもっとも染まりやすいのも特徴です。 あなたが経営者である場合には自然とまわりが協力してくれることが多いようです。また、高級品でも日用品でも安く提供しようという、薄利多売の発想になりがちなところもあります。 恋愛においては受身なところがあり、押しに弱いようです。 気難しいのを嫌いますから、明るく楽しくいられる人を選んでいくでしょう。 けっして自分ひとりではなく、方向性を正しく示してくれる人との出会いが必要といえます。 あなたの一番の持ち味は、無邪気なかわいらしさで、人を魅了することでしょう。変に難しく、無理に振舞ってはいけません。 主な特徴 ●いつまでもかわいい ●永遠の少年・少女 ●単純 ●難しいことが面倒 ●影響されやすい ●他人に警戒心与えない ●変なところで意地張る ●陽気になるとはしゃぐ ●目上には逆らわない ●当たり前のことを言う ●物事をシンプルに解釈 ●崇拝する人の意見はスルリと受け入れる ●相手の考えを無理やり変えようとしない ●情緒不安定になりがち ●訳のわからない理論は通用しない 本来のあなたの持ち味は、他人が忘れかけているような、人として大切なものを思い出させてあげること。 あなたの発想には難しさがなく、いつでもシンプルなのです。 無理な振舞いをする必要はありません。素直さ・誠実さを大切に。 この男性の本性 0オトコといえば「永遠の少年」。子供のまま大人になってしまったような人です。子供っぽい自分と、大人であるべき自分という二面性を持っています。おだてると簡単に木に登ってしまいますが、言葉でまくしたてたり追い込んでしまうと爆発してしまうでしょう。当たり前のことしか言わないのも特徴です。 この男性の落とし方 受け身ゆえに、女性のほうからキッカケを作り、押さないと進展しづらいのが0オトコ。 しっかり者を気取っていてもホントはとても甘えたがりです。 母親になったつもりで、広い心を持ってアプローチしましょう。 なにかと急かしたり選択を迫るのはNG。暗い表情や難しい話も嫌います。また、0オトコは、自分の話をしているときに口を挟まれるのが大嫌いなところもありますので、とりあえずうなずいておきましょう。

2015年10月8日 · 1 分 · 39 文字 · Keito Fukushima

陰陽占い④ 釵釧金と白鑞金の相性

== 相性診断結果(考胤流) == 庚戌(かのえいぬ) → 辛巳(かのとへび) [陰陽相性: ◯ ] 陰陽合体して対立・恨み合いがありませんが、相手の気持ちがよくわかりません。ケンカをしてもあとに残りません。 [日干の相性:敗財 ◯ ] 無償奉仕(なぜか与えてしまう)の関係。なぜか、この星の相手が出現すると、何かしてあげたくなってしまいます。相手もなぜかそれを快く受け取りますので、してあげて当たり前のような感覚になってしまいます。与える量は多くなく1cal分ですが、与えるほうは見返りをまったく求めないので問題がおこらないわけです。しかし、与えるほうは、事実上 1 cal分のエネルギー損失はまぬがれないので「敗財星」の名前がついています。陽干のひとは、同族敗財で夫婦の相性となります。 == 相性診断結果(考胤流) == 辛巳(かのとへび) → 庚戌(かのえいぬ) [陰陽相性: ◯ ] 陰陽合体して対立・恨み合いがありませんが、相手の気持ちがよくわかりません。ケンカをしてもあとに残りません。 [日干の相性:劫財 ◯ ] なんとなく頼ってしまう(もうける)の関係。 劫財とは財を奪うという意味です。さしずめ、コバンザメいか吸血鬼かノミのような関係です。一方的に吸い取っても相手はいやがりもしませんから、離れる必要もないわけです。この関係は敗財星と裏表の関係になり、あげる・もらうの関係となります。敗財星と同じく陰干は同系列の陽干との関係になりますので、それは同族劫財とよびます。雄と雌の関係と言ってよいかもしれません。

2015年10月2日 · 1 分 · 31 文字 · Keito Fukushima

陰陽占い③ 白鑞金

白鑞金(はくろうきん)とは白鑞(ろうそく)状の柔らかい金属の意味。錫(すず)と鉛(なまり)からなる合金(はんだ)で、主に金属と金属を接合する道具(接着剤)として使用される金属。*仕事の役割は重要だが、金属自体の価値はない。*従って、決して高価な金属ではないが重要な仕事をする金属であることから、一般的には「白鑞の如きしぶい仕事をする人」の意である。 確かにこの生命の者は自分に厳しい仕事人で、何ごともひた向きに取り組む研究家であり情熱家である。釵釧金の生命のような決して偉い人間(自尊心が強く高振る人)ではないが、燻銀(いぶしぎん)の如きしぶい職人技を見せる地味な専門家である。野口英世や伊丹十三(辛巳)あるいは小沢征爾や篠山紀信(庚辰)と言えば、その玄人(くろうと)受けする職人振りと地味な人象がお分かり頂けるものと思われる。彼等はまさに白鑞の如き仕事人と言えよう。 釵釧金の生命とは異なり、白鑞金の生命が誉め讃えられる理由はその人格にある。彼等は真の専門家であり教育者であって、世に貢献したいという純粋な動機の持ち主である所が高く評価される。同じ金性(辛と庚)の生命でも地支と生命因縁が1 8 0 °異なると、人格が正反対となって現れる。 辛巳は巳の法身期の生命であり、律儀で果敢な情熱家が法身として現れる生命で、自己の存在価値を社会に見出し、その意義を仕事に見出す人間である。また庚辰は辰の老年期の生命であり、*優れた感性と情感を備える青年が老巧な老人として現れる生命で、自己の生涯をかけても見事な作品を創作し、後世の人間に残してやりたいと願う仕事人である。*いずれの生命も老齢であり、自分のできることで世に貢献したいのであって、子供っぽい目先の欲望に囚われてはいない。 この様に分析して見ると、 6 0干支の生命因縁人格の構成に大きな影響力を持つことが良く分かる。庚戌が応身であっても寅(少年)で現れるのなら、結局寅に過ぎなく寅の人格を越えることは難しい。田中角栄(釵釧金・辛亥)も振る舞いだけは報身でも、結局少年の総理大臣に過ぎなかった。魂胆や動機が不純でも、立派な業績や優れた創作品はできるものだが、人間を知ってしまえば残念ながらその価値は半減してしまうものである。 白鑞金と対沖する納音は釵釧金(辛亥・庚戌)。**白鑞金の生命は分をわきまえ強欲を慎み適量を知るが、釵釧金の生命は限度を知らない。****前者は決して高慢にはならず自分が特別な人間だとは思ってはないが、後者は自分は偉い人間で人の上に立って当たり前、人より優秀で当たり前の人間である。また前者が厚い同情心や深い人情を備えた人間であるのに対して、後者は有名な人格破綻者(人間失格者)である。**良い創作品を作るためには全てを犠牲する釵釧金と、まず人間の完成を目指す白鑞金とでは子供と大人の違いがある。

2015年10月2日 · 1 分 · 11 文字 · Keito Fukushima

陰陽占い② かのえいぬ

== 鑑定結果(考胤流) == [命式] 年柱 月柱 日柱 時柱 ーーーーーーーーーーー 干支:辛未 乙未 庚戌 蔵干:庚 己 壬 天干通変星:敗財 正官 蔵干通変星:比肩 劫財 食神 十二運星:長生 長生 病 空亡:戌亥 辰巳 寅卯 九星:九紫 八白 九紫 [星命] 日干支:庚戌(かのえいぬ) 加減の知らない独裁犬 この星命は応身の少年期に当たる生命で、丙寅とは正反対の因縁で結ばれている。戌の仲間では二番目に若い生命体であり、軍犬の壬戌を少し賢くしたような生命である。*絶対の帝王として君臨する応身体の少年期なので「猛犬」と呼ばれるが、別に吠えて噛みつく訳ではない。*この生命は大変な能力の器を備えているものの、独断の帝王と言われる独裁者であり、人の都合や事情を一切無視して自分の都合だけで決定し、その決定に基づいて判断行動する主義なので、壬戌同様に危ない生命の1つとされている。律儀な硬骨漢で信念や覚悟の堅い野武士のような生命だが、神経が図太く情感が薄いため相手の痛みを推察し得なく、余計に独断独行が危ない生命と言える。そもそも応身とは破壊神(記憶を消去する役割)の意味であって、自分自身に嫌気がさせば簡単に自分をも殺し兼ねないものすごい生命である。いずれにしても、この生命は生きる価値や生命の尊さを感じ難い人離れした宇宙の原始生命体と言えよう。 納音:釵釧金 釵釧金(さいせんきん)とは装身具の金属の意味。釵(さい)とは簪(かんざし)、釧(せん)とは腕輪のこと。人間の付加価値を高める装飾用金属であり、単なる鉄とは異なり、それ自体に独立した意味と価値を持つ貴金属の意。そのような意味から、一般的に釵釧金とは“釵釧の如く尊い価値を持つ人"の意。 しかし、釵釧は宝物として大事に扱われるがいわゆる身を飾る装飾品であって、それ自体は食べれない金属であり絶対に不可欠な必需品ではない。美しい簪は自己の気品と美貌を高める物だが、同時に羨望や嫉妬の火種を周囲に蒔き散らす物でもある。釵釧はともすれば欲望の化身ともなり得る物で、人間社会に醜き災いをもたらす物と言える。従って価値は高いが悪影響を及ほすことから“釵釧の如く問題多き人"と言い変えた方が的を得ているかも知れない。 例えば、川端康成や太宰治(庚戌)は確かに価値は高い人間だが、読者に人生を説いておきながら自らの人生を全(まっと)うせずに自殺してしまう。善悪の両面が出るという意味だが、それは田中角栄(辛亥)にしても同じであり、業績と害悪を比較すれば業績の方が高いが、いずれにしても善と悪の両面を備えているのがこの生命の特徴と言えよう。まさに釵釧の如き問題多き生命である。 釵釧金の生命がなぜ問題多き人間なのか、その訳は地支の報身(亥)と応身(戌)に原因があって、彼等が若い生命因縁を持っていることが理由である。そもそも巨大容量を誇る報身や応身は限度を知らない生命で、激しい集中力や想像を絶する徹底さを備えた人間である。何かに夢中になったら人のことなどお構い無しに、全てを犠性にしてでもやり抜いてしまう。例えばゴルフファーならば全大会に優勝して当たり前という徹底さを示すために、権力や富を根こそぎ獲得して一人占めしてしまう。その只ならない強欲さに問題が生じて来るのである。その反面、貰えるものなら全部欲しいという人間離れした生命だから、逆に価値ある業績もまた残せるのである。 重要なことは、釵釧金の生命は全て自分のために取り組むということであって、日本国のために政治を行うのではなく、自分のために総理大臣になるということである。「簪(かんざし)は他を装飾するものに非ず」のように、自分の満足のために詩歌を詠み、自分の満足のために小説を創作するのであって、人を導くためのものでは無い。だから必ず矛盾が生じ問題が生じてくるのである。つまり動機か不純であり、醜い魂胆が物議を醸し出すのである。 釵釧金と対沖する納音は白鑞金(辛巳・庚辰)。釵釧金はそれ自体に価値のある貴金属だが、一方白鑞金は金属と金属を接合する“白鑞(はんだ)“であり、それ自体には価値のない道具として使用される地味な金属である。同じ金属だが、一体どちらに金属としての価値が在るのだろうか。 [元命] 劫財の性格 負けず嫌いで、自己顕示欲が強く、人の好き嫌いが激しく、あまり協調性はありません。金銭、名誉に貪欲で、達成するためにはどんな困難も乗り越える強い意志をもっています。ひととのかけひきが上手です。賭け事、勝負事が好きで、酒好き、女好きです。自立自営の仕事には向いていますが、ひととの共同事業にはあまり向いていません。 [大運] 男性の場合 0才から 乙未、正官、長生 0才 1ヶ月から 甲午、偏財、養 10才 1ヶ月から 癸巳、傷官、胎 20才 1ヶ月から 壬辰、食神、絶 30才 1ヶ月から 辛卯、敗財、墓 40才 1ヶ月から 庚寅、比肩、死 50才 1ヶ月から 己丑、劫財、病 60才 1ヶ月から 戊子、偏印、衰 70才 1ヶ月から 丁亥、印綬、帝旺 80才 1ヶ月から 丙戌、偏官、建禄 90才 1ヶ月から 乙酉、正官、冠帯 100才 1ヶ月から 甲申、偏財、沐浴 110才 1ヶ月から 癸未、傷官、長生 女性の場合 0才から 乙未、正官、長生 10才 2ヶ月から 丙申、偏官、沐浴 20才 2ヶ月から 丁酉、印綬、冠帯 30才 2ヶ月から 戊戌、偏印、建禄 40才 2ヶ月から 己亥、劫財、帝旺 50才 2ヶ月から 庚子、比肩、衰 60才 2ヶ月から 辛丑、敗財、病 70才 2ヶ月から 壬寅、食神、死 80才 2ヶ月から 癸卯、傷官、墓 90才 2ヶ月から 甲辰、偏財、絶 100才 2ヶ月から 乙巳、正官、胎 110才 2ヶ月から 丙午、偏官、養 120才 2ヶ月から 丁未、印綬、長生 [年運] 15才(2006) [6]丙戌、偏官、建禄 ○ 後厄 16才(2007) [7]丁亥、印綬、帝旺 17才(2008) [8]戊子、偏印、衰 18才(2009) [9]己丑、劫財、病 19才(2010) [1]庚寅、比肩、死 ● 20才(2011) [2]辛卯、敗財、墓 ● 21才(2012) [3]壬辰、食神、絶 ● 22才(2013) [4]癸巳、傷官、胎 前厄 23才(2014) [5]甲午、偏財、養 本厄 24才(2015) [6]乙未、正官、長生 後厄 25才(2016) [7]丙申、偏官、沐浴 ○ 26才(2017) [8]丁酉、印綬、冠帯 ○ 27才(2018) [9]戊戌、偏印、建禄 ○ 28才(2019) [1]己亥、劫財、帝旺 29才(2020) [2]庚子、比肩、衰 ...

2015年10月2日 · 1 分 · 164 文字 · Keito Fukushima