<?xml version="1.0" encoding="utf-8" standalone="yes"?><rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"><channel><title>Think About "Everything" on エロと笑いは世界を救う</title><link>https://blog.fukushi.ma/tags/think-about-everything/</link><description>Recent content in Think About "Everything" on エロと笑いは世界を救う</description><generator>Hugo</generator><language>ja</language><lastBuildDate>Sat, 16 Jun 2018 12:09:45 +0900</lastBuildDate><atom:link href="https://blog.fukushi.ma/tags/think-about-everything/index.xml" rel="self" type="application/rss+xml"/><item><title>知りたいこと、整理したいこと、会得したいこと</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-16_things-to-learn-organize-master/</link><pubDate>Sat, 16 Jun 2018 12:09:45 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2018-06-16_things-to-learn-organize-master/</guid><description>&lt;p&gt;リストにする&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;仕様を握る能力&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;スクラップアンドビルドを高回転に回すノウハウとマインド&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;適切なコミュニケーション&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;事象を整理して整流化する能力&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;自分の要求を、人に通す能力&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;巻き込み力&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;ソフトウェア工学的な思考方法&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;体系化する能力&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;丁寧に仕事をするための、考える時間とそれを確保する能力&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;納得を形成する能力&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;深い洞察と知識&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;問いを生み出す能力&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;話を作る能力&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;逆に、要らないと思うものごとについてもリストにする&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;地道さを伴う何か&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;他の誰かが、もっと上手くできること。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;汎用性のないこと&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;離れワザ&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;カオス。整頓されていない状態&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;適切でない量や質全般&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;伝わらないという事象&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;愉しみのない空間&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;笑いの無い空間&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;トリック オア トリートとは、 想定しうる条件を、想定しきった上で、 それでも想定し得ない何かについては諦めて、 しかし、「こうなればいいな」という祈りとともに 望む未来を手繰り寄せるための イタズラを仕込み続けて、 さあどうだ と答え合わせをすることである。 イタズラを仕込む能力が低すぎて、自分で自分にイライラする。 イタズラ以前の段階だ。 すべての想定しうる事象と事由を考え尽くさねば。 そしてそれを徹底的にやり尽くさねば。 ああ、コレでやっと原点に戻るのだ。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>家族観</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_family-view/</link><pubDate>Mon, 05 Dec 2016 19:15:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_family-view/</guid><description>&lt;p&gt;家族観に関しては、何度も綴った気がする。&lt;br&gt;
確執はあったし、俺はそれを忘れることは、恐らくないだろうと思うのだけれど、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;母親や父親と、休日に焼肉に行ったり、&lt;br&gt;
仕事帰りの母親と下校時に合流して、美味しいものを食べに行ったり。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1回だけだけれど、家族旅行をしたり。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そういうのは、代え難い幸せだったと、今の俺は思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「ああ出来たら、こう出来たら」という感覚は、無い。&lt;br&gt;
やっぱ幼少の俺は常日頃は家に帰りたくなかったし、「このまま居なくなることが出来ればいいのに」と何かに対して願い続けた日々は、無かったことには出来ないけれど、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ふと思い返す、いい記憶も同様に存在して、&lt;br&gt;
ああ、幸せだったな。&lt;br&gt;
と心から思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「いつか恩義に感じることの出来る日が、きっと来ます」という氷上の言葉まで届いたのだと、&lt;br&gt;
そう思う。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>学生</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_student/</link><pubDate>Mon, 05 Dec 2016 18:51:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_student/</guid><description>&lt;p&gt;3月まで学生だった。 学生時代にやり残したことは、友人4人でシェアハウス以外は特に無い。 そして多分これは並行世界の俺は実行しているから量子論的にはノーカウント。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;学生から社会人になって、8ヶ月目。 学生とは、なんだろうな？ とたまに考える。 随分長く学生をやらさせてもらったものだが。 あの時代はなんだったんだろう？ と考える。 今と比べてどうだろう。 何かが変わったかといえば、あまり何も変わらないものだと思う。今も昔も。 やっぱり今の俺はあの頃の俺の思想的な地続きの先にあるものだ、と感じる。 &lt;strong&gt;何故エンジニアになる気満々で修士を出て、エンジニアリングに一瞬も触れずに経営層に突っ込んでいるのか俺には分からない&lt;/strong&gt;んだけど、 この現状は&lt;strong&gt;なかなかあるものでは無い&lt;/strong&gt;から、シチュエーションとしては既知のものって感じはある。（常に「こんなはずでは」「何故俺はここに居るんだ」と自問する人生だった）（決して社会的に低くない地位ではあったけれど、本意ではなかったものな）（斜め上にしか動けない縛りの人生） 俺の心持ちで何か変わったかと言われたら、多分そんなに変わらない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;物事に、向き合う姿勢は、多分学生として過ごして来た半生でちゃんと培われた。 学生生活は、ほどほどに手を抜きながらも全力だった。代え難いものだった。 恵まれた環境だった。 修士の時の恩師に 「2年でこれだけの成果を出した生徒は初めてでした。どこ行って何をしていても、キミは活躍できる人だと思います。応援しています」 という言葉は、やはり嬉しかった。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;学生生活を思い返して、俺の中に浮かぶ感慨は、 よい物語を読んだ後で、あぁ、とても満足だ。と自然に笑みが溢れて、 本を閉じる。 そんな感覚だ。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>対象年齢って大事だ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_target-age-matters/</link><pubDate>Mon, 05 Dec 2016 18:25:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-12-05_target-age-matters/</guid><description>&lt;p&gt;舞さんが昔言っていた。 「分からなかったことが、分かるようになるのは、すごく嬉しいことです。 世の中でこれに勝る喜びなんて、そうそうありません」 「でも、きっとやっぱりそれと同時に分からなくなってしまうこともあるんです。……これはとても寂しいですよね』&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;以下蛇足 この話の最中だったか、別のタイミングでだったかは忘れてしまったけれど、 「暗闇が怖かった時代もあったのに」という言葉が出たんだ。 俺はこの言葉が凄く好きで、……凄く憧憬的な言葉だと思う。 「暗闇が怖かった」ってのは、誰しもの心にある原風景だと思う。 モチモチの木で、豆太が夜怖くて小便に１人で行けない。みたいな。 そういう怖さが、誰の心にもあったはずなのにね。 もう忘れてしまったよ。 夕日に伸びる影をふしぎに思ったこととか、みんなで鬼ごっこしてて、ふと冷静になった時の風の心地よさとか。べたつく汗が気にならないくらい遊んだこととか。 そんな時代があったんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;樋口一葉のたけくらべを読んで、 「今とても高尚なものを読んでいる！」みたいなテンションになったのだよね。 あれは小４の時か。 でも、読み終わって心に残るものが無かったんだ。 精神年齢が、その作品を分かることが出来るレベルまで達していなかったんだと思う。 なのに、「今凄いものを読んでるんだぜー　へっへー」みたいなことを思った自分が居て、でも読み終わっても俺は何も得られて無くて、ああ、これ意味ねぇな。と思ったんだ。 本を読むのならば、俺は一番楽しめる年齢で、一番楽しめる作品を読んでいたい。 わからない作品を、分かるフリをして読むのは愚かなことだと思うし、 「ああ、この本はいい本だけれど、もう少し前の自分だったらもっと楽しめたのに」と悔しく思うことも嫌なんだ。 常にギリギリ楽しめる最高のものを読んでいたい。 思想的に地続きでありたいのかもしれない。 飛ぶこともきっと出来るんだろうけれど、飛ぶことはちょっともったいないと思うんだよね。 そのレイヤーにある凄く魅力的なものを横目に飛ぶことは、やっぱりもったいないと思う。 知識と経験のバランスをとって居たい。 そう、飛んじゃったら多分、頭でっかちになってしまって、経験が追いつかない。 経験が追いつかないということは、哲学が追いつかないってことで、それはやっぱり肚に呑み込めて居ないんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;対象年齢は大事だ。 対象年齢ギリギリの最高のモノを読みながら、対象年齢がちょっと上のものを手に入れ続けることも大事だ。 思想的に地続きであるということは、きっとそういうことなのだと思う。 多分、自明にクレバーでありたく無いのだな。 勝てる試合で勝ちたくないのか、 経験値効率を最大化させたいというか。 そういう算段を、ずっと立てていたい。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>道化</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-11-18_jester/</link><pubDate>Fri, 18 Nov 2016 02:36:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-11-18_jester/</guid><description>&lt;p&gt;自分の、心と、身体が、乖離する感覚。 手指が冷たくなって、足先の感覚がなくなる。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;本心というものを、人はどこまで表に出すのだろう。 顔で笑っておきながら、心が笑えない時に、俺は自分をどうしようもなく道化だと感じる。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;ココロに鍵をかけたまま 冷たい態度で　仮面を身につける だれが僕の素顔 知っているだろう？　君のほかには 自分の弱さも強さも さらけ出したいなんて　一度も思わずに 涙かくしてきた 本当の顔を見せられる人 （Masquerade コードギアス）&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;昔から自覚があるんだ。 小学3年生の頃に、クラスメイトと話が合わなくなった時？ それとも、幼稚園の年中の頃に自分の親のことを信じられなくなった時？ 心を偽って笑わないとスムーズに生きていけなかった。 笑うことは俺にとって、何処か死ぬことの裏返しみたいなところがあった。 死にたいなぁ、この世界から消えて、無くなってしまいたい。 そんな風なことを、狭い世界で毎日考えて、 いつしかよく笑うようになっていた。 嘘から出た真なのかもしれない。……どちらでもいい。 でも、俺の真は、そこには無いんだ。 本心が、深く深いとても昏いところにあって、 俺はその自分の、何処かドス黒い部分を 振り撒いてしまうことが嫌で、 世の中の流れは遅くて、 「もっとこうなればいいのに」 と思って、（結局はいつもそうなるのに） ほとんど誰も付いてこれなくて、挙句 「勉強し過ぎるとバカになる」 「いや違う、オマエラが付いてこれないだけなんだ」 と心で叫んで、 その叫びを理解して欲しくて、 でも理解してくれる人は、この世界には中々居なくて、 寂しいけれど共感はされず 人間失格と自分の心をヒロイックに笑ってみたり 音楽を聴いた時に、少し救われた。 それはクロノクロスという作品で、 俺には何か、静謐な音の檻、水底にたゆたう静けさ、 そういったものを、俺は感じて。 それは俺が俺の中で、ずっと大事にしていた本心の懐いていた風景で。 昏い昏い蒼色で、光は少ししか届かないんだけれど、 水面の波のように表情豊かで、静謐で、 世界から少し離れているのだけれど とても綺麗なんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;大学生の時に、俺はとんでもない女と付き合った。 図書館で「茶の湯の心理学」って本を読んでたら、なんかもうコイツ大丈夫かっていうくらい俺と同質の目をした女に 「おもしろい本を、読んでいるわね」 と静かに声を掛けられて、 その時に思ったんだよ 「うわマジか、とんでもない美女だオイ」 「うわマジか、なんでこの女まだ生きてられるんだ。よく死んでしまわなかったな」 （美男美女は、世界の宝だ。愛でなくては！） 「ああ、俺はこの女ときっと付き合って、恋人同士になることを避けられないんだけど、 きっとそう遠くないうちに終わる」 俺はなんか妙な勘が働くというか、 「目の前の相手と自分の関係が、どんな風に終わるか」 みたいなのが（相手によっては）漠然とわかる時があって、 大抵、そうならないように本気を出したり、出さなかったり、 そういう俺の努力の有無や、 望む望まざるに関わらず、 俺が最初に幻視した風に関係が終わる。 最初で最後が思い浮かんで、 そうならないように「俺らしく」「俺らしくなくワザと自分の行動を崩してみても」 どう本気で足掻いてみても、 その人との関係は、「見たことがある」 「知ってた……」 という風に終わる。 「この人と結婚するんだろうな」みたいな勘とか、匂いとかは、みんな感じると聞くから、きっと同質のものなのだろう。 捨てられたことから身につけた、自己防衛のような感覚なのではないかと、 俺は、思う。 （続く）&lt;/p&gt;</description></item><item><title>愛とは</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-11-16_what-is-love/</link><pubDate>Wed, 16 Nov 2016 22:41:08 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-11-16_what-is-love/</guid><description>&lt;p&gt;愛ってなんだろうな。 ずっと、ずっと考えてた。 親愛であったり、友愛であったり、恋慕であったり。 もちろん、自分の中では一応の答えのようなものにはたどり着いていて、 ここ何年も、俺にとっての『愛』というものは、 「他人を殺してしまったとして、それが正当化される唯一の理由」 ってもんだった。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;「なんでその人を殺したんですか？」　と問われて、 「だって愛していたんだもの」　と。 俺、これ以外に人間が他人を殺す理由で、万人が納得（共感）出来るのは無いと思うんだ。 相手に抱いた感情が、閾値を超えてしまって、いっそ殺してしまいたくなる。 俺が好きになった人には、もう心を捧げている人が居て、 俺はその間に（なんか妙なカタチで）入り込んで、 それはそれはとても幸せな思いをしたけれど、 「このひとがオレのものにならないならいっそ殺してしまおうか」 と考え続けていた。 子供ながらあの感情に嘘は無かった。 同時に、心からその人の幸せを祈る、その自己矛盾が哀しくて。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;大学院在学時に、結婚式場でスタッフのバイトをしていた、と会社で話題に出したら、 「え、でもふくしまくん他人の幸せとかあんまり祝えなさそうだよね〜」 みたいなことを言われた。 他人と身内は違うよ当然だろ？　と思いながら、 いやぁよかったですねぇ〜！！　とちゃんと笑うだろうな〜　とかは思った。 いわば対岸の火事。 それと同時に、やっぱり殺したいほど誰かを好きになる感情とか、 そういうのは、中々無いというか、（あらまほし、されどありがたし　というやつだ） ああ、いやだからこそオレはもうなんかかれこれ４年くらい彼女を作れていないんだけど（白目）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;リゼロがとても面白い。 作者ほんと、きれいな文章を書くなぁ、と心から思ってるんだけど、 愛について、とても響いた言葉があって、&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「うんうん、わかってるってば。お父さんとお母さんの前では、昴はいくつになっても子どもなんだから……泣きたいときに、泣くのがいいの」 世界がぼやける。涙が溢れる。袖で拭って顔を隠して、スバルは母にその顔を見せない。菜穂子も、スバルのその意地を尊重して覗き込むようなことはしない。 ただ、ゆっくりと、スバルの髪の短い頭を背伸びして撫でながら、 「……ごめん、お母さん。俺、けっきょく、二人になにもできないまま……」 「なにかしてほしいから産んだわけじゃないんだよ？　なにかしてあげたいから産んだの。愛してあげたかったから、お母さんはスバルを産んだの」 ――その言葉通りの愛ならば、スバルはすでに数え切れないほど受けていた。 「お父さんとお母さんになにかしてくれたいなら、その気持ちを他の誰かにあげたらいいよ。それが昴の好きな子で、その子とまた愛してあげたい子どもとかできたら……もう最高じゃない？」 「……あぁ、最高だね」 「でしょう。お母さんの言うことに間違いはそんなにないんだから」&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;思慕については、もう端っこまで行った気がするのだけれど、 上の引用に関しては、オレはここまで至れていない。 でも、これまでのどんな言葉より美しく思う。 こんな感情を抱くことができるようになりたいと思う。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>遊び</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-10-06_play/</link><pubDate>Thu, 06 Oct 2016 19:08:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-10-06_play/</guid><description>&lt;p&gt;それは外へ外へと理解を求める行為なのかも知れない。 子供の頃から、特に、中学を除いた部分では、俺のやっていることは根本的に変わっていない気がする。 トリックオアトリートだ。 身の丈が大きくなった分、その分動ける範囲が変わっただけで、俺は常にあまりやっていることが変わらない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;遊びは難しい。 白川静先生が、「神はひとりで遊べるけれど、人間は神なしでは遊べない」 「お祭というのは、神様と人間が一緒になって遊ぶ儀式」 「神は一人でも遊べる。しかし、楽しくない。だから人と遊ぶ」 「襟を正す。本質は神からの恩寵」 俺の好きな遊びは、身持ちを崩すといったことではなくて、在り方として遊ぶ、といったことが理想だ。 会社に入って、この辺が伝わる人間が減ったのと、ここに価値を見出したことが無さそうな人間が多くて、 少し脱力気味に笑ってしまう。 なんだか浅いな、と。 生きている、理由が違うのだ&lt;/p&gt;</description></item><item><title>HTMLって何気に優秀なんじゃないか</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-08-10_html-is-actually-great/</link><pubDate>Wed, 10 Aug 2016 03:00:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-08-10_html-is-actually-great/</guid><description>&lt;p&gt;最近バッチファイルとか、VBAとか、なんか&lt;strong&gt;旧時代の遺産みたいな技術&lt;/strong&gt;を&lt;strong&gt;中心に&lt;/strong&gt;使ってる。 Why！？ とか思って笑ってしまうが、 こいつら舐めたもんじゃない。 何より大抵爆速。C程じゃないけど爆速。 個人的には&lt;strong&gt;Python大好き&lt;/strong&gt;で、&lt;strong&gt;とりあえず１手目はPythonで出来ないか考える&lt;/strong&gt;んだけど（そんなにコーディングレベルが無くても省エネにいいもん作れるし、なにより大抵シンプルに完成する） （今日会社のPCに特定のVerならインストール出来ることを知って嬉しくなった） こだわりは無意味だ。やりやすいものを使って目的を叶えましょうw やりようはいくらでもある。 「向いてない言語でも、向いてる言語の何倍もコードを書けば、同じことは出来る」 ってコンピュータ言語進化論っつー（凄くいい）本で読んだ気がするけれど、俺この言葉の持つ（そりゃそうだろうけどさw）って感じのオーバーキルな感じ好きだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;ブログ自体は、 1. iPhoneのsimplenote（web版もアリ）で書き溜めておいた草稿を、 2. PressSyncとかで、マークダウンを若干使って 3. WordPressに落とし込んだりしている。 （つまりこのサイト） それとは別に、最近は&lt;strong&gt;個人的に調べながら進めたりしていること&lt;/strong&gt;を、&lt;em&gt;プロジェクト管理的に&lt;/em&gt;非公開で書き殴ったりしてる。 【PJ】道場探訪とか。 ほら、身辺も落ち着いて来たし、大学入った時みたいに、自分に合う道場とか武道とかを探してみようか〜 みたいなノリ。 既に身についている動きが活かせる武道がいいな！&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;いや、省力でソコソコのレイアウトにまとまるから、適当に書いても後から見やすいのだよね。 どのデバイスからも編集と閲覧が可能だし。 （進行中の考えとかPJとかは、iPhoneのSafari使って、ホームに置いたりすれば、見る頻度と見直す頻度は高くなる） &amp;gt; （見直す頻度=クオリティだと思う）（revision大事）（ハイペースなrevisionを重ねるシステムこそがクオリティの担保）（つまり代謝） （なんだかんだブログに書くとカッコつけるから、ちょっと文章のクオリティは上がるものね！） OneNoteも良いんだけどさ、まだアプリが重いのと、ノートテイキングのハードルが低いから、「本気」の文章がどれかわかんなくなっちゃうんだよね。（そこがいいところなんだけどさ） ブログなら時系列順に並ぶ。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;時系列順に並ぶってのも大事。 時間軸方向の思想の蓄積を、一瞬で検索できるって凄いことだと思うんだ。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;進行が早くて、状況が動きまくるPJならいちいち編集ダルいんだけど、 1act/2weekとかだと、HTML（markdown）でストックした方が有意義な感じになる &lt;strong&gt;Bold&lt;/strong&gt; &lt;em&gt;Italic&lt;/em&gt; Holizontal lineとかが、スニペット的に入力出来る。これは大きい。 Bold大事。**その段落において、一目で何が言いたいか分かる。**特に日本語は冗長なところあるから、Boldマジで大事だと思う。 リッチテキストは本当にいい拡張子だよ。 OneNote使い始めて一切使わなくなったけれど。 ブログ便利。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>経験値がオーバーフローする</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_exp-overflow/</link><pubDate>Tue, 19 Jul 2016 18:58:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_exp-overflow/</guid><description>&lt;p&gt;ガキの頃読んだ随筆にこんな一節があった。 「人の仮面ばかり作ってきた老齢の陶芸家が、人間のデスマスクを指で触れ、なぞる。 陶芸家はそれだけで、その人間の生きてきた道筋、苦労、幸運、ともすれば信念まで当然のように言いあてるのだ」&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;俺はこれ、あると思うんだ。 経験値がオーバーフローして、ともすればスピリチュアルだとしか思えないレベルまで高まってる感じ。 ここまでの究極にはなかなか遭遇したことは無いけれど、俺、やっぱなんとなくわかる気がするんだ。 武芸百編、神事に通ずというか。 師匠が一抱えくらいの丸太をあっさり斬った時に、 「え、やばいそれどうやるの？」 って訊いたら、 「え？ いや、、あー、わかんねぇな。ずっと刀振ってたら、いつの間にか目の前のものが自分に斬れるかどうかが分かるようになってた」 みたいなことを言っていた。 職業病も、なんとなく近しいものなのかな、とか思う。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;センゴク天正記で、センゴク権兵衛が、家臣を選ぶ時に、 「ツラ構えは大事やぞ」 「ああいう、悪意の欠片もありませんよ、みたいなツラをしたヤツに限って、土壇場でコメを持って逃げる」 みたいなことを言っていた。 紅で、九鳳院紫が、 「嘘をつく人間は、嘘をつく時、嘘をつく顔をしている」「真九郎、どうしてわからないんだ！」&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;経験値がオーバーフロー。 なんかこの言葉、スゲェ好きだ。 ……いや、俺は言語化して納得していくっつープロセスが全体的に好き過ぎるんだけど、 絶対に言語化出来ない域のものは、もっと好きなのかもしれない。 量からしか質は生まれない。 量をこなすということは、数限りない試行を、ウルトラ失敗しながら、それでも続けるってことだから、それだけで既に割と尊いと思う。 めげるな進め、めげるな進め いやしかし、物事を挫けずに続けるに於いて、成功体験とか、認めてもらうとか、そういう承認プロセスって、スゲェ大事だと思うんだよ。 だから、めげずに頑張ってる人間は、いち早く認めてあげられる人間でありたいものだなぁ&lt;/p&gt;</description></item><item><title>人材≒食えるものの種類が増える</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_talent-equals-edible-variety/</link><pubDate>Tue, 19 Jul 2016 17:48:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_talent-equals-edible-variety/</guid><description>&lt;p&gt;ノドグロトーク②&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;「3マンセルを多く作る方が効率がいい」 「それに関しちゃあ同意だなぁ、リーダーも臨機応変、四季折々で変えていくってのが無いとな」 「人財って感覚はイマイチ分からない。人財の組み合わせで限界到達点が伸びたことは、今まで無かったしな」 「あー、いや、あー、うーむ。 それに関しちゃ、アレだ。食えるものが増えるって感じだ。メンバーの中に、とても省エネに何かが出来る奴が居ると、ソレも食えるようになる。」 「例えば、ああ、アイツ居るし、これも&lt;strong&gt;ついでに&lt;/strong&gt;やっても良いかな、みたいな感じになると思う。」 「深度に関しては、確かにあまり深くなるって印象は無い。ただ、同じ深さまで掘る労力で、良いものもついでに食える印象がある。」 「つまり、グルメになれる」&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;プロジェクトに於ける人財というものは、こういう理解であまり外していないと思う。 深さは概念設計で決まる気がする。 予想外に深くまで行った、って感覚は、たまにあるけれど、ソレはヒトベースなのではなく、 時と場合ベースの運みたいなもんだと思う。 だから、深さは設計ベース、幅は人財ベースな感じかな。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>自分らしい or NOT</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_myself-or-not/</link><pubDate>Tue, 19 Jul 2016 07:38:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-07-19_myself-or-not/</guid><description>&lt;p&gt;ハヤタと品川で、鳳凰美田を啜り、ノドグロをつつきながら話したことで、 割と好きな話その①&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;「この年齢になると（24年も生きていると）、判断の基準の、とても大きな部分に、『自分らしいかどうか』ってのが入ってくると思うんだ」 「自分らしく選択したことなら、受け入れられる」 「自分の哲学に反しない言葉で与えられた考えなら、素直に受け止められる」 「行動を、起こすか起こさないか、という判断の材料のとても大きな部分に、&lt;strong&gt;これは過去の自分を裏切る行為ではないか？&lt;/strong&gt; という自問がある」 「そして、自分らしいことをしなかった時って、結局はあまり良い目が出ないんだよね」 「だから結局、自分らしいことをやってねぇとな、って結論になるんだ」&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;過去の自分は、 今よりも手持ちのカードは少なかったにしろ、その少ない手持ちのカードで、全力で考えて判断していた。 ガキはガキなりに全力で考えている。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;「古き良き時代というのは、常に記憶の中にしかありません（堕花雨）」 この20年、予想通りに進んでこれた自信は一切ないけれど、そんなに不幸では無かった。 何が自分の身に起きるのか、（俺は全知でも全能でもないから）予見できたことは無かった。 （後から振り返っても、兆候や、「まぁ順当にそうなるよね」って判断出来るカードは、当時の俺の手の届く範囲には無かったよ） しかし、折々の判断は自分らしいものを常に下して来たと思う。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;過去の自分を裏切らず、過去の自分の言葉を嘘にしない。 固執とかではない、変質は歓迎している。しかし望んだ方向、もしくは今の自分の地続きでないと、とてもしんどい。（意味もわからないし、習得までとても時間が掛かる） 世の中には豚に真珠的なことは多々あると思う。必要な言葉というのは、必要なタイミングで与えられないと意味がない。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;周りの顔色を伺って生きて、よかったと思えることは無かった。 他人を傷付けて、よかったと思えることは無かった。 悪いことをして、それが自分のためになったことは無かった。どこか罪悪感を感じ続けた。 なんか違うなと思いながら、何もせずに納得出来たことは無かった。 自分らしさとは、（安直な言葉だけれど）蔑ろにしてみても、決していいことは起きないものなのではないかと思う。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;最後は勘なんだと思う。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>田中角栄とファシズム</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-15_tanaka-kakuei-fascism/</link><pubDate>Sun, 15 May 2016 01:36:32 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-15_tanaka-kakuei-fascism/</guid><description>&lt;p&gt;最近、田中角栄に関しての本が増えてきた。（彼に関しては一度調べた。ちょっといい本でも見つかったら知識を更新しよう。 現時点で印象的なのは、「政治家にして大実業家」「天運に恵まれない父との別れ」「漫談の様な演説」「煽動の才能」「敵は多かったがGiveを連鎖させて味方にしていった」「米国に恐怖を覚えさせた」「信じがたいほど目端が利く人間」「根本的に利発だが、恐らく性悪説側の人間」「（明言は一切無いが）戦地からは仮病の様な方法で帰還していると思われる（こんなところで死ねるかよ）（ああ、多分自分よりも無能な人間の命令で死ぬのが耐えられなかったのだろう）」 こんなところか。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;歴史は未来方向から眺めると、まるで結晶構造のような相似形を描いている。 未来の見通しが立たなければ、経済は混乱し、民衆は混迷する。 景気の良さ、というのはつまり未来の見通しの立てやすさだと思う。民衆の混迷∝景気の悪化 やはり最強はヒトラー下のドイツの、「アウトバーン建設」＋「フォルクスワーゲン設立」のコンボだと思う。極端な例だけれど、超自明。そりゃあ投資も集まる。自明。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;最近よく「リーダーシップについて」とか、「ダイバーシティとカリスマ、どっちが大事なんだろう？？」みたいなことを考えていた。 リーダーというのはあくまで役割だから、オレは局面局面で「一番上手く前に立てる人間」が先頭に立てばいいと思う。（しかし先頭に立つと、それはそれで慣れるし上手くなるから、結局ソイツが続投する感覚もある）（まぁいいや）（誰もやらないならオレがやるよ）（面倒になったら他人に投げるし）（黎明期は、飽きるまでは基本的にオレが手綱握っておいた方が上手くいく印象があるな） 「ものごとというのは、基本的に決定しようという強い意志が無ければ紛糾する」 「混迷の先にはファシズムがある。ドナルド＝トランプも係累的にはファシズムの印象があり、日本においてもその傾向は橋下徹氏に現れているように思う」&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;時代には潮流がある。 「ウチの会社は、いいものを作る。作るのだけれど、リリースを後２歩待てない印象がある」「つまり、売り方が下手という言葉に落ち着いてしまうが、お客がその価値に気づけないんです」「その時点では」 いや、オレはソフト面とかUIとかのレベルが一段階低いから、みたいな感覚があるぞ&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;全ては間合いと拍なのだと思う。急いてはいけない。それは死ぬ。 遅れてはいけない。食い荒らされる。 つまるところ兵站についての概念が日本人には欠けて居るのか。（よく言われている。他にも、相手の戦力を低く見積もることも御家芸だと）これは何故だろうな。少し調べてみるか。 日本語はリアリズムを扱いにくいのかも知れん。断定口調が突き放す言葉に聞こえるものな。敬語が多すぎるのかもしれない。思考は言語に引き摺られる。（サピアウォーフの仮説）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;ああ、ダイバーシティとカリスマについての結論を。 ・ダイバーシティとカリスマに優先順位はつけられない ・台頭、黎明期においてはカリスマが必要だが、ダイバーシティが無ければ内部が腐敗する。皆同じような感じ方をすると、なにがおかしいのかわからなくなってくる。 ・ダイバーシティを担保するには、常に魅力的な存在で在り続ける必要がある。 ・しかし「チームの成果はチームの居心地の良さ」に比例するという矛盾のある結果も存在する。 ダイバーシティとカリスマに優先順位はつけられない。 しかし、個人的には、どうせ一緒に働くのなら、カリスマの下で働く方がきっと楽しかろうなぁ。と心から思うのだ。人間、結局は日常に埋もれる。戦争の時に兵士が戦う理由は、「家族のため」でも「祖国のため」でもなく、「隣の戦友を守るため」だという。 だから、隣に居る人間はサイッコーにおもしろい人間のほうがいいに決まってるんだ。 立ち止まるな歩き続けろ。強く在れ。と。 逆境でも笑ってる人間が美しいと思う。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>To reach a good consensus. Ver. 1</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-08_reaching-consensus-v1/</link><pubDate>Sun, 08 May 2016 21:04:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-08_reaching-consensus-v1/</guid><description>&lt;h3 id="上下関係をはっきりと"&gt;上下関係をはっきりと&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;まず声が通るように（精神的な）上下関係を意識させる。具体的にはまずはとりあえず上に立つ。 そこから段階的に降りて行く。 その方が効率がいい。 下手な協調性は意識しない方がまだマシ。 俺にとってはストレスでしか無いことが多い。 ルールした方が早くて省エネ。スッキリする。 有象無象の意見に大した価値はない。 物事というのは決定しようという強い意志が無いと絶対に紛糾する。これは無駄だ。無駄なんだ。 つまらないことでオレの人生の時間を奪うな。奪わせるな。 自分のアタマで１から考えている人間に付き合う義理は無い。巨人の肩に乗る意識の無い人間には必読書を投げて帰した方がまだずっと建設的だ。（読むように誘導しろ）（読まないとステージにすら立てていないことをまず自覚させろ）そこまで他人の面倒を見切れない。無変化は停滞しか生まない。死ね。 衆愚政治ほど唾棄すべきものは無い。それはファシズムを産む。 クリーンで合理的ってのが何よりも大事。 「誰がどう考えてもこうなるよね」というのが大事。 感情論は省け。無駄だ。 奸計は実行の時に俺が中核に居ないと大抵、失敗する。 自分のリソースを目の前のことにどれくらい割けるかを考えて、一般解にどの程度近づけるかを決めろ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h3 id="やりたいことに手を挙げろやりたくないことを笑顔で引き受けるなやりたく無いことを続けるなそこに満足する成果は絶対に無い"&gt;やりたいことに手を挙げろ。やりたくないことを笑顔で引き受けるな。やりたく無いことを続けるな。そこに満足する成果は絶対に無い&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;やりたくないことを嫌々やるのは人生の無駄だ。やりたくないことは嫌々引き受けて『貸し』を作り、より合理的な、詰めた案を上に通して、やりたく無い仕事ごと、まるごと他人に投げる。 考えることを止めるな。考えたことは無駄にはならない。 大きく声を出して、高く手を挙げろ。 行動しろ、前進しろ、敵を倒せ。 闘え。短期的にではなく、長期的に手を打て。 （但し血止めを忘れるな）（つまり「たまには休め」）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h3 id="lets-go-together-"&gt;Let&amp;rsquo;s go together !&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;形態はどうでもいい。言葉尻もどうでもいい。 「内容に関して1人で決めた」ということを避けろ、 取り敢えず上の人間をまず巻き込め。 文句や反論を言ってくる（必要な）人間には、「その観点は無かった。詳しく聞かせて頂きたい → 頭を貸して下さい」と笑顔で頭を下げろ。プライドはいらない。実現することが何よりも大事なんだ。価値を生み出すために正しい手段を取り続けることが何よりも大事なんだ。 極端な話、実現するのは俺でなくても良いのだ。 時代を進めろ。技術をもって人類を進歩させろ。救済せしめろ。 俺はそういう生き方を、既に選んでしまったんだから。 必要で無い人間？ 捨て置け。何をやってもnegativeは出るよ。本当に暇な時に、コスパが良ければ、根回しすればいい。 「誰がどう考えても、合理的に考えたらこうなるよね」って方針で動いているなら、正義はこっちにある。物理で殴れる。 そしてとにかく周りに思考停止を許すな。情報は確定させた後ちゃんと流せ。 協調性は「一緒に」という仲良しごっこから生まれる。まずはごっこ遊び。それでいいんだ。 そしてこの実感は、「独断先行のきらい」のある俺を正しく縛る言葉にもなる。 「目の前の人をちゃんと見て」 「対等な人間として尊敬し」 「一部分の弱さだけで人を判断しない」 独断先行は孤立に繋がる。 先行するなら、「役割として向いていて、尚且つ全体最適に必要なんだ」という理解を得るよう、最大限に努力する。 「そういう役割なんだ」と承認をもらっておく。 俺はどう頑張ってもせいぜい3人分くらいの仕事しか出来ない。それでは足りんのだ。リソースを最大化出来ていない。リソースを最大化。これがオレの宿命なのだ。 他人を使う ≒ 他人に助けてもらうには、この「人としての基礎」に立ち返る必要がある。 相手のことを認識して、尊重し、名前で呼ぶ。 承認するんだ。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h3 id="if-the-most-extremely-weird-case-realizes"&gt;If the most extremely weird case realizes&amp;hellip;&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;仮説が全て。 俺が人生で一番感心した仮定は、 「もし全ての人間が理性的な世界があったとして」 この言葉を発した人間は、住友商事に就職した。（その後やりたいことベースでベンチャーに行った）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h3 id="イケルイケル"&gt;イケルイケル&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;cv 皆口裕子 最終進化形態は、「キテルキテル」&lt;/p&gt;</description></item><item><title>カリスマと多様性</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-02_charisma-and-diversity/</link><pubDate>Mon, 02 May 2016 04:18:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-05-02_charisma-and-diversity/</guid><description>&lt;p&gt;ダイバーシティよりもカリスマの方が、本音としては必要とされている気がする。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;ダイバーシティを望む、みたいなことを謳ってるけど、人間を多く入れることにあまり意義を見出せない感覚が、俺には在る。 正しい篩にかけられよ、と。 まぁ能力も誤差な気もするんだけどな。企業ってのは割と有機的な生き物で、（国家はリヴァイアサン（縛っておかねば））代謝されるから。人間の力なんてそうそう変わらねぇやね。 まぁでも習慣で培われた技能は大事だ。芸は身を助けるし、志は語らう。ひとつの芸事を深めた人間ってのは、他に於いても要領を得る。あんま、学歴とかで絞りまくって、ってのもナンセンスさね。しかし深みというのは大事だ。人間的な深みであれ、芸事であれ。（学歴と要領みたいなのは、ある程度までは比例する気がする）（まぁ大学が凄かろうがそいつが凄いわけでは無い）（しかしまぁ、ある一定期間までのクオリティ保証って側面はある）（若いうちはね）（年齢が変わると尺度も変わろう）（男は30こえてからが勝負とも聞く）（必要とされる能力も変わる）（部下を使うとか人を使うとか）（やっぱこの思考方向に俺の発言権はあまり無いやね。ナンセンスだ） 立場が変われば見えてくるものも変わる。……しかし、どうも俺にはあまりキレイな思想が根底を流れているようには思えないんだよな……（それもまた正しくSocietyなのか）&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;そうさな。俺は多分根本的なところで排他的で選民意識があるんだと思う。 ついこの間、意外に思われたけれど、俺の対人関係のスタート地点は「人間嫌い」から始まってるんだよ。デフォルトでは人間嫌いなんだ。人当たりがいい割に排他的なのだ俺は。 一時期ハヤタの影響で「人間好き」にギアが入って（バグって）たこともあったけど、俺としてニュートラルなのはやっぱこっちだ。「人間嫌い」だ。 （原因はわかってる。俺の好きな氷上が幼い俺に対して「貴方は 世に蔓延る 有象無象とは 違いますから」って言い聞かせたことにあると思う。俺は有象無象の意味が分からなかったけど、有象無象にはなりたくないと心から思った。なんだろう、氷上、いくらなんでも人間嫌い過ぎだろう） 俺は俺の手の届く人間を守れれば究極的には満足なんだ。 人間関係は極まると閉じる。雛見沢のように。 （それは感覚的には、志望動機に「人がいいから」と臆面なく言われた人事の感覚に似てると思う）（スゲェ真面目に活動してるサークル（例えばテニサーとかアンサンブルとか）に、たまたまかわいい女の子が集まってて、後輩の入部希望の男に動機聞いたら、「美人が多いからです！」と臆面なく答えられる感覚。「ハァ！？」と殴りたくなろうて。え、なに、オマエは俺らになんかしてくれんの？？ 関係は然るべくギブアンドテイクであるべきなのに、ギブに何してくれるの？？ となろうて） 人間関係論については長くなるから別の機会にしよう。なんだろう。俺はなんだかんだ人には恵まれた自覚がある。 ・友人の友人に対しては基本好意から始まる ・コイツできる、って思った瞬間に好奇心スイッチが入る ・ギャグのどこで笑い始めるか、で回転の速さがある程度測れる（返答の質も含め） ・なんだかんだ長いこと仲良くしてると、色々いいとこばっか見えてくる この辺りでバランス取れてる気がする。いや、正直どこまで言葉にしているか、って差だけで、みんなこういう「警戒心」みたいなのは当然に持ち合わせてるってのが俺の本音だけどな。 まぁ結論、どんなに仲良くなる才能があっても、時間の壁は越えられんよ。たまに越えるけどな！&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;多様性は難しい。 ダイバーシティ？？ バラエティに富んだ、みたいな表現の方がしっくり来るかもしれんな…… ダイバーシティよりもカリスマの方が必要だと思うんだけれど。 リーダーシップはあくまで役割でしか無い。一番上手くできる奴が、求められたタイミングを見計らって前に出ればいい。それが一番省エネだ。船頭多くして船山に登る。たまには後ろに控えよ。 しかし、かといって世を変えるのは天才なのだ。カリスマなのだ。 有象無象に何が出来る。 前進しろ前進しろ前進しろ。さもなくば死ぬのみなのだから。 俺は、カリスマの方が大事だと思う。 ダイバーシティという言葉には、どうも深みが足りない。浅く感じる 続きは改めよう。この辺はもう少し考えた。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>立身出世</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-01-13_success-in-life/</link><pubDate>Wed, 13 Jan 2016 00:08:52 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2016-01-13_success-in-life/</guid><description>&lt;p&gt;就活の面接の時に、面接終わった後出口まで送ってもらう時の世間話   「出世したい？」 「はい（即答）」 「おや、なんというか君はそういうところを超越してそうだと感じたけれど」 「僕は俗物ですよ。権限やら立場やら役職やらは『あれこれやっていい』っていう許可だと思うんですよ。そういうのは身の丈よりちょっと多めに確保しておくのがいい」 「後はまぁ、割と政治が出来るクチなので」&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;出世、どうだろうな。バランスかなぁ。 「何を押しても出世出世ェ！！」みたいな強迫観念は無いや。仕事内容が、格別に面白くて、覚悟が要る感じなら、（タスクの実現を）射程圏内に入れるために何を押してもみたいなテンションで短期間ガッツリみたいなのは望むところだけれど。 それよりも自分の子供がどう育つのか、人間ってこんな風に大きくなるんだー、みたいなのを蔑ろにしない感じで生きたい気もする。まぁなんだかんだ仕事大事にすると思うけど。 人生の8割はグータラしていたい。 グータラするためには、考える幅を狭める。 ルーチンにする。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;社会人なりの仕事のおもしろみ、みたいなのを肌感覚で分かるようになるくらいには出世したいかもな 剣客商売の小兵衛が理想。 長い物には巻かれるが権力には媚びぬ、って感じ&lt;/p&gt;</description></item><item><title>お酒について</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-12-20_about-alcohol/</link><pubDate>Sun, 20 Dec 2015 05:15:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-12-20_about-alcohol/</guid><description>&lt;p&gt;リキュールは好きだから普段から紅茶とかに加えて飲んで来た しかし、俺にとってお酒はどこか遠い飲み物だった。なんというか、道具？？ 色気のある飲み方が出来ていないからだろうか 自分に合うお酒を模索できていないからだろうか？？ 酔うって感じも、酒に強いだけに遠い。 飲むシチュエーションを愛しているだけで、お酒そのものを愛しては居なかったな、と&lt;/p&gt;
&lt;h2 id="しかし今日あまりにも美しい表現があったから抜粋"&gt;しかし今日、あまりにも美しい表現があったから抜粋&lt;/h2&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;「…お酒って本当に色々なものがあるのね」 「そりゃ長い歴史を人類と一緒に歩んできた、人類の友だもの。人と同じく色んなお酒があるわ。その中から自分に合うお酒を探すのも、こういう店の楽しみ方の一つだと思うわよ。まあ今日はあたしが奢ってあげるから、好きなだけ好きなように楽しんでいって」 ーー落第騎士の英雄譚より&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;ラフロイグ、飲んでみなくては&lt;/p&gt;</description></item><item><title>余裕のあるうちにファージしておく、これを怠る集団というのは、どうも滅ぶみたいだ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-12-15_purge-while-comfortable/</link><pubDate>Tue, 15 Dec 2015 02:28:23 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-12-15_purge-while-comfortable/</guid><description>&lt;p&gt;ハヤタが俺の家に遊びに来た時にポロッとこぼしたこの言葉が、何故か俺には妙に腹立たしかった。 腹立たしかったが、漠然と「この概念は正しい」とすぐに感じた。でも同時にどうしようもなく腹立たしかった。「アァン？」と。 この言葉を認めたくないオレが居た。&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;しばらく、ふとした時にこの言葉を考えた。（引張試験の最中とか）この言葉を認めたくないオレが居るが、どうも深さが足りない。……同じだけの具体例、とまではいかないにしろ、オレの思いつきうる極例で全件検証くらいはしてみなければなるまい、と。 結果は、「この言葉はどうも正しいみたいだ、反例は無い」 でも、この思想には賞味期限がある。どこかで歯車が狂う。そしてその時は油を挿せる状況でない。 だけど、多分本当に残したいものはなんだかんだと残る、ファージしておかないと、これをめちゃくちゃに踏みにじられて滅びる 余裕のあるうちにファージしておく、これは多分正しい、けど何かが違う。 要らないものを取り込んで、それが原因となって、「一番在りたい姿」から遠くなる。そうだな、多分これだ。風呂敷を広げすぎて滅ぶ ダラーズとか日本軍とか&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;食べて、消化しきれずにお腹を壊して死ぬ 融和させることが出来ずに、肚のうちから突き破られる&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;つまり、「意思決定を司る人間やら、役割やらの器（カリスマ性）を超えた時点で、集団というものは（適したサイズに向かって一方通行的に）内部分裂や空中分解に陥る」 「だからこそ、&lt;strong&gt;この思想&lt;/strong&gt;には賞味期限がある」 「けれど確かに、『余裕のあるうちにファージしておく、これを怠る集団というものは、どうも滅ぶみたいだ』」 「反例は存在しない。怠ると間違いなく滅ぶ。」 「怠らなくとも滅ぶけれど、怠ると『本当に残したいもの』を『外からの侵略』で滅茶苦茶に踏みにじられて滅びる。」 &lt;strong&gt;「『余裕のあるうちにファージしておく』ことで、たとえ分解したとしても、その先々各々でエッセンシャルな部分は残るんだ」&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;強く在るためには、――集団を率いるタイミングに及んで強く在り続けるためには、融和を続けられるレベルより少し早いペースでファージし続けなくてはならない。そして得られたリソースで進化や変形を獲得形質とせねばならない そうしなければ滅ぶのだ&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id="蛇足だけれど"&gt;蛇足だけれど&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;オレが&lt;strong&gt;かの言&lt;/strong&gt;に腹が立ったのは、オレが切り込み隊長的な人間だからだと思う。 少数精鋭の部隊に、ノロマが入ってきたら部隊が全滅するんんだ。……だからオレは排他的な人間なのだ。 行軍は最も足の遅い人間に合わせねばならない。 ファージすることで取り込まれてしまう「足の遅い人間」を斬るだけの機構が、現在の日本的な感覚では存在しにくいのだ。 斬る役割を、オレが担わねばならない。……なればこそ、最初から入れたくない、ピンポイントでスナイプしてヘッドハンティングするほうが効率がいい。 武家の発想のように、優れた血だけを入れる方がいい そんなことを、オレはどこか深い部分で刻み込まれているように思う&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;h2 id="更に蛇足だけれど"&gt;更に蛇足だけれど&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;これは「急がば回れ」レベルで本当によく纏まった言葉だと思う。&lt;strong&gt;使い易すぎる。対象の将来を判断する時に、チェックする項目に&lt;/strong&gt;確実に入る&lt;/strong&gt;割に、判断が『現状』に対する２択で済むのだから。 効率がいいったらありゃしないぜ&lt;/p&gt;</description></item><item><title>人生の三大支出</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-11-20_life-three-major-expenses/</link><pubDate>Fri, 20 Nov 2015 03:30:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-11-20_life-three-major-expenses/</guid><description>&lt;p&gt;人生の三大支出は、「住宅資金」「教育資金」「老後資金」らしい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;老後資金については少しちゃんと考えないとな。&lt;br&gt;
ジリ貧は良くねぇや。&lt;br&gt;
いつ如何なる時も、強く在らねば&lt;/p&gt;</description></item><item><title>持ち家 v.s. 借家</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-11-20_own-home-vs-rent/</link><pubDate>Fri, 20 Nov 2015 03:26:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-11-20_own-home-vs-rent/</guid><description>&lt;p&gt;50年スパンで見ると、そんなに変わらないらしい。 ちなみに専門家によれば、家を買ってもいい要素はこの３つ&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;駅チカ&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;ライフプラン固定&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;家族の人数確定&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;これを満たさなければ結局はマイナス φ つまり、俺が90まで生きるとしたら、40くらいになってやっとマジメに考えれば良いということ。 それまでは遊牧民をしているのが一番効率が良い。 φ 買うなら中古マンションが良い気がする。 住めば都で、盛者必衰。 万物は古びるものさね 全てのものが、変わらないわけにはいかないのだ エラーに強くなくてはな 理想的なのは、川口とかで、幸町に住む　→　青木町に家を建てて住む みたいな感じ。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>拡大する世界</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-10-17_expanding-world/</link><pubDate>Sat, 17 Oct 2015 01:51:41 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-10-17_expanding-world/</guid><description>&lt;p&gt;身の程　≒　金銭感覚 金銭感覚　≒　やれること（やっていいこと） 個人にとっての世界　≒　認識や手段の届く範囲&lt;/p&gt;
&lt;hr&gt;
&lt;p&gt;  　年齢と共に、段階的に、身の程は大きくなっていく。――使えるお金も、――負う責務も。着眼点と、想像できる幅が拡がって、思い至ることの出来る先というものが遠くなるのかも知れない。経験則？ 　身の程が大きくなって、新しく見えてくるものがある。まだまだ先は長いようだが。（ほら、上位存在見てるとああ、あそこまではイケるかもしれん、とか思えるじゃん？）俺は俺とてどこまで行けるんだろう？　エロと笑いの至る先。 （楽しい。前進と創作はいつの世でも楽しいのだろう。ホモ・サピエンスにして、ホモ・ルーデンスにしてホモ・ファベル） 『暗闇が　怖かった時も　あったのに。』 『いままで分からなかったことが、分かるようになることは、これ以上ないくらいの喜びです。でも、きっとやっぱりそれと同時に分からなくなってしまうこともあるんです。……これはとても寂しいですよね』 　身の程が己の器を超えてしまってはいけない。 　このあたりのバランス感覚が、**「奇跡的」&lt;strong&gt;もしくは&lt;/strong&gt;「崩壊済」**の人間が一番尖ってる気がする。（チューニングの話？） 　次が予測できない。理路整然としてるのに予測できない。 　何かを達成してくれる予感とでもいうのだろうか 　人間誰しも何処か狂ってる。……オレは何人に対して“本当に”向き合うことが出来るのだろう 　向き合うということは、俺にとっては相手の感覚と感情を受け入れることだと思う。 「アイツならどう考えるかなw」 　ってのが、大なり小なり思い浮かんで、はにかんでしまうような。 φ 「（インターンは）感覚的にはproperty changeというよりもむしろmodifyだった」 　みたいなハヤタのセリフが耳に残っている。（ハヤラジ）でもまぁ造形という意味ではmodifyのほうが実は正しいのかもしれん、とは思った。そんなにそんなに化けてたまるか。化けたほうが効率はいいのだろうけれど。 　人生で思想的なジャンプ（それも象徴的と言えるほどの）は何回あったかな。（そもそもあったかなぁ……？） 　一番、オレの人生を大きく変えたのは、崖の上から転がり落ちた後の数日間と、その余波のような数年間。その次に大きく動いたのは金木犀の香りのする喫茶店で、魔女みたいな人に会って（これもまた数年間）『教育』されたことだと思う。いや状況力の話ならグアムも凄かったか。変質の性質は違う気がするけれど。アレはちょっとオレにとって神聖なもの過ぎておいそれと言語化出来ないやｗ　ああ、友ヶ島も凄かったな。焚き火。憧憬だ。 　ああいうきれいなものを、たくさん手に入れられる人生でありたい。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;3〜4年に一回でいいから、なんっつーか、あのどうしようもない夜空の星とさざ波の中で焚き火を囲みながら酒を飲んで居たい&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;人生で幾つか憧憬レベルの情景があるんだけれど、友ヶ島の焚き火は多分、俺が生涯で求める何かを基底するに足りるものだった。満ち足りて居たな。&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;ああいうものが欲しい。目に見える全てと耳に聞こえる全てが美しくて、自分が紛れもない世界の一部なんだと、誰かが何かを信じなくても、それはきっと些細なことで、俺が絶えても残されるものがこの世界には確かに有るのだと&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;ああいうのって何がそうさせるのだろうかな、 身体の全てが疲れ切ってて、脳も限界が近くて。 すげぇ美味い酒に酔った感じなんだよな。 わかんねぇな、わかんねぇけど、その感情を、そういう感情を俺は追い求めて居たいな。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;— ポー φ あさまちっ！！ (@fal960) &lt;a href="https://twitter.com/fal960/status/447788479074672640"&gt;2014, 3月 23&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;　でもそれも（これは決してあの憧憬を汚すことを意図した文章ではないが）、きっかけこそ象徴的であれ、変化自体はゆっくりとした方向付けの連続だったと思う。堰き止めていたものがあふれでてしまうような。あふれてしまっても許されるような。 　そんな、きっといつか別のきっかけがあったのならば、少し離れたところであっても“ここ”に押し流されてたんじゃねぇかな？　みたいな感覚が、確かにある。……これはなんだろう？　わからないな、、、気質かな φ 　大学に入ったら漠然と、「何か変わるかな」と思っていた。６年間男子校に監禁されて（まぁアレはアレで好きだったけれど）、大学っつー環境に入ったら俺の行動も、一味違うものになるのかな、と考えていた。 　けれど、結局やっていたことは高校時代のオレと&lt;strong&gt;本質は&lt;/strong&gt;変わらなかった。単純に使えるお金と、自由度が少しだけ（親による干渉やら制限やらは結局大学院に入るまで解除されなかった）増したことに伴って、行動の幅が拡大したって感じだった。 　しかしまぁ天運と人運にはこれ以上ないくらい恵まれたと思う。楽しかった。俺の無茶に乗ってくれる友人が、ちゃんとずっと居てくれた。これは得難いことだ φ 　……漠然と、別の可能性を考えないことはない。文系行って、東大入って、それはそれとて実は王道を行く、というような。そんな今もあったのかな、 　舞さんと離れたりせず、あの家の子供として生きるって選択肢を選んだら、一体どうなってたんだろうな、とか。 　まぁわかんねぇな。……色違いの俺になるのかなw 　師匠に「オマエ思ってたより天才だな」と見込まれて、俺は「皆伝」と一緒に武門の苗字と名前（あざな？）をもらった。北辰一刀流の「千葉」みたいなやつ。零崎とか崩月みたいな感じかもしれないw 　それを名乗る機会はもうほぼ無いんじゃねぇかって思ってんだけど、“名前で括られた俺”を俺は手放せないのよな。 　呪いみたいだ、って、ずっと思ってるんだ。名前で括られるってのはこういうことを言うんだな、と実感する。二重人格とまではいかなくても、モードが違う俺が居る感じ。それも割と性質が違う気がする俺が。 　せんせーも、「ペンネームで生きてると、本名の方がちょっと自分と距離置いてる感じある」みたいなことを仰ってた。 　親に見せる顔と友人に見せる顔、もっと言うならば、子供に見せる親としての顔とかは、誰しも毛色は変わる。それの極端なバージョンかな 『此処ではない何処か』を夢想することは、誰にでもあると思う。俺はずっとずっと、現状に満足と諦めを抱えながら、違う可能性を捨てられないで生きていくのかもしれない。 　身の程が大きくなって、肩書きも増えて、やっていいことが増える。 　分からなくなることもあるんだろうけれど、それでこそ拡大する世界。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>手段を２つ持つ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-10-08_two-means/</link><pubDate>Thu, 08 Oct 2015 04:06:25 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-10-08_two-means/</guid><description>&lt;p&gt;２つでいい。それ以上は腰を重くする&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「右か左か、というやり方は、ナルサス流ではございません。右に行けばこうなる、左へ行けばこうなる、それぞれの行末について考えておくのが私のやり方です」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;プランBを常に手札に伏せておくことは大事だ。ホント。院試もマジでプランBがあればもっと精神的に楽で居られたかもしれないや。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;後、伏せておくこと、が大事だ。奸計之秘さねば実らじ。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>多勢に無勢</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-10-08_outnumbered/</link><pubDate>Thu, 08 Oct 2015 04:02:21 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-10-08_outnumbered/</guid><description>&lt;p&gt;マイナーものが好きだけれど、人気の高いものはやはりそれなりに良い&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　低次元な話に持っていくのなら、&lt;br&gt;
「iPhoneの方がサードパーティの製品豊富でいいよね」とか、&lt;br&gt;
「これいいじゃん！」みたいな有料アプリとか有償サービスとかに手を出しても、結局はGoogleかMSのソフトに落ち着く、みたいな。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　やっぱ世の中それなりに正しいし、結局省エネの方向に落ち着く。&lt;br&gt;
それに逆らわずに、「最後はどうなるか」だけを考えれば、考えるところは後詰めのみで良くなる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　この方が楽でいい。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>魔状に至る七伏の八卦</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-10-02_seven-hexagrams-to-evil/</link><pubDate>Fri, 02 Oct 2015 01:21:13 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-10-02_seven-hexagrams-to-evil/</guid><description>&lt;p&gt;「人間関係の言語化は難しいと思うのですよ」&lt;br&gt;
「だから、それを助けるって意味では、……占いはあってもいいと思いますよ？」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「もちろん、一喜一憂するような『弱い在り方』はいけません」&lt;br&gt;
「けれど、自分のなかの、自覚できていない一面に光を照らしてくれるのが、占いだと思うのです」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「占いは、統計みたいなものです」&lt;br&gt;
「これも等しく修身です」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「気に入った言葉があれば、身に刻めばいいですし、『なんだこれ、全然外れているや』と思うのであれば、すぐ忘れてしまえばいいのです。……ほら、なにも損ではないでしょう？」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「だから私、占いって結構好きなんです」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;――小３の頃。冬になり始めた日。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>女性観</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-12_view-on-women/</link><pubDate>Sat, 12 Sep 2015 15:30:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-12_view-on-women/</guid><description>&lt;p&gt;師匠「おんなの方が、なんというか、際限がない気がするんだよな、特に、おまえが好きなあの女は、本当にいい女なんだけれど、自己の拠り所が他者なんだよ」 「スゲェ真面目なんだけれど、他者のため、なんだよね、それは、俺はイビツだと思うけれど、俺ではどうしようもない」 「……これはとても珍しいことなんだけれど、今あの女は僕に尽くして居ないんだ。僕だけを向いてなくて、きっと出会う順番とか、生まれてくる年齢とか、出会い方が違えば、一緒にいた、ともすれば救えたとか、そんな感じの人間なんだよね、お前は。だから、あの女がどうするのか、見守りたいってのが、俺の今の感覚だなぁ」 φ&lt;/p&gt;
&lt;h3 id="風見雄二女って奴は簡単だが面倒だ"&gt;風見雄二「女って奴は簡単だが面倒だ。」&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;偉そうに語れるほど女を知らねぇや！ φ 「お兄ちゃんは、『この人のここは絶対に無理ィ……！』ってところが無いんだよね。だから凄いと思う」 「君は自己修復機能のない欠点が無いんだ」 「アナタのその、ナンパになりきれないところ、私は好きよ」 φ 俺の中のどっかに、女の方が強いってのがある。地に足付いてて、危機に対して粘り強いのは女の気がする。生活に根ざした対応、とでも言うのか。そう。実行力かな？ 俺に出来ないことをいっぱい出来る。 糸井重里さんも言っていたけれど、男女だと関係性が自然になるんだよね、曰く、「電話ボックスに一番多く人が詰まるのは、男男でも女女でもなく、男女の組み合わせ」 φ 油断すると男女間は、恋愛感情に転んでしまうと思う。 俺はその危うさみたいな感覚が、きっと好きなのかもしれない。童貞力の残滓とでも言うべくか。 「ヤレるけどヤらない。だからシマコが一番エロいね」って感覚。いや、そんな直截的なものじゃあないと信じたいけれど。俺はやっぱこの辺りの愛らしい感じ好きだなぁ ファインマンも多分、似た事を考えてたんじゃねぇかな。 それが許される人格と、許されるライン。 難しいなぁ。なんか、そんなつもりは一切無いのに、弄んでるみたいで嫌だな……（苦笑） 男女を踏まえるけれど、丁寧に扱うけれど、男女を感じさせない、みたいな朗らかな在り方に憧れるなぁ。ハヤタに昔、「もっと適当に人と付き合えよ」と言われたけれど、これは性分だと思う。それでよくしてもらったことも、やっぱ多いんだと思う。 信頼感とかもあるのかもしれねぇな。 上手く言語化できないや。まだ浅い浅い ただ、心を踏みにじるような真似だけは、絶対に。そこさえ守れば、後は大丈夫。俺は俺で居られる。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>金銭感覚</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-12_money-sense/</link><pubDate>Sat, 12 Sep 2015 14:54:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-12_money-sense/</guid><description>&lt;p&gt;お金に関して俺はあまり困らない人生を送ってきたと思う。俺は俺自身が割とロクでもない割に恵まれていると思う。 これはとても幸いなことだ。なぜだろう？　きっと母が聡明だったことと、父がそれをよしとしたからではないだろうか。 道を外れるのに理由はいらないが、道を外れないことには理由がある。俺の場合は、多分。……いろいろな人に助けられた。 躾は大事だ。たぶん、俺をいろんな人が助けてくれたのは、修身がそれなりに整っていたからかもしれん。目上の人に対する素直さ。 金銭感覚。過去の金言の方が尊い言葉が多い。けどまぁ今の時点での俺の感性は言語化しておこう。 変わったら変わったで尚それもよし φ&lt;/p&gt;
&lt;h4 id="お金で幸いを得ることは出来ないけれど不幸を遠ざけることは出来る"&gt;「お金で幸いを得ることは出来ないけれど不幸を遠ざけることは出来る」&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;ヤン・ウェンリーの親父殿の言うところの、「金があれば、嫌なやつに頭を下げなくていい」ってとこに割と近い。 ……舞さんが、お金を沢山持っていたのに、どこかしあわせそうではなかったことが、俺の中の何かを常に喚び起こすんだ。あの人は笑っていたけれどね。幸せか、という一面で考えると、自分の中の何かを人に渡すことでしか、幸せとか、甲斐、といったものを自覚出来ない人だったのかもしれない。&lt;/p&gt;
&lt;h4 id="カネはあるところにはあるだからそこからそいつに損をさせないように引き出す"&gt;「カネはあるところにはある」「だからそこからそいつに損をさせないように引き出す」&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;俺の師匠は色々と詐欺師だった。ペテンではなく、ごまかしでもなく、相手にとって本当に価値のある最大成果を大金と引き換えに獲得して売り渡す。……まぁいわば詐欺師だった。 この氷上と対極をなす様な超然とした有様が俺には厭わしかったけれど、性質としてとても近いものを感じていた様に思う。 だからこそ、俺はあの二人にはある種家族のように取り扱ってもらったのだろう、と思う。 思想の継承とかその辺とかも込みで、どこか納得があるのはなぜだろう&lt;/p&gt;
&lt;h4 id="大金は幸福と不幸を一気に呼び寄せる秘匿せねばなるまい"&gt;「大金は幸福と不幸を一気に呼び寄せる。（秘匿せねばなるまい）」&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;欧米人（ユダヤ人？）が収入の１％を寄付する的な話を聞いた。厄除けなのかもしれないな、とそれを聞いて思った。 手取りの１％くらいは信頼できる団体に寄付する感覚は持ちあわせてもいいように思う。 俺はこれ、宝くじ買う、ってのでもいい気もするけどねｗ 自分のためだけではない、見ず知らずの誰かのために自分のリソースを割くって感覚は、余裕を持つことが出来ている証拠なのかもしれないな&lt;/p&gt;
&lt;h4 id="お金は寂しがり屋さんだから仲間がたくさん居るところに集まる"&gt;「お金は寂しがり屋さんだから、仲間がたくさん居るところに集まる」&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;出発点が違うってとこに資本主義の不平等さはある。しかしまぁ、上手くやれば身分が関係ないってあたりにバッファがあってよろしいと思う。一線を越えた俺は実業家にならねばなるまい。お金は手段だ。目的じゃあない。 お金はお金を生む。俺が得るにはどうするか？　あるところから、損をさせないように引き出す？ まだ良くわからない。このへんは不退転の覚悟が決まってからにしようと思う。 お金は汚いとは思うが、俺は割りとガメツイので、穢れを纏って、しまうさね 身ぎれいに小金持ちでいたいね！！&lt;/p&gt;
&lt;h4 id="それなりに質素にそれなりに贅沢に"&gt;「それなりに質素に、それなりに贅沢に」&lt;/h4&gt;
&lt;p&gt;極めると大体のことは中庸に落ち着く。ほどほどにがんばる。ダメそうなら全力で逃げる。若いうちは極論でよかろう。老いさらばえたらバランスが肝要だろう。まぁ、出るとこ出なきゃいけねぇけれど、拘りも風化するものではあろう。全てはバランス。熱力学。 φ 人生を通して、俺はどれくらい稼ぎたいのだろう？ よくわからない。けれどまぁ、裕福でありたいと思う。この辺の金銭感覚に疎いのは俺これ良くないと思う。もっと具体的に考えないとな でも、そればっか考えていたくない、と思う俺が居る。 だから糸井重里さんみたいに、年に一度本気で考えて行動の方針をたてる、 （後は信頼できる人に任せっきりにしてしまう）ってなくらいでいいのかもしれない。 とりあえず、&lt;em&gt;会社というのは、給料の３倍の価値を提供しないと立ちいかないらしい。&lt;/em&gt;（光田さんがブログで言ってた） 俺は、今まで両親にいくら使ってもらったんだろう？ 母は２人分はかかってる、的なコトを言っていた。え？ じゃあ6人分……？？ まぁいいや。ライフプランは目の前のことを片付けながら本でも読んで考えよう。 社会に出た時に、いいモデルケースになる人が居てくれるといいのだが。 コミュニティに閉じ篭もらないためにはどうしたものか。 なにか手段でも考えておかないとなｗ φ 無知は罪ではないが、知らないことで被った損に後から文句を垂れる様は醜いと思う。 だから、税金やら制度やらの基礎知識を身につけて、遠目のお金をそれなりに手に入れることが肝要なのかと。 基本的な税金の話は、社会人直前くらいには体系的に頭に叩き込んでおかないとな。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>慈善の精神</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-12_spirit-of-charity/</link><pubDate>Sat, 12 Sep 2015 14:08:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-12_spirit-of-charity/</guid><description>&lt;h3 id="慈善"&gt;慈善&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;これはどうもイマイチわからない。 どうもオレは同情の心に欠けるようだ。 それはなにも、情緒に欠けるといったものではなく、（悲しい物語を読んで泣いたり、逆に笑ったり、といったことは人一倍なのだから） もっと突き詰めるのならば、他者に対する慈しみが少ないのだろう。 男なのだし、自分のことを、なによりもまず十分な状態にもっていくべきなのだ。 風見雄二の「真の防衛とは正しい状況認識と適度な危機感、そして自分の身は自分で守るという最終的な防衛意識だ。」「何かを守るためには、まずは自分を守れ。」というのが、俺の中でしっくりくる。 それまでは、慈善や慈愛は他の人に任せるよ。ああ、慈悲は担えるか&lt;/p&gt;
&lt;h3 id="祈り"&gt;祈り&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;俺の中で矛盾しない言葉としては、銀子と真九郎の祈りについての話だなぁ&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;
&lt;p&gt;『ずっと昔、真九郎がまだ小学校になったばかりの頃。名前は覚えていないが、同じクラスの男の子が交通事故で入院したことがある。朝、担任の教師は出席の確認をしたあとで生徒たちにそれを報せ、「○○くんの怪我が早く治るように、みんなでお祈りをしてあげましょう」と言い、みんなで一分間ほど手を合わせて目を閉じることになった。真九郎は、一応それに従ったが、薄目を開けて周りの様子を観察し、みんなが真面目な顔でお祈りしているのを見て、なんだかバカみたいだなあ、と思った。祈ってどうにかなるくらいなら、世の中に不幸な人なんていない。僕たちがどんなにお祈りしようと、実際に頑張るのは入院している彼であり、治療するお医者さんであり、看病する家族じゃないか。神様なんかいるかどうかもわからないんだし、こんなのバカバカしい。当時の真九郎は、そう思った。お化けや幽霊なんかいないし、超能力も予言もデタラメで、ＵＦＯもウソ、と何でも否定するのがカッコイイと思い込んでいた年頃だ。入院した男の子と特に親しくもなかったという、気楽さもあっただろう。自分の考え方が大人びていると思った真九郎は、休み時間になると、さっそく銀子に話してみた。　頭を叩かれた。「……痛いよ、銀子ちゃん」 「あんた、もしあたしが大きな怪我をしても、お祈りしてくれないわけ？　どうせ無駄なんだから、やなこったって」「それは……お祈りするけどさ」「バカバカしいと思いながら？」「ちゃんとやるよ」「じゃあ、みんながお祈りするのをバカにしたらダメ。わかった？」「よくわかんない」　銀子にまた頭を叩かれたが、当時の真九郎には、さっぱり理解できなかった。　多少は成長した今なら、まあわかる。真九郎自身は、神様に祈ることは八年前からやめているけれど、それでも、誰かが真剣に祈る姿をバカバカしいとは思わない。目には見えず、言葉でも説明できず、全ては心の中で行われているのに、何かに祈るという行為には、たしかに神聖さがあるような気がするからだ。　両手を握り合わせて目を閉じ、静かに祈り続ける志具原理津を見ながら、真九郎はそんなことを思った。（紅 第2巻より）』&lt;/p&gt;
&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;祈りは分かる。幸せを祈りたい相手が居ることはもはやそれだけで幸せなのだと思う。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id="自己愛"&gt;自己愛&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;自己愛が強い訳ではない。と、思う。人並みだと思う。だとしたらこれは独立心だろうか。どこから来るものだろう。『強く在れ』だろうか&lt;/p&gt;
&lt;h3 id="身内に優しい"&gt;身内に優しい&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;むしろ甘いとまで言えるかもしれない。俺は、あまり家族と根っこのところで繋がれた自覚は無かった、その寂しさのようなものを、ずっと他で補おうとして来たように思う。 それは友人関係であったり、師弟関係であったり。もっと俺にとって尊い何かであったり。 家族に似たなにか。 俺はきっと、そういう形の関係性がとても好きなんだろう。 だから、グレイセスのアスベル達はホント俺の琴線に触れまくったんだと思う。アスベル一家。&lt;/p&gt;
&lt;h3 id="寄付の理由"&gt;寄付の理由&lt;/h3&gt;
&lt;p&gt;ユダヤ人は稼ぎの1%を寄付に回すように教えられる、って読んで、分かりやすくていいな、と。 足りているからとかに関係なく、心の浄財。 もうこれ、いっそ自分のためだと思う。善行を積もうが積むまいが、不幸や逆境はこの身に降りかかるはだろうけれど、1%くらいなら、まぁいいよな、と思うものな。 保険的な感覚かもしれない。まぁ、自分以外の人間のために少しだけでもリソースを割いている、っていう感覚はいいものだと思うのだ φ 人の和を無視すると、最後は手痛いしっぺ返しがくる。 慈善という概念は、俺にとっては、そんな感覚&lt;/p&gt;</description></item><item><title>言語化</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-11_verbalization/</link><pubDate>Fri, 11 Sep 2015 19:04:05 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-11_verbalization/</guid><description>&lt;p&gt;好きな行為。言葉で思想を括る。&lt;br&gt;
オレの持つ能力のなかで、かなり根幹をなすものなのではないだろうか。&lt;br&gt;
汎用性が高かった。&lt;br&gt;
読む能力は母にもらって、書く能力は氷上にもらった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;許しみたいなものだと思う。今の段階で紡ぎ得る最高の言葉を出した。だから後は忘れていい。&lt;br&gt;
考えることを一旦やめていい、っていう許しのための行為だと思う。&lt;br&gt;
オレにとっては。 φ 方向は変わるのだけれど、&lt;br&gt;
谷川俊太郎さんが、「詩を描くときに必要なことは何ですか？」って質問に、&lt;br&gt;
「頭のなかから言葉を一旦なくすんだ」って答えてて、&lt;br&gt;
ああ、これはあるかも知れねぇな、と思った。 境地だ。 φ 人間は感覚先行で、行動や言葉にして初めて知覚できる。&lt;br&gt;
だから、行動することでしか、我々はこの世界に関わることが出来ないんだ。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>自由を使うには能力が要る</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-11_freedom-needs-ability/</link><pubDate>Fri, 11 Sep 2015 15:15:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-11_freedom-needs-ability/</guid><description>&lt;p&gt;「大国を治めるなら、放任主義以外にないんじゃないか」&lt;br&gt;
むしろ細部に口を挟もうとすると失敗するらしい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;しかしながら&lt;br&gt;
人間、どうも自由であると、自由であることに不満を覚えるらしい。&lt;br&gt;
そういう人間はどこに行っても結局不満を口にするのだろうがと、俺は思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;自由を活かすには、才能が要る。&lt;br&gt;
時間を有効に使うには、志が要る。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;人間はやはり間違いたくない生き物なのだろう。&lt;br&gt;
責任を負いたくない生き物なのだろう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;優秀極まりない、無謬の人間に支配されている方が楽だものな。&lt;br&gt;
しかも、それでいて短期的に少しでもアラが見えたら、文句を垂れる。&lt;br&gt;
醜い。&lt;br&gt;
しかしこれもまた、人間の本質に近いのかもしれない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;方針と目的を示して、創意工夫を活かすところを残す？&lt;br&gt;
治め方、俺はやっぱ恐怖政治を敷いてしまう気がする。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;わからねーや。とりあえず必要になったら、もう少し考えよう。&lt;br&gt;
まぁでも人間やっぱ、最後はごろ寝だろう。&lt;br&gt;
だからこそ、働く姿は美しいのだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;働くことをもっと肯定した方が未来に進むのに。きっと働くことは大変だけど楽しくもある。&lt;br&gt;
なんで休暇ばかりが報道やらなにやらで持て余されるのだろう。望む仕事ではないからか。最後はごろ寝だからだろうか&lt;br&gt;
俺にはよくわからねーや&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あまりいい文章ではないな&lt;/p&gt;</description></item><item><title>最後はごろ寝</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-11_end-with-nap/</link><pubDate>Fri, 11 Sep 2015 11:58:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-11_end-with-nap/</guid><description>&lt;p&gt;どっかで、「人間、なにもやること（義務）が無いとごろ寝する」って文章を読んだ。&lt;br&gt;
これは秀逸だな、と俺は思う。いや、俺もごろ寝する。ごろ寝大好き。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;読書が好きで、かなり読む方だと思うけれど、一番エネルギー順位が低いのはごろ寝だと思う。だから、本当にやることが無いと、家でごろ寝しながらファンタジーとかを読んでる。（結局本を読んでんじゃんって、いやこれは別に何かを得るための、とかじゃなくて消化試合だから……）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一番本を読むのは、好きな女の子の前でちょっとカッコつけたい時に、すこし賢そうな本を読むとか、学校の授業中とか（もう無いけれど）、試験期間中の勉強の傍に、とか、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あの辺りが一番、本を読むと思う。&lt;br&gt;
だからエネルギー順位の話なんだと思う&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「本を読むのはな？ 本を読むのが一番楽な時なんだよ」&lt;br&gt;
「だって一番本読むの、試験期間とかじゃん？」&lt;br&gt;
「じゃあ試験期間以外は家でなにしてんのさって話だと、俺はごろ寝してるもん」&lt;br&gt;
「本読むより省エネなの。ごろ寝」&lt;br&gt;
「だから、読書と勉強の二択なら、読書だけど、読書とごろ寝の二択なら、ごろ寝なんだよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「なるほど」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;義務&amp;gt;デスクワーク&amp;gt;勉強&amp;gt;新書&amp;gt;&amp;gt;小説&amp;gt;ノベル&amp;gt;&amp;gt;ごろ寝&lt;br&gt;
こんな感じの並びになってる気がする。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一番省エネなのはごろ寝だから、普通はごろ寝へ向かう。&lt;br&gt;
許されるラインで一番低い行動が、一番ストレスを感じないんなら、その一番ストレスを感じないのが読書なら読書する。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だからまぁ結論、当然のことだけれど、人生は難易度の高い方向へ進んだ方がいいのだろうな。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;好きなことよりも、周りと自分が駆り立てられるもののほうが、人間前に進む。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>病について</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-11_about-illness/</link><pubDate>Fri, 11 Sep 2015 11:40:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-11_about-illness/</guid><description>&lt;p&gt;病の無い、それこそ完全体で生まれてくる人間は少ないんじゃないだろうか？？&lt;br&gt;
小児疾患の発生率は1%を超えるはず。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺も生まれた時から長いこと付き合ってる症状がある。まぁ手が荒れる荒れる。&lt;br&gt;
この症状のいいところは、「割ととんでもなく不便で痛いけれど即死することは多分無い」ってところだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;最近傷の治りが遅くなり始めた。&lt;br&gt;
特に身体の性能で、本気で足りない、と感じたことはこれまで無かったから、俺の身体は割と性能がいい方なんだと思う。あぁ、身長はもうすこしあっても良かったかもしれない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これから身体は衰えていくんだろうな、と思う。&lt;br&gt;
行動が制限される病は嫌だなぁ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;強く在らねば&lt;/p&gt;</description></item><item><title>お金について</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-08_about-money/</link><pubDate>Tue, 08 Sep 2015 12:45:19 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-08_about-money/</guid><description>&lt;p&gt;金銭感覚はちょっとオレは生活に根ざしていないように思う。&lt;br&gt;
貯金は収入が増えたらすると思う。&lt;br&gt;
お金は手段であり、商品券だからなぁ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;お金の役割は経済の本で読んだ。&lt;br&gt;
    ①　価値評価の基準尺度（価値を示す）&lt;br&gt;
    ②　蓄財を可能とする代替手段（動産やナマモノだと腐る）&lt;br&gt;
    ③　交換決済手段（支払い機能） 根本のところはココにあると思う。&lt;br&gt;
交換して得られるものとその期待感、信用感、ずば抜けて自由度が高いのがお金だ、的な理解。&lt;br&gt;
自由度。この概念が大事。 うだうだ考えずに、元金を貯めて、運用して、増やしてのサイクルをちゃんと作ることが大事なのだろう。&lt;br&gt;
まず貯めて、試して、極める。 φ お金は自由度の手段として大事だ、と思うオレも居る一方で、感情的な部分で&lt;br&gt;
「かといって一番大事なものではない」みたいなオレもまた存在する。&lt;br&gt;
最低限以上有れば事足りる。死後は六文有れば事足りる。 なによりも、お金をたくさん持っていて、時間もあった舞さんが、そんなにしあわせを感じているようには見えなかった。&lt;br&gt;
あの人はもっとお金とかとは違う何かを追い求めてて、お金に価値をそんなに置いてなくて、……そしてどこかオレに似て不敵なのに、オレよりも悲しそうだった。&lt;br&gt;
そんなあの人をオレは有り様として、綺麗だな、と幼心に思ったんだ。 会えなくなる少し前、&lt;br&gt;
「あなたの十年間を、六千万円で買いましょう」　って。そんな提案をオレにしてくれた。オレに選択肢をくれた。&lt;br&gt;
若いオレの価値はそんな感じだったらしい。今のオレの十年の価値はいくらだろう。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>結婚</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-07_marriage/</link><pubDate>Mon, 07 Sep 2015 04:05:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-09-07_marriage/</guid><description>&lt;p&gt;したこと無いから分からない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;割とお金の問題な気もする。&lt;br&gt;
「社会的にお互いを守りやすくなる」「コスパがいい」みたいな印象がある。控除って凄いよ。ホント。よくできたシステムだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺は、（これは周りの人間からはあまり同意を貰えていないのだけれど）離婚もアリだと思う。それ前提で付き合って、更には結婚して然るべき、みたいな感覚が俺にはある。&lt;br&gt;
「前の奥さんとの子供」みたいな表現は俺の中で割と日常の表現の感覚。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これは氷上が、俺の師匠っていう恋人がありながら、（師匠共々）俺のことを受け入れてくれたことに起因してる気もする。根っこの部分は多分ここ。&lt;br&gt;
（まぁあれはなんというか、思想の継承の先を見繕われた感覚もある）（まぁあそこで受け入れて貰えなければ、俺は多分死んでた）（話が逸れた）血脈じゃなくて思想を継がせるってのは、これはある種形を変えた武家の思想かもしれない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;後は『裏切られていい相手のことしか、信じてはいけませんよ』って言葉が俺の中にずっと、ジクジクと根付いてる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;好きと嫌いは同時に存在して矛盾のない感情だと思う。好きだから目を瞑れるだけ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;結婚。したいかなぁ、分からない。憧れはある。お嫁様とか憧れる。&lt;br&gt;
スゲェウルトラお金持ちだったら、やっぱハーレムもいいよなぁ、と思ったりしなくもない。（生まれ変わったら結城リトになりたいw&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;でもなぁ、一緒に在るっていうなら、1人をちゃんと選ばないといけねぇよなぁ、とも思う。相手に寂しさを与えるのは本意ではないものな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;母が、「まぁ女は浮気さえされなきゃ割と相手のことを許せるものよ」「その代わり浮気を一度でもされると、以降、熱病のようにヒステリックになる部分がある」&lt;br&gt;
まぁそうなのかもしれねぇな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;かといって、俺は在の中将（伊勢物語）に憧れる部分もあるし、一方で女が浮気しないってのも無いやね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;恋愛感覚は年端がいっても根本的には小学生だよ。人類は。高尚で隔たりの無い愛こそ、俺は信じられない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その辺は理性と生き方の領域か。&lt;br&gt;
なんにせよ、ひとの心を踏みにじるような真似をしてはいけねーや。&lt;br&gt;
怪談噺は大体そこに落ち着く。&lt;br&gt;
人間だから魔がさすこともあろう。&lt;br&gt;
しかし誰かの心を踏みにじるような真似をしてしまったら、俺はその時はちゃんと頭を垂れて報いを受けよう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一緒に在りたい、この人のために何かしたい、みたいな相手ならいいなぁ、と思う。&lt;br&gt;
分からない。経験が偏り過ぎてこじれている気もする。分からないや&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;結婚観に関しては、こんなところか&lt;/p&gt;</description></item><item><title>心理学</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-08-03_psychology/</link><pubDate>Mon, 03 Aug 2015 03:01:15 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2015-08-03_psychology/</guid><description>&lt;p&gt;「オレは心理学をやろうと思ってた」&lt;br&gt;
「俺は哲学者になろうと思ってたな」&lt;br&gt;
「オレはそれっぽいことがすぐに言えるしな、実際向いてると思う」&lt;br&gt;
「けれど、深く突き詰めるほどに、”なんかおかしいな”と思うようになっていった」&lt;br&gt;
「心理学を突き詰めると精神科医になる、文系じゃねぇ」&lt;br&gt;
「オレの親父は精神科医だな」&lt;br&gt;
「マジか」&lt;br&gt;
「子供の頃は分からなかったけれど、少し世界が広がってから、おかしいんだってわかった。アイツおかしいよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;会話になってない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;オレの中の、集団の最大補数を囲いにいく言葉遣いは、恐らく心理学の影響の様な気がする。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>政治について</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-11-24_about-politics/</link><pubDate>Mon, 24 Nov 2014 12:54:06 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-11-24_about-politics/</guid><description>&lt;p&gt;やれ解散するべきではない、だの&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;やれアイツが悪い、だの&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;個人を批評するのは自由だが、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そういう人間が碌な人間であったことが、この二十余年の人生で、ないよ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「そんなに今の日本が嫌なら、総理大臣になる努力をしてみせろよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これは極論過ぎるが、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;国家というのはリヴァイアサンであり、富を再分配するシステム。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;システムをメンテナンスする人間がいるけれど、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ソイツが聡明すぎてもそれはそれで軋轢が生まれる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そのシステムにしたり顔で「あれが悪い」「これが悪い」って。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;莫迦か。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;国の方針を頭に叩き込んで、全力最善を国民が尽くしてようやっと達成される様なものを&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;特に何をもせずに、ただピーチクパーチクと。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;莫迦が医療に関わるな、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;莫迦が天才の足を引っ張るな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;莫迦が覚悟のある人間に立ち塞がるな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;自戒も込めて。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;Φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;何をやっても、反対する人間は居るのだ、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;今の俺の理想は、自分の為を追求することは、大勢を利することに繋がれば良い、と思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;難しいだろうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;個の最善が、全体の最善に繋がる、と思うほど理想主義者ではないけれど、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;せめて善の範囲が広く、悪の及ぼす範囲が狭ければ良いと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;小難しいことを言ってみても、結局のところ、個体としての人間の生活は、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;経済的に独立して、あまり人に迷惑をかけず、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;人の笑顔に繋がるようなことを為し、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;多くの感情を覚えて幸せに閉じることなのではないだろうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;足枷になる考えは、他の誰かが解決してくれるさ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一度深く考えきったら、後は動くしか無いのだ……、何があろうと。&lt;/p&gt;</description></item><item><title>運と実力</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-10-18_luck-and-ability/</link><pubDate>Sat, 18 Oct 2014 05:16:24 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-10-18_luck-and-ability/</guid><description>&lt;p&gt;幸運幸福を信ずるのは良いが&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;人生を舐めてはいけない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;不幸は唐突で、又 理不尽なものなのだから&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;経済的、精神的な安定安寧を得、これを保持する&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ための最大努力を我々はせねばならん&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それは啓発書などで容易に安易に&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;抽象的に書かれている。諦めて笑うしかない。笑止。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;数学などでもそうだが、一般性をもたせようとすれば&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それは抽象的にならざるを得ない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;シンプルな共通点はⅠつ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;想像力というやつだ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;地道にペンを握って勉強するその力を侮ってはいけない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なりふり構わない人間の力を舐めてはいけない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そういった人間になる事を常々想像し、それらに照準を&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;合わせて引金を引かねばならない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;心した後、その心を忘れずに行動を重ねねばならない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その手順、その過程、その有り様を想像し、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;実現可能とするために手数を数限りなく試すのだ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;運とは、後から追随し、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;現象として迎え入れるもの。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;実力とは、培った力を目の前の現実に沿わせるもの&lt;/p&gt;</description></item><item><title>リスクヘッジ</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-06-11_risk-hedge/</link><pubDate>Wed, 11 Jun 2014 02:50:02 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-06-11_risk-hedge/</guid><description>&lt;p&gt;「ポーは、やっちゃいけないことを平然と実現可能な選択肢として入れているんだよ、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だから友人としては、いや、それは本当にダメなのだというタイミングがあって、それについては止めざるを得ない」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「どういうことだよｗ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「梅田の地下遺跡が見つかったって時に、ポーは平然と、『警備員、気絶させて行こうぜ』って言い切るんだよ、真顔で」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「ああ、」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「冗談かと思ったんだけど、平然と言ってるんだよね。だから、ああ、本気なんだ、って」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（中略）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「崖があるとするじゃん？　崖の近くに行けば行くほど、いいものがあるんだよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「うん。」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「オレからすると、『生きて帰ってくれば』それでOKなんだよね。それ以外は基本的にどうとでもなるし、ギリギリのラインを見極めるのは多分できるし、オレなら生きて帰ってこれるっつーのが」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「わかる、わかるんだけど、ポーはその崖を壊して帰ってくるんだよね、次の人が行けないし、ポー以外の人間は無事では済まないんだよ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「なるほど、」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;羽生善治氏の、大局観と、今北純一氏の共通として、”冒険”がある様に思う、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;リスクというより、リスクを負わないリスクというよりも、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そこで得られるスリルやその辺りを込にした楽しみの様なもの、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（それは得てして、酒場で賑やかしく語られる武勇伝のようなもののように思う）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;スリルと楽しみと危険とは背中合わせで、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;どこまでをスリル、どこからをデンジャーとするかはやっぱりそれまでの経験によって決まってくるのだろうな、と当たり前に思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　人間誰しもどこか狂ってる&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;オレの狂いはこの辺にあるのかもしれない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;答え合わせに意味は無い、刑事事件に発達した時にも身を守るのはお金だろう、。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;地獄の沙汰も金次第&lt;/p&gt;</description></item><item><title>倫理観</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-06-11_ethics-view/</link><pubDate>Wed, 11 Jun 2014 02:38:35 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-06-11_ethics-view/</guid><description>&lt;p&gt;倫理というのは、難しいものだと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;今も昔も、これを一定のレベルで保つ努力というのは、為政者の立場からも、親の立場からも重要な課題だったのだろう&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　倫理観とは、言葉を当てはめるのなら、「やってもいいこと、やってはいけないもの、その判断の基準になるもの」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なのではないか。もっとあるのだろうか。男らしい言葉を当てるのならば、「自分なりの正義」の様なものではないだろうか。THE・俺ルール。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　昔は宗教やら、寓話とかが基準になっていたのではないかと考える。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;子供にもわかるように、何故、悪いことが「悪い」のかを説明する為に、分かりやすいように、「むかし、むかし、あるところに……」という話が始まる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　これはきっと、難しい話を後世に残すための手段。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　これは本当に個人的な考えなのだけれど、今の日本だと、漫画やアニメの主人公とかが、多少なりとも倫理観の形成に関わって居るのではないだろうか&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　昔ウルトラかわいい義妹と話して、義妹がなるほどね～と言ってくれたのをなんとなく思い出す。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　主人公に感情移入して、その主人公の行動をかっこいいと感じて、真似をして、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そういうところから、自然と倫理観というものは育って行くものなのではないだろうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;コードギアスでルルーシュが、ずっと「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ、」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;と、言い続ける。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして最後には……&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　明文化された価値観よりも、俺は無限の感動から得た観念の方が、好ましく思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;法は心で読むのだ。逆説、こころのない法には従えないさね、。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　他者との都合の押し付け合い、仲裁機関がある？　ちょっとこのへんの社会の構造は効率化の観点で大事な気もするけれど、俺にはまだわからない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　だから、その人にしか言えないセリフや、言葉、格言のようなものが好きなのかもしれないな。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;自分の子供にはどういう風に教え込めばいいのだろう？&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;思想の連なりが俺は一族だと”感じる”&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この感覚はずっと俺が持っていたもの。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;よくわからないけれどずっとずっと嘱望している。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺の思想を継ぐ人間が居れくれれば、それで俺は救われるよ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;……それは究極的には血縁である必要はない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺の思考回路の何が俺を特殊たらしめているのか、まだ自覚的にはわからないけれど、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;矛盾する２つの性質を常に自分の中に抱え込んで、現状に対する不足感のようなものをゆっくりと澱のように積み重ねた人間に共通する何かが俺にはあるような気がする。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;自己を見つめてばかりだとしんどいだろう、と、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;俺は今でもあのセリフに涙が出る。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt; &lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ああ、一度この辺で筆を置くとしよう&lt;/p&gt;</description></item><item><title>Think About &amp;quot;Everything&amp;quot;</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-04-22_think-about-everything/</link><pubDate>Tue, 22 Apr 2014 13:19:12 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2014-04-22_think-about-everything/</guid><description>&lt;p&gt;汝、全てのことを考えよ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;多く考えきった人間が一番強いと思う。……少なくとも俺は。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;重ねた言葉の数だけソイツの人間としての深みは増すと思うのだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;≪理念≫&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この世界の思いつき得る全てのことについて、一通りの考えを照らしてゆこうかと&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（正面切って何かをやると俺は失敗するので、何事も秘密裏に自分の中のルールで、尚且つ絶技的におもしろく）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;”俺にとって面白いこと”を、俺のためにする、ってのが、この世界では基本的には許されてるのに、どうも制限を受けていたように感じていた（多分親元で生活を縛られるというのはそういうこと）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;最近思ったのだけれど、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「この世界で取り返しのつかないこと」というのは、多分「人の生き死に」以外はあんまり無くて、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それ以外は本質的には「自分を責めるだけムダ」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なのに何故か自分が悪いことをしているような気になってしまう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そういうのはもう止めだ止め。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だって面白くねぇもん。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;”What Do you care The other people think?”&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;っつーのが俺はやっぱ好きだな。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;他人に迷惑がかからない範囲では、（そのことをひと通り考えたなら）まぁ他人がどう思うかなんて、結局どうでもいいんだよね&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;自己確認の意識も在って、ちょっと長くなってしまった&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;＋（メリット）&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;就活（対文系スキル？）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;楽しい（割とオレの本質）&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;下宿はじめたし、時間が在る&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;－（デメリット）&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;考えることが多い（MPガガガ&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;スタンス：　イケるのならば、会話文。やっぱ脳内氷上との会話がオレの思考のレイアウトとして一番自然&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そこまで行かないのならば、とりあえず、&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;”それはオレにとっての”何””に及ぶまで思考を重ねる&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;※ ただし、プリズムシンクで多面的、物語的に捉えるものとする&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;☆　対象は何でもいい、思いつくこと全てに対して遊んでみる&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;≪手数≫&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;基本的には、A4レベルのちょっといい紙に速記で。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;適宜変えて良いけど、”紙”，”書く”は守る&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;保守のために，&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;一議題（１タイトル）”まとまった”　ら記事≪Article≫にする&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;タグとして、Think About &amp;ldquo;Everything&amp;rdquo;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;を必ず付与&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まぁ気が向いたら本にでもしましょう&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さぁやってみよう&lt;/p&gt;</description></item><item><title>今こそお金の教養を身につけなさい</title><link>https://blog.fukushi.ma/posts/2013-10-02_money-literacy-now/</link><pubDate>Wed, 02 Oct 2013 01:27:00 +0900</pubDate><guid>https://blog.fukushi.ma/posts/2013-10-02_money-literacy-now/</guid><description>&lt;p&gt;金持ちになる為の考え方や行動が欲しかった&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;こだわり&lt;br&gt;
　オレにとっては、適度な本と実践（遊び）&lt;br&gt;
　人生あまり頑張らなくても上の下くらいの位置には居られることが多かった。&lt;br&gt;
　凄く頑張った時は上の上になれた。&lt;br&gt;
　こだわりってのは、どこで自分をサボらせるか、みたいなものかもしれない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;健康な身体こそがお金を産む&lt;br&gt;
　一番最初にこの「健康」にこそお金を使わねばならない&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;たとえ5分でも時間を無駄にしない&lt;br&gt;
　人生＝時間＝浪費可能な資源&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;お金の役割３つ&lt;br&gt;
・交換する&lt;br&gt;
・価値を測る&lt;br&gt;
・価値を貯める&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;お金との適度な距離感&lt;br&gt;
　まぁなんでも工夫&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「恒産なくして恒心なし」&lt;br&gt;
　ある程度余裕が大事&lt;br&gt;
　まずは恒産を、つくろう&lt;br&gt;
　そして余裕を産みつつ健康な身体を持ち続ける&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;色気ってのは相手が嗅ぎ取るモンな気がする&lt;br&gt;
　それは日常生活のあらゆる部分から芳しく漂うものであろう&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「知的水準の低い金持ち」はいつか淘汰される&lt;br&gt;
　常に知識を更新して、強く在らねば&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;φ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;まぁ大体知ってることだった。&lt;br&gt;
「恒産なくして恒心なし」は分かりやすくてよい。&lt;br&gt;
たまに読んでチェックリスト的軌道修正が必要かも知れない。&lt;br&gt;
ほら、オレ、すぐブレるから。&lt;/p&gt;</description></item></channel></rss>