トレード・オフ

[堀江貴文] 本音で生きる 一秒も後悔しない強い生き方 (SB新書) [堀江貴文] 君はどこにでも行ける 堀江貴文氏の本、(というか)思想が好きで読む。 一冊を通じて主旨が明確極まりないので、一度読めば頭に入るし、合理的な思想なのでとてもよく響く。 合理的なの大事。合理的だからこそ仮説が全てだし。合理的だからこそ、結果的に公平になるし。 しかし合理を追求し過ぎるとなんか手痛いしっぺ返しを食らうんだよね。 なんなんだろう。人の和かな。これも合理化しようとすると**“孫子”**になるんだろうけれど。 > 合理化ってのは現状の打破(つまるところイノベーション)に必要(というか、他に必要な要素は一切ない)(つまり時系列を飛ばして個を無くせ)(弓は鉄砲に駆逐されろ) 話が逸れた 彼は……そうだな。“選んでしまった”人間だからなぁ。 他人の人生を生きていない姿はカッコいいと思う。 投獄されて尚潰れない姿が本当にカッコいいと思う。 (普通だったら資産あるわけだし、「もういいや」ってなると思う) 是非長生きして欲しいと思っている。俺、ファン過ぎる。 そのうちお近づきになってDisられて凹みたい。 メルマガも受信してみるか。月500円だったかな φ 彼の思想と、ファインマンの一番深いところの哲学が、最終的に同質なんだよね。 “What Do You Care What Other People Think?” これだ。これが多分、究極的に一番強いんだ。 言い訳しないこと。バランスを取ろうとしないこと。「自意識」と「プライド」を捨てること。 「何かを選んでなお、バランスを取ろうとするってのは、卑怯だと思うんだ」 φ でも最後は**“老子”な気がする。こういう「他を考慮に入れた上で、自分の意を通すために敢えて顧みない」**みたいな思想にはスゲェ憧れるんだけど、最後の最後でなんかズレる気がしている。 いや、老子の真髄も俺には全然読み取れていないから、もうちょい考えないとな。生き方の幅をもうちょい採集するか。歴史小説。 これは予感というか、彼のカッコいい生き方に対する俺の現段階での結論なんだけど、「俺はそこまで捨てられない」って感覚なんだよね。ビジネスに全てを投げ込めるんなら、きっと同じ土俵のそのまた端っこのほうくらいには上がれると思うのだけれど。……だから何もかも足りてないんだよな。今の俺は。俺の全てのリソースを注ぎ込んで尚足りない、みたいな情熱の捌け口みたいなのが全然、見えてないんだもんな。……結論、浅いんだ。強くないやね。強く在らねば。 後はやっぱ行動しないとな。師匠もせんせーも言ってた。「人間は、行動することでしかこの世界にアクセス出来ないんだ」「考えるだけでは意味が無いんだ」 俺は自分の手が生み出す価値を信じて生きなければならない。技術者として生きるんだから。

2016年4月10日 · 1 分 · 40 文字 · Keito Fukushima

正しい手段

正しい手段って大事だ。 俺はなんだか、回り回って結局、奸計しか使えない(実らない)感覚があるんだけれど、 理想はやはり、正攻法で(つまり)「正しく、強い。」 奸計だけど結局、正攻法的な戦い方になる気もする。 分かんない。 φ まぁとりあえず、行動の判断基準として使いやすいのが一個手に入ったから備忘録的に (俺の行動を)「新聞はどう報じるだろうか」(c.f. それを見た大衆はどう思うだろうか) いざ明るみに出た時のリスクをどう減らすか。 正しい手段で自分の身を守らねばなるまい。 それとは別に、色気のない手段を使ってはならないが、それはまだ整理できていない。 もうちょい進んでからだ。 あまりこの辺りのことを、考えたことが無かったから、(俺の行動基準は長いこと「氷上ならどう思うだろうか」「笑ってくれるかな」ってところだったものな)(氷上は“会社”って枠に入ったことのない人だったし(入る必要も無かった))(師匠は況や)新鮮に感じる。 やっとここまで来た。やっとだ。

2016年4月10日 · 1 分 · 15 文字 · Keito Fukushima

襟を正す

社会人として給料が出るようになって(まだ貰ってはいない)感覚的には1週間位経った。 まだしばらく研修中だから、価値とか全然出してない。(そこは学生と変わらない) 想像を超える事態にはまだ直面していない。なんだかんだ大学院の生活はそれなりにadversityだったから、エラー耐性は(2年前に比べればそれはもう)ついていると思う。研修メンバーの中にはタレント持ちも見られた。やはりそれなりの企業なだけはある。篩にかけられている。順当に強い感じある。 (何人かは「あー、戦い方選ばないと勝てないな」みたいな人間が居るからこれは楽しい) φ 研修を通じて、思想の甘い部分が段々と取り除かれていっている感覚がある。 遵法意識みたいなのがガンガン上がっていく感覚。コンプライアンス。 俺の一挙手一投足(及びその結果)が会社にも帰っていく感覚ってのが、(そういうのが今まで無かったから)変質してModifyされた感覚がある。 「下手なこと、出来ねぇな」と。 笑って許される域が狭まった? いやもっと前向きというか。そうだな、「やっと判断してもらえる土俵に上がった」というか。 そう。襟を正す感覚。

2016年4月10日 · 1 分 · 12 文字 · Keito Fukushima

人間は結局familiarなものしか好きになれない

これはいわゆる奥義だと思う。 逆説、familiarにしてしまえば、大抵のものはクリアーできてしまう。 どれだけの悪評でも、露出が多い政治家の方が当選するのだ。 「人の和」的な要素は割とこれでイケる。 後は第一印象大事。プロはやっぱ嗅ぎとるし、これで許してもらえる(お目こぼしを貰える)範囲が割と決まってしまう。 物事に精通したければ、まず歴史から入ってしまえばいい……といったような。 引き出しを増やすというか、関連付けというか。 故に、“士は語る可し”って話になるのだろう。

2016年1月19日 · 1 分 · 8 文字 · Keito Fukushima

一般論での説教

俺の経験と失敗からのギャグを、なぁなぁの一般論で相手にデコードされると、俺の中の何かが「コイツ分かってねぇなぁ」と嘲り笑う感覚が、どうしても俺の中に存在する。 それならばいっそ単純に「いいねー!!」と目を輝かせられる方が救われるってもんだ 俺はきっと、相手の芯からの言葉以外、あまり聞く気が無いのだと思う。相手が本気かどうか。この一点において、俺は多分誰よりも敏感だ。 だからきっと、虚飾の多かった両親の言葉が俺には響かなかった。心を砕いた氷上の言葉こそが、子供の頃の俺を救った。子供も子供なりに考えて生きているのだ。感情的なごまかしは、相手が誰であれ、相手が自分であれ、醜いよ。 人生の2割は冒険で、8割はグータラしていたい。 でも、冒険を知らない人間は冒険譚の理解が浅いのだと思う。浅いのに分かった風に振る舞う様は醜い。それは相手の凄さの本質を理解できていない。笑え。 やはり経験こそが全てだ。経験が一番尊いのだ。現実が一番尊いのだ。他はあり得ない。 口先だけで色よい言葉だけを言うような人間になるのならば、俺はいっそ死んでしまいたい

2015年12月15日 · 1 分 · 8 文字 · Keito Fukushima

持ち家 v.s. 借家

50年スパンで見ると、そんなに変わらないらしい。 ちなみに専門家によれば、家を買ってもいい要素はこの3つ 駅チカ ライフプラン固定 家族の人数確定 これを満たさなければ結局はマイナス φ つまり、俺が90まで生きるとしたら、40くらいになってやっとマジメに考えれば良いということ。 それまでは遊牧民をしているのが一番効率が良い。 φ 買うなら中古マンションが良い気がする。 住めば都で、盛者必衰。 万物は古びるものさね 全てのものが、変わらないわけにはいかないのだ エラーに強くなくてはな 理想的なのは、川口とかで、幸町に住む → 青木町に家を建てて住む みたいな感じ。

2015年11月20日 · 1 分 · 19 文字 · Keito Fukushima

金銭感覚

お金に関して俺はあまり困らない人生を送ってきたと思う。俺は俺自身が割とロクでもない割に恵まれていると思う。 これはとても幸いなことだ。なぜだろう? きっと母が聡明だったことと、父がそれをよしとしたからではないだろうか。 道を外れるのに理由はいらないが、道を外れないことには理由がある。俺の場合は、多分。……いろいろな人に助けられた。 躾は大事だ。たぶん、俺をいろんな人が助けてくれたのは、修身がそれなりに整っていたからかもしれん。目上の人に対する素直さ。 金銭感覚。過去の金言の方が尊い言葉が多い。けどまぁ今の時点での俺の感性は言語化しておこう。 変わったら変わったで尚それもよし φ 「お金で幸いを得ることは出来ないけれど不幸を遠ざけることは出来る」 ヤン・ウェンリーの親父殿の言うところの、「金があれば、嫌なやつに頭を下げなくていい」ってとこに割と近い。 ……舞さんが、お金を沢山持っていたのに、どこかしあわせそうではなかったことが、俺の中の何かを常に喚び起こすんだ。あの人は笑っていたけれどね。幸せか、という一面で考えると、自分の中の何かを人に渡すことでしか、幸せとか、甲斐、といったものを自覚出来ない人だったのかもしれない。 「カネはあるところにはある」「だからそこからそいつに損をさせないように引き出す」 俺の師匠は色々と詐欺師だった。ペテンではなく、ごまかしでもなく、相手にとって本当に価値のある最大成果を大金と引き換えに獲得して売り渡す。……まぁいわば詐欺師だった。 この氷上と対極をなす様な超然とした有様が俺には厭わしかったけれど、性質としてとても近いものを感じていた様に思う。 だからこそ、俺はあの二人にはある種家族のように取り扱ってもらったのだろう、と思う。 思想の継承とかその辺とかも込みで、どこか納得があるのはなぜだろう 「大金は幸福と不幸を一気に呼び寄せる。(秘匿せねばなるまい)」 欧米人(ユダヤ人?)が収入の1%を寄付する的な話を聞いた。厄除けなのかもしれないな、とそれを聞いて思った。 手取りの1%くらいは信頼できる団体に寄付する感覚は持ちあわせてもいいように思う。 俺はこれ、宝くじ買う、ってのでもいい気もするけどねw 自分のためだけではない、見ず知らずの誰かのために自分のリソースを割くって感覚は、余裕を持つことが出来ている証拠なのかもしれないな 「お金は寂しがり屋さんだから、仲間がたくさん居るところに集まる」 出発点が違うってとこに資本主義の不平等さはある。しかしまぁ、上手くやれば身分が関係ないってあたりにバッファがあってよろしいと思う。一線を越えた俺は実業家にならねばなるまい。お金は手段だ。目的じゃあない。 お金はお金を生む。俺が得るにはどうするか? あるところから、損をさせないように引き出す? まだ良くわからない。このへんは不退転の覚悟が決まってからにしようと思う。 お金は汚いとは思うが、俺は割りとガメツイので、穢れを纏って、しまうさね 身ぎれいに小金持ちでいたいね!! 「それなりに質素に、それなりに贅沢に」 極めると大体のことは中庸に落ち着く。ほどほどにがんばる。ダメそうなら全力で逃げる。若いうちは極論でよかろう。老いさらばえたらバランスが肝要だろう。まぁ、出るとこ出なきゃいけねぇけれど、拘りも風化するものではあろう。全てはバランス。熱力学。 φ 人生を通して、俺はどれくらい稼ぎたいのだろう? よくわからない。けれどまぁ、裕福でありたいと思う。この辺の金銭感覚に疎いのは俺これ良くないと思う。もっと具体的に考えないとな でも、そればっか考えていたくない、と思う俺が居る。 だから糸井重里さんみたいに、年に一度本気で考えて行動の方針をたてる、 (後は信頼できる人に任せっきりにしてしまう)ってなくらいでいいのかもしれない。 とりあえず、会社というのは、給料の3倍の価値を提供しないと立ちいかないらしい。(光田さんがブログで言ってた) 俺は、今まで両親にいくら使ってもらったんだろう? 母は2人分はかかってる、的なコトを言っていた。え? じゃあ6人分……?? まぁいいや。ライフプランは目の前のことを片付けながら本でも読んで考えよう。 社会に出た時に、いいモデルケースになる人が居てくれるといいのだが。 コミュニティに閉じ篭もらないためにはどうしたものか。 なにか手段でも考えておかないとなw φ 無知は罪ではないが、知らないことで被った損に後から文句を垂れる様は醜いと思う。 だから、税金やら制度やらの基礎知識を身につけて、遠目のお金をそれなりに手に入れることが肝要なのかと。 基本的な税金の話は、社会人直前くらいには体系的に頭に叩き込んでおかないとな。

2015年9月12日 · 1 分 · 48 文字 · Keito Fukushima

大学院生活 やり残したことリスト

いろんなところから引っ張り出そうと思う 不真面目なものだけここに ・読書空間の確保 → 終わった。自然と本に手が伸びて、気がついたら夜になってるかんじの空間を作りたい ※ これは常に最適な空間を作り続ける(ライフワーク)将来は書斎。司馬遼太郎の本棚は一度見に行かないとな 文章に貴賤はない。必要なときに必要な言葉を。 俺の特性は、準備よりも適応だなぁ。準備には憧れるけど、火事場で「俺今総受け!! 」みたいな方が輝いてる気がする。楽しい ・研究室でゼルダのクリアー(優先度低め)(それよりもまず学会のためのデータ揃えねーと。文章化も時間かかる) ・まるで嫌がらせのようなイブラジ収録(20回まで → 後10回。シークレットも入れておk ・USJ行く → 行った。(フローズン)バタービールも飲んだ。もう大阪に悔いはない ・女の子と京都観光 → それはそれとして。(とりあえず超奥義 あぁでも太秦とか竹林とかは行っとかねぇと……な! ・台湾旅行 → 卒業旅行としてクリアー ・読書 → 2666 → コリンパウエル → 中村天風 → 中国古典 → 世の中のことをおしなべて分かりやすく図解したような、いろんなジャンルの入門書を読み漁る → 社会人になる心構え的な文献(答え合わせ的に ・バイクの免許 → 10月に取得 ・精神年齢ギリギリのファンタジー → シャナとかどうだろ?? ・社会人になってから読む本のリスト → グインサーガとか、超名作系。いつだったかの70年代生まれの方の作成されたリストとか超参考に ・自戒のためのテキストの編集 → 長所に関して大学で割と向き合った。 俺の能力が他人を傷つけうるか、みたいな観点で色々と試していた。性質は変わらなくても、気の持ちようで出すタイミングは選べる。長所を潰さないように、こういう自分なりの言語化された自戒をもうちょい拡充しないと。 氷上家訓戒で割と仕留められる気はするけれど、あれは上位互換過ぎて解釈に困るw もっと低次元の言葉で控えとかねぇとな。 居つきを取っ払う。行動する時に及んでイチイチ躊躇してはいられねーから、そこは考えとかねーと ※2015-09-11 追記(7/18に書き残していた分) 社会に出たら価値観は変わってしまうだろう 「いいですかけーとくん、これまで分からなかったことが分かるようになることは、この上ない喜びです」 「これまで分かっていた面白さが分からなくなってしまうのは、この上ない損失です」 「だからこそ”光陰矢のごとし”ですけれど」 「わたしは自分を許せる程度に頑張れば後は好きに遊んでいればよいと思いますよ」 • 研究室に立てこもってただひたすらに読書 → 多分1~2~3月くらいで叶えられる気がしている。 → 研究室「フクシマ文庫」は読み切って卒業せねばなるまい → 司馬遼太郎 •自分にとっての殿堂入りリスト → 好きなもの、惚れ込んだ製品とか → これはいわば 「お手頃★タイムカプセル」 • 京都大学に来たのだから、京大の系譜とか精神とか真髄とかを距離を保って見る → 湯川秀樹博士、朝永振一郎氏とか、あとはアレだ、河合隼雄先生。その辺りの「俺にとっての京大“ならでは”感」を踏襲する。 → 「俺はあの方々の過ごした学び舎で学んだのだぜ?」的な。 • イブラジで友人諸兄の将来についてのお話を採取しまくる → イブカが壊す、俺が調律する → イブカの手綱を握りきれる気がしねぇ!! → 未来の俺らに対する(ただ一度きりの)意思表明 → 言質。 • 親とは無関係に祖母に甘える → 葵兄妹の出雲参りみたいな感じ → 命に関してのみ、この世界は不可逆だ → 俺の家族観は、少し妙だ。 → 外からの答え合わせがしたい • 研究生活 → これこそむしろ本懐だろう → うちの研究室はこれが強制されないから、自発的にコトを起こさねばなるま~い → とりあえず8割方終わるまでの真綿で首を絞める感覚 • ハヤタ相手に3日位禅問答 → 未来の問題に対する効果的な貯金的な。(食傷気味になっておく大事さ) → この期に及んで「一度おもいっきりケンカ別れ」してみたい感じはある(ファッションけんか別れ) → というか普通になんか1個名作RPGをみんなでワイワイやりながら騒ぐ感じのコトをやりたい ...

2015年9月11日 · 1 分 · 125 文字 · Keito Fukushima

調略、野伏、間者

これいわば情報戦 むしろ勝つための基本戦略な気がする。 そしてどれも自分でやるには相当しんどい 間者働きは出来るかもしれない。むしろ調略と同じくして俺の役割な気がする。 若いうちにこれを嫌がるようじゃあ可能性が閉じるよなぁ、しかし俺個人のMP考えるとマジで辛いものがある、、 江戸以降の武士道と、戦国の世の武士道と、在り方が違うらしい。まぁ規範は現実に即すとても鞏固なものでなくてはならないから当然なのかもしれない(俺はこれ、文面としては知っていても、具体的な思想に思い至るまでの理解に及んでなかった) 藤堂高虎の「7回主君を変えてやっと一人前だ」的なのは俺しっくりくる。 7回踏めば死に手がわかる様になる気がする。嗅覚レベルで。後は勝ちパターンを踏襲する先も増えるし。 これを是として、「世を渡り歩け」というのは極めて簡明で正しいと思う。 俺はどちらかというと戦国の世の「勝てば官軍」「勝つ方につく」みたいな戦略構想の方が、実はしなやかで現実に即していて、生き残れる気がする。 人の和、たる義理人情を明確に欠いてはいけないけれど、そこに固執すると絶対に可能性が閉じる 後は経済感覚。ゼニと補給の感覚がわかる様にならないと上に立つのは難しい。 この辺は具体的な想像まで詰められてないから、もう少し言葉を集めないと 金銭感覚は手段だろうか、お金は手段が増えるというか、ポテンシャルが増大するって感覚かもしれない。でも潤滑油みたいな印象かもしれない。 Rerwiteのオーロラみたいなものだろうか。アウロラ。 美しく流れている様が、しなやかで強い。 どこかで留まらせてしまってはどこかが腐り落ちる 敵を、腐り落とす。

2015年8月20日 · 1 分 · 18 文字 · Keito Fukushima

就職活動を振り返って①

就活まとめ 就職活動を無事終えたので、簡単に言語化。 (やっと放出できる!!! 長かった!! φ 最初は割とコンサルとかを攻め落とそうとしてた。 M1の8月~12月とかの段階では外コンくらいしか募集してなかったのもある。……面接練習もしておきたかったのだ。あわよくば内定がある状態で就活したかった(打算) コンサルの志望理由は、「文系理系の中間職っぽい」「話していて、おもしろそうな人間が多そう」「働き方がユダヤ人っぽい感じがして憧れる」……ってなところ。 ES、一次面接は通過するのだけれど、グループディスカッションが致命的に苦手だった。 何よりもまずGDのテーマ自体に興味が一切持てなかった やれ 「ディズニーランドの利益の最大化」 だの 「大阪の交通渋滞を緩和するにはどうすればいいか」 だの、「ホームセンターの立地は? 比較検討」 なんだろう。(そんなの今ここで論じてマジで価値が無いでしょう)(トップオブ人生の無駄な時間のうちのひとつだ)……と思う自分を止められなかった。なんだろう。いや、本気でコンサル目指してたらもうちょっと対応しようと思ったんだろうけれど、どうも本気でどうでもよかった。取らぬ狸の皮算用過ぎる。ああいうの良くないや、向いてない。現実的に現実に関わらない話するの苦手過ぎる。これは性分かも。 割り切ってそれっぽい役割を演じたほうがよかったのだろうか? まぁ同じの匂いのする人間は居なかったように思う。総じた結論としては……いい社会勉強だった 現状の正確な知識が無意識のレベルで蓄積されていないまま理論で詰めて 「どやぁ」 ってやる様が絶望的に相容れない感じがした。 クラスに居たら 「うるせぇ!」 って殴ってる感じ。 もしこれが仮想敵国との戦争に勝つための戦略、とかならもう面白すぎて超笑顔になっていたかもしれない。 無理か。 経済も戦争だけど、どうもコンサルは胡散臭いと思うように段々傾いていった。憧れも徐々に薄れていった。 ――上に立つ人間が誰よりも血を流さないと、とずっとオレは思っている。 安全圏からべちゃくちゃ喋るだけで高給を手にする職(それが推奨される職)に厭わしさを覚えた。虎の威を借る狐は醜い。実務こそ最強なのに。 いや、なんだろう。『そういうこと上手くやれそうだけれど、そういうことを上手くやっているオレをオレは好きになれなさそうだ』 と思った。 まぁ自分を騙すなんてかんたんなことだけどさ。 短期的な合理性が長期的に損を産む、ってマインドが企業全体に蔓延し始めた現状で、コンサルの出る幕は減っていくように思う。 一方で短期的に成果を出さねばならないのが、コンサルという職業だから。 今後のコンサルはどうだろうな、汚れ仕事とか、テコ入れ程度に使われるようになって、新規事業に介入出来る機会は減っていくのではないだろうか。 ハヤタは、「コンサルが廃れるのは、企業内にコンサル的役割の思考の人間が増えた時だけだと思う」って言ってた。どうなんだろう。高給取りはコンサル的な働き方を、どうあがいてもする気はしている。(というか、その思考パターンを大なり小なり持てないとそこまで行けない??) どうせなら自分のフィールド、自分のために、って動機で動き始めたいな、と思う。 コンサルは他人の土俵で生き続けなけりゃならねぇから……、なんだろうな。バックグラウンドが不明瞭になるのかな? 腹くくって無い感じがする。 モラトリアム的な職業だとも感じたことを覚えている。 死地に送られる傭兵の様な使われ方が増えていくのではないだろうか。疲弊しそうなフィールドだとも思う。 手に職のない頭だけの存在の輝きは時とともにくすんでゆく様に思う。 明晰さは前提条件だが、経験行動の方が強い。あぁ、わかった。総合的な職だから、魅力を感じたのかもしれない。全部が全部満遍なく鍛えられそう。 結局はITの導入、みたいな感触もあった。 なんだろう。この違和感の正体は。コンサル。好きだけど、嫌いだ。 職業に貴賎は無い。けど、コンサルはなんか違った。難しい話ではなく、きっとこれは勘のようなものだと思う 好きだけど、嫌いだなんて。なんだかそれは心理学みたい

2015年8月17日 · 1 分 · 48 文字 · Keito Fukushima