<?xml version="1.0" encoding="utf-8" standalone="yes"?><rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"><channel><title>自省録 on エロと笑いは世界を救う</title><link>https://blog.fukushi.ma/tags/%E8%87%AA%E7%9C%81%E9%8C%B2/</link><description>Recent content in 自省録 on エロと笑いは世界を救う</description><generator>Hugo</generator><language>ja</language><lastBuildDate>Sun, 14 Mar 2021 01:45:00 +0900</lastBuildDate><atom:link href="https://blog.fukushi.ma/tags/%E8%87%AA%E7%9C%81%E9%8C%B2/index.xml" rel="self" type="application/rss+xml"/><item><title>青春の終わり</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2021-03-14_end-of-youth/</link><pubDate>Sun, 14 Mar 2021 01:45:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2021-03-14_end-of-youth/</guid><description>&lt;p&gt;今年で30になる&lt;br&gt;
世の中によく言われる、「衰え」みたいなものは、まだ正直分からない。&lt;br&gt;
30くらいからガクッと来るよ、みたいなことをよく聞くんだけど、体力的に不足を感じたことが人生であまりないのと、過去の自分に幻想を持たない性質の人間だから、感覚としてはまだ「衰え」というのは分からない。&lt;br&gt;
どこかで急に落ち込むのか、緩やかに下っていてある時を境に自覚する頻度が増えるのか。&lt;br&gt;
どちらにせよ備えはしておこうと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;衰えの感覚とは似て非なるものかもしれないけれど、&lt;br&gt;
イブカの結婚式に向かう支度をしている時になんとなく、「あ、これが俺の青春の終わりなんだな」と思った。&lt;br&gt;
今日終わるんだな、と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;熱中している時に、ふと冷静になる。我に返る感覚。&lt;br&gt;
自分の中の熱と、外の冷気の温度の差を自覚して、心地よい理性を自覚する感覚。&lt;br&gt;
荷物を詰めながら、そんな感覚を得ていた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;青春とは何だろうか。&lt;br&gt;
「時間は売るほどあるが、金がない時代」&lt;br&gt;
「攻撃表示で押し通すことが許される時代」&lt;br&gt;
なんとなくこんな感じのイメージを持っていた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;若い年齢に対して、青という色の時があてられている理由について、大学の時の熱力学の講義の教授の雑談が印象に残っている。&lt;br&gt;
「青い炎のほうが温度が高い」&lt;br&gt;
「未熟な青」&lt;br&gt;
なんとなく納得できるものであろう&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;結構な頻度で友人の結婚式には呼ばれて出席していたんだけど、今日のこの日に、強く青春の終わりを自覚したのは、&lt;br&gt;
無限に自分のために時間を割いてくれて、いつも一緒に遊んでくれていたツレが結婚して、&lt;br&gt;
物事の優先順位が明らかに変動することで、&lt;br&gt;
俺の中の一部が不可逆に失われた感覚を、強く自覚したからだと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;吹田のカリヤの家に泊まりに行く道中とか、&lt;br&gt;
シンヤの家で週に一回名作アニメをイッキ見したりとか、&lt;br&gt;
昼休みに部室でスマブラをやったりとか、&lt;br&gt;
道中がひたすらに長い旅で無限にギャグをやったりとか、&lt;br&gt;
そういう、過去の何にも代えがたい、再現不可能な記憶が思い起こされて、&lt;br&gt;
きっともう、同じことをすることは二度と無いのだろう。&lt;br&gt;
当然なのだけれど、強く確信した。&lt;br&gt;
形を変えて続くけれど、同じ形はもうあり得ないんだな、と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;寂しく思いながら、大事に手放すことが、多分できたと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;次に進もう、前に行こう。&lt;br&gt;
次の大切を、ゆっくりと集めよう。&lt;br&gt;
俺にもまた、自分の中のすべての感情を捧げられる相手が見つかるだろうか。&lt;br&gt;
見つかるといいな。見つけなければ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;今日はよく、自分の手を見る一日だった。&lt;br&gt;
この手が生み出せるものと、一緒に生きる。&lt;br&gt;
20の時に俺はそう決めた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;次は何に手を伸ばそうか。&lt;br&gt;
何が欲しいのか。&lt;br&gt;
何を自覚するのか。&lt;br&gt;
きっと疲れるけれど、それを確認してゆく道筋は、&lt;br&gt;
きっと楽しい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いい青春だった。もう二度と無い。&lt;br&gt;
二度は無い。&lt;br&gt;
愛すべき憧憬。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;みんな、ありがとう。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>スクラップアンドビルド</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-16_scrap-and-build/</link><pubDate>Sat, 16 Jun 2018 11:53:54 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-16_scrap-and-build/</guid><description>&lt;p&gt;スクラップアンドビルド 取捨選択と、この概念は、もしかしたら近いのかもしれない。 適切なPDCAとは、とても美しく設計されたスクラップアンドビルドなのかもしれない。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;状況 : 常に展開されよ ――無変化は停滞しか生まない、 変わらずにいられるモノなんてなくて。 だから動こうか。主体性はココにある。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;スクラップアンドビルドを重ねるには、主体性が要る。 何回も何回も殺される前提。 痛みを伴うような気がするが、きっと違う。もっといい言葉は無いかなぁ…… 初回のスクラップが遅いのは、自覚的に弱点だ。遅いが故に、時間が足りなくなる。 適切なカテゴライズが出来ていない……？ 殺されるという表現が悪いのかもしれない。 パクって加工して考えて細工して考えて。 これは望むトリックに辿り着くための姿勢の問題なのかもしれない。 まだ考えが足りない。 スクラップアンドビルドを高回転に回す思考。 上手くやるための、適切に設計された、全体にとっての試金石。 自分の役割は、明確に切込隊長だと思うのだけれど、 勝ちを拾う切込をしなければならない。 無益に死んではならない。 死ぬほど考えて、切り込まなくては、それは只の愚かな真似でしか無い。 そんな苛烈さは要らない。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>丁寧に生きる</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-16_live-carefully/</link><pubDate>Sat, 16 Jun 2018 10:56:15 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-16_live-carefully/</guid><description>&lt;p&gt;人生で困ったら、氷上の言っていたことを思い出す。 言葉は忘れてしまうから、文字にして刻み込む。 だいたい&lt;a href="https://asksdust.wordpress.com/2011/09/22/%e6%b0%b7%e4%b8%8a%e5%ae%b6%e8%a8%93%e6%88%92-ver1-4/"&gt;こんな感じ&lt;/a&gt;のこと。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;過去のあの人の言葉と、今の自分の行動とを照らしあわせて、答え合わせをする。 何か違和感があるときは、大抵、「教えてもらって、信じて、生涯を通じて守ろうと思った約束」のうちの、どれかを守ることが出来ていないんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;追記: 他人から影響を受けて、行動して失敗して、結局はここに戻る。 自分を見つめて次を見る。 過去から勇気を貰って上を向く。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>仕事上の負債をいかに作らないか</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-14_avoiding-work-debt/</link><pubDate>Thu, 14 Jun 2018 23:09:49 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-14_avoiding-work-debt/</guid><description>&lt;p&gt;時間が無いから、検討の甘い状態でリリースされた、してしまった系のものでしっぺ返しを受け続けている感じがする。ちゃんとまとめて、言語化して、正しく認識して、リスクを評価して、危機感を共有しなければならない。 &lt;a href="https://xn--97-273ae6a4irb6e2hsoiozc2g4b8082p.com/%E3%82%A8%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A4/%E5%88%86%E5%88%A5%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8B%E8%A1%8C%E5%8B%95/"&gt;これ&lt;/a&gt;を読んで、スゲェ刺さった。 負債を作らないこと。 正直&lt;strong&gt;手が足りない&lt;/strong&gt;ってのが根幹にある気もするのだけれど、それにしたってもっと上手いやり方というのは存在するはずだ。 それは納期や仕様を握りこむ力に等しい。 (納期というのは、最初に感じた二倍の数字を言うくらいで丁度いいらしい。大方の場合、想定した前提条件は事実通りの前提条件ではない) 仕様が確定していないものを作ってはいけない。 途中で仕様や前提条件が暗黙的にでもが変更されるようなことがあれば、それはステークホルダーに共有せねばならない。聞いてねぇよ！！ が生まれる 何よりもまず、状況を可視化しなければならない。可視化した状況を共有しなければならない。 共有の時は抽象度を上げて話さねばならない。 状況というのは適切に管理されなければならない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;しかし、肌感のない分野で、どうやってMECEを担保すれば良いのだろう。 会話が相手のギアと合わないのは、どこに起因するのだろう？ 恐らく何らかの&lt;strong&gt;必読書的な領域&lt;/strong&gt;に辿り着いて居ないのだと思う。もっと。もっと考えなくては。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>都合半年、ブログを更新していなかったのかと気がついて</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-04_blog-not-updated-half-year/</link><pubDate>Mon, 04 Jun 2018 23:54:02 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-04_blog-not-updated-half-year/</guid><description>&lt;p&gt;なんで書かなかったのだろう＋書けなかったのだろう？ きっと完全を目指したからなんだろうな、と思う。 言葉にしてしまうことで、自分の中で整理をつけてしまうことが、とてもとても厭わしかった。 溢れるように言葉を綴っているのは、 「あ、俺これ&lt;strong&gt;あと少しでイケる気がする&lt;/strong&gt;ってところで停滞してるわ！」と思ったのと、 ｢度量足りないし、スキル足りないわ、なんかカッコつけて文章を書くのは諦めよう｣と。 なるほど、オレは諦めて足掻き始めたんだな。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;この半年の、文章的に空白の期間の思想については、イブラジで補完可能だから、まぁ良しとしよう。 過去の思考を辿ろうとした時に、言葉は潤沢で 取りこぼしは、無いのだから。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>相手を自分の懐に受け入れる行為</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-04_embracing-others/</link><pubDate>Mon, 04 Jun 2018 23:43:25 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-04_embracing-others/</guid><description>&lt;p&gt;一目惚れ、というのを、オレは割と信じる性質で、 大体、「ああ、この人との関係は、きっとこういう風に終わる」みたいな感覚があって、それはあまり外れない。 ーーきっと願望みたいな部分もあるのだろうけれど。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;最近少し例外みたいなのに行き当たることが多かった。 あれ？ この人案外……？ みたいな。しかもかなりハイレベルだったりする。 それはきっと、泳ぐ枠組みが、「学生→社会人」で広がったこととにあるのだと思う。 知らないタイプの人と、仕事を通じて密接に関わることが多くなった。 僕で推し測ることのできる枠組みではないのだろう。 人間関係の奥義は、相手より先に相手のことを好きになることにあると思っている。 人当たりが良いのに排他的な自覚があるオレには、これは案外大変な作業だ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;いやしかし、相手を正しく、誠実に受け入れられないまま、 その人の後側にあるものを蔑ろにしてしまうような真似は、望むところではない。 クズの所業だ。 引き出さねば、味あわねば勿体無いし、失礼だ。 自分で自分を、そこまで無価値な人間だとは思えないし、 相手に対しての門戸を開いていない様は、望む所業ではない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;何らかのマインドセットが必要なのだろう。 それはきっと、思想の手掛かりのようなもので。 ーーより感覚的な言葉を足すのであれば、 「知らず知らずのうちに、俺の目指したい自画像の様なものが、少しばかり方向性を変えていて、それを自覚(言語化)出来ていないのだ」と思う。 そういう齟齬だ。今抱えている違和感の原因となるものは。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>安心感って最強だと思うんですよ。</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-08-31_security-is-strongest/</link><pubDate>Thu, 31 Aug 2017 01:02:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-08-31_security-is-strongest/</guid><description>&lt;p&gt;最近芸風を模索してるのだけれど、 自分の手のひらを見ながら、 『どんな風な感じで人に接したいかなぁ〜』 と考えた時に、 「安心感的なものを与えられる人種でありたいなぁ……」としみじみと思った。 「アナタはそのままでいいんですよ。」 と言ってあげられる感じがいい。 オレは、そうなりたい。 ……それだけで救われることは、とても多い。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;ひとりで色んなことをやることに、最近限界を感じつつある。 今の自分が割と尖っている印象があって、（これは若いうちだから許されるもので）最近、「なんかそろそろ違うフォルムになりたい」と思うようになって来た。 このまま尖っていても、要らん軋轢を引き寄せるなぁ……と。（そんなのは望むべくもない）&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;苛烈さは自分に求めるものであって、他人に求めるものでは無い。無意識にあってでも、意識的にであってでも。 そういうことは、きっととてもよくない循環を招く。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;精神的にも、そろそろ次のステップに移る時だと感じていて、じゃあどうなりたいですか？ と問われた時に、 「意外と自分、何も出来ないから、 相手の話を聞いて、 相手のことを見て、 浅く笑って微笑んで。 『それで いいんだ』 と肯定してあげられる人間で在りたい」 そう思う。 そういう安心感。 今の相手を踏まえた上で、それを一旦「これでいいのだ」と受け止め切る感覚。 一旦受け止め切る。その上で、それを尊重して対話をはじめる。 これは幼い頃の憧憬として、「あなたはそのままでいいんですよ」と受け入れてもらった自分が居て。 その言葉ひとつに、心の底から救われた気がして、その言葉を支えにがんばり続けることが出来た自分が居たからで、 今でもずっと、「ああいう風に、つらい感情を抱えている人に、心を解きほぐすようなことを言ってあげられる人間になりたい」と思い続けている自分が居るのだ。……そういうところを起点にした考えだ。 あの言葉があったから、俺は頑張って来れたのだと思う。後ろがどうであれ、始点はそこなのだ。 そこを一回、踏んでいるのだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;自分の考えを話すにしても何にしても、相手の歯車のカタチを知ることが不可欠で、 相手の歯車に、自分の歯車を合わせに行く感覚がたまらなく大事だと、思うようになった。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;これはよくある一般論では無くて、『防御はセンスでなんとかなるけれど、攻めは努力して素振りを続けた上で体得するしか無い』という言葉の肌感覚に近い。だから、尖って居た期間があるのと無いのとでは深みが変わる話だと思っていて、 つまり最初から相手に合わせに行ったところで、こちらに対処するだけのスキルが無い状態であれば、受け止めることは出来ないと思う。 先の先を取る練習をした上でしか、後の先を取る技を練習してはいけない感覚。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;フォルムを変えようと思った起点としては、「部下が出来たとして」 ということを考えたときに、 「今の俺は、部下を持つに足る器ではないなぁ」 と思ったところにある。 新入社員だから許されてきた領域から、一歩踏み出しはじめているのだろう。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;この辺りの感覚について、考えはじめたのは、暗殺教室だと思う。 「目の前の人をちゃんと見て」 「対等な人間として尊敬し」 「一部分の弱さだけで人を判断しない」 「…私は彼女から、そういう教師の基礎を学びました」 「ただ真っ直ぐこちらを向いて」 「今日も彼女は平和に笑う」 「そうか、『見る』というのはこういうことか」 「誰にも正体を見せなかった私は、『見られる』事が嬉しい事だと初めて知った」 この感覚が、自分の中にまだ無いな、と思ったことが始点だったのだと思う。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>近況と行動原理の照らし合わせ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-08-30_current-state-action-principle/</link><pubDate>Wed, 30 Aug 2017 23:40:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-08-30_current-state-action-principle/</guid><description>&lt;p&gt;座禅は組み終わったので、言語化しよう 最近の行動が、正しく自分らしいのだろうか、という照らし合わせ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id="近況"&gt;近況&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;近況を一言で言い表すと、なんという言葉になるだろう？ 『自己矛盾の解消のための足掻き』だろうか。 「このまま進むと向こう5年、自分の性質に合わない感じの仕事を続けることになる」 という見立てが立ったまま、「かといって転職もなー」と、 ぬるま湯でダラダラしていたのだが、ふと思い立ってぬるま湯の底を覗き込んでみたら、悪意がドロドロと渦巻いていて、挙げ句こちらを見て指をさして厭らしい顔で笑っていた。 それまでは「顔の見えない有象無象に負けた」 というなんとも言えない感覚だったが、 「顔の見えない有象無象の&lt;strong&gt;悪意に&lt;/strong&gt;負けた」 というクソくらえな状況であることに気がついて、超足掻いた。 こんなところだろう （上記まで、7/30時点の文。以下10/21後記） これ以上は言葉にならず、ある種の判断保留を重ね続けた。結果、一番「あらまほしき」と、望んだところに落ち着くので、何を言われようが正答だと胸を張れる。 いやしかし、選択肢を切り捨てることは、どうも未熟らしい。然もありなん。 訓練がいるなぁ……（大変だ これは生きるスタイルの話だから。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id="行動原理"&gt;行動原理&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;世の中に対する遠大なトリック・オア・トリートと言祝いで、遊んでいたけれど、傍目には目的から遠いところで回っているのかもしれない。 最近指摘されて、考えた。 それは初めは会社の都合だったけれど、１年も続けられる言い訳では無いな、と。 友人に、「ポーって、『嫌です』ってあんまり言わないよね」と指摘されて、ああなるほどなるほど、良くねぇな、と思ったんだ。 「世の中に」という尺度が、言葉の割に、俺が想像出来ている領域として、狭いのか。 周りの好きな人がどう思うか？という枠組みから外れていないんだな。多分、『芸を見て欲しいだけの浅はかな犬』から、マインドのところでは脱却していない。 それは世の諸般を有象無象と切り捨てているうちは、遠いのかもしれない。（だとしても急にギアチェンジできる気はしないのだが 傍目に遠いところで遊んでいるように見えるのは、 「世の中に対して何かを投げかける、ということを俺がまだ経験していないからだろう」と考えていたけれど、「準備が整っていないことを言い訳に、何も行動を起こさないのはただの阿呆」と吹聴しているので、これはただの言い訳だと気がついた。（遅い） 「目的と定めた所へ、脇見をせずに向かう」という姿勢は、生きる理由のスコープをどの領域にまで設定するか、ということからドロップされる意識なのかもしれない。 だとしたら、まだまだ先がある。先の考えがある。 もっともーっと上の領域がある。 （でも、俺はそこで遊びたいのかと問いかけると、んー、と浅く笑ってしまう） 意識の階層が合わないのかもしれない。 足りないことだらけだ。 でも、及ばない対象、今のままでは敵わないと思うことの出来る対象が、身近に居てくれることは、この上ない幸せだね。 あんまり、それ以上を求めていないのかも知れないなぁ！&lt;/p&gt;</description></item><item><title>現在の会社に対する現在の自分の感情</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-08-14_current-feelings-on-company/</link><pubDate>Mon, 14 Aug 2017 22:10:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-08-14_current-feelings-on-company/</guid><description>&lt;p&gt;&lt;em&gt;それはとても複雑なものである。&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;会社を辞めるという選択肢を選ぶことから逃げていた自分が居た。（12月〜5月上）&lt;br&gt;
転職活動を始めてみても、職務経歴書を書くことが出来なかったり、（自己を見つめ直す行為から逃げて居た部分がある。社会人1年生で何を見直せと？という話でもあるが、考えは確実に足りなかった）&lt;br&gt;
意図的に怠惰な状態で居たり。&lt;br&gt;
ペルソナやってたり。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;後ろから見ると、「お前それもう、気持ち離れてんじゃん！」&lt;br&gt;
と思うことこの上ないが、サクッと辞めるみたいなことはやっぱりオレには出来なかった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（Job と Pay と Post 以外は整って居たし、大抵の会社よりは待遇は良かったのだから、仕方があるまいとも思うのだけれど。）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;じゃあどうすればもっと早くコトを運ぶことが出来たのか？ と考えた時に、「振り切った人間と接すること」が思い浮かんだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いつでも、「オマエ、今の仕事面白くないなら、うちで働いてみろよ！」と言ってもらえる状況を用意するってのが、「組織は個を鑑みない。個が個を通すには、個の力を使うしかない」の答えの一つなのかもしれない。ぷらんどはっぷんすたんす。（この呪文はなんだかパルプンテみたいだ）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そういう状況を作って居なかったから、5ヶ月もウジウジしたのかなぁ、と思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一番の動機は、やっぱり&lt;a href="https://asksdust.wordpress.com/2017/05/18/精神活動/"&gt;怒り&lt;/a&gt;だった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;会社に対する感情は、日本人として生活していれば、１日１回は必ず自社のロゴを目にする様な会社で働いていることの誇らしさと、その他怒りと、みたいな清濁両方の感情が渦巻いている。他には……辞めてしまうことへの口惜しさか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;脱却を望みながらも定住を求める。そんな自己矛盾もまた、人間なのだろう。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>心算</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-06-23_mental-calculation/</link><pubDate>Fri, 23 Jun 2017 00:51:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-06-23_mental-calculation/</guid><description>&lt;p&gt;ハヤタが&lt;br&gt;
「ポーってあんまりわがまま言わないよね」&lt;br&gt;
「『嫌』ってあんまり言わないよね」&lt;br&gt;
と言っていた。どうも、『嫌』ということは本意に近づくための極意なのかもしれない。分からない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;妄想を現実に引きずり出すためには、意志力が要ると思う。&lt;br&gt;
譲ることは、意思が弱いことに等しいと思う。&lt;br&gt;
分からない。何かがやりたいとか、いっそまやかしな気もする。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;過去の俺を全て度外視して、今の俺が一番我慢しない、楽しい姿を思い描く。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いいや、そこに向かって突っ走ってみよう。&lt;br&gt;
しばらく第7勘とイタズラ心だけで生きてみよう。&lt;br&gt;
合理的とかクソくらえ。&lt;br&gt;
全てなぎ倒して遊んでやる。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>この一年間で経験したことで、一般化できること</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-02-20_this-year-generalized/</link><pubDate>Mon, 20 Feb 2017 08:13:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2017-02-20_this-year-generalized/</guid><description>&lt;p&gt;圧倒的な情況が、オレの目の前に在り続けた とても濃い一年だった。（継続中）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;組織は個を鑑みない。 個が個を鑑みる。 組織の中で個を押し通そうとするならば、個を使う以外に無い。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;組織は個を鑑みないんだ。 組織は組織を自己保存するために裁を下すのだ。 ……そうでなければ、今のオレがこんな所に居るかって話だ。 まったく……（苦笑）我がことながら、おもしろ過ぎる。 オレが今この状況に居るのは、まぁオレの選択と行動の結果で、 &lt;strong&gt;最初から「ここに突っ込む」って分かっていたら、もっと別の選択肢をちゃんと選んだ&lt;/strong&gt;のだけれど、 まぁオレとて全知でも全能でもない。 折々で一番オレらしい選択肢を選んで来たのだから、仕方があるまい。 この現状に突っ込んでることで、オレの価値が下がった訳では無いし、（当然だが）即死したりする訳ではないのだから。 大学院の時のオレの人生訓は、「死ぬこと以外は誤差」だった。 ……実験が失敗し続けたからな！ こうでも思わなくてはやってられなかったのだ。 命のこと以外は、大抵取り返しがつくんだよね。 この世界で相変わらず、命のことだけが不可逆だ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;世は押し並べて有象無象で構築されている。 そして信じがたい非効率を「安寧」と呼び、 考えが足りずに、陥った（もしくは、危機を感知できずにその場に居続けた結果）目の前に展開される不遇を「誰かのせいだ」と糾弾する輩ばかりだ。 そして口を揃えて、誰にでも言うことのできる、誰かの言葉をしたり顔で言う。 そんな言葉に一切の価値は無いのに。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;信じがたい非効率。 なんというか、やはり何事においても、触れて楽しいのは上位2%だけだった。 オレは他人を切り捨てない人間だと勝手に思っていたけれど、それは違った。 &lt;strong&gt;そもそも身内にカウントしないだけだった。（知ってたけれど、知らなかった）&lt;/strong&gt; 思ってたよりも、7割増しで排他的だった。 今も昔も、有象無象に興味は無い。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;嘘も方便&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;みんなみんな、嘘をつく。 ウソというのは、疑われる手間を増やす分、&lt;strong&gt;火力の面で効率が悪い&lt;/strong&gt;と思ってたけれど、要点を押さえたなら、後は大体誤差で許される範囲みたいだ。 誰も損をしないけれど、自分にとっては都合のいい嘘とか、あるものな。 「前言っていたこと」との整合性を常に壊さないなら、好きに吐けばいいらしい。 面倒だが、便利に使えばいい。 &lt;strong&gt;嘘を吐くことと、本当のことを言わないことは別&lt;/strong&gt; だし、なによりも&lt;strong&gt;本当のことはみんな知らなかった。&lt;/strong&gt; それは嘘になるわ。悪意もあるはずがない。 まぁでも、嘘は本物の魅力を霞ませると思う。 「嘘みたいな本当の話」が、やっぱりオレは一番好きだ。 嘘、効率悪いと思うんだが。 まぁ時と場所と場合によるのか。 俺の場合、少し以上に黙ることを学んで、「芸を見て欲しい犬」からの脱却が先決な気がする。 まぁ追い追いだな。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;男の大丈夫はだいたいダメで、女の子のダメは大丈夫&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;後者はね、舞さんが言ってた。「ダメは大丈夫だけど、イヤは本当にダメ」「なるほど」 前者は最近オレが思ってる。 「先っちょだけだから」「大丈夫だから」「ホントホント」 みたいな。うん、だいたいダメだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;僻み嫉みを隠さなくなったら人間はお仕舞い&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;他人に『自分が幸せな様』というのは、あまり見せるべきではない気がしているってのを、前に綴った気がする。 現在進行形で幸せな有り様ってのは、あまり表に出さない方がいい気がしている。 存外、幸せを祝福できる人間というのは少ない。ある日突然、昨日と同じ顔をして、手の平を返す。みんながみんな、そうあり得る。（こころ） そこからそんなに遠くない概念なのだけれど、 オレはあまり、幸せな年寄りを知らないのかもしれない。生き方に色気があるなぁ、と舌を巻いて、何処か憧れていた人も、なんだか意地悪く変わってしまった。 それは自然に出てくる感情や傾向なのだろうか？？ 新しいことを全然していないからではなかろうか。 分からない。でも、妬みや嫉みを聞いてキモチイイと思う人類は多分居ないから、これが日常的に口を突くようになったら、ソイツはお仕舞いだな、と。 これは自戒的に思う。 そういう感情は纏めて怒りにして行動に移しちまった方が効率がいいな。 そういう感情に割くリソースが勿体無いさね。 言葉にするのも、「暑い寒い痛い眠い」と同じくらい無意味だろう。 やっぱ事務所を作ってゲームとたまに仕事、みたいな老後を送りたい。 剣客商売だ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;誰かが握ってる情報は執拗なフォローを入れないと上がってこない。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;つまり、同じ内容で３回メールする。 最短経路は◯◯キチガイになることだ。 人類は省エネに流れる。 だから、やりたくないことは、基本的にはやらない。 他人に何かをやって貰いたいなら、「フォローを重ねられる方が面倒だ」というレベルで執拗にフォローすることが最短経路のようだ。 いやホントまじで。情報の共有がスムーズなチームが強くなるわけだ。PDCAも高回転になるしね。 Googleの研究結果「チームの生産性の高さは、ただ一つの尺度「居心地」に比例する」ってのも、少しわかるようになった。無駄口こそ最強の伝達だわ。発言の敷居の低さは成果に直結しうる。 それはニアリイコール、カリスマや、人徳、共通価値観みたいなものも拾ってるものな。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>家族観</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_family-view/</link><pubDate>Mon, 05 Dec 2016 19:15:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_family-view/</guid><description>&lt;p&gt;家族観に関しては、何度も綴った気がする。&lt;br&gt;
確執はあったし、俺はそれを忘れることは、恐らくないだろうと思うのだけれど、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;母親や父親と、休日に焼肉に行ったり、&lt;br&gt;
仕事帰りの母親と下校時に合流して、美味しいものを食べに行ったり。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1回だけだけれど、家族旅行をしたり。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そういうのは、代え難い幸せだったと、今の俺は思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「ああ出来たら、こう出来たら」という感覚は、無い。&lt;br&gt;
やっぱ幼少の俺は常日頃は家に帰りたくなかったし、「このまま居なくなることが出来ればいいのに」と何かに対して願い続けた日々は、無かったことには出来ないけれど、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ふと思い返す、いい記憶も同様に存在して、&lt;br&gt;
ああ、幸せだったな。&lt;br&gt;
と心から思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「いつか恩義に感じることの出来る日が、きっと来ます」という氷上の言葉まで届いたのだと、&lt;br&gt;
そう思う。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>仕事とお金</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_work-and-money/</link><pubDate>Mon, 05 Dec 2016 19:02:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_work-and-money/</guid><description>&lt;p&gt;仕事としてお金を扱うようになって、 まぁ謂わば経営というものに、少し関わってみると、ちょっとずつ視野が拡大されてゆく。 高校生から大学生になった時、みたいな。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;今勤めている会社に対して、あまりにも未練が無い。 学生の頃思い描いていた職種から程遠いのもあるけれど、なにより「この会社にやりたい事業、もう残ってねぇしなぁ〜」なんて。 口座にお金が無限に有っても、今の俺は目の前の仕事をやるだろうか？ とたまに自問する。 「まぁ向こう4年くらいはYesだなぁ〜」 と思う俺が居て、あぁ、期限は5年なのかと自覚する。 俺の行動原理は、今も昔も本質は変わらないんだと思う。 「世の中にイタズラを仕掛けたい」 邪気のないトリック オア トリート。 それが多分、俺なりの「明朗・溌溂・無邪気」の尺度なのだと思う。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;今の俺の現状はギャグを体現して居てて、自分で自分を笑ってしまう。これはおもしろい。 でも、多分どこか、いつかのタイミングで、俺は俺の現状を許せなくなってしまうんだと思う。 そんな予感は、確かに自分の中に存在するのだ。 それは今ではないけれど、多分そんなに遠くない。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>性の生臭さ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_sexuality-rawness/</link><pubDate>Mon, 05 Dec 2016 18:17:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_sexuality-rawness/</guid><description>&lt;p&gt;どんなタイプが好きなの？ と訊かれて、大抵の場合。 ……返答に困る。 母親のおかげで、10人居れば2人には「イイ」と言ってもらえる顔に生まれついたとは思ってるんだけど、（いや分かんないけどさ）（まぁ初対面で嫌悪を覚えられなきゃ十分だ） やっぱり多分オレは根本的には人間嫌いなんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;「愛の無いエッチはダメですよ？？」 と氷上に釘を刺されて以来今生、あんま愛の無いエロには手を出せていない。 もう年齢も年齢で、んなピュアなことばっか言ってんじゃねーよぅ。と、いざ愛の無いエロに手を出そうとしたら、もうホント寸前も寸前で、（いやともすればチョットだけ踏み越えたとこで）頭の中で氷上が**「本当にいいんですか！？」「もう知りませんからね！？」** みたいなことを、うら若い感じで（あの人がまだどっかで生きていてくれるのなら、&lt;strong&gt;俺の年齢+19&lt;/strong&gt;ですよ？）（← もう魔女の域ですよ）（……多分若いんだろうけどさ） 警句して来て、オイオイまじかよ。 と色んな意味で天を仰いじまった。オメー俺がここまで来るのにどんだけ労力と決心を。マジかマジかよ。みたいなことを。いや、俺の脳内で起きてることですけども。三つ子の魂というか、&lt;strong&gt;あぁ、これが躾というやつか。&lt;strong&gt;と。 昔々、夕陽の差し込む喫茶店で、指をピンと立てた氷上が、「貴方はきっとこのまま行くと、&lt;strong&gt;女で身を滅ぼす&lt;/strong&gt;と思うんですよ」「優しいですし、節操無いですし」 「そこで祝福をあげましょう。だから契約です」と言い切った。 今から思うと&lt;/strong&gt;「何言ってんだ……。」&lt;strong&gt;って話なんだけれど、 当時の俺は彼女には大人扱いされたかったわけで。（正直、信奉と言っても過言ではないくらいもうゾッコンだったし） 一方で、（今でも多分）本質的には甘えたがりのガキだから、なんだかんだとイチャモンをつけながら、貰えるものは貰うよ、と捻デレたんだと思う。 んでいざ何さと問うと、 「本当に好きな女の子以外とエッチなことをしなかったら、貴方はずっと女神の幸運を与えられ続けます」「………それ、オレが別に好きじゃない子とエッチしたらどうなるんだよ」&lt;/strong&gt;「多分死にます」&lt;/strong&gt;「……呪いじゃねぇか」&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;こんなことを今でも全面的に信じている訳ではないけれど、（いや、大学2年まではなんだかんだと信じてた気がするけど）サイエンス教に入信しなおしたあたりから、 アッハッハ まぁまぁよろしく護ってくれよ？ って笑う感じに捉えるようになった。 多分精神的な距離がちゃんと氷上から離れたんだと思う。前にも考えたけど、会えもしない人にいつか会えることを期待して、裏切らないように、って生き方は、男としてどうなのよそれ。自分の足でしゃんと立ちなさいよ的なことを毒杯を飲み干すテンションで受け入れていったんだ。偉いぞ二十歳近辺の俺。 ……ほら、年齢重ねると身綺麗ばかりでは居られねーのさね。 けどまぁしかし、いざそういう感じになってみると、頭の中で警告されて、マジかマジかよとなって、思考停止していた。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;やっぱ愛の無いエロはダメなのかなぁ〜みたいな感じで敗戦の感覚（笑）と同時に、どっか清々しく感じてたんだけども（あぁオレはやっぱりそーゆーのは向いてねぇのか、みたいな感じで）（ハイハイハイハイ、ニュートラルポジションはやっぱりそこなのね？ みたいな） まぁでもしばらく例によって濾過の時間を取ると、体験と感情に対する言語化が進む。（自動式） ふと思い浮かんだのが、身体を異性と合わせた後の残り香について。 身体洗ってもどっかにしばらく残る相手の体臭。 「生臭坊主」って表現の意味、昔は分からなかったけれど、今は分かる。いや、分かる笑。 そうだよね、性って生臭いものなんだよね。 知らなかった。 好きな人とエロいことして、その残り香を含めて、生臭いと感じたことは無かった。 むしろ、離れてもしばらく付き従う相手の残り香に、好きな人を思い返してどこか切なさを感じで「フフッ」ってなる。 愛しさが募る。心がくすぐられる。 けど、愛の無いエロだと、その残り香に対して、少しの以上の嫌悪感があるんだな。 民族臭って概念をどこかで読んで、「ああ、俺これなんとなく分かる気がする」って思った記憶がある。 上記の嫌悪感は、多分俺の理想が勝手に高いのと、俺が性的にスレてない部分（謂わば愛の無いエロに対する慣れて無さみたいなもの？）に由来するものだろうか。 分かんない。セックスは奥が尋常ではなく深いし、人生は短い。 これから極める機会が来るのかなぁ。……どうなんだろう。エロを極めた俺というのを、俺はあまり想像出来なくてちょっとおもしろい。 愛とか恋とか、世は推しなべて失敗例ばかりさ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;どんなタイプが好みか。 わかんない。 オレはなにを以って人を好きになってるんだろうね。 外見から入って？ 哲学を訊いて。 それで、はじめてイイって思う気がする。 「人は外見ではないよ」 「オレは顔の美醜はあまり分からない」 とか偉そうにのたまっておきながら、好きになったり付き合う相手は全員美人だったみたいだから、俺は俺のこのセリフと考えをあまり信じていない。 ま、面構えには人生が出るらしいからな。 その辺を見てるんだと思うんだけど。 同じものをイイと思って、でも違うからこそ興味を持って。 愛というものは難しいと常々思う。 まぁでも「それでも人は誰かを好きになる」んだ。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>道化</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-11-18_jester/</link><pubDate>Fri, 18 Nov 2016 02:36:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-11-18_jester/</guid><description>&lt;p&gt;自分の、心と、身体が、乖離する感覚。 手指が冷たくなって、足先の感覚がなくなる。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;本心というものを、人はどこまで表に出すのだろう。 顔で笑っておきながら、心が笑えない時に、俺は自分をどうしようもなく道化だと感じる。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;ココロに鍵をかけたまま 冷たい態度で　仮面を身につける だれが僕の素顔 知っているだろう？　君のほかには 自分の弱さも強さも さらけ出したいなんて　一度も思わずに 涙かくしてきた 本当の顔を見せられる人 （Masquerade コードギアス）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;昔から自覚があるんだ。 小学3年生の頃に、クラスメイトと話が合わなくなった時？ それとも、幼稚園の年中の頃に自分の親のことを信じられなくなった時？ 心を偽って笑わないとスムーズに生きていけなかった。 笑うことは俺にとって、何処か死ぬことの裏返しみたいなところがあった。 死にたいなぁ、この世界から消えて、無くなってしまいたい。 そんな風なことを、狭い世界で毎日考えて、 いつしかよく笑うようになっていた。 嘘から出た真なのかもしれない。……どちらでもいい。 でも、俺の真は、そこには無いんだ。 本心が、深く深いとても昏いところにあって、 俺はその自分の、何処かドス黒い部分を 振り撒いてしまうことが嫌で、 世の中の流れは遅くて、 「もっとこうなればいいのに」 と思って、（結局はいつもそうなるのに） ほとんど誰も付いてこれなくて、挙句 「勉強し過ぎるとバカになる」 「いや違う、オマエラが付いてこれないだけなんだ」 と心で叫んで、 その叫びを理解して欲しくて、 でも理解してくれる人は、この世界には中々居なくて、 寂しいけれど共感はされず 人間失格と自分の心をヒロイックに笑ってみたり 音楽を聴いた時に、少し救われた。 それはクロノクロスという作品で、 俺には何か、静謐な音の檻、水底にたゆたう静けさ、 そういったものを、俺は感じて。 それは俺が俺の中で、ずっと大事にしていた本心の懐いていた風景で。 昏い昏い蒼色で、光は少ししか届かないんだけれど、 水面の波のように表情豊かで、静謐で、 世界から少し離れているのだけれど とても綺麗なんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;大学生の時に、俺はとんでもない女と付き合った。 図書館で「茶の湯の心理学」って本を読んでたら、なんかもうコイツ大丈夫かっていうくらい俺と同質の目をした女に 「おもしろい本を、読んでいるわね」 と静かに声を掛けられて、 その時に思ったんだよ 「うわマジか、とんでもない美女だオイ」 「うわマジか、なんでこの女まだ生きてられるんだ。よく死んでしまわなかったな」 （美男美女は、世界の宝だ。愛でなくては！） 「ああ、俺はこの女ときっと付き合って、恋人同士になることを避けられないんだけど、 きっとそう遠くないうちに終わる」 俺はなんか妙な勘が働くというか、 「目の前の相手と自分の関係が、どんな風に終わるか」 みたいなのが（相手によっては）漠然とわかる時があって、 大抵、そうならないように本気を出したり、出さなかったり、 そういう俺の努力の有無や、 望む望まざるに関わらず、 俺が最初に幻視した風に関係が終わる。 最初で最後が思い浮かんで、 そうならないように「俺らしく」「俺らしくなくワザと自分の行動を崩してみても」 どう本気で足掻いてみても、 その人との関係は、「見たことがある」 「知ってた……」 という風に終わる。 「この人と結婚するんだろうな」みたいな勘とか、匂いとかは、みんな感じると聞くから、きっと同質のものなのだろう。 捨てられたことから身につけた、自己防衛のような感覚なのではないかと、 俺は、思う。 （続く）&lt;/p&gt;</description></item><item><title>あの人ならなんて言うかな</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-09-23_what-would-that-person-say/</link><pubDate>Fri, 23 Sep 2016 22:02:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-09-23_what-would-that-person-say/</guid><description>&lt;p&gt;好きな人を前に、胸を張る感覚。 襟元を正すと言うか、端的には、カッコつけたい感じ。 随分長いこと、これを真ん中に据えて生きていた。 φ 今は？？ と自問すると、 「その感覚は薄くなったなぁ」 と思う。 （心を砕くほど好きになれる人なんて、世の中にそんなに居ないよ） でも、たまに「あの人ならなんて言うかな？」 「今の俺を見て、笑ってくれるだろうか」 みたいなことを、今でも俺は、ふと思う、 そして、なにか懐かしい人と会った気になる。 俺の行動、言動、思想の端々に、あの人の残滓のようなものがあって、 「ああ、また会ったねw」と苦笑いしてしまう。 『愛の究極系は、相手の息遣いを自分の癖や生活に刻むことだ』という一節を、俺は昔読んだ。 とても深く、美しく、しかし同時に、とてもいじましい感慨を覚える。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;関西に10年住んだけれど、俺が関西弁に染まらなかった理由は、俺は幾つか考えていて、 「関西弁に対する忌避感」 （バリ〜 とか、パチこく とか、そういう言い回しを好きになれなかった） 「住んだ地域の関西弁が、なんだか中途半端だった」 （神戸以西、尼崎以東なら染まっていたかも知れない） 上２つも大きいと思うが、一番大きいのは、 「頭の中で、咀嚼を続けた言葉が、舞さんの言葉で、 それと同じレベルの言葉に、関西弁っていうガワがついた状態で、あんまり出会わなかった」 という点だと思ってる。 言葉や口癖というのは、伝染するものだと思うんだ。 気に入った言葉や、好きな人の口癖は、やっぱり自分でも言うものでしょう？？ 現に、心から尊敬するひとに旅行に連れて行ってもらった後、俺もしばらく関西弁になったんだ。 関西弁で考えていた、というか。 言葉というものは、そうやって確立されていくもんなんじゃないか、と思う。 「夢で会えたら」と。 おもひつつぬればや人のみえつらん ゆめとしりせばさめざらましを 少し離れるけれど、他人を想い、焦がれ、求める気持ちなんて、これくらい身勝手なものだよなw&lt;/p&gt;</description></item><item><title>魂という概念が嫌いだった</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-09-23_hated-soul-concept/</link><pubDate>Fri, 23 Sep 2016 21:26:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-09-23_hated-soul-concept/</guid><description>&lt;p&gt;※ ガキの頃の話 「最近、魂ってなんだろう、って考えるんだ」 舞さんは浅く微笑み、小首を傾げて続きを促す。……俺はあの人のそういう所作が好きだった。 「魂ってのを考え始めると、俺の人生が、なんだか俺のものじゃない、みたいな気分になる」 「昔生きていた、誰かのものなんじゃないか、みたいに思えちゃうんだ」 「生まれ変わりとかを信じて、今生きている自分の目の前にある、いやなことに立ち向かわないのは甘えだと思う」 「魂って考えは、どこか、今生きている俺の生《せい》に対する冒涜の様なものを感じるんだ」&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;舞さんは、確か否定も肯定もしなかった。 なんて言ってたか、詳しくは思い出せない。 その通りですね、といたわるように微笑んでたのは覚えているし、でも、 「魂って考えは、どこか救いがあると思うんですよね」 こう言って笑っていたことも覚えている。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;この年齢になって、社会に出ても、やっぱり俺は、魂という概念。 昔の俺の言う、「生まれ変わりとか」は甘えだと思う。 けど、同時に救いというのも、少し分かるのだ。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>焦る必要は無いのだが</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-09-06_no-need-to-rush-but/</link><pubDate>Tue, 06 Sep 2016 02:09:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-09-06_no-need-to-rush-but/</guid><description>&lt;p&gt;精神的には、「一回休み」 この言葉を最近自分に言い聞かせている。 9月末までは、とりあえず大人しくしていようと工場実習の後に決めた。 「オマエの思想は、毒物だ」と、ガキの頃に言われた。言い得て妙だな、と思う。 毒が回って、奸計が実る予感を得られるまで。大人しくしていよう、と。 ステイの出来ない犬はバカに見られる。 自覚的に、オレは「芸を見てもらいたい犬」の気質を持っているが、「バカな犬」では有りたくはない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;精神的には休みながら、色んな本を読んだ。 世の人の、仕事に対する所感がまとまった本やら、会計の本やら、歴史の本やら、安易にラノベやら。 イーロン=マスクの伝記を読んで、「オレは……このままでいいのかな」とか、漠然と思ってしまった。 世の未来を希求する様な、未来へと歩を進める様な。 そんな大志を、心に持ち合わせているだろうか？ 人類としての歩みを止めていないだろうか？&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;現状と願望の、乖離の様なものは、人生で常に感じ続けてきた。 オレは、オレの思う「最善手」というものを、どうも手に入れることが出来ない。 それは俺からすると、「親や環境からの」「不可避の外力」や、（ある種意思とは関係ない強制的な「幸運」）だと思っていたのだが、 物理的にも精神的にも親と適切な距離を置くことが出来るようになって、尚その感覚を得続けているということは、なにか別のところがズレているのかも知れない。 分からない。ガキの頃に、思い描いたことが丸っきり現実になっちまったりするのを見て、「ああ、この試行は便利だが面白くはないな」と思ったことがある。アレは鮮明に覚えてる。 今とは程度が違うけれど、始める前に思い描いた結果に、違わずある目の前の光景を見て、予定調和は嫌だな、と思った記憶がある。 無変化は停滞しか生まないという哲学と強迫観念が、オレにはある気がする。 安泰は嫌なんだ。 「人生の8割はグータラしていたい」と豪語しているけれど、この言葉の本質は、実は逆にある。 「2割は冒険いていないと精神が死ぬ」 ここに偽りの感情が一切無いことは、近しい人間になら伝わるのかな、とか思う。 伝わらない相手に説明する気も無い。 世の大半の人間は有象無象なんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;ロジックに感情を混ぜなければ、当たる確率は上がる。 でも、感情の輝きが、オレは何よりも好きだ。 そこと、プラグマチックなところの融和とかは面白そうだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;「文系のまま進んでたら、オマエ東大通ってたろ」 確かにそう思う。 分からない。オレは結局、心理学でやりたかったテーマに関しての1つは、ちゃんとフィールドワークで終わらせた。 やりたいテーマのもう1つは、一生まったりと付き合えばいいかな、とか思っている。 趣味で極められると思う。 理系の学問なんざ、強制力が無いと修められないやね、と思ったことは嘘では無いが、 思っていたよりしんどかったことも嘘ではない（いやマジ向いては居なかったやねw） 6年かけて理系の思考は手に入った。思ってたより時間は掛かったけど、そんなものかな、とも思う。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;分からない。何が正解かは分からない。 けれど最近、思い通りに行かないストレスを禁じ得ないから、やっぱりそろそろ『一回休み』は終わりなのかな、とか思う。 考えることを、恐れるな。 答えは全て、自分の手の中にある。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>年齢に対する感慨</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-08-28_thoughts-on-age/</link><pubDate>Sun, 28 Aug 2016 18:38:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-08-28_thoughts-on-age/</guid><description>&lt;p&gt;きらめく青春を駆け抜けろ！ ってこれさくら荘だったかな、、とか思ったんだけど、 もうそろそろ本当に&lt;strong&gt;青春という年齢では無い&lt;/strong&gt;のだよな、と思ってなんだかしみじみしてしまった 最近25になったばかりだ。 25という年齢（その数字の持つインパクト）（= 今の俺）と、子供の頃俺が想像してた「25歳の男」の像の違いに、少し笑ってしまう。 肩肘を張っていない感じに笑ってしまう。 ……もっと必死で生きているものだと思ってたよw 何度でも言うけれど、20前半でオレはオレが結婚していると思っていたよ？ 俺が氷上に会ったのは、俺が7歳で氷上が26の時だったから、……もうなんかホント後1年か、、とか思うと、凄い感慨がある。 考えや、己の行動の基準を、過去や他者に置くのは（ある種とても俺らしいけれど）女々しいことだから、止めにしよう。 オレはオレのために行動するように、ちゃんとしようと精神的なstruggleに塗れていたのが、18〜20歳の頃の俺。 ……あの頃に比べたら、『氷上ならどう思うかな』『今の俺を見て笑ってくれるかな』 と思う機会は、劇的に減ったけれど、 まぁたまには良かろうw&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;俺はなんで、氷上があんなに俺に構ってくれたのか、イマイチ分からなかったんだけど、今はなんとなく分かる気がするんだ。 せんせーが初めて俺に会ってくれた時に（当時オレは19歳）、この疑問を口にしたんだ。 「なんでオレに、舞さんはあんなに色々してくれたのだろう」 「オレはずっと考えてるんだ」 「一度だけ聞いたことがあるんだよ……直截的に、じゃないんだけど」 「『舞さんは、なんでお店やってるの？？』『オレ、オレ以外にお客さんが入ってるの見た事ないよ』 （このお店大丈夫？）って。」 「そしたら舞さん、 『貴方みたいな人に、会えるんじゃないかと思って』」 「私は、なんとなく分かるなぁソレ」 「キミがきっと、このワニ博士のぬいぐるみを懐かしく思うようになる頃には、分かるようになると思うよ」 25になって、今の俺は、少し分かる気がする。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;自分の辿った足跡で、とてもとても大事な足跡（それは時間を掛けて形成された哲学であったり、思想のクセであったり）を、「この子にあげたいな」と思ってもらえたのかな、と漠然と思う。 奢りかもしれない。でも、それだけのことはやってもらったと思う。 家庭教師や、塾講師やらをして、人に何かを教える立場になってみて、 俺の色んな言葉を、「今でも思い出しますよ、、」と苦笑いしながら、未だに連絡を取ってくれる生徒とか、 なんだろう、やっぱり嬉しいものな、 ああ、オマエは俺の思想を受け取ってるなw と思って、苦笑いするけど嬉しくなる。 （まぁ氷上はあらゆる意味で俺にクリティカルだった気がする） いや、多分もっと簡単な話なんだよな、 氷上と俺の関係を、今の俺の立場で置き換えるのなら、 小生意気でそれなりにちゃんと考えた受け答えをする、可愛らしい小2女子が、目一杯背伸びしてカッコつけて、自分に突っかかって来たら、絶対構わずには居られない気がするんだよね。 教えたら教えた以上の事を拾って来て、考えて納得して、……懐く。 そのやり取りは、多分とても楽しい。 それは世に言うロリ的な意味は無くて、いっそなにかとても清潔な感情だと思う。 わかんないや。どんなに言葉を尽くしても、なにか大事な思いを穢してしまう気がする。 後悔はあるけれど、 俺は多分、あの人との関係の終着点まで届くことが出来たのかな、と。 今のオレなら、そう思える。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>愚痴というのは、政治的に負けた人間の口からしか出ない</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-31_complaints-from-political-losers/</link><pubDate>Sun, 31 Jul 2016 22:28:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-31_complaints-from-political-losers/</guid><description>&lt;p&gt;実家で眠れなかったから、瞑想がてら色々と考えた。 最近、人生が&lt;strong&gt;特に&lt;/strong&gt;思うように進んでいないから、煩悶に囚われていた。 ここまで思い通りにいかないのは人生で4度目とかな気がする。the adversity. 凄い。 就活の時に、かなり本気で欲しがった（幾通りかの）キャリアプランとかが全て合理的に地続きな未来に存在しない。 「こんな筈では」とは思わないが、「おおう、コッチが来たか……」という感覚だ。 （俺は全知でも全能でも無いから仕方が無いが）内定の時点で、この未来が来ると分かってたら、俺は迷わず別の会社の内定書にサインしてたよ、と思わなくは無い。 俺の憂き目の責任対象が総体となっていて、「誰が」悪いとかいう状態じゃ無いのも、なお煩悶に拍車をかける。絶許。 望む未来が地続きの先に無いってのが、煩悶の最たる原因だ。 「行動起こす？ どうする？」 「起こすとしたらどっちに起こす？」 「何が俺らしい？」 といった風に。 未来方向の俺から見ると笑えてしまうという確信すらある。 体重が落ちないっつーことは、何処かストレスを感じ続けているんだろう。 斜め上に進んで来た人生で、全てを今に繋げているけれど、それは各段階でチューニングして適応して見せただけで、俺が思い描いた未来では無い、というストレスは常にあったんだ。 「あれがあったからこそ今の俺がある」ではなく 「あれらを全て、無駄にしなかった。そうなるように強く在ろうとした。もし、舞さんにもう一回会えたとしたら、胸を張れる自分で在れるようにと折れなかった、ただそれだけだ」というのが、 「常に、『なぜ俺はこんなところに居るんだ』『ここは俺の居場所ではない』と何処か怒りを覚え続けた」俺の本音だ。 結果論だけなら、全て楽しく終えられて来たんだけどね。 欲を言うのならば、俺は俺の憧憬の近くに有り続けたかったよ。……それが、俺の紛れも無い初心だったよ。 今更戻って来ても、もう何にもねぇや。 あんなに帰って来たかったのにな。 （進みたい方向に進むことが出来ない宿命なのかもしれない）（最初の想定が甘いのか）（いや想定は出来てるんだけど）（確定した未来に魅力を感じない？）（状況:常に展開されよ）（どうなのだろう）（この辺の折り合いはまた今度か）（どうも、心の底から安定と定住を求めればなんとかなる気はする）（つまり、リスクを取らない）（リスクを取る実験は若いうちにしておきたい欲がある）（いやでも不本意なのは不本意だ。どうにか次は予防しねぇとな……） 次だ次。これ以上は考えても仕方がない。 ただ、矛盾のない言葉を食んで、安定よりにチューニングしねぇとな。 この何処からともなく続く怒りはもう御免だ。 面倒だ。50歳位まではそっとしておいてくれ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;愚痴というのは、政治的に負けた人間の口からしか出ない。 だから、俺は人生で&lt;strong&gt;金輪際&lt;/strong&gt;愚痴を溢さぬ様にしよう 愚痴を溢して、政治的に負けたことを己に刻む位ならば、 負けても尚勝った様に笑う方が俺は強い在り方だと思う。 愚痴をギャグにするのはやめよう。 状況をギャグにするのはやめよう。 どうもそれは引き摺る。言葉にしちまうと引き摺る。 思想を遺すってノリでイブラジに叩き込んでみたけれど、 どうも強くない。強く在れていない。 イブカがウルトラ聞き上手だから、甘えているだけなんだけれど 基本スタンスとしてやっぱり愚痴をどんな形でも言葉にして口から出すのは俺らしくない 形式が無差別になるのが俺らしくない。 舞さん曰く「セクハラは相手を選べ」って話だ そして叩き込むなら愚痴ではなく、怒りにしよう。 愚痴を溢す位ならば、道化た方がいい。 本心というのは俺だけのものだ。 閉ざして誰にも相談しない、とかではなく、（極端は良くないw） 通じる相手に、通じるタイミングで持ち掛ける以外、全て無意味だ。 無意味なことは嫌いだ。 価値を感じない。 有象無象に心を砕くことが、とても厭わしい。 ならば道化た方が効率がいい。 言葉にしても伝わらない相手に伝える努力は基本的に無意味だ。生きている、理由が違うんだから。 しんどくなったら、好きな人に甘えるの方がいい。それは恋人であれ。親友であれ。 そこからのフィードバックなら、身に染みよう&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;愚痴というのは、政治的に負けた人間の口からしか出ない。 最後に勝つんだから、負けを認めることは無意味だ。 浮き沈みはあらあぜよ。 現状に不平を溢す暇があったら、カードを練って伏せた方が建設的だ。愚痴には未来が無い。 俺は強く在りたい。 強く在れない俺は、俺では無い。 愚痴を溢すというのは、政治的なサレンダーだ。 意味がない。それなら（状況が展開されたことで）増えたカードでコッソリ地雷を埋めた方が楽しい。 （でも）好きな女の子の愚痴を聞くのは楽しい（なんでだろうw） 「愚痴を聞きながら裸を想像しているの」「「きゃー！」」っつーフレンズの１幕が好き過ぎるからだろうかw エロと笑いに、愚痴なんてないだロウ！ （ﾜ-ｲ　 ｼﾞｬﾊﾟﾆ-ｽﾞ ﾋﾟ-ﾌﾟﾙ!!&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;その辺が最近のストレスの大部分だった。 なんだか憑き物が落ちた様だ。 後はやっぱ、「いつもこころに厨二病！」みたいなノリで戦闘にした方がいい。 ああ、いや、愚痴をロジックに変換する方向も考えたんだよ。 でもね、イーロン=マスクも言ってんだけど、「間違いを指摘して直してしまうと、その人は（何故か）無気力になる」んだよね。 唯物感を奪うのかな。わからないけれど。 その辺は俺もまだ経験足りなさ過ぎてよく分からない。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>自分らしい or NOT</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_myself-or-not/</link><pubDate>Tue, 19 Jul 2016 07:38:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_myself-or-not/</guid><description>&lt;p&gt;ハヤタと品川で、鳳凰美田を啜り、ノドグロをつつきながら話したことで、 割と好きな話その①&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;「この年齢になると（24年も生きていると）、判断の基準の、とても大きな部分に、『自分らしいかどうか』ってのが入ってくると思うんだ」 「自分らしく選択したことなら、受け入れられる」 「自分の哲学に反しない言葉で与えられた考えなら、素直に受け止められる」 「行動を、起こすか起こさないか、という判断の材料のとても大きな部分に、&lt;strong&gt;これは過去の自分を裏切る行為ではないか？&lt;/strong&gt; という自問がある」 「そして、自分らしいことをしなかった時って、結局はあまり良い目が出ないんだよね」 「だから結局、自分らしいことをやってねぇとな、って結論になるんだ」&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;過去の自分は、 今よりも手持ちのカードは少なかったにしろ、その少ない手持ちのカードで、全力で考えて判断していた。 ガキはガキなりに全力で考えている。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;「古き良き時代というのは、常に記憶の中にしかありません（堕花雨）」 この20年、予想通りに進んでこれた自信は一切ないけれど、そんなに不幸では無かった。 何が自分の身に起きるのか、（俺は全知でも全能でもないから）予見できたことは無かった。 （後から振り返っても、兆候や、「まぁ順当にそうなるよね」って判断出来るカードは、当時の俺の手の届く範囲には無かったよ） しかし、折々の判断は自分らしいものを常に下して来たと思う。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;過去の自分を裏切らず、過去の自分の言葉を嘘にしない。 固執とかではない、変質は歓迎している。しかし望んだ方向、もしくは今の自分の地続きでないと、とてもしんどい。（意味もわからないし、習得までとても時間が掛かる） 世の中には豚に真珠的なことは多々あると思う。必要な言葉というのは、必要なタイミングで与えられないと意味がない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;周りの顔色を伺って生きて、よかったと思えることは無かった。 他人を傷付けて、よかったと思えることは無かった。 悪いことをして、それが自分のためになったことは無かった。どこか罪悪感を感じ続けた。 なんか違うなと思いながら、何もせずに納得出来たことは無かった。 自分らしさとは、（安直な言葉だけれど）蔑ろにしてみても、決していいことは起きないものなのではないかと思う。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;最後は勘なんだと思う。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>６月の月記</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-11_june-monthly-log/</link><pubDate>Mon, 11 Jul 2016 02:53:14 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-11_june-monthly-log/</guid><description>&lt;p&gt;６月は色々あった。手記として残しておこう。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id="本配属前研修"&gt;本配属前研修&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;本配属前研修として、生産工学的なことをサラッと実習を通して学んだ。感覚的には兵站の概念。ロジスティクス。日本人が苦手な概念。ヤン・ウェンリーが得意なこと。ナルサスが重視すること。 極めて優秀な用兵家だけがこれを蔑ろにしない。 なんだろう、全体的にそんなに難しいことは無かったな。……俺にとって物理学とか数学より難しい事柄がこの世界にそんなにあるとは思えないけれど……。ああ、女子には勝てない。いやでもこれは逆に簡単な摂理だなｗ 生産管理の究極ってのは簡単だ。 人間を排除すればいい。 もっと言うのならば、人間の意志か。 実習で学んだことは多いが究極的にはやはりひとつだ。 性善説で考えて、性悪説で実行する。……これに尽きる。 それならば、いつも考えていることとそう変わらない。 浅く笑って奸計を練って、行動を起こすだけだ。 印象に残ったことは……そうだな。「皆が自分の最善を尽くす結果、全体最適は夢へと消える」ってことか。いや、極端な話、もっと簡単にやるんなら、独裁してしまえばいいのだ。責任は総て私が負う。いいからやれ。前へ進め。個の意志はシステムに及んでは無駄だ。社会主義的思想も、資本主義的思想も、イイトコどり出来ればね。（小規模なら可能だと思うんだけどね。）（ああだから俺は排他的で選民意識な部分があるのかもしれない） これが出来ないから、混迷するって事がよく分かった。つまるところ全てにおいて覚悟が足りないって話でしか無かった。掌握すればいい。その上でシステム化して、最後に離れればいい。人間は自分にとって都合のいい現実しか見ないんだ。 俺も含めて。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id="本配属"&gt;本配属&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;理系で開発の道に進むつもりだったんだけれど、色々あって経理をすることになった。 この一側面に関しては、俺は多分、会社のことを許していない。 会社が俺の望んだ未来と、俺がその未来の為に他の可能性を切った覚悟分位のことをペイしない限り、俺はこの会社のことを許さないと思う。一度だけ、イチバン大事な局面で俺は盤面を全て俺のために売り払っても、俺は俺を許せる。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;経理。この業務、AIにすべて取って代わらせたい。 基本的にプログラムを書くこと以外の入力作業はムダでしかないと考えている。 人間が挟まれるから、不正やらお化粧やらが起きるんだ……。 事実を表す数字に、人の意志が絡んでいいものだろうか？ 俺にはまだわからない。 色んな事が、まだわからない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;人生思い通りには行かないものだ。 内定の時に思い描いてベットした未来とは、ガリガリと音を立てながら違う方向に進んでいる気がする。 ……いや、究極的には想定の範囲内だったりするんだ。だから、「まさか○○○○をつくることになるなんてね」ってセリフとポーズも、これはこれで嘘だったりする。このカタチは実は知っている。 頭の中では相似形のものを思い描いていたりした。ちゃんと。 だから、「まさか」ってのも、「１００のうちの２を引いちまったか……」って感覚だ。 そしてそれを「俺らしい」って判断しちまってる俺が居て。一方で 「ああ、やっと本来の才能（それはそれはとてもとても文系的な才能）が生きるフィールドに立ったのかｗ」っつー感覚と同時に、 「俺は誰より技術者として生きる覚悟をしたのにな」っつー葛藤、コンフリクトが常に俺の中にある。 「なんで俺はココに居るの？」　って。 いや、院試に落ちた後のコンフリクトほどじゃないんだけどね。ホント我ながらどんだけ辛かったんだあの局面ｗ 強く在れって言葉を自分の支えにして生きて来たのに、（社会的に確実に）強く在れていない自分を自覚し続ける。自己矛盾で息をしているだけで惨めだった。 んで挙句強く在るために唯一思い浮かぶ方法が、無理矢理にでも笑ってないといけない、丁寧にちゃんと胸を張って生きないといけない。ああ、アレは本当につらかったな……。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;本音を言えば、やっぱり想定外では無かったりする。どーせ３〜４年後には似たようなことやってたんじゃねぇかな、っつー予感もある。 しかしまぁ、「許していないぜ」っつー感覚はあって、 周りが俺に向ける視線に期待通りの応えを返すのと同時に 「俺は望んでここに居るのではないよ」 「お前らがもっとちゃんとしていれば、俺は別の可能性の方を引いていたのに」 っつー恨み言が頭の奥底で怨嗟の様に木霊する。 そういう「意としてここに居るのではない」って感覚が頭のなかに在り続ける一方で、面の皮では笑っている、って意味でも、今の環境は俺らしかったりする。 この感覚は、よく知っている。 俺は、別の可能性のためにちゃんと手を伸ばしたのにな。 いつも俺の力を超えた「状況」っつーモンにスポイルされる。 それは生まれる時代だったり、親の転勤だったり、地理的な距離だったり。 好きな人が俺のことを大切に思ってくれる意志そのものだったり。 年齢を重ねて意を通すことが出来る範囲は増えた。 考えられることと、講じることの出来る手段も増えた。 俺はあまり、自分の運の良さを疑ったことは無い。 自分には女神の幸運的な加護が付き纏っている感覚がある。 多分、**俺の意志とは無関係に、**俺にとっていい位置に行くようにする類の、 実はこれは呪いなんじゃないかと、俺は常々思っているんだ……（嘆息）&lt;/p&gt;</description></item><item><title>凡そにして、全ての才能の行き着く先は構想力なのではないか</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-06-20_all-talent-leads-to-vision/</link><pubDate>Mon, 20 Jun 2016 18:59:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-06-20_all-talent-leads-to-vision/</guid><description>&lt;p&gt;そんな仮説を最近考えている。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;士は語る可し（言志四録） なんでもいい、１つのことを極めてみろ（麻子）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;構想力。 工場実習で俺の直上に付いてくださった工員の方が、妙に全てのことに対してレベルが高かった。 「大体自然の摂理に（なんらかのギミックをもってして）反するものを作り上げてしまえば、それは売れる」 「気を付けろ、沼に嵌るなよ。君が今見つめているところは、なんだかんだ沼だから。価値のある仕事と大きい仕事を取れる機会がせっかくあるんだから、そっちを取れ」 詳しく聞いてみると本当に凄いことを仰る。 クワイガン=ジンみたいな人だった。 若い頃は個人事業主で、一生分、稼ぎ切っている人だ。 ひと山当て終えていて、だからもう生きる理由が違う。 生きる理由が違う。目的が違うんだよな。 カッコいい人だった。目の輝きが違う人だった。 業務とシステムはやっぱアレだったけれど、あの人の下で1ヶ月働けたことに関しては、本当にいいことだったな。 俺はあまり、俺の運の良さを疑っていない部分がある。 イブカが「けーとくんは、&lt;strong&gt;実は社会的には運が悪い&lt;/strong&gt;んだけど、人に恵まれるのと、けーとくん自身の能力の高さで『逆境を物理で殴って倒してしまっている』感じあるよね」「京大だってそうじゃん？？ 運無くて阪大落ちたけど、結局倒し切ってるじゃん？？」 ありがたい1ヶ月だった。業務に関しては恨み的な怒りもあるけれど、人には恵まれた。感謝しかない。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>To reach a good consensus. Ver. 1</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-08_reaching-consensus-v1/</link><pubDate>Sun, 08 May 2016 21:04:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-08_reaching-consensus-v1/</guid><description>&lt;h3 id="上下関係をはっきりと"&gt;上下関係をはっきりと&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;まず声が通るように（精神的な）上下関係を意識させる。具体的にはまずはとりあえず上に立つ。 そこから段階的に降りて行く。 その方が効率がいい。 下手な協調性は意識しない方がまだマシ。 俺にとってはストレスでしか無いことが多い。 ルールした方が早くて省エネ。スッキリする。 有象無象の意見に大した価値はない。 物事というのは決定しようという強い意志が無いと絶対に紛糾する。これは無駄だ。無駄なんだ。 つまらないことでオレの人生の時間を奪うな。奪わせるな。 自分のアタマで１から考えている人間に付き合う義理は無い。巨人の肩に乗る意識の無い人間には必読書を投げて帰した方がまだずっと建設的だ。（読むように誘導しろ）（読まないとステージにすら立てていないことをまず自覚させろ）そこまで他人の面倒を見切れない。無変化は停滞しか生まない。死ね。 衆愚政治ほど唾棄すべきものは無い。それはファシズムを産む。 クリーンで合理的ってのが何よりも大事。 「誰がどう考えてもこうなるよね」というのが大事。 感情論は省け。無駄だ。 奸計は実行の時に俺が中核に居ないと大抵、失敗する。 自分のリソースを目の前のことにどれくらい割けるかを考えて、一般解にどの程度近づけるかを決めろ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h3 id="やりたいことに手を挙げろやりたくないことを笑顔で引き受けるなやりたく無いことを続けるなそこに満足する成果は絶対に無い"&gt;やりたいことに手を挙げろ。やりたくないことを笑顔で引き受けるな。やりたく無いことを続けるな。そこに満足する成果は絶対に無い&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;やりたくないことを嫌々やるのは人生の無駄だ。やりたくないことは嫌々引き受けて『貸し』を作り、より合理的な、詰めた案を上に通して、やりたく無い仕事ごと、まるごと他人に投げる。 考えることを止めるな。考えたことは無駄にはならない。 大きく声を出して、高く手を挙げろ。 行動しろ、前進しろ、敵を倒せ。 闘え。短期的にではなく、長期的に手を打て。 （但し血止めを忘れるな）（つまり「たまには休め」）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h3 id="lets-go-together-"&gt;Let&amp;rsquo;s go together !&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;形態はどうでもいい。言葉尻もどうでもいい。 「内容に関して1人で決めた」ということを避けろ、 取り敢えず上の人間をまず巻き込め。 文句や反論を言ってくる（必要な）人間には、「その観点は無かった。詳しく聞かせて頂きたい → 頭を貸して下さい」と笑顔で頭を下げろ。プライドはいらない。実現することが何よりも大事なんだ。価値を生み出すために正しい手段を取り続けることが何よりも大事なんだ。 極端な話、実現するのは俺でなくても良いのだ。 時代を進めろ。技術をもって人類を進歩させろ。救済せしめろ。 俺はそういう生き方を、既に選んでしまったんだから。 必要で無い人間？ 捨て置け。何をやってもnegativeは出るよ。本当に暇な時に、コスパが良ければ、根回しすればいい。 「誰がどう考えても、合理的に考えたらこうなるよね」って方針で動いているなら、正義はこっちにある。物理で殴れる。 そしてとにかく周りに思考停止を許すな。情報は確定させた後ちゃんと流せ。 協調性は「一緒に」という仲良しごっこから生まれる。まずはごっこ遊び。それでいいんだ。 そしてこの実感は、「独断先行のきらい」のある俺を正しく縛る言葉にもなる。 「目の前の人をちゃんと見て」 「対等な人間として尊敬し」 「一部分の弱さだけで人を判断しない」 独断先行は孤立に繋がる。 先行するなら、「役割として向いていて、尚且つ全体最適に必要なんだ」という理解を得るよう、最大限に努力する。 「そういう役割なんだ」と承認をもらっておく。 俺はどう頑張ってもせいぜい3人分くらいの仕事しか出来ない。それでは足りんのだ。リソースを最大化出来ていない。リソースを最大化。これがオレの宿命なのだ。 他人を使う ≒ 他人に助けてもらうには、この「人としての基礎」に立ち返る必要がある。 相手のことを認識して、尊重し、名前で呼ぶ。 承認するんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h3 id="if-the-most-extremely-weird-case-realizes"&gt;If the most extremely weird case realizes&amp;hellip;&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;仮説が全て。 俺が人生で一番感心した仮定は、 「もし全ての人間が理性的な世界があったとして」 この言葉を発した人間は、住友商事に就職した。（その後やりたいことベースでベンチャーに行った）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h3 id="イケルイケル"&gt;イケルイケル&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;cv 皆口裕子 最終進化形態は、「キテルキテル」&lt;/p&gt;</description></item><item><title>読書</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-02_reading/</link><pubDate>Mon, 02 May 2016 04:56:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-02_reading/</guid><description>&lt;p&gt;&lt;em&gt;太上は天を師とし、其の次は人を師とし、其の次は経を師とす。（言志四録）&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;新入社員研修で、周りがあまりに本を読んでなさ過ぎて悲しくなった。 「俺は本には決して金を使わないようにしている」とか偉そうに言われても……「あー、まぁ読めりゃなんでもいいもんねー（苦笑）」なにそのこだわり。無駄すぎるんだけど。固執は良くない。滅べ。 一緒に働きたい人間の像として、俺は5つを挙げた。 ・志を持って行動している人間 ・根本的に利発であり、尊敬できる面が１つ以上ある人間 ・哲学が定まっている人間（ブレない） ・読書、若しくはそれに準ずるレベルの知識の更新の手段を持っている人間 ・構想力と大局観と断行力を持とうと日々邁進する人間 我ながらハードル高いなオイ まぁでもこのくらいは求めてもいいだろうて。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;読書が一番コスパいい気がするんだけどな。 本を読まないと、同じ土俵にすら上がれないというか。 なんでもいいのだ。教科書でもいい。（数物理の教科書なんて俺は1ヶ月読んでも分からなかったw） 自分より上位の人間が通った道筋から、何かを汲み取ろうとする意志と行為が尊いのだ。 「読書に準ずる知識の更新の手段」って、読書の門を一回くぐった人間が他のメディアに触れる or 天才の近くにいていつも修羅場 or 天に学ぶモノホンの才能 以外に俺は思い浮かばない。 ああ、後はアレか。新しいことを常に試して体得していく奴。これは強過ぎる。本とか目じゃない。 なんだろうな。なんだろう。自分の能力に歯痒さを感じたこととか、あの人に太刀打ち出来るように！ とか、そういうことを本気で願ったことがないのかな。 だとしたらそれはとても不幸なことだと思う。 俺は、幸せだった。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>思想のコピーというか継承というかその辺①</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-27_idea-copy-inheritance-1/</link><pubDate>Mon, 27 Jul 2015 04:06:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-07-27_idea-copy-inheritance-1/</guid><description>&lt;p&gt;せんせーと最初にお会いして頂いた時の会話で、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「舞さんが、あんなにも俺によくしてくれた理由が、俺には分からないんですよ」&lt;br&gt;
「一度訊いたことがあるんです」&lt;br&gt;
「なんで？ って」&lt;br&gt;
（当時の俺は子供らしく照れがあったから、『舞さんは他にお客さんが居ても、俺のことばっかり構うよね』とか、『生活のためじゃないなら、どうしてお店をやってるの？？』とか、ひねデレた感じに訊いた記憶がある）&lt;br&gt;
「そしたら舞さんは、（俺のことをスゲェ慈しむような目で）&lt;br&gt;
『あなたのようなひとが来てくれたらいいな、と思ったんです』　って答えたんですよ」&lt;br&gt;
「俺には今でもそれが分かれていないんですよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;せんせーは、へっへっへ、と闊達に笑って&lt;br&gt;
「うーん、わたしはわからなくもないかな。なんかこの子ヤベェな、的な。成長を見てておもしろいとでも言うのかな？」&lt;br&gt;
「…………僕が？」&lt;br&gt;
「うん。なんか与えると、この子は次はどうするんだろう、みたいなのを見守る感覚。」&lt;br&gt;
「…………僕が？」&lt;br&gt;
「うん。」&lt;br&gt;
「それは…… なんといいますか、光栄の至り、といいますか――ね。」&lt;br&gt;
「君がこの“まちかねワニぬいぐるみ”を、懐かしいなぁ～　買っちゃお。ってなる頃にわかると思うよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;って。まぁ正直オレはこの時そうとう緊張してたのだけれど、「わたしはわからなくもないかな」&lt;br&gt;
という言葉と、後々までも……まぁ色々遊んで下さったこととか（色々。俺はつくづく果報者だ）あって、薄く浅く、息をするように伝えて頂いた気がする&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺が舞さんに初めて会ったのは、俺が7歳、舞さんが26の時だ、それからついぞ俺が12になる少し前まで、（あの人は俺に家と店の鍵を渡して1〜3ヶ月居なくなることとか、よくあったのだけれど）割とかなりの頻度で遊んでもらったと思う。&lt;br&gt;
一番はアレだな、7〜9くらいまでの時だな。&lt;br&gt;
まぁいいや。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;せんせーと、上みたいなお話をしたのが、俺が19の時、&lt;br&gt;
あれから5年経って、俺ももう24になる。&lt;br&gt;
あの時の氷上の年齢まで後2年ちょい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同じところに至ったかなぁ、と至れるかなぁ、と考えを巡らせると、「少し足りねぇかなぁ」と思う。2年で届くだろうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;師匠のあの小回りが効く感じ（状況を整えた後に俺のことをバイクで拉致って山で1週間訓練をつける感じ）は、目的に向かって邁進する年齢（社会人になって2〜5年目くらいの行動の幅が広がった感覚）もあるのかもしれない。ここは分かるかもしれない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;氷上が俺のことをあんなに構った、その動機の部分のことは少し思い及ぶ段階に至ることが出来たようにも思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もう少し書きたいから少し分けよう&lt;/p&gt;</description></item><item><title>読書家コミュニティーの探索</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-12-04_readers-community-search/</link><pubDate>Thu, 04 Dec 2014 00:41:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-12-04_readers-community-search/</guid><description>&lt;p&gt;9月下旬〜11月上旬にかけて。 ……結論から言うと失敗に終わったw φ&lt;/p&gt;
&lt;h1 id="理念"&gt;《理念》&lt;/h1&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;2ヶ月に1度位の頻度で、面白い本とかで飲める人が欲しい&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;→ c.f. 社会人の友達を20人作れば就活は上手く行くんではなかろうか？？&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;φ #思い描いた理想のすがた 出来れば、&lt;em&gt;&lt;strong&gt;〜10上の女性、15〜20上の男性&lt;/strong&gt;&lt;/em&gt;、くらいの層がいいのではないかと&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;付き合い方としてオレが自然体でいることができるのは、きっとこれくらいの年齢の人なのかなぁ〜と。 (欲を言うならば、お金が心許なかったから ＋ オレが感心できるようなことを言って下さる人が欲しかったから、年齢層は下でない方が良かった。いや、そういう賢人を引き当てる確率の問題。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;大学外の人が良かった。←いや、これは失敗の原因の一つかもしれない。。こういう絞り方をしてはいけない φ&lt;/p&gt;
&lt;h1 id="方法論"&gt;方法論&lt;/h1&gt;
&lt;p&gt;とりあえず余ってるLINEとmixiを使って何かやってみよう、アカウントが2つあるし、ちょっとものは試し…… くらいのもので、少しだけ動いたけれど、手間に対する圧倒的なまでの回収率の低さからすぐに頓挫した。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;LINEはクソリプしか来なかったし、(有象無象 mixiは結局LINEに結び付けようとする人しか来なかった。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;h1 id="結論"&gt;結論&lt;/h1&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;きっと熱量が足りなかったのだろう。&lt;/strong&gt; なによりもまず俺にとって最優先事項は、せんせーとグアムに行くことだったのだから。。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>お金と我慢と楽しさ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-03-08_money-patience-fun/</link><pubDate>Sat, 08 Mar 2014 22:17:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-03-08_money-patience-fun/</guid><description>&lt;p&gt;すればするほど欲しくなる&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;昔、物欲も三欲に入らないことが不思議だった。&lt;br&gt;
今では、まぁ、理由はなんとなくわかる気がする。&lt;br&gt;
欲に限らず、捨てれば捨てるほど逆に生きやすくなるのかもしれない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;シンプルさにかこつけて記述するけれど、&lt;br&gt;
デザインが金になることを体感したのは、iPhoneを持ってからだった。……、ああ、これは、金になるわ、と。&lt;br&gt;
機能性と簡易さと……いろんなものが入ってるのに、それはそれは簡単な形をしている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;年々、欲しいもののクオリティが上がるのだけれど（家とか土地とか嫁さんとか）、満足のグレードは段々と下がってゆく感じがする。（これも悟りの一種か）&lt;br&gt;
我慢を覚えている訳では無いと思うが。……この感覚はうまく言葉にできないなぁ、世界が広がった、のかもしれないなぁ（これもこれで抽象的極まりない言葉だ）&lt;br&gt;
世の中には自分よりも不幸な人がいっぱい居て、それと同時に自分よりも幸福な人もやや沢山いる。（あまり差別的な表現は好きではないが、日本という土地に生まれた時点である程度のイージーモードは保証されることを知ったというか）&lt;br&gt;
野菜が美味しく感じるようになって、やりたいことと知りたいことは増える一方。同時に金と名誉が欲しくなって、その両方が圧倒的に足りないことを不服に感じる。&lt;br&gt;
経済の基本は欠乏だろう。足りない。足りない。だから欲しい。用意するのは対価。お金。&lt;br&gt;
金銭感覚は未だに正しく身についている気はしない。&lt;br&gt;
（この場合の正しさっつーのは、いわばこれだけ使えばこれだけ残ってて……、という肌感覚だね。どうも整理整頓が肝要な気がする。今の俺には、どうも物が多過ぎる嫌いがあるにゃー）&lt;br&gt;
俺の価値基準の基本は、相変わらず氷上の姫さんだ。&lt;/p&gt;
&lt;h5 id="物質的なものに未練を抱いてはいけませんよ"&gt;「物質的なものに未練を抱いてはいけませんよ」&lt;/h5&gt;
&lt;p&gt;というのが例によってあまりに深すぎる彼女の言だが俺はまだここまで至れてはいまい。（いや、感覚としては分かるのだ。彼女は俺の精魂込めたノートを一冊残らず笑顔で焼き払った）&lt;br&gt;
物質的なものに未練を抱かない、というのは、ある種諦念の様なものを感じる。&lt;br&gt;
その考えは美しいのだけれど、どうも難しい（というか、&amp;ldquo;色々あって最終的に至るところ&amp;quot;のような気がする。ーー洗練の前には必ず浪費があるように。&lt;br&gt;
口惜しいことこの上ないが、師匠はこいつを体現していたように思う。憧れるが腹が立つ。なんだあれ。&lt;br&gt;
最近読んだ新書に「Amazonを、&amp;ldquo;金を払えばいつでも保管してある荷物を引き出せる巨大倉庫と考えたらどうだろうか&amp;rdquo;、」という割とアレな極論がまことしやかに書いてあって、ちょっと笑った。いや、極論だけれどいい考えだと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;今の俺の金銭感覚は等身大のものより大きいものな気がする。……それが俺の器の大きさを潜在的に示しているものであれば良いのだけれど。&lt;br&gt;
価値のあるものにはキチンとした対価が要る。&lt;br&gt;
対価が用意できないのならば、それは身の程を弁えて居ない醜悪なものであろう。&lt;br&gt;
一方で欲を持たないのも俺にはどうも歪なものに思える。&lt;br&gt;
要はこれもまたバランスだろう。&lt;br&gt;
俺の大事な義妹が昔どっかで宣言してたのを思い出した。&lt;/p&gt;
&lt;h5 id="いっぱい稼ぐ"&gt;「いっぱい稼ぐ！！」&lt;/h5&gt;
&lt;p&gt;金のある人のところに金が集まるのはまだいい。努力だろう。しかし、労働やモノの対価ではない、金と金の渡し舟でどうかして上手く稼ぐ人間が最も金を多く持つという、世相には資本主義のどうかした矛盾のようなものを感じる。……、そんなのは頭脳労働とは決して言えないし（だってサイエンスのように新しいものを彼らは決してその（逆説的に消費とも言える）行為から生み出さない）&lt;br&gt;
リスクを負えばいいという話でもあるまい……、まぁ、よくわからないことに口を出すべきではないか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;師匠は昔、「どんな時でも、金はあるところには有るんだ。……だから何処に何があるか正しく見極めて、そいつからそいつに損と自覚させないようにぶんどる。手段はなんでもいいさ、&amp;ldquo;損をさせない限り&amp;quot;な。損をさせる時は殺して殺される覚悟を決める時だけだな。これも等しく戦争だ」&lt;br&gt;
なんて渡世人極まりないセリフを狂言回していたけれど、一部においては事実に思える。ーー極論だが。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;また長くなってしまった。……結論は、そうだな。&lt;br&gt;
職業に貴賤はないし、金の有る無しでその人の価値は測れない。&lt;br&gt;
しかし、どんな形であれ、極端な支援を受けず、労働し、家計を支えて自活していけるのならば、その人とその人の金銭感覚は尊敬に値する様に思う。 ……、少なくとも、学生の身分で、安定収入がなく、金も地位も名誉も持ち合わせない今の俺は、そう思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;追筆;&lt;/p&gt;
&lt;h4 id="子供の教育費"&gt;子供の教育費&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;俺は一人っ子だから、俺の母親は俺に二人分は使った、と豪語している。&lt;br&gt;
まぁ全てが有意に実ったとは俺は口が裂けても言わないが、俺はそれだけの心血を俺に注いでくれ続けたことには、両親に対して尊敬と感謝の念を禁じえない。&lt;br&gt;
しかしまぁ、（受けた側の）俺からしたら、それなりに不満は有るし、必要だったのかなー、と空々しく思うことも少なくなかったりもする。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;家庭教師をしたのだ。塾講師として関わった生徒たちのことを感情に入れると、10人以上の生徒に関わった。（こんなはずではなかった。10人は、俺にとっては多いよ）&lt;br&gt;
これは俺の中で、「成長期の教育」っつージャンルで割と興味のあることで、延長線上（大元）には「俺に対する教育ってあんなにひつようだったのかよぅ？」っていう疑問があったりもする。&lt;br&gt;
中高大と、俺の友人にはそれなり以上に優秀な人間が居て、俺はそいつらから俺なりに習慣や思想のようなものをパクりまくっていい感じに成長したと自負しているけれど、なんというか、そういう（1を聞いて10を知る、とまでは言わないけれど、5.6位までならば思い至る、と言ったような）&amp;ldquo;カン&amp;quot;が、よくない生徒は、あまり成績も振るわない気がする。&lt;br&gt;
何事にも成功しやすい人間っつーのは、きっと習慣から作られてると俺は当たりをつけて、ユダヤ人の思想とか、古人の名著とかを読んでみたけれど、一番小難しくしっくりくるのは五輪書だった（話が逸れたな。この話は改めて。）&lt;br&gt;
結局は熟練度というのは繰り返しに終始するが、その繰り返しがどういうところから来てどういう処へ向かうのか（つまり、何をすればどういう結果になるのか）、とか、&lt;br&gt;
朧げながらにでも目的のようなものが想像できる子はそれなりに成長したように思う。（後は逆に盲目に淡々と熟せる人間も）&lt;br&gt;
俺の動機が俺にはまだ分からない（ままここまで来てしまったのはちょっと謎なんだが） それが今の延長にあると良いのだけれど。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺にはまだ分からない。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>ハヤタの天才性</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-01-22_hayata-genius/</link><pubDate>Wed, 22 Jan 2014 15:23:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-01-22_hayata-genius/</guid><description>&lt;p&gt;ちなみに僕は天才という言葉が嫌いだ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;どういう人が天才と評されるかを考えた時に、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　ある集団のおおよそ1.2倍、（なにかを）上手くこなすことが出来るのならば、その人は（その集団においては少なくとも）天才と評されるようになるのではないか、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;と、俺は思っている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　細かく定義したところできっと意味はないだろうし、大抵の物事というものは『時と場合による、』という超絶便利な結論が大半を占めるのだから。（今回もそういう話ではあるだろう）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1.2倍出来ることには、理由があると思う、&lt;br&gt;
たとえば、それだけ多く時間を使っていたり、&lt;br&gt;
たとえば、それだけ効率を意識していたり&lt;br&gt;
たとえば、工夫して違うやり方を編み出していたり、&lt;br&gt;
たとえば、上手くやるためにたくさんの文献で読んだ経験を活かしたり&lt;br&gt;
たとえば、単純に既存の無駄を省いたり&lt;br&gt;
たとえば、他人が知らないツールを使っていたり&lt;br&gt;
たとえば、過去の似た経験が活きていたり、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そしてたとえば、上手くいくための考え方をしていたり。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;……考え方。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　時間という絶対的な支配者をどう捉えるか、それこそ人によるのだろうが、僕は最近こんな風に捉えている&lt;br&gt;
「平等に与えられる、浪費可能な資源」&lt;br&gt;
と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ユダヤの諺だけれど、&lt;br&gt;
「場所を取らない物が無いのと同じ様に、&lt;br&gt;
時を持たずして生まれてくる人間も居ない」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;……凄い言葉だと思う。少なくとも、俺は自分の中からこの言を生み出せる自信はない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　私事ではあるけれど、&lt;br&gt;
　俺は割と無駄に便利な小物が好きで、（その無駄に便利な小物というものは、後から考えるとそこそこに、無駄な物、に分類される上に、（これは趣味だが）本に関しては、その本と、本に書いてある内容が（少しだけ未来の）自分にとって必要、もしくは一読の価値アリ、と断じた瞬間に読む時間があれば際限なく買うが故、金遣いが荒い方だと自分を捉えている。（まぁ、その買ったものを無駄にしない位には使い倒している気はするのだが）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　最近は部屋に物が溢れていて、場所を取らない物は無いという言葉は自戒の念を禁じ得ない（笑）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　そして同時に、時間についてのユダヤの考え方に感動したのだよね。なるほど、と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　時間は大事だと最近、切に感じる。&lt;br&gt;
　人生は後半の方がはやく過ぎ去る様に感じる理由は（答え合わせはまだだけれど）過ごした時に比例するだけの経験から、一瞬でより多くのことを感じ、考える様になって、だからこそ多くのことをしたくなるからではなかろうか。そして同時に残された刻限を（これもまた同じ様に、知識と経験から）想像出来るが故に、焦燥感と危機感に、意識の何処かで苛まれるからなのではないか、と思う。……、ああ、後、考えたことを実行するだけの体力と精神力の衰退もあるのだろう。バイタリティ大事よね……、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　しかしそれは懸命に生きたからこその感覚なのかもしれないと思う。だから僕にはまだわからない。&lt;br&gt;
早く感じるということにはきっと理由があるのだろう。……僕にはまだわからない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　人間は、自分にとって新しいことをしている時は、長く時を感じる、というTIPSを読んだ。（信憑性はわからない）しかし、そういうものかもしれないな、とも何処かで思う。&lt;br&gt;
　新しいことをするのはストレスであると同時に愉しみなのだろうな、と思う。&lt;br&gt;
一生（どのような形であれ）勉強というものが続くのは、なんとなはなしに今の時点で予測がつくのだけれど、俺は「既存のものをよりよくする」エンハンスenhanceという概念がとても好きだ、愛している。……、いや、、今回関係ないな、この話は。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　年をとるにつれて安寧を求めるようになるのは自然なことだし、知らないこと、というのは減っていくのだろう、と俺は考えている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　まるで安寧を悪いことの様に言っている様にも捉えられるかもしれないがそんなつもりは無論、一切ない。それを得るための努力以上に尊いものはこの世界にそうそう無いと思う。僕も安定が欲しい。（そして失いたくない）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　この世界で味わいうる全感情を味わってから死にたい。&lt;br&gt;
それにはどうも孤独と愛が足りない。&lt;br&gt;
（やっと家族の軛から一時解放されるので、存分に力を振るおうと思う。……決意は無為になることがどうも多いので考えた、程度に留めおこうと思う。（どうもそのほうが試みというものは成功しやすいようだ）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これもまたユダヤの諺だけれど、&lt;br&gt;
「人間は暇になったら政治を始める」&lt;br&gt;
そうだ、（この言葉の意味はまだはかることが出来ていないけれど、世相を見ていると自然と納得がいくような気はする）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なんだか話が逸れ過ぎているので話を戻そう。&lt;br&gt;
……天才性と考え方について。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;僕は、他人に感心出来る点があれば、それを自分なりのレイアウトで可能な限り真似して取り入れようとする習性がある。（高校の近しい友人にも多く見受けられた。要は；『勝手に学ぶ（パクる）』）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その行為は単純に楽しい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;天才性と考え方。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;友人に一人、（これは人間に対して使う言葉ではないと強く思うけれど、）「ふつうに意味がわからない」人間が居る。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;……彼のことは俺は理解を半ば放棄している。きっと何処か似ているにも関わらずカバー範囲が違う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（この感覚は大して珍しいものではないようだ。……、ただ、彼に関しては恐らくレアケースが過ぎるのだろうと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まぁいい。&lt;br&gt;
結論に急ごう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;菊池隼太の天才性の要因は幾つかあると思うのだけれど、&lt;br&gt;
一つ、とても大きな要素として、&lt;br&gt;
「イメージの抽象的深さと、それを現実世界に持ち出す手法についての勘の良さ」&lt;br&gt;
は大きな要因ではないだろうか&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　後の俺にも分かるように言葉を加えておくと、&lt;br&gt;
「イメージの抽象的深さ」というのは、言語化しない段階でのイメージのこと。&lt;br&gt;
状況を規定した後はパフォーマーに任せて、「結果として上手くいくかどうか」のみを判断するという様な。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;彼の言葉だが、&lt;br&gt;
「『全てのことは想像に始まって、想像に終わる。いいか？想像出来て、出来ないことを俺に教えてくれ。&lt;br&gt;
人間が飛ぶことが出来ないのは飛ぶ構造と機構と、それを動かす様子を委細、想像出来ないからだ。だからそれ（人間が外部ツールを使わずして飛ぶこと）は不可能だ。&lt;br&gt;
――逆に想像が詳細にわたって可能な上で出来ないことなんてこの世に無いんだよ、』&lt;br&gt;
って、俺の親父は俺に常に言っていたんだ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「んー、全員が楽しむことが出来る状況は、俺は想像出来なかったんだよね。無人島に、あの人数で行って、何人かは確実にどうしていいか分からなくなる。&lt;br&gt;
そこでお前やドヤさんみたいな人間を、あの&amp;quot;島&amp;quot;っつー空間に置くんだよ。そしたらああ、これは大丈夫だ。パースとして足りるわ、ってなったんだよ。&lt;br&gt;
俺がやるべきことは、端っこでつまらなさそうにしてる奴を楽しい側に叩き込むことで、それでなんとかなりそうだったんだよね。」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「いや、イメージが湧かへん。絶望的やw」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「昔、数学者が女と付き合ってて、結婚寸前までいってフられたんだよ、あなたのことがわからないって。&lt;br&gt;
そしたらその後で別の、これまたいい女が、&lt;br&gt;
そうね、あなたとの結婚生活は想像出来るわ、&lt;br&gt;
っていって、そのいい女と結婚することになったんだよ、&lt;br&gt;
俺はドラマのそのシーンを観て、いいなぁ、って思ったんだよね」&lt;/p&gt;</description></item></channel></rss>