仕事のやり方として見直さねばならないこと

超絶イライラするので言語化する。出来ない、出来ていないという指摘は無能であるということと同義で、それは結論身につけなければいけない技能である。 何が根本の原因なのか? 「時間をちゃんと使って」「準備したらちゃんとできること」が、「即死を回避するように走っている」が故に、「準備が不十分」の状態で挑まねばならず、「悪い結果に落ち着く」 必要なのは、期待値コントロールと、「出来ない」「受けない」という覚悟。 手離れの悪い処理の仕方は見直して行かねばならない。 手離れの悪い解決をしているのはなぜか? → タスクを飲み過ぎているから。 じゃあなんでタスクを飲み過ぎているの? → 他に担い手が居なかったから。 その状態は解消しているのに、なんで同じ状態が続いているの? → 手離れが悪い状態であり続けているから タスクのリファクタリングが必要な時期なのかもしれない。 正直、失敗するor潰れるビジョンしか見えない。もっともっと、いいように人を巻き込まねばならない。自分の抱えているタスクを上司に共有して、課題意識をもって優先順位を決めて、自分の考えているスケジュールになるように、会社内でテトリスをする。 自分よりもできる人間がいる状態で、俺がやる必要は一切無い。マジで無い。 小学生の時と同じイラつきを今日感じた。 自分でやるのが早いからといって、自分でやってはいけないことが結構ある。 それはどうすればよいのか? 管理できる状態にして、他の人にそっと、優しく渡す。 管理できていないことで怒られるの、結構マジで腹が立つ。管理できないはずがない。 時間がないだけなんだ。じゃあちゃんと時間を確保しないと。 それに尽きる。ちゃんとやる、ちゃんとやり切るための時間を確保しないと。 そして俺はもっと早く自覚するべきだった。管理体制の構築にはコストが掛かるということに。 とりあえず初めてみる、みたいなやり口を提示された時に、「心の底から納得できる」状態になるまでそのタスクを受けないということを徹底しようと思う。 物事を始めるには、科学的なアプローチを取らなければならない。まず「測定可能」であり「検証可能」であり、「再現可能」であるように設計することが必要である。 そのような管理体制を構築するコストを支払うことに反対する管理者は存在しないだろう。

2018年9月6日 · 1 分 · 28 文字 · Keito Fukushima

整理すること、捨てること、受け取らないこと

いいと思ったものは、よく考えてつくってある。 整理というのは、考えた上でのみ可能なことである。 忙しいのは、整理ができていないから。 整理ができていないのは、考えが足りないから。 考えが足りないのは、考えることに時間を割いていないから。 知るべきことを、知ることが出来ていないから。 考えるべきことを、考え尽くしていないから。 それは即ち、怠慢である。 頭を使って、心を尽くして、丁寧に生きていないからである。 丁寧に生きるのだ。 丁寧に生きなさい ――字がきたないのと、丁寧に書かないのは違うのです。わかりますか? 意識の有無、意志の強度。 漫然と生きる生に価値はない。 なぞるように、丁寧に。 死の淵で後悔しない様に。

2018年6月16日 · 1 分 · 16 文字 · Keito Fukushima

有限の要素を想定するか、否か

数学というのは、抽象度を極限まで上げて考えることに長けた分野な気がする。 抽象化が上手いというのはどういうことだろう。 「弁論術、相手を説得する方法というのは、古来からそう変わることではあるまい」 なるほど。 「大抵の本は、読んでいて抽象度が足りなくてイライラし始める」 この感覚は抱いたことが無い。至れていない。 どうも俺はロジカルな言葉を使うことに慣れていない気がする。 そんなに交渉弱い自覚もなかったんだけどな。武器足りない感じがする。もっと。もっと。 足りなさすぎる。 同じレイヤーで話を出来ていない感じがすごい。 階層を上げなければ。

2018年6月14日 · 1 分 · 11 文字 · Keito Fukushima

仕事上の負債をいかに作らないか

時間が無いから、検討の甘い状態でリリースされた、してしまった系のものでしっぺ返しを受け続けている感じがする。ちゃんとまとめて、言語化して、正しく認識して、リスクを評価して、危機感を共有しなければならない。 これを読んで、スゲェ刺さった。 負債を作らないこと。 正直手が足りないってのが根幹にある気もするのだけれど、それにしたってもっと上手いやり方というのは存在するはずだ。 それは納期や仕様を握りこむ力に等しい。 (納期というのは、最初に感じた二倍の数字を言うくらいで丁度いいらしい。大方の場合、想定した前提条件は事実通りの前提条件ではない) 仕様が確定していないものを作ってはいけない。 途中で仕様や前提条件が暗黙的にでもが変更されるようなことがあれば、それはステークホルダーに共有せねばならない。聞いてねぇよ!! が生まれる 何よりもまず、状況を可視化しなければならない。可視化した状況を共有しなければならない。 共有の時は抽象度を上げて話さねばならない。 状況というのは適切に管理されなければならない。 しかし、肌感のない分野で、どうやってMECEを担保すれば良いのだろう。 会話が相手のギアと合わないのは、どこに起因するのだろう? 恐らく何らかの必読書的な領域に辿り着いて居ないのだと思う。もっと。もっと考えなくては。

2018年6月14日 · 1 分 · 15 文字 · Keito Fukushima

マルチタスクをするに於いて

ToDoに落とし込めていない要素があれば、それはあらゆる人間に訊いて回らなければならない それは自分でボールを止めているという認識であり、ボールは蹴らねばならない。 ボールを蹴るという行為は、共通認識として握るという理解である。

2018年6月11日 · 1 分 · 3 文字 · Keito Fukushima

飢え

コトを為すのであれば、食事というのは計画的にせねばならない。 何かを考えつくためのベストコンディションを整え続けなければならない。 昼と夜の思考を意図的に、儀式的に区分しなければならない。 そして求める着想というのは恐らく、適度な空腹からしか生まれないのだと思う。

2018年6月10日 · 1 分 · 4 文字 · Keito Fukushima

当然のことを当然のように

ギリギリで間に合わせることよりも、恒久の対応を優先するべきタイミングは、往々にしてある。 何かのアウトプットを求められた時に、以下のことを必ず考えるべきである ・それはアドホックなタスクなのか、今後の更新が起こりえるタスクなのか ・最も負債の少ないカタチはどの様なものなのか(コードとは負債である) ・最もコミュニケーションの少ないカタチはどの様なものなのか ・どの様なPDCAを回してゆくのか ・最終形態(クリエイティブなあるべき姿、いわばグランドデザイン)はどのようなものなのか ・獲得目標・勝利条件・中間目標の認識は、ステークホルダー間で一致しているか? ・それは丁寧に考えられたものか? ・それはシンプルなカタチになっているか? もっと色々有るのだろう。 思いつくたびに更新してゆく。

2018年6月10日 · 1 分 · 12 文字 · Keito Fukushima

ドキュメントについての心構え

「プロダクトについてのドキュメントは、プロダクトが極めてシンプルであれば、書かなくとも良い。むしろあらゆるデザインとはそうなっているべきである」 「ドキュメントを書くときの心構えは、『相手の質問を封殺する』というものが自然だ。そしてその心構えであれば、ドキュメントも自然と構造化されてシンプルになる」 「所掌とロジックを明確にせよ」 「仮説→検証のサイクルを設計せよ」 「外でも使いまわせるブロックを、どうやって作るか」

2018年6月7日 · 1 分 · 5 文字 · Keito Fukushima

適切なインターフェースを考える

インターフェースとは、データとデータの間をつなぐ「決まった動きをする」システムのこと。 このInputをすれば、必ずこのOutputが帰ってくる。 IOについての、共通認識を作ることが肝要だ。 「このInputでいい? このOutputでいい?」ということを、所掌が別の人間と会話する時には、必ず意識せねばならない。 正直、同じIOが確約されるのであれば、手段は問われないのだね。これは「どんな数字が欲しい?」と口の端を上げて笑うことと、何ら変わらないのだ。 インターフェースが適切であれば、他はカオスでも別に構わない。 例えば、y=x+5 というIOが欲しい時に、 y=x+2+6-3をしようが、 y=x+5をしようが、 それは全く本質的な話ではないということで、 使う方やら違うチームからしてみれば、裏側はどうでもいいのだ。 インターフェースの話をしている時に、 手段の話をしても、粒度が合わなくて、結構しょうもない感じになる。 大概の場合、打ち合わせというのは、手段の話はされていなくて、インターフェースの話をしている。 打ち合わせとは、つまるところインターフェースを決める場なのであろう。 それ以外の話題を出す場では無い。

2018年6月5日 · 1 分 · 18 文字 · Keito Fukushima

都合半年、ブログを更新していなかったのかと気がついて

なんで書かなかったのだろう+書けなかったのだろう? きっと完全を目指したからなんだろうな、と思う。 言葉にしてしまうことで、自分の中で整理をつけてしまうことが、とてもとても厭わしかった。 溢れるように言葉を綴っているのは、 「あ、俺これあと少しでイケる気がするってところで停滞してるわ!」と思ったのと、 「度量足りないし、スキル足りないわ、なんかカッコつけて文章を書くのは諦めよう」と。 なるほど、オレは諦めて足掻き始めたんだな。 この半年の、文章的に空白の期間の思想については、イブラジで補完可能だから、まぁ良しとしよう。 過去の思考を辿ろうとした時に、言葉は潤沢で 取りこぼしは、無いのだから。

2018年6月4日 · 1 分 · 10 文字 · Keito Fukushima